今井聖句集『九月の明るい坂』を読んで―今井聖試論

 今井聖さんは、1971年に「寒雷」の加藤楸邨に師事、結社賞などを受賞し、1996年に「街」を主宰創刊。爾来、この四半世紀の間、若者を含む大勢の俳句愛好家を育てている。第32回俳人協会評論賞を『言葉となればもう古し―加藤楸邨論』により受賞。半生の体験を小説風に描いた『ライク・ア・ローリングストーンー俳句少年漂流記』は、自らの価値体系形成過程を書いていて、興味深い。その他、著作多数。現在、俳人協会理事を務めておられる。
 該句集は氏の第四句集となる(2020年9月1日、朔出版発行)。
 帯には、この句集の表題となった次の句が掲げられている。
   永遠に下る九月の明るい坂
「下る」と言いながら「永遠の明るさ」を明言し「諧謔、飄逸、風雅、枯淡などの意匠から〈写生〉を先ずは解き放ち、そこに〈今〉と〈私〉を滲透させたい。そう思って作っている」と書いてある。

今井聖句集.jpg


 ここで、このブログの読者に、結社「街」のモットーを知っておいて戴きたく思うので、紹介しておこう。結社誌「街」の裏表紙に「街宣言」として掲げられている。

  俳味、滋味、軽み、軽妙、洒脱、飄逸、諷詠、諧謔、達観、達意、熟達、風雅、典雅、優美、流麗、枯淡、透徹、円熟、古いモダン、
 睥睨的ポストモダン、皮相的リベラル、典拠の達人、正義の押し付け、倫理の規定、自己美化、ではないものを私たちは目指します。
  肉体を通して得られる原初の感覚を私たちは基点に置きます。
  私たちは「私」を露出させ解放することを目的とします。

 大変な宣言である。世間一般の結社は、自由に作句することを勧めるがため、ここまで多くの忌避事項を掲げることはしない。諷詠行為までを忌避していることで思うのだが、諷詠とは、俳句の中心として「季題」を詠むことである。先日亡くなられた後藤比奈夫は「諷詠」の主宰であった。1948年に後藤夜半が興し、それを比奈夫が引き継ぎ、立夫、さらに和田華凛に及び、70年以上続いている。「諷詠」のモットーは、ものごとを「謙虚に写生し、心で作って心を消し去る」とある。心を消すということは「私」を前面には出さないということである。
行為としての「諷詠」は時として俳句的情緒に流れるが故、今井主宰はそれに与しない。しかし、それは「俳諧性の否定」であっても「俳句性の否定」ではない。では、諷詠派の対極にある新興俳句系を志向するのかと思うと、「街」の方向はそれとも違う。今井主宰は、俳句性を否定し近代西洋詩にかぶれた新興俳句をひどく嫌う。

 筆者はこの「街」に在籍しているが、ほかの結社や同人誌にも所属している。個人的な好みもあり、「俳味」、「軽妙」、「風雅」を志向することもあるし、独自性を出すために「典拠の達人」を装うこともある。新興俳句的な言葉におもねた句を作ることもある。しかし、そのような句は、ほかの結社で高点であっても、街の句会ではあまり点が入らない。一見、「街」は自らが課した「隘路を果敢に進む」という心意気に満ちている。果敢に「挑戦している」という感じがある。
 忌避事項が多いとはいえ、他結社の志向を否定するわけではない。ただ単に、「街」はそこを志向することはしないとして、独自な路線を選択するという宣言をしているのである。
「街」は、その他の俳句の要件への要求はそれほど厳しくはない。句会などでは、原則有季定型であるが、無季も破調も許される。表記は文語体で旧かな使い(現代仮名遣いや口語を禁じているわけではないが……)が主流である。
句材にはときどき注文がつく。あまりにもワンパターン化されやすい「廃線」、「無人駅」、「神社仏閣((特に無住寺)など)や「呆けもの」などである。世間のトピックスとなっている事象((例えば新型コロナ風邪など)を安易に詠むことも、忌避される傾向がある。もちろん、作品の質如何ではあるが……。

『九月の明るい坂』を読みながら、作者今井聖に迫ってみたい。『今井聖試論』である。今井俳句や「街」を、分かりやすくするために、他結社の考えなども書こうと思う。それによって今井俳句や「街」が際立ってくるからである。

「私」を露出し「今」を書くという志向は、「街」だけでなく、わりに多くの結社が志向している。だから特別な宣言ではない。だがしかし、「私を超えて普遍を詠んだものが俳句としては残る」という考えもある。「今」だけでなく、「昔」や「未来」も俳句のモチーフになりえるとする主張も、当然ある。
 普遍を詠んだ句しか長生きしないだろう、という意見を少し書いておこう。
高橋睦郎の『百人一句』(中公新書、1999年1月)の末尾に仁平勝との対談があって、仁平が、俳句は多くは本歌取りから発展してきたことを議論した後、「(俳句のような)古典詩型の本質というのは、個性でなくて非個性だ」と述べ、これに対して高橋睦郎は、次のように応えている。
「それしか僕らの生きる道はないのです。文芸に限らず、これからの人間の生きるべき道は、反個性、非個性、それしかないと思うんです。僕が、俳句に期待しているというか、ここに何か人間の救済のヒントがあるかもしれないと思っているのは、我の出てこない句です。つまり、植物なら植物だけ、動物なら動物だけ、あるいは空気なら空気だけ、石ころなら石ころだけのことを言っている。そういうものが表現に出てきて、我はそこから引っ込んでいる句です」
 私見だが、普遍を詠んだ句の代表としては、次の句が挙げられよう。
  白牡丹といふといへども紅ほのか   虚子
だが、今井の師の加藤楸邨は、その初期は別にして、「寒雷」の連衆を含め、
  時計見て看護婦踊りより脱けゆく   楸邨
のように、「今」の人の動きを詠んだ。普遍性よりも、その場にいた作者の「目撃証言」が詠まれた。「一回性」とでもいうべきか。

 詠む際の態度も重要だと、今井主宰は言う。最近、「俳壇」(2020年7月号)の巻頭エッセイで、次のように書いている。

 優れた作家には含羞が感じられるものだ。はにかみや恥じらいが感じられない作家には魅力はない。どこかに「愚かな私」を見据えている眼が感じられてこそその人の自己主張がすんなり胸に落ちる。

 そう書いて、寺田京子や川端茅舎の「含羞」を評価する。逆に、安定高収入、高学歴、血筋などをひけらかしたり匂わしたりする作家を、ひどく嫌う。

 このような事実を想い返しながら、この句集を丹念に読んでみる。そこから、今井俳句を論じてみたいのである。そして、前記の「宣言」や、いままでに今井主宰が発表した所感や、句会での論評などを思い出しながら、それらがこの句集にどのように遵守され、表出されているかを、検証したいのである。その論考の過程で、先に挙げた『言葉となればもう古し―加藤楸邨論』や「街」誌は極めて貴重であった。
 
 自選句は次の通り。

  鮫の斑の一点に我が少年期
  予告編のやうに川面を春の雲
  フライング泳者最後に戻り来る
  海に出る運動会を二つ見て
  犬老いぬ落葉が土になる前に
  サッチモの鼻の穴から聖夜来る
  六階の向かひ八階日短
  駅から五分怒涛から五十年
  弁当に飛魚月曜日はいつも
  黒板の桟に金亀子真白
  麦藁帽振ると三頭立ち上がる
  入道雲恩師の如き牛に遇ふ

 これらの自選句を見ると、確かに典雅、諷詠、諧謔などではない。作者の「私」独自の視点がある。たまたま身の回りに起こった事柄を、その場に居合わせた僥倖を記録するように作句されている。単なる報告に終わっていない、一回性の作品とでもいおうか。そして、重要なのは、先行例がない作品群のように思えることである。類想がなく、手垢のついたフレーズや予定調和の句がないのである。伝統俳句は他と似ていることを恥じない。むしろ共感の証とする傾向がある。だが、「街」は違う。一見下手であっても、他とは違っていることを尊ぶ。 

 今井聖試論を書くのが目的なのだが、しばらくは、作品を鑑賞しながら「試論」にもその都度触れていこうと思う。

多くの作品の中で「街宣言」に忠実だとつくづく感じたのは、今井主宰の両親に関する句である。いや、就中、「父」の句であろう。正確に数えたわけではないが、父の句が16句、 母の句が8句ほどある。一般俳人の句集では、母の句が圧倒的に多い。好例は村越化石であろう。母よりも父の方が多い句集には、宇多喜代子の俳句集成があったと記憶している。

096 今井一郎墓に入りても葱臭し
101 霙るるや父は二級酒三等車
146 冬桜失禁の父慰めて
188  父よ
    墓洗ふ豪州の牛飼が夢だつたね
 一句目096の「葱臭し」はリアルである。息子にしか詠めまい。二句目にはペーソスがある。親しみがある。父親を偶像視しないナマな句であり、実に「街」的である。三句目146は「失禁」という俳句的でない素材を堂々と読んだ。「街宣言」を忠実履行するためには、下五には厳しい措辞をもってくるべきであろうが、「慰めて」という安定情緒に落ち着かせた。柔らかい着地を意図し、ただ単に露悪趣味俳句に陥らない工夫を施したようである。一面、ヒューマニズムを嫌わずに向日性豊かな人間探求派的であろうとしたのかも知れない。四句目は、救いがある。めずらしく口語表現である。できれば188の句は、146のすぐ後に置いて欲しかった。一句独立が俳句であるのは分かるが、句集となれば一冊での読み物としての意味もあるはずだ、と筆者思うのである(これには反論があるかも知れない。この二句を近くに置くと、こう読んでほしいという作者の意図が現れすぎるからである)。

 趣の変わった句があった。常日頃、神社仏閣を避けているはずの今井句に次の句が見つかった。

036 沢庵も仏頂もゐる冬景色
 典拠の達人俳人である大石悦子に〈緑さす無着像にも世親にも〉という句がある。古い季語や京都の地名、仏具の名前などを駆使し、一般生活感覚とは違った世界の句を詠んでいる。おそらく「街」の対極にある句柄なのだが、この句036に関する限り、「典拠の達人」的作品のように思ってしまった。もちろん、この句はほかの結社の句会ならば、違和感の全くない句であるように思うのだが、どんなものだろうか?

「街」は、典雅、優美、流麗を忌避している。つぎの句はどうだろう。

108 虫籠に霧吹く項白々と
 この句の「項白々と」は、女性の優美さ艶冶さを表わす常套表現を思わせはしまいか。「街」ならば、この女性は、たとえば、貧しさの底辺か、重い病かにあって、そのナマな情況を読者に想起せしめるような句であるべきではないのだろうか。浅学な筆者の誤読もあろう故、愚考を許されたい。「街」の宣言は、このような思いを、筆者に齎すようなのだ。

 「街宣言」から判断して、街俳人は伝統俳句に物足りなさを感じている。そこで、よく言われる切れ字の「かな」や「や」の、この句集での使用頻度を調べてみた。皆無かと思いきや、切れ字の「かな」は約15回、「けり」は13回ほど、「や」は28回ほど使われている。しかも、無季俳句はなかったような気がする。今井主宰は無季を推奨はしないが否定はしない。私見だが、「街宣言」を行きつく先まで敷衍してみれば、その究極は、超季俳句、口語俳句、現代仮名遣い俳句なのではなかろうか、と思うのだが、現状はそうではない。やはり俳句の「俳句性(十七音量性と季語)」を失わないぎりぎりのところへの挑戦なのであろう。これが、筆者が先に述べた「隘路への挑戦」なのである。
たしかに、「街」が対峙する相手は伝統俳句である。では新興俳句は味方かというとそうでもない。今井はこう書いている(『言葉となればもう古し―加藤楸邨論』)。

 花鳥諷詠は、日本的な従来の俳句的情趣を季語の本意という言葉にすり替えて「諷詠」してきた。そうすることで類型量産の言い訳としてきた。彼らにとって「似ること」は悪いことではないのだ。一方で「新興俳句」は伝統俳句のこのすり替えを「写生」という手法の「責任」と誤解してきた。彼らにとって「写生」は、俳句に抹香臭さをもたらす元凶であった。彼らが憧憬したのは同時代の自由詩の「書き方」。そのモダンを取り込むことが俳句の詩情の更新につながるという「楽観」があった。元凶は「写生」ではなく、「俳句的な情趣の設定」のほうにあったのに。

 この行き方は、別の結社でもあるにはある。金子兜太の「海程」であり、その後継誌の「海原」がその一例である。思えば、兜太俳句は「街」宣言に近い。だが、微妙に違う。新興俳句を「街」ほどは毛嫌いしてはいないということと、「土」の臭さが違う。図太さが違う。まだほかにも違いがあろうが、その違いの一つは、彼らの現代仮名遣いに対し、「街」は文語・旧かな表記が多いことにもあるのではなかろうか。

 私にとって、「街」の行き方の基本は、今井や兜太の師であった加藤楸邨のそれに近い。先に挙げた今井の著作からの引用だが、〈寒卵どの曲線もかへりくる 楸邨〉を解説しながら、次のようにいう。

 楸邨は人間の(自分の)五感を起点にして受け取ったものだけを表現していく俳人である。観念に見えるものも、すべて自分の五感を必ず一度通してからの表現である。
 そういう楸邨俳句の本質を、「人間探求派」という命名で括って、あたかも「ヒューマニズム」や「寓意」の俳人に仕立てたのは、「俳句は寓意の詩である」という自己主張に沿うように計らった山本健吉の「作戦」である。

 ここで分かるのは、人間探求派という呼び方の不正確さへの、俳句は寓意や何かの象徴のための詩であるという観方への、安易なヒューマニズムといった括り方への「反抗」が、今井に見られる、ということだ。大家、山本健吉すらも容赦しない。
 一貫していることは、楸邨への信頼感である。もちろん、師の多面性の一部には、やや批判めいた考えを持ってはいるようだが、結局のところ、信頼感は大きい。

 句集に戻ろう。
 とまれ「街宣言」に抵触しそうな句は、これくらいであって、数少ない。しかも筆者の誤読もあったはずだ。とにかく、他のほとんどの句は「街宣言」そのもののように思える。

「街宣言」は言い換えれば「一回性」を尊重した俳句志向といえそうだ。以下に、筆者が一回性を尊重した作品だと思った句を鑑賞しよう。「一回性」とは、たまたま身の回りに起こった事柄を、その場に居合わせた僥倖を記録するよう、やや即興的に詠んだ句という意味である。波多野爽波の「俳句スポーツ説」に似てはいるが、もっと体感的感興が入っている。そこに人間の本質がみえたりする。だから佳句が生まれる瞬間でもある。

039 鳥雲に万引き生徒引き取りに
058 骨鳴りぬ冬の電球替ふるとき
074 早退の二人目は嘘牡丹雪
087 桜餅停学明けの三人と
094 豚バラ肉占地小松菜メモ通り
102 風船も入れて駱駝の卵撮る
103 蛇の衣青鉛筆で持ち上げて
121 フライング泳者最後に戻り来る(*)
127 虫籠が映るテレビのオフ画面
154 左手にギプス右手に捕虫網
159 麦藁帽振ると三頭立ち上がる(*)
174 唇の動きがバ・レ・ン・タ・イ・ン・デー
183 滝道で出会ひて名刺交し合ふ
204 蛇入れし袋と言へり動きけり

 中から、自選句と重なった(*)印の二句を鑑賞しよう。

121 フライング泳者最後に戻り来る(*)
 号砲が鳴って一斉に飛び込んだのだが、一人だけ早すぎた。もどる選手たちの一番後ろを、フライングした選手がゆっくりと泳いでくる。その選手の心情に想いを馳せると、感情的なことは何も言っていないのだが、不思議に句の奥行きが生まれてくる。この句と同じようなモチーフの句に〈012 皆で呼ぶ雪の校庭にゐるひとり〉、〈029 夏始まるバトン落せし少女から〉さらに〈154 左手にギプス右手に捕虫網〉がある。対象の「泳者」「校庭にゐるひとり」「少女」「ギプスの子」はみな一人であり、その心情に、作者や読者の想いが広がって行くのである。

159 麦藁帽振ると三頭立ち上がる(*)
 馬か牛か、あるいは大型犬か? 馬は普通寝そべってはいない。牛ならわかる。でも、牛なら、帽子を振ったくらいでは、立ち上がらないかも知れない。大型犬なら間違いなく飼い主を認識しているから、喜んで起き上がり駆け寄ってくるに違いない。筆者には分からなかったが、一回性のある句であることは、確かだと思った。〈040 正面に立つと横向く仔馬かな〉も同じような面白さがある。今井俳句に結構動物が多い。動物といっても、ヒトと密接なかかわりを持って共生している家畜類である。

 もう少し筆者のイチオシ句を鑑賞しよう。

007  山陰本線 下り
    餘部を過ぎて紫陽花濃くなりぬ
 ノスタルジーの句。餘部のあの鉄橋は一見した人には忘れられない。その先に故郷がある人なら、なおのこと感慨深い。故郷への入り口を画す谷を今渡って行くのだ。〈大杉の真下を通る帰省かな〉や〈ぐんぐんと山が濃くなる帰省かな〉が黛執にあるが、「餘部」の鉄橋には敵わない。

051 言葉となる前の白息駈けて来て
 息せき切って走ってきて、何かを言おうとする子供。その子にとって重大な事件が起こったのか、あるいは何か大きな発見があったのか……。たぶん嬉々としている子。余韻のある句。

054 螺子巻いて置く螺子巻いて置く夜店
061 洗濯機の終りの揺れや鳥雲に
「夜店」で香具師が売っている「螺子巻き」式の猿か何かの玩具だろう。「洗濯機」が終わるときの、常とは違う一揺れ。細かな気づきがこれらの句の命。

080 パチンコの換金口の冷気かな
180 春逝くや学生課から金借りて
 含羞を帯びたこれらの句のリアルさ。「パチンコ屋の換金口」「学生課での借金」など、今まで誰が詠んだであろうか。

101 共にマスク契約書面の甲と乙
「契約書面」という現代的素材を詠んだ。新素材という点では、誓子の「溶鉱炉」や「沃度丁幾」を思い出す。このような、一般に詩情を呼ばない句材を詠みながら、「共にマスク」で一回性の場面を描き出した。

116 逆さまの小鳥のやうにチューリップ
 非凡な譬え。こんな譬えを言った人がいるだろうか。類想を嫌う今井俳句の骨頂句。

127 虫籠が映るテレビのオフ画面
 テレビを切って初めてそこに仄かに映る茶の間の生活雑貨。映るものは「虫籠」でも人形でも酒瓶でもよい。しかし、ここでは「季語」を持ってきて妥協した。「季語」に気配りしている様がみえるが、たとえば、「焼酎瓶」などだったらより「街」的になるのではなかろうか。主宰は「季語は動いて構わない」と、常日頃言っているが、季語が動いて当然の句。ここで、季語論を戦わせたい気もする。季語か詩語かである。
 余談だが、筆者は〈非常口に緑の男いつも逃げ 田川飛旅子〉の「緑」は季語だとは思っておらず、JIS規格○○番という具合に精確に特定できる「色」に過ぎない、と思っている。しかも、「いつも」と言っていながら季語をもってくるのは難しい。だから、この句は無季の傑作句である、と思っているのだが、どうでしょうか。

142 ジルバの手くぐって流れ星に乗る
 ノスタルジーか、メルヘンのような甘さ。「街宣言」にスレスレ抵触しそうな句なのかもしれない。だが、筆者の好きなタイプの句。ほんとうは大好きでたまらない句なのだ。

152 さくらんぼ抜歯の痕に舌置いて
 この身体感覚はよくわかる。だからリアリテイがある。「さくらんぼ」がこの句に詩情を添えた。ここは絶対に「さくらんぼ」がいい。

159 牛小屋の梁に据ゑたる扇風機
186 モーツァルト大緑陰の牛舎より
 この句集には、動物への愛情を感じさせる句が多い。牛舎の温度管理やミュージック・セラピーなど、現代の酪農の一端に気づかされる。

 最後に、「街宣言」に則った俳句が俳壇の王道になる可能性を考えてみる。正岡子規は俳句を改革した。彼は俳句の上での敵を明確に設定し、抵抗した。芭蕉であった。敵は巨大な方が良い。それに代わる、あらたな目標を設定した。与謝蕪村である。
「街」で言えば、抵抗する相手は高浜虚子である。それにかわる目標は楸邨であろう。誓子も良いかもしれない。誓子の近代的なモノ志向の句は「街」と通ずるものがある。でもやはり、より多くの影響を受けているのは楸邨であり、その人間臭さであろう。草田男や誓子との違いがある。今の「街」は、たしかに楸邨の本質部分を継承しているように見える。
 幸い、結社「街」には若手が多い。筆者は数多くの句会にお邪魔させていただいているが、これほど若者に恵まれた結社はない。子規や秋櫻子や誓子や楸邨の門下に多くの才能ある若手がいて、彼らの業績があって、はじめて大結社としての道が拓けた。つくづく草田男と楸邨の違いを思い出すのだが、彼ら若者には「哺育」は要らない(「含羞」なども要らないが……)。多くの露出機会をふやしてやりたいものである。機会が何よりの成長源であるに違いない 。

 さて、筆者が注目した句は次のとおりである。共鳴した句だけでなく、氏の志向との関連で論じてみたい句も入っている。つまり、「街」宣言に抵触しそうな、あるいは、すれすれセーフか……と思われる句も挙げた。それで数が多くなった。筆者の誤読もあろう故、その場合は寛恕願いたい。ただし、紙面の都合で、すでに論じた句はこのリストからは外した。それでも、かくも多くの句数となった。

011 初厨楽器のやうに鍋を吊り
014 燕来るダッグアウトに松葉杖
017 予選からゐる前列の白日傘
027 菜の花を一本挿して配膳車
027 神域に入り遠足の列を解く
029 あと一人来ず麦秋の駅の前
033 虫籠を置く礼拝の椅子の下
035 歩み寄る白鳥の白は飢ゑの白
037 目隠しの手袋にある匂ひかな
040 道幅が隊列の幅五月来る
044 秋草を被せて魚籠の中見せず
060 斬らるるうれしさ雪上のちやんばらは
063 参観後青田まで来て母怒る
068 穭田や星がむずむずしてゐたる
070 解体の前の放水冬の雲
076 卒業生来る駅員の制服で
077 始発前のホームを歩く烏の子
086 芋植ゑてからアフリカの蝶捕りに
089 塁審の腕伸ぶ青芝すれすれに
092 狼の糞の研究天高し
093 蓑虫の蓑にかすかな青残る
099  一月十六日早暁、ラブラドール梅吉旅立つ
    扉の前に犬待つ気配霜の朝
106 夕顔や歩いて入る救急車
112 師系まづ聞かれてをりぬ枯蓮
114 指先でマイク打つ音春隣
117 草餅とショートピースを供へたる
120 鯉幟畳む目玉を上にして
120 元寇より進まぬ授業青葉風
130 新米に嘘の近況添へてある  
130 仰向けば遠流のごとし鰯雲
138 弟の教室に姉花曇
139 紫陽花や団地一棟もぬけのから
147 面結ぶ紐の紫寒稽古
147 夫はと問はれて春の尾根を指す
150 合宿用蜆バケツで届けらる
150 白鷺の渡る庄内春惜しむ
163 秋の暮牛褒められて尿りけり
165 虫入れてペットボトルの裡曇る
176 新入生の首の長短合唱部
181 峰雲や魚探に赤の盛り上がり
183 蟇指紋認証またも不可
185 捕虫網旗日の旗の前通る
185 捕虫網立てて墓参の最後尾
190 不器用に見せてマジシャン林檎消す
198 防火桶積む雪吊の高さまで
206 地下鉄の震動が来るプールの面

 「街」の俳句たちが、燎原の火のように、広まって行くのを楽しみにしている。

柿本多映句集『拾遺放光』

 柿本さんは、この春、五十四回蛇笏賞を受けられたが、その対象句集は『柿本多映俳句集成』であった。それには既刊の七句集の全句以外に、1500を超える未収作品が掲載されていた。それらは、蛇笏賞選者らの目に、まばゆく輝いて見えたようだ。
 その1500句から高橋睦郎さんが厳選し、再上梓したのが。この『拾遺放光』である。
発行は齋藤愼爾さんの深夜叢書社、2020年8月26日。手軽なポケットサイズの句集である。

柿本多映『拾遺放光』.jpg

 帯には、睦郎さんが「多映さんはつねに最初の一句を吐く俳人なのだ」と書き、次の4句が抽かれている。
  
  灌頂や蝶ふはふはと四隅より
  男来て冬青空に鉤吊す
  炎昼へからだを入れて昏くなる
  八月の鯨のやうな精神科

 一読して、1500の中からいかなる基準でこれらの120句ほどに絞り込んだのかを知りたくなった。どれも手ごわい句である。正直言って、筆者の読み取る能力を超えている句が多い。だが、それらの句の後ろには、何かが潜んでいる気配がある。「詩的違和感」とでもいうべきか?
 思えば、俳句は頭で読むものではない。胸で読むべきものなのであろう。読者が理知的に映像化できなくても、何かを感じ取ればよいのであろう。多映さんが筆者に言ってくれたことがある……「私の句には、私自身のはっきりした映像があって、そこから一句一句が生まれて来るのです」と。彼女の脳裏には映像込みの「ビッグデータ」があって、そこから句が生まれて来るのであろう。多くの読者は、その「ビッグデータ」を共有できていないから、深奥に迫れないのであろう。その場合は、読者自身の「ビックデータ」に則り、読み取ることしかない。そして、そこから読者自身の展開ができたとき、その俳句は大きな価値がある。

 筆者の琴線に触れた句を掲げて、お礼に変えます。

009 諍ひの口紅朱き残暑かな
015 花火爆ぜぬくき枕を裏返す
020 高熱を漾ふばかり曼殊沙華
020 きりもなく深井へ落ちる春の雪
021 先の世へ剥落つづく花に鳥
021 目に鼻に唇に雪降り故里は
024 葉桜の闇に置き来し乳母車
027 飲み干して唇のこる春ゆふべ
028 三伏の暗きところに金盥
029 木の家の木の肌匂ふ素足かな
031 男来て冬青空に鉤吊す
035 何喰はぬ顔の出てくる氷室かな
038 死なぬ気の鸚鵡が火事を囃しをり
038 雪ばんばふはふはからだ逃げてゆく
040 どの石も影置く気配ヒロシマは
040 人形の混み合ふ寺の白襖
042 春嵐人のとなりに人が寝て
044 夏の山わがやまびこをわたくしす
049 今生また人に生まれて蓬摘む
050 炎昼へからだを入れて昏くなる
053 三伏や天に轍のある如し
058 体内を水の落ちゆく螢狩
059 青葉寒子とろ子とろの遊びして
061 春の夜の闇から紐が垂れてゐる
068 八月の鯨のやうな精神科
069 うしろから手が出て椿落ちにけり
070 躾糸抜いて落花に加はりぬ

 それぞれの句の映像を思い浮かべながら、楽しませていただきました。
有難うございました。

大池美木句集『きっと瑠璃色』

 大池さんは兜太の「海程」の新人賞受賞作家(2017年)。現在「海原」と「遊牧」の同人で、気鋭の若手である。該句集はふらんす堂の「第一句集シリーズ」の一冊(2020年9月4日発行)。序文は塩野谷仁「遊牧」代表。

大池美木句集.jpg

 自選句は次の10句。

  きっと瑠璃色香水に色あらば
  都忘れ君はどこ私はここよ
  はつ夏に椅子を置くだけで孤独
  コンビニの前に一枚の白夜
  恋文を売る屋台あり天の川
  マーガレット仮面はみんな哀しい眼
  何という霧だ狼が口開く
  かなかなやひとりの旅のきらきらす
  港までずっと坂道パリー祭
  露草のうしろに六さいのわたし

 口語調の若々しい句が並んだ。筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)は自選と重なった。

011 三月は命あるものみな光る
012 重力はあなたに向かうソーダ水
016 ほおずきや笑顔そのまま少年期
018 父よりの文は短し山葡萄
021 冬苺きれいな嘘を差し上げます
022 舌を巻くことばかりだな猫の恋
023 ペン皿に耳掻きのある朧かな
024 コンビニの前に一枚の白夜(*)
027 恋文を売る屋台あり天の川(*)
028 いのこずち好きな子ちょっと押しに行く
029 白玉やほんの少しの同性愛
031 何という霧だ狼が口開く(*)
031 コスモスや今日は乙女の振りをする
032 猫の名を聖書よりつく星月夜
038 恋なんてエレバーターを待つ間
041 朱夏の海へシースルーの廊下かな
044 大きめのセーターが好き並木道
045 片恋は決定事項冬珊瑚
048 春の森屈葬という休み方
048 あ、その言葉ポストに入れて蝶々
056 港からずっと坂道パリー祭(*)
059 天の川島の人々よく祈る
064 新しいコートハミングではおる
065 あっ靴の中に伝言クリスマス
067 お洒落して来いやの言葉春動く
068 ミモザ降る頃か遠国の石畳
069 聖木曜日母は蕎麦打ち教室へ  

 自選句と重なった次の4句を鑑賞しよう。

024 コンビニの前に一枚の白夜(*)
 コンビニエンス・ストアは24時間煌々と照らされている。眩しいほどだ。店の前には空間があって、明るく人工的に照らされている。そこには、深夜であっても、若者が妙な座り方をしながら、煙草をくゆらし、屯している。これを「白夜」といった。しかも「一枚」と描写した。北欧のロマンチックな「白夜」とは大違いの現代風景である。季語「白夜」を全く意識しない使い方。古い使い方に抵抗する姿勢までを感じる。よく勘定すると16音の字足らず。不思議に違和感がない。脱帽。

027 恋文を売る屋台あり天の川(*)
古い季語に「懸想文」というのがあり、江戸時代、正月に、梅の枝に結んで艶書を売ることがあった。これとは別に、戦後「恋文横丁」というのが渋谷道玄坂あたりにあった。進駐軍兵士へのラブレターを代筆する店だった。古い情感であるが、我々の年代の者には懐かしい。

031 何という霧だ狼が口開く(*)
 秩父方面への吟行の際の句と聞く。秩父といえば兜太と狼だ。仲間内ならではの一句。「だ」が口語調の断定で、心地よい。「口開く」を「くちひらく」と読むなら、八五五の破調だが、それを感じさせない。八音十音の対句形式として読めるからであろう。

056 港からずっと坂道パリー祭(*)
 景が良く見える。巴里は港町でないにもかかわらず、日本の港町に舞台を替えて楽しめる句。筆者には函館が目に見えた。並木と街灯があるに違いない。

 あと2句を掲げよう。

022 舌を巻くことばかりだな猫の恋
 これも口語で成功した例。筆者なら〈舌を巻くことばかりなり猫の恋〉とやってしまう。これでは原句の面白さがなくなってしまう。真似したいのだが、この年では危険だろうからやめておくが……羨ましい。

032 猫の名を聖書よりつく星月夜
「つく」は「つける」の意味だろう。すると〈聖書より引きし猫の名星月夜〉となるのだが、これも原句の方が良い。せいぜい〈猫の名を聖書より付け星月夜〉くらいかなあ。

 楽しい句集を有難うございました。

古志青年部作品集2020

 今年もまた「古志青年部作品集」を恵送戴いた。早速読ませて戴いたので、お礼の気持ちを込めて、小生の好きな句を抽かせて戴きました。

古志青年部2020.jpg

まだそこにあるやうな虹見てゐたり     イーブン美奈子
風邪の子の唇熱し乳やれば         石塚 直子
シベリアを残して鶴の渡りかな       伊藤 空
鴫立ちて田に動くものなかりけり      佐倉 碩
薬にも毒にもなると掘りくれし       関根 千方
一片の雪の行方も追ひ切れず        高角みつこ
雪を掻く音に目覚めてゐたりけり      高橋真樹子
田植とは与謝の景色のことであり      竹下 米花
倒れても曲がりてもみな秋桜        田村 史生
貝塚の貝にも色や初時雨          丹野麻衣子
梅ひらく言葉はなちてゐるごとく      辻 奈央子
大宇宙その一隅に寒卵           𡈽谷眞理子
鶉籠ときをり鶉取り出して         西村 麒麟
来よ来よと象が鼻うつ夏野かな       平野 皓大
佐保姫の乗り物なるや自転車は       藤原 智子
秋晴や名もなき虫に影ありて        前田茉莉子
何落ちて来てもしづかや冬の水       三玉 一郎
馬車になどならぬ南瓜を真つ二つ      森 凛柚
つぎつぎと水のつながる代田かな      吉冨 緑
しあはせはかくも皺くちや銀杏の実     渡辺 竜樹

 ありがとうございました。皆様のご健吟を楽しみに致しております。

下村洋子句集『真水のように』

 下村さんは現在「遊牧」(塩野谷仁代表)に属しておられる気鋭の作家。該句集は、初学のころからの作品や八田木枯氏のもとにおられたころのを含め、「遊牧」に至る352句を収めている(2020年8月20日、本阿弥書店発行)。序文は塩野谷仁代表が書かれている。代表は、ここで「抒情」と「叙情」の違いに触れていて、興味深い。

下村洋子句集.jpg


 自選句は次の10句。
  
  或る夜から小さな蛇と同居せり
  白桃の全き重さにたじろぎぬ
  わが飢えとおなじ眼をしてゆりかもめ
  たましいのはぐれたあたり芥子の花
  わが影の上に影あり十三夜
  十六夜のおんなは月の際に寝る
  夫逝く星を砕きし霜降りる
  三月を盥の水と戯れて
  緑蔭や白長須鯨見たと云う
  哀しみの触れてはならぬ一位の実

 筆者(=栗林)が共感した句は次の通りである。(*)印の句は自選句と重なった。

016 きさらぎの切っ先あたかもクリスタル
044 いつまでも拗ねて居るなり枇杷の花
051 わたくしを少し離れて蕗を煮る
055 枇杷の花怨恨説に傾きぬ
071 陽炎の真ん中に居てひとりなり
081 真後ろを母の通りて花散らす
094 白桃の全き重さにたじろぎぬ(*)
095 胡桃の実何処にも行けぬ母にやる
105 春昼の右脳より抜くしつけ糸
105 麝香科のけものとなりて緑の夜
106 塩いよよ堅く締りし父の日よ
112 手足持つ者のやましさ牡蠣すする
120 父の日の父遠ざかる駅舎あり
125 たくさんのわたくしが居る大花野
126 狐目の女入りゆく紅葉山
134 わが飢えとおなじ眼をしてゆりかもめ(*)
141 短夜の鏡を渡る櫂の音
142 窯変の気配の夜や火蛾群れる
158 見尽くしたはずの桜にまた溺れ
161 たましいのはぐれたあたり芥子の花(*)
184 初霜やまだ温かい骨拾う

 一読してシュールな句が目立った。シュール・リアリズム志向にとっては、事実を離れてでも、物事の「詩化」が大切なのである。それだけに、写生で育った筆者などからは難解な句が多くなるのもやむを得ないことなのであろう。言葉が難解なのではない。易しい言葉のつながりが齎す効果が、完全な理解に及ばない句が、たまたま見られるのである。それは下村さんに特有な「抒情性」によるのであり、そこがこの句集の魅力でもある。

 ところで、序文に塩野谷仁氏が貴重なことを書いている。引用しよう。

 世に「抒情」と「叙情」がある。わたしはそれを、よりリリカルに傾けた書き方を「抒情」と呼び、より存在に根ざした表現を「叙情」と言い習わしている。わたしの師金子兜太は、その「叙情」を「存在感の純粋衝動によるもの」と規定していたが、言い換えれば、「抒情」は詠嘆的になり「叙情」はモノコトの提示型となる傾向が強い。もちろん「抒情」が悪いと言っているわけではない。が、短詩型文学たる俳句にとっては後者の方がよりインパクトがあることは否めない。

 こう言って、氏は下村俳句に「叙情」の佳句が多いと称賛している。
 俳句は理知的に解析的に鑑賞すべきものではない。解析できなくとも感じることが出来れば良い句なのである。そう自分に言い聞かせて読んで行く。そう言い聞かせているのは、下村俳句には、「抒情」性に富んでいて、しかし超現実的な句が多く、それが多重性・難解性を呼んでいるように思うからである。断わっておくがそれがいけないと言っているわけではない。繰り返すが、頭での理解ではなく、胸での共感が大切だと、自分に言い聞かせて読んでいくのである。

 冒頭に
015 姉追いてすずなすずしろ橋渡る
がある。初学の頃の作に違いないが、とてもそうは思えない魅力がある。だが、頭で理解しようとしても実態に迫れない。この句の主人公は誰なのだろうか? 「すずなすずしろ」は「草」だから橋を渡ることはない。擬人化しても違和感が残る。主人公が書かれていない場合は作者が主人公となる。では、「すずなすずしろ」は「橋」の名前なのだろうか。その橋を作者が渡るのか? 確かに石神井川には「すずしろ橋」があり、名古屋の舞鶴公園には「すずな橋」がある。いや、そうではない。春の七草のわらべ歌「すずなすずしろ唐土の鳥は怖い鳥」の一節なのだろう。そう考えると、下村さんが幼いころに、わらべ歌を歌いながら姉の後を追って橋を渡ったっけ……というノスタルジアの句となる。なかなか良いではないか!

094 白桃の全き重さにたじろぎぬ(*)
 この句は〈032 白桃のなみなみならぬ重さかな〉と比較したい。はじめのころ下村さんは「かな」を用いて詠嘆調の句を作っていたようだ。〈019 途中まで牡丹でありし家系かな〉や〈033 やさしさの骨片となる野菊かな〉などである(後半に「かな」がない訳ではないが、やや少ない。もっと多用してもいいのでは、と思うくらいである)。
 ここで、094と032を読み比べると、明らかに094が優れているように思う。094の中句の「全き重さに」は八音で五八五の破調である。定型にうるさい向きには嫌われる型である。にも拘らず094がすぐれていると筆者が感じるのは、「たじろぎぬ」という実体験の言葉が入っているからであり、「なみなみならぬ」という常套表現よりもパンチがあるからではなかろうか、と思っている。

134 わが飢えとおなじ眼をしてゆりかもめ(*)
 作者の見立てと読者のそれが一致したとき、平凡でない限り、取りたくなる。この句は、作者に「飢え」の実感があることが強みであろう。それを「ゆりかもめの」の「眼」で作者は再確認したのである。これはまさに「抒情」ではなく「叙情」なのである。

161 たましいのはぐれたあたり芥子の花(*)
 句会によっては、よく使われる言葉があり、流行りがある。この場合は「たましい」である。筆者も好んで使う。だが、「たましい」はひどく抽象的な言葉で、しかもこの句の場合「はぐれたあたり」も茫洋としていて、読者に何ら明らかな情報を齎さない。だが「芥子の花」でイメージが、俄然立ち上がってくる仕掛けとなっている。この仕掛けで取らされた一句である。

016 きさらぎの切っ先あたかもクリスタル
 本来「きさらぎ」は、西行の〈願はくば花のもとにて春死なむその如月の望月のころ〉にあるように春めいた感覚の季語である。そのことに拘れば、この句は取れない。しかし、現代では「きさらぎ」は「二月」の感覚で、東京に雪が降り、寒の頃よりも冷えたりする。つまり現代感覚では「クリスタル」との取り合わせがぴったりなのである。しかも「きさらぎ」という音感が「クリスタル」の「切っ先」に響いている。この句集を読み始めて、筆者の感覚にぴったりときた初めの句であった。

051 わたくしを少し離れて蕗を煮る
 この感覚は詩人特有のもの。「蕗を煮る」という日常茶飯事の自分の行為を、自分を離れて、第三者的に視て、詠んでいる。「わたくしを少し離れて」という措辞が、作者のいろんな状況を読者に想像させる。その茫洋さが難解と言えば難解ではある、が筆者の気に入った一句である。

071 陽炎の真ん中に居てひとりなり
125 たくさんのわたくしが居る大花野
 この二句を並べて読んでみよう。これも、自分を客観視している。071は「ひとりなり」と言っている。「絶対孤独感」を詠っている。125は「たくさんのわたしが居る」と言っている。「たくさん」居ると言っているが、実は視点は自分自身にのみ注がれている。両方とも「ひとり」でいる自分を大切にしている句なのである。そしてこの句は〈127 大枯野わたしを置いてきたらしい〉に通じる。

081 真後ろを母の通りて花散らす
 何の脈絡もなく、なぜか寺田京子の〈嫁がんと冬髪洗ふうしろ通る〉を思い出した。この寺田句には「母代わりとなりて妹栄子を嫁がす」との前書きがある。状況はまるっきり違うのだが、下村句はいろんなことを想起させてくれる。「後ろ」という茫洋としているが、陰影のありそうなことばの魅力。

105 春昼の右脳より抜くしつけ糸
 この句は〈137 わたくしの右脳に絡む豆の花〉と比べよう。105は「しつけ糸」を抜くという前向きな句。137は「右脳」が混乱に陥ちいっている句。好みによって評価は変わるであろうが、筆者には105が良かった。

106 塩いよよ堅く締りし父の日よ
この句は〈072 卯の花や眩しく塩の固まりぬ〉と一緒に読もう。「塩が固まる」という事実にかかわる句。赤尾兜子の〈広場に裂けた木塩のまわりに塩軋み〉を思い出した。筆者には「父」のイメージと「固まる塩」がうまい具合に共鳴し合っている。

184 初霜やまだ温かい骨拾う
ご主人を亡くされた下村さんに〈183 夫逝く星を砕きし霜降りる〉がある。美しい句である。そう認めた上で、筆者はこの184の句を戴いた。リアリテイを感じたからである。183は美しすぎるほどの見事な抒情句。184はまだ「温かい骨」という具体物を通してリアルな愛おしさまでを感じさせる「叙情句」。

 最後に「涙」を扱った末尾の二句を鑑賞しよう。
198 ゆりかもめ涙の粒となりて消ゆ
199 涙腺をたどりて行けば罌粟の花
 二句を比べると、198は無理のない叙景句。199は、物理的には辿ることのできない「涙腺」をもってきた面白さ。写生に拘泥する筆者なら、せいぜい「涙跡たどりて行けば罌粟の花」が関の山。「涙腺」を持ってきた手柄。199に教えられる思いがした。これが下村俳句の強みなのであろう。

衣川次郎句集『足音』

 衣川さんが第四句集『足音』を出された(文學の森、2020年8月29日)。氏は現在、結社「青岬」の創刊主宰であるが、その前は大牧広の「港」の副主宰から主宰を引き継いでおられた。大牧は蛇笏賞をもらう寸前に逝去されたのだったが、授与式には故人のお嬢さんや衣川次郎、仲寒蟬(現「牧」代表)氏らが出席されておられたことは、小生の記憶に新しい。
 この前の第三句集『青岬』は、奥さんが亡くなられた直後に完成し、刷り上がったばかりの句集を棺に入れることができた、と伺ったことがある。その前書きは、たしか高野ムツオ氏が書いていたと記憶する(詳しくは旧版ですが「栗林浩のブログ」を開き、2017年9月26日をご参照下さい)。


衣川次郎句集『足音』.jpg


さて第三句集からの衣川自選句は次の10句であった。

  廃炉にはまだ非正規の汗が落つ
  どの蝶も翅を合はせてゐる岬
  一村をただ老鶯に任せきり
  再会は銀河のポストあるところ
  この世から肩はみ出してゐる端居
  たんぽぽの子の足音が好きで咲く
  春星や地球に間借りしてゐたり
  港より水脈引く船や青岬
  八月をカタチにしたる無言舘
  眠るものみな眠らせて木の実降る

 一句目でお分かりのように、衣川俳句には、反原発、反戦、改憲反対、沖縄、原爆、東日本大震災などに関するものが多い。これは、反骨俳人であった師の大牧を受け継ぐものである。

 筆者の共鳴句は次の通り。(*)印は自選句と重なったものである。

016 風船にさらはれさうな女の子
021 簡潔な青年の遺書知覧は夏
025 定刻に切られ官庁街の噴水
052 どの蝶も翅を合はせてゐる岬(*)
053 言葉にて傷つくレタス被曝地区
060 兵の墓碑いまだ棒立ち油照
090 注がねばコップ倒れる桜東風
093 振り返りざま杖となる春日傘
096 蒸鰈箸を平らに使ひけり
099 箸だけが出され待たさる冷素麺
106 老農の笑へば稲の香りせり
108 咲き始めから老けてゐる鶏頭花
110 さみしさが手に大根を持たせたり
114 狐火でありてもよろし還り来よ
121 試着室の中には春が来てゐたり
128 たんぽぽの子の足音が好きで咲く(*)
129 菜の花を越えれば海の見えるはず
130 学校のさくら咲くのが仕事なり
131 さくら散ることばが離れてゆくやうに
143 肩書きを捨てし人ほど釣れる鮎
144 ピアノ曲かけし牛舎に青田風
146  「青岬」創刊
    真つすぐに行く他になし青田道
147 新宿はガラスの墓標夕焼け落つ
155 病者にも等しく小鳥来たりけり
158 今よりも飢ゑたる頃の柿赤し
159 鶴来たるこんな村にも手配写真
168 ゴミ出しをまちがへてから雪催
169 ひさびさにマッチ使へば雪催
170 熱燗で五臓の位置を確かめむ

 この句集『足音』には、前述の反原発などの社会性俳句的作品が多いが、それ以外には妻恋の句が印象的である。ただし、筆者(=栗林)の好みから、より伝統俳句的な、あるいは、俳諧的な作品を多く選んでしまったようだ。自然の叙景句であり、日常の哀歓をこめた作品である。
 まず、選の重なった(*)印の二句を鑑賞しよう。

052 どの蝶も翅を合はせてゐる岬(*)
 氏には「岬」の句が、〈港より水脈引く船や青岬〉など、ほかにもある。中でもこの句は、「岬」を「蝶」に見立てた句であり、あまり意味を籠めないで素直に書いた叙物・叙景句である。「翅を合わせて」が、万物が憩っているような「岬」を思わせ、言いえている。

128 たんぽぽの子の足音が好きで咲く(*)
 この句集の表題となった一句であろう。イデオロギーを前面に押し出す句群のなかにあって、このような素朴な明るさのある句に、小生はいたく惹かれるのである。イチオシの句。

 もちろん、小生が惹かれる句はほかにも多い。

110 さみしさが手に大根を持たせたり
 日常の無聊感はともすると「さみしさ」ともなる。衣川氏の生活環境は知らないが、奥様を亡くされてからの独り住まいは、想像できる。「大根」にこれほどのペーソスを感じさせるような作品は少ないであろう。

129 菜の花を越えれば海の見えるはず
 師の大牧が「港」を創刊したとき、多くの祝意の中に、やや冷ややかな視線を感じることがあったようだ。それで大牧は〈春の海まつすぐ行けば見える筈〉と詠み、自らを鼓舞した。小生は、この句にも師の心情に通ずるものがあったように思えるのである。

 そしてもう一句。

114 狐火でありてもよろし還り来よ
 小生の勝手な誤読であっても良い。氏の妻恋の本音の一句であろう。

田彰子句集『田さん』

 田さんは坪内稔展さんの「船団」の人。兵庫県丹波市柏原(かいばら)生まれで、同所生れの江戸時代の俳人田捨女に連なる方である。該句集はふらんす堂、2020年7月27日発行。この20年ほどの作品からなる第一句集である。「船団」らしい軽やかな口語的な作品が収まっている。

 自選12句は次の通り。

  じゃこ天の歯ざわりほどの去年今年
  穴ひとつ持ちて定規の日永かな
  ふるさとのさざなみミファソ耳菜草
  桐の花捨女の声を真似てみる
  蛍火や他人になっていく途中
  流星をひとつ投げ込み米をとぐ
  旅に出てザボンのように眠りたし
  吉野葛ほどのとろみのそぞろ寒
  恋人の影の明るさ枇杷の花
  夜と夜繋ぎて雪のしんしんと
  寒晴れや鶏という突起物
  歳晩の雑木林のひとりごと


田彰子句集『田さん』.jpg

 筆者の共感句は次の通り。(*)は自選句と重なった。

017 グラスみな逆さ吊りされ春立ちぬ
031 物言わぬ少年の掌のつくしんぼ
038 チューリップたし算の指足りなくて
042 遠景に花近景に象の鼻
075 近づきて蛍と同じ息づかい
080 梅青しタイヤに空気入れている
086 蟬鳴いてまた別の木に鳴きに行く
091 万緑の芯に小さな投入堂
094 後転の掌は上向きに雲の峰
098 ゴキブリの疾走あすは面接日
100 黒胡椒ガチッと噛んで巴里祭
128 鷹渡る色深くなる日本海
132 鰯雲マイクで子ども叱ってる
134 新しい音の生まれて木の実降る
136 月光や痒いところに届かない
138 スプーンに檸檬の輪切り秘密めく
143 星月夜ふわりと浮いて青い駅
145 さわやかや雑巾のみな名前もち
146 小鳥来る後一枚の回数券
149 実ざくろや黙っていればいいものを
153 耳よりな話ありますラ・フランス
155 星月夜水の音する無人駅
156 大文字のいま大の上鳥渡る
163 冬の森アルミホイルの音がする
182 右上の親不知にもクリスマス
187 茶筅抜くように森からふくろうは
189 先生の頭の上にあるつらら
195 寒晴れや鶏という突起物(*)

 幾つかを鑑賞したい。

038 チューリップたし算の指足りなくて
 幼い子供がチューリップの数を数えている。右手の指を折って数え、左手に移る。それでも足りない……。母の目線での可愛い句。表記としては「足し算の指たりなくて」も可能であろうか?

094 後転の掌は上向きに雲の峰
 子どもの床体操だろうか。バック転するとき、掌は不思議と空に向けて開いている。「雲の峰」で明るい空が見えてくる。よく観察してできた健康な一句。

098 ゴキブリの疾走あすは面接日
「ゴキブリ」を見つけると驚く。さっと逃げるから、もっとたくさんいるのではないかと、不安になる。その心境が「面接日」とぴったり。うまい心理的な句。

128 鷹渡る色深くなる日本海
143 星月夜ふわりと浮いて青い駅
 128は古典的な落ち着いた写生句。143は「青い駅」がふわりと宙に浮いている、という心象の句。両方とも大きな景を詠っている。田さんの俳句の多彩さを感じる。

195 寒晴れや鶏という突起物(*)
 飯島晴子の〈寒晴やあはれ舞妓の背の高き〉を思い出す。普通は「冬晴」という季語を使うが、最近は「寒晴」が多くなった。その方が厳しい体感温度を感じさせてくれる。「鶏」を、情を籠めずに「突起物」と言った。そのニヒルさが良かった。渡辺白泉の〈夏の海水兵ひとり紛失す〉をも思いだす。筆者イチオシの句。

佐藤弘子句集『磁場』

 佐藤さんは1983年「寒雷」(2019年に「暖響」となる)に入会。福島県の文学の世界でいろいろな賞を受けられている。2013年に「小熊座」入会。現在FTVカルチャーセンターの俳句教室講師。
 該句集(2020年7月26日、青磁社発行)は、第一句集で、36年間の作品から、高野ムツオ選による320句を収めている。序文は高野主宰。

 高野ムツオ選の15句は次の通り。

  寒林の一樹のとなりて鳥を待つ
  春昼や焼べれば写真起ち上がる
  天鵞絨に集まる微塵冬暖か
  化粧水今年の頸をよく伸ばす
  狐火のやうに暮らしてをりました
  しぐれ易きものにポストと象の鼻
  尾骶骨付近もつとも虫すだく
  襤褸菊の絮の奥なる母の家
  日が傾ぐ擂鉢虫の大顎に
  仮置き場仮仮置き場鳥曇
  メメント・モリ メメント・モリと粉雪降る
  焦土の色橡(つるばみ)の色八月は
  どくだみの匍匐神々寝入るころ
  金魚金魚さみしい鰾をひとつづつ
  寝落ちたる髪より花火匂ひけり

佐藤弘子句集.jpg


 筆者(=栗林)共感の句は次の通り。(*)印はムツオ選と重なった。

017 毛糸玉消え雑念の編み上がる
018 雛の眼を怖しと云へり初潮の子
020 白梅のまづ一輪のはにかめる
030 紫蘇揉みし指そのままの逢瀬かな
035 揚羽一頭ふはと前方後円墳
039 小字みな同姓小豆干してをり
042 寒林の一樹となりて鳥を待つ(*)
062 母の家まで菜の花を泳ぎゆく
070 砂糖黍噛むなり日本領土なり
080 雪の夜は赤子を抱いて確かめる
089 猫の目の炉火ひらひらと育てゐる
100 すいつちよん鎖骨さみしき夜なりけり
115 生乾きなる七月の空の青
119 保護色になるまで歩く枯れの中
119 正月の真ん中に置く赤ん坊
139 わが詩語と榠樝追熟させておく
141 よれよれの土筆確かに預かりぬ
144 葭切のもう来てもいい水の色
151 仮置き場仮仮置き場鳥曇(*)
157 メメント・モリ メメント・モリと粉雪降る(*)
167 想念の隙間より湧く雪ばんば
172 寝落ちたる髪より花火匂ひけり(*)

 幾つかを鑑賞してみる。

017 毛糸玉消え雑念の編み上がる
 序文にムツオ主宰も書いているのだが、初学のころのはずのこの句は、すでに俳句の骨法をわきまえているような作品である。ともすると〈毛糸玉消えて雑念編み上がる〉としそうなものだが、初学にして「て」を使わない。手拍子になるのを避けているのでる。

042 寒林の一樹となりて鳥を待つ(*)
 この句の前後に、孤独感漂う作品が幾つか見られる。作者はしばし冬木立の一本の木になったつもり。「鳥」が止まってくれるのを待っている。もちろん「鳥」は何かの暗喩。

151 仮置き場仮仮置き場鳥曇(*)
 福島の除染廃棄物の仮置き場であろう。極低レベルの廃棄物なのだが、置き場がない。仮の仮の置き場なのである。この先の行方は「鳥曇」にぴったり。

157 メメント・モリ メメント・モリと粉雪降る(*)
 ヨーロッパのパンデミックの際に広まった「死を想え」という意味の言葉。ペストで大被害を受けたイタリアで、芸術家たちが、この言葉をモチーフに、いろいろな作品を作り上げた。「粉雪降る」でも良いのだが、筆者の好みでは、豊かさの反面はかないイメージのある「ぼたん雪」が好きだ。勝手な感想なので気にしないで下さい。

172 寝落ちたる髪より花火匂ひけり(*)
 今まで庭先で幼児らと手花火を楽しんでいた。やがて子供は眠たくなって腕の中で寝落ちてしまった。その髪のかすかな、乳や汗の香とともに、花火の煙の香を感じた。叙情豊かな平和な句。

大石悦子句集『百囀』

 大石悦子さんの第六句集(ふらんす堂、令和二年七月二十七日発行)。氏は十六歳で波郷の「鶴」に入会。六十五年以上の俳句歴の中で、角川俳句賞、桂信子賞、俳人協会賞など多くの賞を受けられている。著作も多い。該句集は平成二十四年からの三五七句からなる。

大石悦子句集.jpg


 著者の自選15句は次の通り。

天地を束ねし結柳かな
一人居る五日となれば糟湯酒
負暄(ふけん)してうまうま老いぬわれながら
硯北といふみどりさすひとところ
オリオンに一献シリウスと一献
鴛鴦の絢爛と流れゆきたる
根のもの厚く切つたる雑煮かな
春の山とは父もゐき母もゐき
擬態して自切して竹節虫(ななふし)枯る
蕪村忌の青楼の黒框かな
画眉鳥(がびてう)を加へ百囀ととのひぬ
観音の華瓶(けびやう)の春の潮位かな
本売つて知性おとろふ滑莧
美濃に見て近江に踏みぬ春の山
百穂の蒲の噴けるは誄のごとし

 これらの自選句を見た瞬間、その語彙の豊富さに圧倒された。理系育ちの筆者(=栗林)にとっては、難解な言葉が多いのはごく当然なことかもしれない。各頁に一つか二つは難しい言葉があった。覚悟を決めて辞書・季語集・パソコンを傍に置き、挑戦を試みた。
 難解といっても、俳句に二種類がある。頻出度のきわめて少ない言葉が多用されている場合の難解さと、言葉は分かるのだが、その言葉が他の言葉にどう働いているかが分からない句、たとえば攝津幸彦の〈階段を濡らして昼が来てゐたり〉のような句の難しさである。大石さんの句の難しさは、前者である。だから、分からない言葉を丁寧に調べると、眼前にパッと明かりがさすように開けてくる。句の深い意味合いが伝わってくるのである。
 このことは、筆者ゆえの感想であり、大石さんに近い俳句の世界の人々には、古い時代の文化に造詣が深く、関西に特有な土地勘をお持ちであるがゆえに、いともたやすいことなのであろう。とにかく、心して一句一句を読み始めた。
 共感した作品に加え、難解な言葉を探って楽しんだ作品は次のように多数に及んだ。(*)印は自選句と重なったもの。

007 天地を束ねし結柳かな(*)
010 霰酒与しやすきと見られしや
013 負暄(ふけん)してうまうま老いぬわれながら(*)
018 森を出よ五月の蝶となるために
026 安寝(やすい)せむ梟に眼を呉れてやり
029 正月や酒の呉春をはべらせて
032 恋歌の反故に雛を納めけり
033 野宮(ののみや)の春のしぐれにあひにけり
033 花ふぶく仕舞をさらふ子が二人
039 硯北といふみどりさすひとところ(*)
042 乙訓の竹酔日も暮れにけり
043 風干の鰺の助六睨みかな
052 みづうみの風にふくらむ別れ蚊帳
054 茸干す筵の端を重ね敷き
061 あらたまのあらひたてなる海の星
067 夜桜や花の魑魅に逢はむとて
073 母の名を告れば菱の実掴み呉れ
076 あかあかと秋のくちなはさびしいか
078 息長鳥(しながどり)浮かび出でたる千歳橋
079 与らむ離宮の大根配なら
086 狐火を手玉にとつて老いむかな
104 秋の夜の臨書は八一万葉歌
105 黒松に風の出できし良夜かな
106 あをによし奈良に名の木の散る日かな
109 雪の夜の鼠鳴(ねずなき)したる絵蝋燭
120 画眉鳥(がびてう)を加へ百囀ととのひぬ(*)
120 観音の華瓶(けびやう)の春の潮位かな(*)
136 燦々と空ゆく落葉松落葉かな
150 春興や懐紙にうけて鯛の鯛
154 緑さす無着像にも世親にも
157 三島手の自服よろしき夜の秋
158 盆道の刈株(かりばね)にほふ丹波かな
168 乙訓の寒養生の藪行きぬ
180  森賀まりさんに初孫生まる
    裕明もぢいぢとなりぬ蒲の絮
182 百穂の蒲の噴けるは誄のごとし(*)
189 裂織に緋の顕つ佐渡は雪ならむ

 幾つかを鑑賞し、筆者にとって難しかった点を、隠さずに吐露しよう。

007 天地を束ねし結柳かな(*)
 句集『百囀(ひゃくてん)』の冒頭の句。初点前の床の間に飾られる「むすびやなぎ」。それが「天地を束ねる」という表現で、新年の寿ぎの心情がおごそかに辺りをつつんでいる様が表出されている。句集の初句にふさわしい一句。

013 負暄(ふけん)してうまうま老いぬわれながら(*)
「負暄」とは「日向ぼこ」のこと、と注釈が書かれている。意味が分かって気に入った句である。では〈日向ぼこうまうま老いぬわれながら〉でもいいのかと思うのだが、そうではない。「暄」という字には日ざしがあまねく行き渡る時間の経過がうかがえる。「負暄」は生半可な「日向ぼこ」ではないことを示している。

039 硯北といふみどりさすひとところ(*)
 この句もしかり。「机下」と同じように、手紙のあて名の下に書く敬称語「硯北」は、南に向いている文机の硯のこちら側、つまり北に座った状態を表し、したがって「みどりさすひとところ」が浮き彫りになってくる仕掛けである。

120 画眉鳥(がびてう)を加へ百囀ととのひぬ(*)
「画眉鳥」は鳴き声が良いことで知られている鳥。外来種でいろいろな鳥の鳴声を持っている。手前ごとで恐縮だが、かつて〈囀の一つは迦陵頻伽かな〉という句を作ったことがあるので、この句のモチーフはよく分かる。

120 観音の華瓶(けびやう)の春の潮位かな(*)
「華瓶」はインターネットのお世話になった。浄土真宗を由来とする仏具で、金銅・真鍮製の壺。水を入れ、樒または青木を挿し、香水(こうずい)として使う。左右対称に置くため、二つ一組みで用意するのが一般的。故人ではなく、ご本尊を敬うために供えるもの……とある。ここに「春の潮位」を持ってきた飛躍をどう見るか、読み取る力を試されているような気がした。

182 百穂の蒲の噴けるは誄のごとし(*)
 実は、これには少し悩んでいる。「百穂」の解釈なのだが、単純に「蒲の穂」が沢山ある景を想像すればよいのか、それとも、画家で歌人でもあった平福百穂(ひらふくひゃくすい)のことなのかが、筆者には判断できないのである。同じ悩みが実は〈029 正月や酒の呉春をはべらせて〉にもある。「呉春」という銘酒がある。でもその酒だけに限って読むか、それとも江戸中期の京都の絵師松村呉春を想うべきか……大石さんの句には、どんどんといにしえの背景に向かって展開していく作品が多いので、どこまで深く読むかが読者の愉しみでもあり、難しさでもある。

042 乙訓の竹酔日も暮れにけり
168 乙訓の寒養生の藪行きぬ
 この二句もそうである。「おとくにのちくすいにち」(旧暦五月十三日のこと)の背景には「かぐや姫」の由来が隠れているし、168では牡丹で有名な「乙訓寺」が舞台なのであろう。とにかく、大石さんは語彙が広く、固有名詞もふんだんにお使いになる。「富士山」以外固有名詞は使わなかった高屋窓秋の対極にある。 

 筆者同様、露出度の少ない季語や言葉になれていない読者が、もしおられれば、筆者が理解した大石句の難解語をいくつか挙げて、その奥意に迫ってみようとした過程を書いておこうと思う。上級の俳人の方々には、お読みになる必要はないと思うが……分かってみればなんということはないのだが、句意が深まり背景が開けてくるから楽しくなる。誤りがあるかも知れないが、その場合はご寛恕を。

010 霰酒与しやすきと見られしや
「霰酒」は奈良の名物。味醂に麹または霰餅を入れて熟成させた酒。冬の季語。奈良には何度も行っているが、いままで縁がなかった。残念。今度探してみよう。この句集にはけっこう酒の句が多い。大石さんはお酒をたしなむ方らしい。

026 蹤いて来る犬遠ざけて蟬氷
「蟬氷」は蝉の羽根のように薄い氷。冬の季語。似ているが、薄氷(うすらい)は春の季語。

039 あやめ草結びて夕占(ゆうげ)いたさむか
「夕占」は、夕方街角に立って人に話を聞くことで、吉兆の占いをすること。万葉集に出てくるらしい。

052 みづうみの風にふくらむ別れ蚊帳
「別れ蚊帳」は秋になっても吊ってある蚊帳。

073 椎柴染(しひしばぞめ)の母が年忌の着尺とす
「椎柴染」は喪服を意味するらしい。古歌に出てくる。

074 芒野の風尖り来る能褒野(のぼの)かな
「能褒野」は三重県亀山の古墳や神社のあるところ。日本武尊を祀ってある。

078 息長鳥(しながどり)浮かび出でたる千歳橋
「息長鳥」は「かいつむり」のこと。これも〈かいつむり浮かび出でたる千歳橋〉では、作者にとっては、ダメなのである。息が続く限り長く潜っていたのだから……。千歳橋は京都市左京区の修学院にある橋のようだ。

079 与らむ離宮の大根配なら
 いろいろな寺社で大根を炊いて参詣者に振舞う行事があるようだ。京都の鳴滝、三千院などがインターネットで出てくる。「離宮」が筆者には分からなかったが、八瀬離宮なのかと思ったりしている……。

088 桃咲ける一郡を貫き桃花水
「桃花水」とは、桃の花が咲く頃、春雨や雪解け水で川が増水することがあるが、その現象をいう。

098 白蛾落ち典具帖紙(てんぐでふし)の透きにけり
「典具帖紙」は土佐の上質和紙で、透けている。高知を仁淀川から四万十川にかけて旅したとき、地場産業としての和紙製造が盛んであることを認識した

109 雪の夜の鼠鳴(ねずなき)したる絵蝋燭
「鼠鳴」は、広辞苑には「遊女が客を呼び入れようとするときに出す声」とある。

150 春興や懐紙にうけて鯛の鯛
「鯛の鯛」は鯛の骨の一部で鯛の形をしている部分。縁起物扱いされているとも。「春興」は春の興趣という意味と、俳諧で新年の会席で詠まれた三物(発句・脇句・第三句)とある。前者だけの意味なのだろうか? 

154 緑さす無着像にも世親にも
 インドの高僧の「無着・世親」兄弟。奈良の興福寺北円堂に像がある。ご開帳のときでないと観れないようだ。これも「霰酒」同様、見損なっている。次回はぜひ。

157 三島手の自服よろしき夜の秋
「三島手」は朝鮮の有名な陶磁器。「自服」は薄茶を自分で点てて戴くこと、とある。

158 盆道の刈株(かりばね)にほふ丹波かな
「盆道」はお盆に墓から村までの草を刈り、きれいにした道。「刈株」はその切株。

 もちろん、該句集には難しい句だけでなく、写生句も平明な句もある。

061 あらたまのあらひたてなる海の星
136 燦々と空ゆく落葉松落葉かな
 この二句は写生的な句で、061では「あらひたてなる」に惹かれた。136は、筆者の原風景でもある。北海道の広い畑の端に植わっている防風林は殆どが落葉松である。晩秋ともなると金色にいろづく。一陣の風が吹くと、無数の金色の針が奔って行く。この日はたまたま北キツネに出会った日でもあった。

180  森賀まりさんに初孫生まる
    裕明もぢいぢとなりぬ蒲の絮
 筆者は田中裕明のファンでもある。裕明論を書くため、森賀さんに伺いたかったことがあって、お宅に電話をした際、女のお子さんが応対してくれた(平成二十一年)。そのお子さんが家庭を持たれお子さんをお持ちかと思うと、この句がとても微笑ましく思えるのである。もちろんそれは裕明の人柄を想うからでもある。

 お陰様で随分と勉強になりました。多謝であります。

橋本石火句集『犬の毛布』

 橋本さんは「ハンザキ」創刊主宰。それまで「青」「年輪」(現在編集長で幹事長)「ゆう」に所属。既刊句集『はんざき』『かはほり』につぐ第三句集である(ふらんす堂、2020年8月1日発行)。

橋本石火句集.jpg


 自選句は次の15句。

  ふぐりまで風を通して夕端居
  捨ててある蕪より蕪の花が咲き
  醍醐派の秋の大きなかたつむり
  蠅がをり朽木はさみて蜘蛛がをり
  狐火に閂をするだけの小屋
  山遠くあれば静かに虫送り
  秋風や地より浮き立つ木偶の脚
  走り根に日のとどきたる寒施行
  恍惚の母に隣りぬ庭うらら
  苗障子少し直して行きにけり
  菊焚けば波音くらき阿漕浦
  短日や仏像二体貸し出され
  水占の水足してゐる三日かな
  えんぶりを昨夜舞ひし子か登校す
  干布団犬の毛布がその横に

 筆者の共感の句は次の通り。

007 寒餅のまだやはらかき日暮かな
009 山ひとつ越えて梅の木梅の花
015 写真撮るときの笑顔やさくらんぼ
018 河骨の水のゆらげる近江かな
026 近付いてくれば台風らしくなく
032 かばかりの稲干してある山家かな
035 雪ばんば山の際まで耕され
050 あづまやに恋の落書き百千鳥
055 夕雲のどこか明るき祭鱧
058 山裾に風立ちあがる紅の花
066 もう太ることなき秋の毛虫かな
081 雛出して後の月日の早きこと
093 花の寺雨やんで傘じやまになり
128 苗障子少し直して行きにけり(*)
151 鷹を見て人の話もうはの空
166 ゴミ出しの袋の上の花の屑
180 もの置けばそこに影ある晩夏かな
183 身ほとりに水ある暮らし新豆腐
191 絵屏風の折れしあたりの風情かな

 一読してその句柄は、あとがきにある通り「自然のありのままの姿を 生活のありのままの姿を そこに少しの余情を漂わせた 自然随順の句」である。読者を驚かせるようなことはしないが、ほのぼのと湧いてくるものを感じる。筆者(=栗林)は、そこに好感を持った。句集の中に「水」にかかわる作品が多く、多くの句集に見られる「老病死」は見かけない。
 読み終わって、なにかゆったりした気分を戴いた。多謝。

 自選句と重なった一句を鑑賞しよう。

128 苗障子少し直して行きにけり(*)
「苗障子」は苗床の苗を風から守るもの。それをちょっと直して立ち去ったという句。なんでもない小さな行為。苗を大切に育ててる人の情が見えてくる。この句集には、これと同じ情趣の句が沢山ある。

志摩陽子句集『風の行方』

 志摩さんの第二句集である(令和二年七月二十六日、文學の森発行)。平成二年から「遠矢」「濱」を経て、大輪靖宏さんの「輪の句会」に入り「円座」から高野ムツオ主宰の「小熊座」に入り、現在に至っている。帯文は大輪さんが、序文はムツオさんが書かれている。
 序文を読むと、志摩さんはNHK俳句講座講師をなさっておられ、仲間の津高里永子さんの誘いで「小熊座」に入られたよし。筆者(=栗林)も同じ結社に属しているので、誌上の仲間である。

志摩陽子句集.jpg


 高野ムツオ主宰の抄出した十五句は次の通り。

  花疲れ癒すに花を見てゐたり
  霧押して馬の匂ひの近づきぬ
  諸膝の座して豊かや年賀客
  地のぬくみ分け合ふごとし二輪草
  繋留の船のぐらりとちやつきらこ
  ばあさんの馳走ですがな浅蜊汁
  親つばめさぞかし腹の空くだらう
  潮風のかけらとなりて夏落葉
  宙に星地には鐘の音去年今年
  車前草の花踏まれても轢かれても
  花の夜の風の港に船きしむ
  青き踏む島の向かうに島浮かぶ
  白百合の白をまぶしむ旅疲れ
  蒼穹は永久のあこがれ水馬
  陽と風に磨かれ滝の凍てにけり

 筆者の共感した作品は次の通り。(*)印はムツオさんの抄出句と重なった。

028 耳よりも大きな耳輪秋暑し
030 霧押して馬の匂ひの近づきぬ(*)
048 夕日照り竿燈めきぬ山の柿
085 木星の散るやさはさは風を生み
100 ばあさんの馳走ですがな浅蜊汁(*)
102 親つばめさぞかし腹の空くだらう(*)
109 睡蓮に眠りを誘ふほどの風
123 画用紙に笑ふ太陽こどもの日
125 あをあをと千曲流るる涼しさよ
134 時雨るるやはやばや灯る駐在所
147 白百合の白をまぶしむ旅疲れ(*)
154 安曇野の風を翼に青鷹
158 佐久鯉の跳ねて冬空あをあをと
179 町の灯も汽笛も遠き霜の夜

 一読した感じでは、志摩さんの句の味は、やや乱暴な言い方を許して戴ければ、「小熊座」のやや右より、「輪の句会」の中央やや左よりといった感じで、言いかえれば、バランスのよく取れた句柄のように思えた。モチーフはなんといっても「風」。いろいろな風を詠んでいるが、優しい風が多い。

 好きな句を鑑賞しよう。

030 霧押して馬の匂ひの近づきぬ(*)
「霧押して」が上手い。霧の中から悠然と現れたのだが、その馬身には霧がまとわりついている。まさに「押して」出てきた感じ。つぎに作者は匂いを感じた。馬が発するあの特有な匂いである。視覚と嗅覚に働く見事な一句。

100 ばあさんの馳走ですがな浅蜊汁(*)
 どこかのお宅か店で、「浅蜊汁」を馳走になった。他にメインの料理があるのだろうが、おばあさんがサーヴィスに振舞ってくれたのかもしれない。素朴なセリフがそのまま佳句となった。素直な句。授かった句。

102 親つばめさぞかし腹の空くだらう(*)
 雛燕が大きな口を開けて待っている。俳人は、普通はそこを詠む。だが、志摩さんは母燕を詠む。お母さんだってお腹を空かせているに違いない……と。

147 白百合の白をまぶしむ旅疲れ(*)
 下五の「旅疲れ」が効いている。どんな旅だったのかは書かれていないが、白い百合から想像するに、ひょっとして、どなたかが亡くなった、悲しい旅だったのかもしれない、と思った。むしろ違っていることを願うのだが、読者の読みの勝手はやむを得ないことで、許されたい。

134 時雨るるやはやばや灯る駐在所
 季語の「時雨るるや」がこの句の雰囲気を支配している。筆者は田舎の駐在所を想った。客観写生的な句でありながら、ノスタルジー豊かな詩的な句。030と同様、筆者イチオシの句である。

伊藤敬子句集『千艸』

 この句集『千艸(ちぐさ)』は、令和二年七月二十五日、角川文化振興財団発行とある。小生には七月二十二日に恵送戴いた。そして、伊藤敬子さんは、この令和二年六月五日に亡くなられたと「あとがき」にあった。七月二十三日に届いた「俳句」八月号には追悼記事が載っていて、片山由美子さんらが書いている。
 こころよりご冥福を祈り、ご遺族の方々にお悔やみを申し上げます。
 伊藤敬子さんは「笹」の創刊主宰。師系は山口誓子・加藤かけいに繋がる。山本健吉賞など多くの賞を受け、著作も多い。文学博士であられた。名古屋がお好きな俳人だった。


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 帯に引かれた10句は次の通り。

  乾杯は顔より高く年はじめ
  白魚や遠きむかしの桑名浜
  現し世を発ちゆく姉へ春の蘭
  しんにゆうを墨足さず書く青簾
  西日濃しニースの浜に靴を脱ぐ
  徒歩ゆくや千艸の風に裾吹かれ
  奔流は北へ貫く秋の風
  着ぶくれて余呉湖をめぐる孤愁かな
  冬至餅はらからの日もはるかなる
  木の家に住み床の間に松飾る

 筆者の感銘句は次の通り。偶然(*)印の二句が重なった。

021 ほんのりと焦げ目も甘き初諸子
022 初燕来るから水のきらめくから
024 安曇野の堰いくつ越ゆ春の水
030 花万朶水の近江の晴れわたり
040 魞挿すやうすうす遠き比良比叡
062 白牡丹物音させぬやうに住む
067 緑陰や沓脱石のよき高さ
085 明日は着る越後上布に風とほす
120  広島
    秋天や折鶴のみな口つむぐ
126 菊の衿合はせてもらふ菊人形
128 藻にすだくわれから聞かむ安芸の秋
131 柿の実の実りつつあり国境
152 人の世のうつくしかれと冬の虹
157 青竹を花瓶としたる年用意
167 木の家に住み床の間に松飾る(*)
170 乾杯は顔より高く年はじめ(*)
184 藁苞の藁の香ほのと冬牡丹

 重なった二句を鑑賞したい。
 
167 木の家に住み床の間に松飾る(*)
 お正月の景。つくづくお正月は日本間が合うと思う。特に、長期出張で外国から帰ってきたときなどは、強くそう思う。木の家、紙の障子、畳の香、床柱の艶。正月の掛け軸がある。松は大王松だろうか? それとも五葉松? このような住まいの環境を大切に思う。

170 乾杯は顔より高く年はじめ(*)
 これもお正月の句でした。伊藤さんは、健康を祝し、一年の無事を願い、乾杯したのでしょう。家族が集まっているのでしょうか、それとも初句会の場でしょうか。平明な句で、その場の雰囲気が私に伝ってきた。

 あと二句に少し触れたい

022 初燕来るから水のきらめくから
 この句の「来るから」「きらめくから」のリフレインの文体に惹かれた。それでどうなったかは書かれていない。読者が想像するのである。

062 白牡丹物音させぬやうに住む
 この繊細さ! 物音を立てれば、すぐに白牡丹の花弁が、ほろりと零れそうなのだ。この句集には、このような静寂さが通底している。
筆者のイチオシの句。

増田まさみ句集『止まり木』

 増田さんの第六句集である(霧工房、2020年6月26日発行)。氏は俳人であるが、同時に詩を作り、絵を描く芸術家である。この句集の表紙や挿画は、増田さんの旧知のお仲間、森田廣(94歳)さんのもので、その非具象派的画風は増田さんの俳句作品ともうまく調和している。第三句集『冬の楽奏』でスウェーデン賞・ソニー賞・兵庫県芸術文化団体の賞などを受けている。自著・共著が数多い。

増田まさみ.jpg


 筆者の共感した作品は次の通り。全96句から9句選んだ。

  花石榴あるけば冥し母のくに
  黴の花用なき猫を呼びもして
  星流るひもじき鶏を煮て食うて
  秋霖やちくわに怖き穴があり
  えんえんと泥濘む母の褥かな
  いたずらに老いて螢の聲をきく
  凍蝶に躓きわれを見うしなう
  芥子粒のように母逝く春の山
  天涯に吃音の蝶ひるがえる
  
 一読、筆者(=栗林)の鑑賞力を超えた作品が多かった。予定調和に収まった句は一つとしてない。それはオリジナリティがあることであり、羨むべきことである。鑑賞に、いろいろ思いを巡らし、楽しんだが、腑に落ちる句が多くはなく、申し訳ない気持ちである。
 その中で、筆者が、鑑賞の糸口を見つけたかな、と思えた句が、右の9句である。しかしそれらは、まだ鑑賞の入口にあって、出口に到達していない歯がゆさを、自分自身に感じている。
 「用なき猫を呼ぶ」はムードある表現。「母の褥がぬかるむ」のは切ない。声を出さないはずの「螢の聲」をきくというのは何かの暗喩。躓くことのあり得ない「凍蝶」に躓く作者の繊細さ。声を出さない筈の蝶が「吃音」を出しながら翻って行くとの見立て。どれもが屈折の多さと名状しがたい奥行きの深さを感じさせる。
 同じ日に、伝統派の著名な方の句集が届いたが、その300句ほどの全部が筆者の理解の範囲にあった。一方で、増田さんのは手ごわい。しかし、強い魅力がある。得体の知れない魔力がある。筆者は、この系統の俳人を「こころざし髙い少数集団」として、日ごろから敬意を表している。願がわくは、もっと理解出来るようになりたいと願っている。いや、俳句は理解することではない。感じることだと信じて、精進している。
 増田さん、有難う御座いました。下記は森田廣さんの挿画です。

止まり木挿絵.jpg


澤好摩句集『返照』

 澤好摩さんは同人誌「円錐」の代表。若い頃、坪内稔典、攝津幸彦らと「日時計」創刊。「俳句評論」に同人参加、高柳重信に師事し、「俳句研究」の編集事務に携わる。同人誌「未定」創刊。一九九一年「円錐」を創刊、同誌発行人。二〇一三年には句集『光源』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞された。高柳重信に係る著書はじめ、多くの共著がある。『返照』は第五句集で二〇一一年以降の二二六句よりなる(二〇二〇年七月二十五日、書肆麒麟発行、装丁は河口聖)。

澤好摩句集『返照』.jpg


 自選句の提示がないので、筆者(=栗林)の共感した句を、まず掲げます。

008 水底の景かと冥きさるをがせ
013 臥龍梅支へ花なき柱かな
035 行く秋の水より皿を取り出しぬ
039 糸巻の玩具の戦車桃の花
043 まがりつつ花火明かりの中を河
045 かの日炎天弁当箱のアルマイト
048 母の死や嘗て勝手の隙間雪
056 川に湧く霧を白鳥出で来たり
064 傘つひに荷物のままや夏の旅
076 いつからか苅田に雨の音ありぬ
081 天霧らふ枯野の果てを二上山
085 探鳥の双眼鏡の中へ蝶
092 おとうとよ雪野の奥に雪の山
101 風鳴りの松の上なる雪の山
104 山里の燈ともしごろの桜かな
109 釘買つて日照り遮るところなし
110 冴えざえと在す若狭の仏たち
111 短日の山の端赤き花背かな
115 飴玉の終ひ噛みたる寒さかな
117 浮世絵の空はくれなゐ梅の花
118 やみさうで止まない雨の麦の秋
122 鴨居には火防の願の奴凧
123 野面積みらしきものより薺萌ゆ
126 火口湖の水に雲匍ふ夏は来ぬ
126 霧のまだ残るあたりに合歓の花

 幾つか共鳴した句を鑑賞しよう。

013 臥龍梅支へ花なき柱かな
「臥龍梅」は如何にも古木である。支えの柱が必ずある。もちろん柱には梅は咲かない。当たり前なのだが、「臥龍梅」のささくれだった黒っぽい木肌と、支柱ののっぺりした肌の対比が見えてくる。「花の咲かない」支柱は何かの暗喩かとすら思える。

035 行く秋の水より皿を取り出しぬ
 少し冷たくなった澄んだ秋の水。「皿」を洗っている日常の風景なのだが、なぜかペーソスを感じて戴いた。

043 まがりつつ花火明かりの中を河
 少し小高い場所から花火を観た。河面が花火の上がるたびに明るく照らし出される。ゆったりと曲がりつつ流れる様が目に映る。しっかりとした叙景句。

076 いつからか苅田に雨の音ありぬ
118 やみさうで止まない雨の麦の秋
 雨の句を二句選んだ。いずれも静かな雨である。076は、気が付いたら雨が降っていた、という忘我の境地。118は、麦刈りの季節は雨を嫌う。梅雨時期とも相まって、気が気でない雰囲気が伝わってきた。麦が倒れるほど降ると困るのである。

110 冴えざえと在す若狭の仏たち
 芭蕉の「菊の香や奈良には古き仏たち」を思い出す。若狭の海沿いに名刹が沢山ある。筆者は未だ縁がないが、古い仏像が、秘仏も含め、沢山あるようだ。いつか行きたいものだ。

111 短日の山の端赤き花背かな
 京都といっても福井との県境に近いだろうか、「花背」という地名の響きが良い。古い寺や摘み草料理の有名な店がある。筆者も「花背」で句を作ったことがあるので、とても懐かしい。

048 母の死や嘗て勝手の隙間雪
092 おとうとよ雪野の奥に雪の山
 この句集には、一読して、叙景・叙物句が多いのに気が付いた。その中に人事句もわずかだが収められている。ご母堂と弟さんを亡くされたときの句がこの二句である。あとがきに依れば、「二年続けての肉親の死は、いささか身に応えた」とある。ご母堂については〈023 なにもかも忘れる母と冬の金魚〉があり、ガスの火を止めるのも忘れるので、食事は澤さんが用意していた、と言っていたことを思い出す。それにしても、これらの三句はみな「冬」である。
 友人の死の句もある。〈032 友の死を遅れて知りぬ青胡桃〉。「青胡桃」の配合が見事だと感じた。

117 浮世絵の空はくれなゐ梅の花
「くれなゐ」の句はこのほかに〈009 一片の雲くれゐに枯やなぎ〉があるが、117の句は「浮世絵」と「梅の花」があるので明らかに歌川広重の『亀戸梅屋敷』図を観ての発想であろう。ゴッホが魅了された名画であり、澤さんが主宰する句会「圓の会」が開かれる亀戸にも縁があるのである。

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柏柳明子句集『柔き棘』

 柏柳さんは、1996年以来、石寒太主宰の「炎環」の人。2012年に現代俳句新人賞、14年に炎環賞を得ている。この『柔き棘』は『揮発』につぐ第二句集である(2020年7月19日、炎環編集部編、紅書房発行)。序文は石主宰。

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 自選句は次の10句。

  自画像に影を足したる余寒かな
  後ろ手に桜みるとき皆ひとり
  遠き虹渋滞すこし動き出す
  夜濯や別の地球にゐるごとし
  台風圏四角くたたむ明日の服
  踊子の闇をひらいてゆく躰
  無患子を拾ふきらひな子のきれい
  抱きしめられてセーターは柔き棘
  しばらくは夕日の寒き部室かな
  書くことは傷つくること冬の空

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。序文も自選句も読まずに選んだ句なので、(*印)のように二句重なったのは、嬉しい限りである。

018 てのひらの湿つてゐたり鳥渡る
019 永遠を口にするとき檸檬の香
022 次々と傘をひらきて卒業す
028 ララバイの匂ひかすかに革ジャンパー
033 高きより名前を呼ばれ夏休
034 水遊ときどき父へ手を振れり
057 通販の箱のすかすか花八手
061 電車から電車の見ゆる麦の秋
079 台風圏四角くたたむ明日の服(*)
100 雪もよひ夫へリモコン向けてみる
136 しつけ糸抜けば銀漢ひろがれり
142 後ろ手に桜みるとき皆ひとり(*)
146 月白や手の甲回すフラメンコ

 重なった二句を鑑賞しよう。

079 台風圏四角くたたむ明日の服(*)
 あとで気が付いたのだが、この句集の帯に選ばれている句であった。序文で主宰もこの句を鑑賞している。筆者も同様な鑑賞なのだが、この句には明日への作者の期待が感じられた。台風の目が過ぎ去れば、明日は秋晴れの旅行日和になるのだ。ブラウスを畳んで丁寧に手熨斗している。今は台風裡なのだが……若干の不安もあるのかもしれない。その微妙さがこの句の手柄だ。明日は旅行だとは書かれていないが、読者の私は勝手にそう思っている。

142 後ろ手に桜みるとき皆ひとり(*)
 後ろ手をして何かを見ている人は、たいていが孤独である。それでいて無防備でもある。屈託もない。桜を見ながら、過ぎし日を懐かし気に見ている。二人連れであっても、後ろ手はあり得るが、桜を二人で見る気分は、一人で見る気分よりも前向きであろう。この微妙な差を「皆ひとり」と言い切ったところが良かった。内面に迫る一句。

 もう一句鑑賞したい。

061 電車から電車の見ゆる麦の秋
 郊外電車に乗ると、よく遭遇する景なのに、俳句に詠まれたのを見たことがなかった。何のこともない平凡な景がこうも正直に詠まれると、感心してしまう。波多野爽波の〈鳥の巣に鳥が入ってゆくところ〉と同じで、平凡でありながら非凡な句となった。「麦の秋」も成功している。筆者イチオシの句。

中西夕紀句集『くれなゐ』

 中西さんは結社「都市」の主宰。宮坂静生、藤田湘子に師事し、「晨」などに所属しておられる。2020年6月30日、本阿弥書店発行。第四句集である。

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自選十二句は次の通り。

  夕映の窪みに村や春の富士
  垂るる枝に離るる影や春の水
  かきつばた一重瞼の師をふたり
  茶柱のやうに尺蠖立ち上がる
  青嵐鯉一刀に切られけり
  店奥は昭和の暗さ花火買ふ
  百物語唇なめる舌見えて
  旅にゐて塩辛き肌終戦日
  刃となりて月へ飛ぶ波沖ノ島
  ばらばらにゐてみんなゐる大花野
  日の没りし後のくれなゐ冬の山
  山襞を白狼走る吹雪かな

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。

010 花びらの水くぐらせて魚捌く
018 結はれゆく髪つやつやと祭笛
022 葦戸より手が出て靴を揃へけり
023 空耳に返事などして涼新た
029 鹿の声山よりすれば灯を消しぬ
031 あをあをと雪の木賊の暮れにけり
036 雪掻きに古看板を使ひをる
073 ゴム長の一人加はり大試験
074 信号に止まり狐と別れけり
109 さみだれのあまだれのいま主旋律
120 ばらばらにゐてみんなゐる大花野(*)
122 膝で折る枝のこだまや冬の山
136 勝ちしこと馬にもわかり春の風
175 逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花
185 日の去れば月に干さるる茸かな
192 日の没りし後のくれなゐ冬の山(*)

 一読、安心して読める句が沢山の第四句集である。さすが主宰を務めておられる方。宇佐美魚目にかかわる、ほのぼのとした句がある。よき師であられたのであろう。

 選が重なった二句を鑑賞させて戴く。

120 ばらばらにゐてみんなゐる大花野(*)
 大勢で吟行にでも行かれたのであろう。皆それぞれ句想を練りながら、適当な距離を置いて、散策している。没我的ですらある。後に集まって句会でも開くのであろう。だから、確かに全員がいるのだ。「ばらばらにゐてみんなゐる」が言い得て妙。「大花野」だから、遠景には山が見え、空も明るい。雲はゆっくり流れている。
 筆者は勝手に吟行を思ったが、花野だから、浄土にも通じよう。そうすると、「みんな」は、父祖やうからなのかもしれない、とも思い返している。どちらにしても、筆者にとってイチオシの句である。

192 日の没りし後のくれなゐ冬の山(*)
 この句集の表題となった一句。冬の夕茜は眩しいほどである。その眩しさも日没前のわずかな時間。山の向うに日が隠れると、山影が「くれなゐ」に染まる。それもすぐに消えてゆく。その「くれなゐ」を惜しみながら、それに想いを託しているようである。
 
 とても落ち着いた、安定した作品をたくさん見せて戴きました。多謝です。

なつはづき句集『ぴったりの箱』

 なつはづきさんは、2018年に現代俳句新人賞を、2019年には攝津幸彦記念賞準賞を得ている才媛俳人である。その第一句集(2020年6月22日、朔出版発行)である。

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  筆者(=栗林)の共感句は次の通り。

013 花粉症恋なら恋で割り切れる
018 右手から獣の匂い夏の闇
021 カピパラはいつも遠い目草田男忌
023 身体から風が離れて秋の蝶
025 人事部長ゴーヤずうずうしく繁る
033 婚期かな前歯隠している兎
048 桜桃忌鎧のようにつけまつげ
055 星の夜や結うには少し早い髪
062 風花やふと記憶から声がして
091 冬怒濤少ない色で生きてゆく
092 のりしろに糊が足りないまま師走
104 ぴったりの箱がみつかる麦の秋
116 紺セーター着ていい人のふりをする
117 狐火や絵本に見たくないページ
126 リストカットにて朧夜のあらわれる
133 ぺちぺちと歩くペンギン梅雨明ける
144 雪女ホテルの壁の薄い夜

 跋は宮崎斗志さんが……なつはづきさんの句は、独特な「身体感覚」が宜しい……として、多くの佳句をあげている。「恋」もテーマであり、成功した句が多い、とも書いている。同感である。

 上に、筆者(=栗林)が選んだ句は、絶妙な季語の使われ方をしている、と感じ入った句である。筆者は、この句集の宜しさは、季語の配合の魅力ではなかろうかと思っている。予定調和的でない季語の斡旋の新しさがある。しかし中には実験的なものもあるように思える。つまり、詠みたいという感動が不確かな句でも、季語の斡旋により、読者が自由に詩を立ち上げてくれるであろう、という期待のもとに書かれている句もあるように思えるのだ。「思えるのだ」と書いたのは、ただ単に筆者の読解力が及ばなかったためだったからかもしれないからだ。この作り方は、筆者には、絶頂期の飯島晴子のように見える。晴子は俳句を書く前に感動があってはならない、とまで言った。感動は読者にまかせるのだ。だから予定調和的な季語の斡旋を、絶頂期の彼女はやらなかった。なつはづきさんも、そんなところがあるように思えた。それらの句は、ときとして私にとっては難解であった。たとえば、〈080思い出はいくら積み上げても案山子〉〈母の背が饒舌になり鰯雲〉など、斡旋された季語「案山子」「鰯雲」など、私にはなぜ絶対にその季語でなければならないのか、解釈が難しかった。そこに彼女は、読者の積極的な参加を求めているのだろう。筆者も正解に近づこうとして、想いを巡らせている。そしてそれらの句は彼女の将来のさらなる伸びを物語っているのかもしれない。
 啓発された句が沢山ありました。多謝です。

坪内稔典―俳句とエッセイ『早寝早起き』

 稔典さんが表記の俳句とエッセイ集を出された。「船団」が解散になるとのことで、惜しい気持ちを抱きながら一読した。

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 稔典さんの俳句にカバが出てくるのは承知だが、この句集には、伊予柑、文旦、デコポン、シロサイ、クロサイなどが多い。それに「うんこ」が頻出するには驚く。それに「つるりんしよう」など、多義性のある言葉が新鮮であった。

 びわ食べて君とつるりんしたいなあ

 まさに稔典さんは自由人である。

 エッセイで筆者の感じた点は、その辛辣さの点では、①俳句の世界遺産化運動を批判していること、懐かしかったことは、②伊丹三樹彦・公子夫妻のこと、驚いたことは③澤好摩さんなどが三樹彦門を離れる頃の出来事、同感を覚えたのは、④俳句と川柳の違い、などである。
 
 俳句を世界遺産化しようとの運動で、俳句4協会と自治体が協力しているが、稔典さんは「俳句は現代美術に近い表現であり、それを遺産と呼ぶことはそぐわない」「俳句は生活文化として存在しながら、その表現史の先端に鋭い片言があった」「芭蕉や蕪村や一茶の名句も、作られた時代においては鋭い片言だった」「この運動は片言としての俳句を切り捨て、生活文化としての俳句(つまり月並み俳句)だけを俳句としようという運動だ」と述べ、それは恥ずかしい感覚だ、と主張する。有馬さん、鷹羽さん、大串さん、宮坂さん、稲畑さん、金子さん、皆さんは恥ずかしくないのか、とかなり手厳しい。
 反対意見は多く聞かれる。実は筆者は賛成の立場なのだが、その根拠は、俳句がもっと多くの人に認知された方が良いと単純に思うからに過ぎない。遺産化によって心配されているようなことが起こるとすれば、一考せねばならないのだろうか?

 伊丹三樹彦・公子さんご夫妻のことは筆者もなつかしい。南塚口のマンションに何度か取材に行ったことがある。玄関に三樹彦さんそっくりの人形が飾ってあった。その人形の作者とは東京での三樹彦さんを偲ぶ会でお目にかかったことを思い出した。
 三樹彦さんの青玄俳句会はむかし集会所を持っていて、稔典さんらの若者がたむろしていた。矢上新八、立岡正幸、澤好摩などが管理人役を務めていたらしい。ある日、稔典さんに似せた服を階段に吊り、縊死しているように見せ、やってくる仲間を驚かせようとするいたずらを思いついた。だがやってきたのは女性だった。彼女は驚いて三樹彦さんや警察に急報した。それでことが大げさになってしまったようだ。この事件が、稔典さんらが「青玄」と距離を取り始めたきっかけとなったようだ。もちろん、筆者は澤さんからこのようなことは聞いたことがない。

 意を強くしたのは、稔典さんのいう「俳句と川柳の違い」である。いろいろに読めるのが俳句。これに対し、川柳は一義である。〈古池や蛙飛び込む水の音〉が俳句で、読み方は幾つもある(これで本が一冊書けるほどだ)。〈犬だけがスリムになったウォーキング〉は川柳である。特に筆者が賛同するのは、俳句が幾様にも読めるという点である。よく俳句の先生が、中七が上にも下にもかかるのは良くない。どちらかにせよ、と教えるのだが、筆者はどちらとも取れる句でも良いと思っている。一義にしか読めない句は名句ではないのだろう。

 愉快な気持で、このエッセイ+句集を読ませて戴いた。

橋本 直 句集『符籙』

 橋本氏は「豈」同人で現俳協の青年部にて活躍されていた方である。『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』などを編集したほか多くの著作がある。符籙とは未来の預言者のことで、この符籙を持つ道士は、天界とコミュニケーションが可能となり、天の力を用いて病魔を封じるなど、様々な能力をもつともいう。言わば符籙とは、本来人の力の及ばぬ崇高なものと人間界との間を媒介し、人に天の力を付与するものだ……とある。

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 栞があり、鴇田智哉氏と阪西敦子氏のおふたり。跋はご自身が書かれている。

 帯に次の7句が掲げられている。

  貂の眼を得て雪野より起き上がる
  生牡蠣をまの口で待つ人妻よ
  コーヒーが冷めてワインが来て朧
  幾らでもバナナの積めるオートバイ
  南洋に虹じやんけんの一万年
  文学にデスマスクある涼しさよ
  死角よりふつと狼あらはるる

 筆者(=栗林)の感銘句は次の通り。各頁には頁数が逆送りで付されているようだが、いつものように、ここでは正順の頁を示しておく。

010 馬の目の高さで歩く雪の森
016 桃青忌ラーメン鉢の底に龍
017 「どん底」の画看板ある冬の街
018 セーターの女の形して残る
024 ノーサイド見て寒鰤の腹さばく
030 アンダーラインの折り目正しき大試験
040 豪邸の丹念にとる毛虫かな
065 長椅子の両端ハロウィンの子供
081 明易し船の沖より船の声
087 首のない仏野ざらし汗もなし
104 かき氷日本を捨てる話して
106 南洋に虹じやんけんの一万年(*)
147 抽斗に見知らぬ薬神の留守
154 水平にいいちこの瓶去年今年

 次の句は、鴇田氏も阪西氏も選んでいる。

106 南洋に虹じやんけんの一万年(*)
 この句集には橋本氏がアジア諸国を旅して得た句が沢山あり、この句はフィリッピンでのもの。
 栞には、鴇田氏が「時をこえて共通するであろう、虹、とそして、じゃんけんが、プリズムの三角構造をも連想させ、その光の跳ね返りに、一万年、は長すぎず短すぎない、すこやかな広がりではないだろうか。海への思い、そして長い時間への親しみ、時をこえていくことへのあこがれ」と書き、
 阪西氏は、「ひろびろとしたスケールが魅力だ。その地を通って〈じゃんけん〉が日本にその形をとって現れるまでにたどった時間なのか、国同士のじゃんけんに翻弄された時間なのか、虹の一瞬とそこに横たわる長い時間が共に立ち現れる」としている。
 筆者(=栗林)のイチオシの句でもあるので、若干の感想を述べたい。まず、「南洋に虹」で、明るい太陽と海、決まって時間通りに訪れるスコール、そしてそのあと必ず現れる「虹」を、私に思わせる。青緑色がかった海とそこに浮かぶ島々も見えて来そう。そこに突如「じゃんけん」という人と人の係わりの言葉が出てくる。そしてその「じゃんけん」が一万年後の今も続いている不思議さを私に提示する。地球上に海が出来たころ、雨が降り、その後は当然、虹が立ったであろう。それは一万年よりももっと前のこと。やがて海から生物が発生し、人類も生まれた。そこで起こった文化も諍いも一万年単位の昔のこと。こと「じゃんけん」に関しては、中国・韓国の影響もあろうが、やはり何となく日本文化を思わせる。子供のころから、順番を決めるのにもっとも手軽な方法が「じゃんけん」だった。そして、それには幼い時の思い出が付きまとっている。そしてこの「一万年」が個人の思い出などよりももっともっと大きく長い人間の文化や諍いの歴史を思い起こさせてくれる。いろいろな解釈が出来、なんとも妙な気持になる句である。「じゃんけん」が何かの象徴のように詠まれていて、それが何を意味するのかを、あれこれ思料する愉しさのある句であった。 

 楽しい句集を、有難う御座いました。

太田うさぎ句集『また明日』

 太田さんは、結社「豆の木」(こしのゆみこ代表)と「なんぢや」(榎本亨代表)の同人で、二〇一九年には「街」(今井聖主宰)にも入っている。「豆の木」賞を二回受けている。該句集は株式会社左右社が二〇二〇年五月三十一日に刊行。
 跋文は、太田さんと句会を一緒している俳句評論家の仁平勝さんが書いている。


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 自選句の提示がないので、仁平さんが跋文に引いた句を掲げておく。

  誰からも遠く夜濯してゐたる
  苗売の前髪が目に入りさう
  フラダンス笑顔涼しく後退る
  なまはげのふぐりの揺れてゐるならむ
  真ん中に達磨ストーブ船を待つ
  陽炎へ機械油を差しにゆく
  裸木のラジオ体操広場かな
  パン屑と名前を貰ふ雀の子
  夏帽子振つて大きなさやうなら
  奈落よりあらはれ春の踊かな
  菊褒めてドライクリーニングを頼む
  小春日の有機野菜とフォーク歌手
  富士額見せて御慶を申しけり
  美人湯を出てしばらくを裸なり
  忘年や気合で開ける瓶の蓋
  ラクビーの主に尻見てゐる感じ
  過去からの電話のやうに雪降れり

 筆者栗林の共感句は次の通り。(*)印は仁平さんのと重なった。

012 名案はときを選ばず烏瓜
014 行く秋の水は捩れて水のなか
021 百千鳥眼傷つくほど学び
030 松手入空を立派にしてしまふ
035 四隅より辞書は滅びぬ花ミモザ
038 恋猫に夜汽車の匂ひありにけり
044 夏帽子振つて大きなさやうなら(*)
049 枯木から枯木へ渡す万国旗
056 神の留守柱は赤を尽くしたり
059 緋の白の八重の一重の寒牡丹
061 三月や噛まれ細りの馬の柵
065 酢洗ひの鰺も谷中の薄暑かな
071 子が父の洟拭いてゐる梅林
078 旅一つ終はりて金魚買ひ足しぬ
083 晴ときどき蝶テーブルも椅子も白
088 ライラック傘差して傘取りにゆく
089 レモンティー雨の向うに雨の海
090 濡れてゐることを知らない目高たち
090 星下ろすごとく風鈴下ろしけり
094 菊褒めてドライクリーニングを頼む(*)
094 薄原きらり少年とは速度
095 きれいな夜水すれすれに檸檬浮き
097 ぴゆつと出て鴨南蛮の葱の芯
108 惜春や貝に盛らるる貝の肉
109 川幅を水は急がず竹の秋
118 アロハシャツ大本山を下りて来し
123 ラグビーの主に尻見てゐる感じ(*)
126 転がして運ぶ卓袱台春の山
151 一種爽やか空腹のはじまりは

 一読してわりに伝統的な作品が多い、と感じたが、ささいな対象の捉え方、それを言葉で表すときの固有の工夫が非凡で、見たものの機微を見事に表出している句が多い、と感じた。そしてユーモラスである。

044 夏帽子振つて大きなさやうなら(*)
 普通なら「大きく振ってさやうなら」とやる。それではつまらない。「大きなさやうなら」に敵わない。太田さんは本当に言葉の工夫の上手な人だと思う。

094 菊褒めてドライクリーニングを頼む(*)
 水洗いで済ませるか、ちょっと高いドライにするか? その判断の瞬時に、軽い気持ちで、店先の「菊を褒める」。この感覚が、短歌でなく、詩でもなく、如何にも俳句らしい。

123 ラグビーの主に尻見てゐる感じ(*)
 そういえばそうだな、と読者を納得させる。テレビ社会の影響ではあろうが、視線の新しさと、「主に……感じ」という断定表現がこの句を生かしている。

059 緋の白の八重の一重の寒牡丹
083 晴ときどき蝶テーブルも椅子も白
094 薄原きらり少年とは速度
 ちょっと珍しい文体の三句を掲げた。一見ぶっきらぼうな表現だが、まとまっていて破綻がない。感心した。