栗林浩の句集『うさぎの話』――ご報告 


 令和元年6月15日に小生の第一句集『うさぎの話』を角川文化振興財団から刊行しました。その紹介記事は、小生の旧ブログ https://05524959.at.webry.info/201906/article4_.html にあります。
 このたび、該句集に寄せられた読者の共感の句の数を集計してみました。読者の皆様へのお礼のつもりで、ご報告かたがた下記に掲載させて戴きます。


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 栗林浩の句集『うさぎの話』――ご報告           令和元年8月吉日

 感想をお寄せ下さった皆様へ

 拙句集『うさぎの話』につきましては、多くの皆様からの激励・コメントを戴きました。誠にありがとうございました。お時間を割いてお手紙やメールを頂戴致しましたことに、厚くお礼申し上げます。
 この6月15日に刊行した該句集に対し、8月末までに、多くの皆様がお目に留まった作品を抜き書きして送って下さいました。小生は、評論集をいままで沢山出しておりますが、句集は初めてでありました。皆様の反応が素早く、かつ、多岐に亘っておりますことは、評論集とは比べ物にならないほどであります。
 お便りを下さった方々は、全国のいろいろな結社の主宰の方々、編集長や著名な俳人の皆様を含め、小生の所属する「円錐」「小熊座」「街」「遊牧」をはじめ、昔の「握手」の友人、超結社の句会、ときどきお邪魔させて戴いている俳人協会系、現代俳句協会系のいくつかの句会の友人、小生がお手伝いをしている二つの俳句教室のメンバーなどなど、多岐に亘っております。ただ一句に絞って、お知らせくださる方、お目に留まった句を100句ほど書き連ねて下さる方、それぞれをそのまま集計してみました。
 お読み下さった方々が、どんな句を抽いて下さったか、すべてを紹介はできませんが、最高点を得た句から順に20句のみを掲げさせて戴きます。

01、イギリスのうさぎの話灯を消して
02、先頭の蟻を知らない蟻の列
03、目と耳を置いて消えたる雪うさぎ
04、ホームより長い電車来修司の忌
05、中ほどがさびしい花のトンネルは
06、くちびるといふ春愁の出口かな
07、無骨とは骨のあること鬼房忌
08、花菜漬いまなほすこしだけ左翼
09、冷気立つずらり尾鰭のなき鮪
10、八月やラヂオの中の砂利の音
11、トンネルの上に海あり天の川
12、絨緞に沈む足裏憂国忌
13、防人の文を焚く火ぞ不知火は
14、色鳥来ふつうの鳥も来てをりぬ
15、行く夏のからとむらひか沖に船
16、人類とパンに臍あり恵方あり
17、大根を吊るだけと言ひ釘を打つ
18、この先は雪だと言うて干鱈割く
19、もう二度と蟬は通らぬ蟬の穴
20、プール出るときの地球の重さかな

 若干の感想を述べます。
01(うさぎの話)は最高点でした。この句集の表題になっていますし、高野先生・今井先生が序文や栞に書いて下さったおかげで、大いに目立ちました。目立ちすぎた感もあります。したがって、若干割り引いて受け取るべき、と自重しております。しかし、嬉しいことでありました。初出は「街」の句会でした。
02(先頭の蟻)は、初学の頃に詠んだ句ですが、意外に支持者が多かったようです。発想を人間社会にまで寓話的に広げて鑑賞して下さる方々が多くおられたせいだと思っております。
03(目と耳を置いて)は、若干機知句的でありすぎるきらいを、作者自身は感じております。
04(ホームより)は、寺山修司の名前に依存しすぎかとも思っていますが、東急大井町線の九品仏の駅を通る度に、この状況に出会います。
05(中ほどが),06(くちびるといふ)のような抒情句にも、賛同される方々が多いことを知りました。05,06辺りおよびそれ以降になりますと、点数上の差はわずかでありました。
07は、佐藤鬼房顕彰俳句大会で、高野ムツオ先生から特選を戴いた、記念の句であります。無骨なのか武骨なのかは議論があるかもしれません。でも、小生は「無骨」を取りました。
08(花菜漬)は、左翼と言ってもごく穏健な程度だと思っております。テレビに向かって、「それはどうかな」とうそぶく程度であります。
09(冷気立つ)は、よくご存じの魚卸市場の景ですが、異様なまでの壮観(?)さでありました。「小熊座」の土の会での句でした。
10(八月や)は、これも初学の頃のものです。02と併せてお読みいただけると、「反戦」あるいは「厭戦」が通底しているかと思います。
11(トンネルの上に海)は、海底トンネルを通過中に降ってわいたようにできた句です。羽田のトンネルでも関門トンネルでも、青函トンネルでも、あるいは、網野月をさんが「水明」に書かれたように、ユーロトンネルでもよいと思っています。「遊牧」の句会でした。
12(絨緞に沈む)は、高野先生の序文を読んで、知らなかった事実までに思いが到りました。つくづく俳句は作者のものではなく、読み手が半分以上作り上げる文学だと思わされました。
13(防人の)は、高橋睦郎先生から、あのころ防人たちは文盲だったから手紙は書かなかったかも知れないが、こういう発想もできるのか……と、丁重な私信を戴きました。
14(色鳥来)は、この当たり前のことを読んでおきたかった一句です。自分ではかなり気に入っています。
15(行く夏のからとむらひ)は、東日本大震災によりそって鑑賞して下さる方々が多かったようです。句の動機はそのとおりでした。復興が進むニュースが流れると、現地へまた行きたくなります。
16(人類とパンに臍)は、ある年一月の「遊牧」の銀座吟行で、有名なパン屋さん(餡パンを考案したとして知られています)の前を通りました。多くの客が列を作っていました。餡パンとヒトの共通点〈臍〉を思いつきました。
17(大根を)は、軽い句として、気に入っています。やたらに釘を打つと家人が気にするものですから……。
18から20までは、ほとんど同点の句でした。相応の思い出のある句でした。

 おたよりをお寄せ下さいました皆様に心よりお礼申し上げます。

仙田洋子句集『はばたき』

 仙田さんは、有馬朗人の「天為」のひと。句集がすでに3冊、句文集、入門書など数多い。この句集『はばたき』は、令和元年八月三日、角川文化振興財団刊行。学生時代から、石原八束に学び、東大学生俳句会にも所属。俳句四季大賞の選者も務めている。句集名は〈はばたきに耳すましゐる冬至かな〉から採られたものと思われる。

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 自選14句は次の通り。

   初明り死にたての死者手を挙げよ
   繭玉のゆるるは死後のごとしづか
   白鳥帰る死装束のまま帰る
   春の雲呼んで坐りてゐたるひと
   国盗つて盗られて燕来たりけり
   かどはかしたき少年と螢見に
   大干潟まぶたのごとく灼かれをり
   抱擁を蛇に見られてゐはせぬか 
   原爆忌誰もあやまつてはくれず
   生きもののおほかた無口秋の空
   桔梗や文書くときは正座して
   青銅の馬身の如く冬来る
   はばたきに耳すましゐる冬至かな
   狐火を見し人ばかりゐて困る

 冒頭の三句、死に関する句が続いている。あとがきを読むと、その訳が了解される。だが、ご両親はご健在で、何よりである。

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)印は選が重なったもの。

009 その長き睫毛のあはれ雪女郎
010 マフラーを綾むるごとく巻いてやる
013 鍵盤を踏んで仔猫の来たりけり
015 引つぱられ浮巣の見ゆるところまで
018 鎖骨あたりならば夏蝶とまらせむ
021 秋水もわれも暮れゆく丹後かな
028 雪兎溶けて真紅の眼の残る
041 しやつくりの途中松茸とどきたる
052 涙目の兎ゐるらむ梅雨の月
058 墓洗ふあたま洗つてあげるやうに
066 焼芋のやうな熱さでお慕ひす
079 にぎやかに母の悪口柿すだれ
086 帰る鳥雲を柩と思はずや
093 夏雲やみんなで腹筋して帰る
095 原爆忌誰もあやまつてはくれず(*)
105 はらはらと光り降るもの春の空
116 石段のあれば飛ぶ子や秋の暮
124 国盗つて盗られて燕来たりけり(*)
125 幼らの覗いてゐたる春の水
141 まはり道して蠟梅のそばにゐる
146 母の日の母の躓きやすきかな
152 雨蛙よその子供と見てゐたる
156 冬桜涙だんだん大粒に

 まず、選が重なった二句を鑑賞しよう。

095 原爆忌誰もあやまつてはくれず(*)
 あれだけの一般市民の犠牲者を出しているのに、アメリカは謝りもしない。原爆投下には連合国間で了解があったのかもしれないが、勝者がいつも正しいというのだろうか。多少個人的になるが、あることを書きたい。
筆者がアメリカの原子力技術を勉強していたとき、テネシー州のオークリッジを訪ねたことがある。そこでは、昔、日本攻撃のための原子爆弾を作っていた。膨大なリソースをつぎ込んでのマンハッタン計画である。原爆が戦争を早期に終わらせたことを祝っての記念のイベントを計画するので、お前も寄付を出せ、と知人のアメリカ人に言われた。なんという感覚だろうかと、怒りを覚えた。彼らの感覚は、日本人のそれとは大きく離れていた。

124 国盗つて盗られて燕来たりけり(*)
 どう鑑賞すべきか迷う句である。しかし、筆者は中国の大河ドラマのような印象を持った。三国志を思ったのかもしれない。「燕」はあくまでも「燕」なのだが、古代中国の「燕」という国を思い、河北省を含む広大な景を思った。悲喜こもごもの長い歴史をよそに、昔もいまも、日常の景として、燕は飛んでくる。

 もう少し感銘句を読んでみよう。

015 引つぱられ浮巣の見ゆるところまで
116 石段のあれば飛ぶ子や秋の暮
125 幼らの覗いてゐたる春の水
152 雨蛙よその子供と見てゐたる
 子供といる景を詠って、微笑ましい。中でも、筆者には〈152 雨蛙よその子供と見てゐたる〉が印象的であった。「よその子」に抒情を感じた。

018 鎖骨あたりならば夏蝶とまらせむ
「鎖骨あたり」という微妙な身体感覚が良い。掌では普通でつまらないし、頭の上も面白くない。

028 雪兎溶けて真紅の眼の残る
 実は、筆者にもこれと似た句がある。〈目と耳を置いて消えたる雪兎〉(『うさぎの話』、角川文化振興財団刊行)だった。同じ着想で、違った作品ができるものだと思った。

041 しやつくりの途中松茸とどきたる
079 にぎやかに母の悪口柿すだれ
093 夏雲やみんなで腹筋して帰る
 ユーモラスな句の例である。041は、「しゃっくり」という日常よくあって、若干違和感を覚えている最中に「松茸」が届いた。羨ましい限りである。「松茸」が上手い。因果関係のない事象を、さらりと軽く詠んだ。俳諧的。
079では、「母の悪口」を子供たちが笑いながら言い合っている。「柿すだれ」なので、明るい雰囲気である。決して深刻な「悪口」ではないのだ。子どものときに、同じことでよく叱られたこととか、他愛のないことに違いない。
093は筆者イチオシの句。健康維持というより、若さや、体形を保つ主婦たちの運動なのだろう。現代の社会風潮に乗っている自分たちを、やや自虐的に詠んでいる。そこが面白かった。「腹筋して」と、そっけなく短縮表現したのも良かった。
 帯文に「ユーモアと独自の眼差しで」と書かれているが、その通り楽しい句集でした。

大谷弘至句集『蕾』

 大谷弘至さんは、ご存じの通り、若くして長谷川櫂の「古志」を継いだ方。このほど第二句集を出された(花神社、令和元年八月十日)。巻頭に加藤楸邨の「寒雷」復刊号の言葉を、次の通り、引用している。
  どんなに苦しい現実でも、一歩一歩ゆたかに踏み出したい。
  つまさきで探りあてる一粒一粒の砂のやうに、一句一句を
生み出したい。
  現実はよし荒野であっても心に花の蕾をもちたい。
 
 また、末尾には、初句索引と季語別索引が載せられている。


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 自選10句は次の通り。

  而して大悪人の涼新た
  諦念の漱石海鼠虚子海鼠
  月餅や北京の秋も高からん
  象ほどな大きなうれひ水温む
  うごくたび家みしみしと冷奴
  秋めくやもやしにのこる豆殻も
  かなかなや仏彫るにも屑が出て
  はじめをりいつかの春をつづきから
  山もまた齢ありけり眠りをり
  桜餅心の花はまだ蕾

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)は大谷さんの自選と重なった。

008 春の蝶影らしきもの連れてゐし
011 大きくてはかなき大の一文字
017 義仲寺・芭蕉遺愛の椿杖
    のこされし杖は枯野の音したり
020 家がある人は家路へ花辛夷
023 蟹の穴蟹の子どもが出てきたり
027 手花火や門火より火をもらひうけ
044 のどけしや馬でくりだす草千里
046 とりおきの藁を火にくべ初鰹
047 親子牛出水の中を曳かれくる
049 ちよつと出てゐしが小鰺を釣つてくる
049 まづ枝の蛇をはらつて松手入れ
054 待庵
    猪に破られさうな茶室あり
059 石にゐて石よりしづか山椒魚
060 大文字の薪割る音か嵯峨の奥
078 雷の大きなことを国自慢
084 こぼれても金魚の泪水の中
092 また一人時雨の門をくぐりくる
109 かなかなや仏彫るにも屑が出て(*)
113 凩や炊いて崩れぬ鯛のかほ
127 この島や少年にして闘鶏師
137 蛇が来てしづかに卵のみはじむ
152 猿曳の肩が好きなる猿ならん
170 ものの音もつとも秋の蚊が澄んで

 少し個人的な記憶を書いておこう。大谷さんが主宰を継いだとき、俳壇で大きな話題となった。平成二十三年一月(発表は二十二年の春ころだったと記憶している)だった。当時、筆者は目星をつけた新鋭俳人をインタビューして、「俳句界」に「話題の新鋭」として連載していたのだが、その一環で、平成二十二年六月に、大谷さんを取材した。氏は季重なりなどを気にされない方だったので、季語の使い方などが話題となった。その際は大谷夫人も一緒されて、話が弾んだものであった。翌年、「古志」二百号記念の座談会が企画され、大谷弘至さんを中心に、神野紗希、日下野由季、村上鞆彦の各位に参加願って、座談会を持ったことを覚えている。それからすぐに第一句集『大旦』が出て、今回は第二句集『蕾』である。なお、筆者の『大旦』鑑賞文は https://kurib-at.webry.info/201103/article_2.html  にある。

まず、選の重なった句を鑑賞しよう。

109 かなかなや仏彫るにも屑が出て(*)
 木地から仏を彫りだすとき木屑が出る。当然のことである。深読みして、傑作ができるまでには、多くの捨てられたものが必ずあるのだ、などと教訓めいた話に結び付けなくとも良い。仏師の周りに木屑が散らかっていて、折から蜩が鳴いている当たり前の景を思えばよい。
 当たり前のことを詠んだ句が沢山ある。それらに妙味がある。この当たり前を一句にするのが大谷さんの腕なのであろう。面白さが、柔らかい諧謔が、ほのぼのと立ってくる。例えば次の句などである。

020 家がある人は家路へ花辛夷
023 蟹の穴蟹の子どもが出てきたり
084 こぼれても金魚の泪水の中
 一句目から、家のない人はどこに帰るんだろう、二句目からは、蟹でないものが出てきた方が面白い、などと考えない方が良い。爽波の〈鳥の巣に鳥が入つてゆくところ〉を思い出す。当たり前でいいのである。

 巷の俳句の先生は季重なりを嫌う。しかし、古い俳句にはよく見られるし、虚子さえもそれを許容している。たとえば、

049 まづ枝の蛇をはらつて松手入れ
 秋の季語「松手入れ」と夏の季語「蛇」が一句の中にある。巷の先生は批難するであろう。当然「松手入れ」が主たる季語なので「蛇」は季語というよりモノとしての蛇と解釈すべきであろう。いや、そんな教条的議論よりも、蛇が松の木にいたという事実が大事なのである。筆者にとっては、心地よい「季違い」であるのだ。

 筆者イチオシの一句を最後に掲げよう。

049 ちよつと出てゐしが小鰺を釣つてくる
 何とも言えないこの軽さ。まさに俳諧味豊かである。その意味で、大谷さんの句柄は、古き良き俳諧を現代に再現する努力をなさっておられるようである。もちろん、それだけではないでしょうが……。

山田富士夫句集『麦藁帽』

 山田さんは結社「街」(今井聖主宰)に入って二十二年になる。このほど第二句集を出された(令和元年七月二十五日、角川書店)。序文は今井聖さん。主宰は、この句集の前半(特に第一章)に感動の句が多い、と思われたようだ。その感覚は筆者(=栗林)も同じである。そのわけは、戦時中の思い出が詰まっているからである。山田さんは筆者より七歳年上で、昭和一桁生れ。戦地には赴かなかったようだが、その影響は十分に受けている。それらの句群が、主宰にも筆者にも迫って来るのである。

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 今井主宰の選は次の12句。

  牛蒡剣吊り十五歳夏終る
  補充兵の水筒竹筒雲の峰
  百日紅揺らすグラマンF6F
  凩や卒の軍足踵なし
  枯野遥かに砲兵の軽気球
  撃墜機の防弾ガラス檸檬の香
  老少尉征く灼熱のレイテ沖へ
  薯雑炊に瞑る灯火管制下
  春宵の空襲警報空き腹に
  蕎麦殻の枕夏野に父と会ふ
  麦藁帽米沢駅で別れけり
  大空に高木東六夏帽子

 筆者の共鳴句は次の通り。(*)印は選が重なったもの。戦争関連句に多い。

019 牛蒡剣吊り十五歳夏終る(*)
021 炎天や兵士の歩幅七十五糎
021 補充兵の水筒竹筒雲の峰(*)
026 中支派遣軍〇〇部隊月赤し
027 撃墜機の防弾ガラス檸檬の香(*)
027 芝浦岸壁にて 
秋寒し軍馬高々と吊し積む
028 凩や卒の軍足踵なし(*)
036 背嚢に「歩兵操典」春の泥
037 夏雲や「お召しにあづかり」と挙手のまま
043 麦藁帽米沢駅で別れけり
050 親指に糸鋸の傷麦青む
055 歯ブラシの二本の交差台風下
078 飯盒は母性の曲線春の雲
086 冬帽子首長くなり声変る
092 餡餅の小さき木の箆鳥交る
109 祭壇のベレー右向きクレマチス
116 フリップの右肩上がり十二月
124 草稿にクリップの銹夏終る
136 洗濯物チッキで送る帰省かな
156 籠背負ひ人攫来る蕎麦の花
170 春星や柩の上のバイオリン

 作者と筆者の年代が比較的近いせいか、第一章が懐かしい。選の重なった四句を鑑賞しよう。

019 牛蒡剣吊り十五歳夏終る(*)
021 補充兵の水筒竹筒雲の峰(*)
027 撃墜機の防弾ガラス檸檬の香(*)
028 凩や卒の軍足踵なし(*)
 一句目。いかにも役に立ちそうにない剣を、少年といえども提げていたようだ。「牛蒡」のような「剣」を自嘲的に「牛蒡剣」と呼んでいた。「牛蒡剣吊りて十五の夏終る」だとリズミカルだが、反面、心の屈折がなくなってしまう。原句のよろしさを思う。
 補充兵の扱いはぞんざいだった。水筒は竹製だったという。軍服などは体に合っていなかった。服に体を合わせろ、と言われたものだった。
 三句目は懐かしい。戦後手に入れたアメリカ製のいろんなものに、驚いたものだった。飛行機の防弾ガラスは、その破片をこすると、林檎の香りがしたものだ。山田さんは檸檬の香だと言っているが、筆者には間違いなくリンゴだった。
 四句目。軍手や軍足は簡便な作りで、白くて粗い木綿だった。靴下は棒状で、踵のふくらみがない。軍手だって、左右共用だった。

027 芝浦岸壁にて 
  秋寒し軍馬高々と吊し積む
 戦線へ馬を送るため、船に乗せる。幅広の帯で腹を支え、クレーンで吊り上げるのである。彼らは戦後日本には戻ってこなかった。

 もう少し、戦後の作品をも見ていこう。

043 麦藁帽米沢駅で別れけり
 この句は欲を言えば「米澤驛」としてほしかった気がする。誰と別れたのかは書かれていないが、父であろうか。山田さんが大学に入るために、故郷を離れたのかもしれない。いや、「麦藁帽」は夏だから、違うかもしれない。いずれにせよ、大切な別れだったのだ。田中裕明の〈渚にて金澤のこと菊のこと〉を思い出した。金澤よりも米沢が「麦藁帽」にマッチしている。そして駅名にリアリテイがある。

055 歯ブラシの二本の交差台風下
 これもあえて深読みすれば、結婚してささやかな生活を始めたころ、と思いたい。でも、そうだという自信はない。コップに挿された二本の歯ブラシ。そこからどのような情景を描くかは、読者に任されている。配された季語「台風下」が意味深長。

092 餡餅の小さき木の箆鳥交る
 何気ない、あまり深い意味を籠めないこういう句も魅力がある。伊勢名物の「赤福」かもしれない。山田さんの句には、心やさしい季語がよく使われている。

136 洗濯物チッキで送る帰省かな
「チッキ」には恐れ入った。宅急便がないころ、国鉄の切符を購入の上、荷物を荷造って荷札を付けて、駅まで運び、送ったものだった。赤い麻袋に布団を包んで、何度、田舎と下宿先、引っ越し先宛にチッキで送ったことか。

170 春星や柩の上のバイオリン
 訳もなく島村元の〈囀やピアノの上の薄埃〉〈春雷や布団の上の旅衣〉を思い出した。もちろん、この句の方が「柩」なので、きわめて重い句である。たしかに重い、がしかし、この季語「春星」は作者の故人への優しい気持ちを代弁している。

小川軽舟句集『朝晩』

 小川軽舟「鷹」主宰の句集(ふらんんす堂、令和元年七月七日刊行)を読む機会を得た。氏の第五句集である。題名はなんの変哲もない『朝晩』である。一般に、句集には、思いのたけを籠めた特徴ある題名を付けるのが普通なのだが、この句集は、氏の言う通り「文字通り朝と晩である。いつも、常々の、日々の暮らしの中で」の意味合いがある。中身も、その通りで、気取らない作品がいっぱいである。


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自選12句は、次の通り。

  妻来たる一泊二日石蕗の花
  雪降るや雪降る前のこと古し
  葬送の鈸や太鼓や山笑ふ
  夕空は宇宙の麓春祭
  レタス買へば毎朝レタスわが四月
  飯蛸やわが老い先に子の未来
  松蝉の声古釘を抜くごとし
  月涼し配管老いし雑居ビル
  めらめらと氷にそそぐ梅酒かな
  ひぐらしや木の家に死に石の墓
  駅前の夜風に葡萄買ひにけり
  いつか欲し書斎に芙蓉見ゆる家

 筆者の感銘句は、次の通り。(*)は自選句と重なった。

015 花散るや引っ越しの荷の本の箱
020 風呂は沸き飯は焚けたり初鰹
024 ナイターの膝の通勤鞄かな
026 七夕やメールの文のすぐ返る
030 小鳥来るマクドナルドの朝早き
034 冬の朝トースト二枚とびにけり
036 公園に大人ばかりの小春かな
039 しぐるるや近所の人ではやる店
041 綿虫のあたりきのふのあるごとし
043 地下鉄に駅前のなし日記買ふ
045 住む町を見下ろす神社初鴉
045 靴墨のつんと香の立つ淑気かな
046 正月の仏壇小さき父の家
047 雪降るや雪降る前のこと古し(*)
047 灯を消せば部屋無辺なり夜の雪
053 心中もの妻と見し夜の春炬燵
056 雛壇の燭揺らぎなば影ふゆる
064 遠く来て近所のごとし花祭
068 夕桜傘差しかけて投函す
075 氷鳴る麦茶注ぎ足しくるるとき
077 薫風や傾けて引く棚の本
078 生卵小鉢に一つづつ涼し
085 働き蟻足跡ひとつ残さざる
104 包丁の柄ちかき刃に生姜剥く
117 人死んで犬もらはるる小春かな
124 短日や横歩きして古書肆出づ
125 肩の雪払ひ珈琲頼むなり
125 僕はといふ上司と梯子年忘
132 初電車いつか反対側に富士
135 女湯に天井つづく初湯かな
136 泣初のなんども小さくうなづける
136 手毬唄老女少女のこゑを出す
154 明るさのけはしさとれて二月尽く
164 花冷やちぢみて止まる鼓笛隊
164 まるめたる銀紙軽き花見かな
165 遠足や後ろ歩きで話せる子
171 おるがんは雲踏むごとし春惜しむ
173 行春や人の苗字に山や川
202 本人は戒名知らず秋灯

 読みながら、好きな句にレ点を打っていったら、この数となった。日常の実に細かな事象を見事に詠んでいる。すごい一句を書いて向こう正面を唸らせようとはしない。言い換えれば、黒沢映画ではなく、小津安二郎の映画のようだ。このような句を小川軽舟さんのような大家が詠んだことに、感銘を覚えた。考えてみれば、子規や虚子や素十や爽波もこのような句を沢山詠んだのだった。

 題材は軽舟さんが関西へ単身赴任したときのものが多い。〈020 風呂は沸き飯は焚けたり初鰹〉〈026 七夕やメールの文のすぐ返る〉〈034 冬の朝トースト二枚とびにけり〉〈047 灯を消せば部屋無辺なり夜の雪〉〈104 包丁の柄ちかき刃に生姜剥く〉などがある。
 総じて難解句はない。自己主張や境涯句もない。イデオロギー臭も海外詠も、広大な叙景句もない。ないないづくしだが、サラリーマンの日常の感興がふんだんに詠まれている。
 軽舟さんの昔の作品では、〈死ぬときは箸おくやうに草の花〉ほか幾つかの名句を知ってはいたが、今回300ほどの最近の作品に触れ、氏の持ち味が改めて分かったような気がした。
 筆者(=栗林)が感銘した句の幾つかを挙げて、鑑賞してみよう。

036 公園に大人ばかりの小春かな
 最近は、大げさに言えば、地域社会から子供が消えたような感じがある。公園には大人、いや年寄りばかりである。子供むけの遊具は閑散としていて、老人のための健康促進器具があったりする。気づきの句。そしてリアルである。

043 地下鉄に駅前のなし日記買ふ
 これも気づきの句。確かに地下鉄の駅の出口は、単純な出口で、駅舎もしくは駅に関連した施設はない。だから駅前も駅裏もない。

047 雪降るや雪降る前のこと古し(*)
 この句は、筆者の抽出句と軽舟さんの自選が重なったもの。いま降っている雪があらゆるモノやコトを覆ってしまった。雪降る前のことはみな古いモノ・コトなのだと断定した。詩的な句である。そして、意外に軽くない一句。

053 心中もの妻と見し夜の春炬燵
 単身赴任先だろうか、奥さんが訪ねてきて、たまたま心中ものを観た。普段とは違う心理状態になっている。意外に深層心理に触れる一句で、これも軽くなく、意味深長。

068 夕桜傘差しかけて投函す
 これは軽い味わいのある句。手紙を投函するのだが、あいにくの花の雨。手紙を濡らさないように、傘を傾げながら投函口に入れる。細やかな気遣い。

077 薫風や傾けて引く棚の本
 これも細やかな動作を詠んだ。本棚に本がぎっしり並んでいると、本が取り出しにくい。取りたい本の束(つか)の上端を指で軽く手前に引いて、それからおもむろに取り出す。こんな動作が、一句となるのである。句になるのは定型と季語のせいでもある。

078 生卵小鉢に一つづつ涼し
 何人かでとる朝食の景であろう。小鉢にまだ割っていない生卵が一つづつ入っていて食卓に並んでいる。卵かけご飯である。このような何でもない景からでも、一句が成り立つのである。卵と小鉢の「白さ」が目に見えてきて、清涼感がある。

104 包丁の柄ちかき刃に生姜剥く
 自炊であろう。生姜を摺るためにまず皮をむくのだが、小さいので、包丁の柄(つか)に近い部分を使って剥く。細やかな仕草が、これも一句を形成した。

124 短日や横歩きして古書肆出づ
 古本屋はたいていが狭い。書棚と書棚の間の細い隙間を、他の客とぶつからないように、横歩きしながら、出てくる。「横歩き」がうまい。細やかな動きを描写した。

125 肩の雪払ひ珈琲頼むなり
 雪の中を歩いてきて喫茶店に入り、珈琲を注文する。コートの肩には少しだが雪が乗っている。それを手で払った。細やかな動作を細やかに描写した。

135 女湯に天井つづく初湯かな
 子供のころは銭湯通いだった。確かに天井部分はオープンで、女湯の桶の音などが聞こえたものだった。この句は銭湯ではないかもしれないが、筆者にとっては、懐かしい。

136 泣初のなんども小さくうなづける
 幼い子が叱られて泣いている。親御さんが何かを言って聞かせている。子供が「うん、うん」とうなづいてる。「なんども小さく」の描写がうまい。聞き分けの良い子なのだ。筆者イチオシの句。

164 花冷やちぢみて止まる鼓笛隊
 鼓笛隊の列が止まるとき、子と子の間隔が狭くなって、列がちぢむ。これもよく見て書いた。この類の句をみてくると、爽波の句かとも思ってしまう。

165 遠足や後ろ歩きで話せる子
 遠足の列。このような場面もあるであろう。妙にリアリテイがある。

202 本人は戒名知らず秋灯
 これは写生句の範疇には入らないであろう。しかし、実に言いえている。死ぬ前に戒名を決めておく人もいるにはいるが、それは例外的。当然のことを、このように俳句ではっきり言われると、頷かざるを得ない。

 実に楽しい句集でした。俳句の題材は、日常のどこにでも転がっていることに気付かされた。

佐々木よし子句集『すてん晴』

 佐々木さんは「沖」の人。このほど句集を出された(令和元年七月二十日、ふらんす堂刊行)。序文は能村研三主宰が書かれた。句集の題名の『すてん晴』は、千葉の浦安地方の方言で、「透けるような晴天」のことだと、主宰の序文にある。跋文は同人会長の千田百里さん。
 佐々木さんは、平成十九年に「沖」新人奨励賞をもらっている。


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 自選句は次の10句。

  草萌の大地におろす集乳缶
  凪畳敷く料峭の葛西沖
  灯ともして花の回廊段葛
  夕薄暑貝殻路地をさくさくと
  高跳びのバー越す反り身雲の峰
  巴里祭ギター奏者の靴尖り
  午後の部へオルガンはこぶ運動会
  日脚伸ぶ自転車に積む培養土
  一瞬の富士たふとかり初電車
  江ノ電は光の小筺春近し

 筆者の共鳴句は次の通り。きわめて多かった。(*)印の三句は佐々木さんの自選と重なったもの。

019 いすみ線花菜明かりを弾み来る
022 花満ちて高き門扉の大使館
025 チェリストの二の腕白し夏はじめ
030 涼しさや櫂眠らする仕込蔵
033 たつぷりと粗砥に吸はす秋の水
034 閘門は一艘の幅水澄めり
055 糸桜雨太らせてこぼしけり
061 一族の墓に序列や著莪の花
062 高跳びのバー越す反り身雲の峰(*)
067 子燕の口だけ見ゆる駅廂
068 組体操見事にくづれ天高し
071 いもうとを連れて兄来る霊祭
076 小春日の塀に靴干す子沢山
090 能面の方頬白む春の雷
092 分け入りて蜜蜂気分花菜畑
094 うららかや改札とほる縄電車
100 枇杷熟るる道より低き海人の家
101 知らぬ子に袖摑まれし祭の夜
106 湯のやうな蛇口の水や広島忌
108 シーソーの取つ手ひんやり秋に入る
111 接岸の二度目のショック雁渡し
116 無蓋貨車花野の風を載せて発つ
126 一瞬の富士たふとかり初電車(*)
129 雪囲解かれ時間の動きだす
135 緑さす吹貫高き写真館
137 更衣して久々のハイヒール
139 土手下りてくる自転車の氷菓売
142 釣人の腰で分け入る鮎の川
144 秋初めさらりとインド綿のシャツ
146 輪積みして素風に晒す下駄の木地
151 湖上より紅葉三百六十度
162 老桜の胴吹きといふ底力
165 野焼あと猛りしづめのやうに雨
168 節くれの指をどらせて祭笛
171 卯の花腐しマリオネットに紐の枷
185 鳥の声よく響く日や障子貼る
186 逝く秋のうすら日返す釘隠
189 電柱に人の働く年の暮
190 全制動かけ白鳥の着水す
191 日脚伸ぶ自転車に積む培養土(*)

 共鳴句がこれほど多いということは、あるモノやコトを見たときの作者と筆者の感動や感興の感じ方に共通点があるからだろう、と思った。まず選が重なった三句を鑑賞しよう。

062 高跳びのバー越す反り身雲の峰(*)
 この句は〈068 組体操見事にくづれ天高し〉と共通の宜しさがある。陸上競技大会や運動会である。人の動きを、その最も興の湧く瞬間を切り取って描きだしている。友岡子郷の〈跳箱の突き手一瞬冬が来る〉の句を思い出させる。確かな目と表現力を思わせる。

126 一瞬の富士たふとかり初電車(*)
 お住まいは千葉県なので、近くの神社へ電車で出かけたのか、それとも新幹線で静岡辺りを通過したのであろうか。どちらでもよいのだが、千葉県からも富士はよく見える場所がある。でも、「一瞬」とあるから新幹線の車窓で、と考えておこう。見れるかどうか自信がなかったのだが、一瞬、初富士を見ることができた。初旅の気分が盛り上がる。たのしい句である。この句も前の句同様「一瞬」が効いている。

191 日脚伸ぶ自転車に積む培養土(*)
 鉢ものか庭の花ものか、手入れをしようと思い、自転車で近くのショッピングセンターへ行って培養土を買う。少し重たいのだが、花たちのことを思うと、苦にならない。つまり「日脚伸ぶ」が効いているのである。

 もう少し鑑賞しよう。

025 チェリストの二の腕白し夏はじめ
033 たつぷりと粗砥に吸はす秋の水
055 糸桜雨太らせてこぼしけり
108 シーソーの取つ手ひんやり秋に入る
186 逝く秋のうすら日返す釘隠
190 全制動かけ白鳥の着水す
 これらの句は、作者のちょっとした気づきが佳句を生んだ例である。「二の腕の白」さと「夏はじめ」が絶妙に呼応している。砥石の仕上砥は水を弾くが、粗砥は水を吸う。糸桜を雨粒が伝って落ちてくるうちに、雨粒が成長する。白鳥が着水するときの「全制動」とはうまく言ったもの。脚を前方へ突っ張って止まる。作者の確かな目がある。

116 無蓋貨車花野の風を載せて発つ
 実はこれと同じ景が筆者の脳裏にあって、一句作ったことがある。北海道の網走地方だった。オホーツク海に沿った花野を無蓋貨車列車が通って行った。筆者の原風景でもあるので、気分爽快。

139 土手下りてくる自転車の氷菓売
 長閑な夏の午後。「男はつらいよ」の寅さん映画のワンカットのよう。氷菓の旗が川風にはためいている。

189 電柱に人の働く年の暮
 こんな景でも俳句になるのだ。中空で働く配電工の姿が見えてきそう。

 一つだけ解釋に迷う句があった。
071 いもうとを連れて兄来る霊祭
 盂蘭盆会の日、迎え火を焚くと、亡き兄が亡き妹をつれてやってくる、と解釈すべきなのか、それとも亡き父母を迎える日だから、まだまだ健在な兄が妹と連れ立って我が家に来てくれるのだ、ととるのか? いずれにしても、うからが集まって思い出話を楽しむのであろう。

 確かな目を持った作家の平易な言葉で書かれた作品は、読んでいて楽しく、決して疲れない。良い句集を有難う御座いました。
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滝谷泰星句集『薔薇の富貴』



 滝谷さんは北海道の人。勝又木風雨・星津女の「北の雲」に所属。その師系(蛇笏・龍太)にあった「白露」(広瀬直人主宰)の同人でもあり、広瀬直人主宰没後はその後継誌「郭公」(井上康明主宰)の創刊同人として現在に至っている。また、勝又星津女没後、「雲の木俳句会」を創設し、現在はその代表となっている。北海道俳句協会や北海道文学館の役員も務めておられる。
 多少個人的な筆者との繋がりでは、筆者が『昭和・平成を詠んで』を執筆・取材するために、勝又星津女を調べていたとき、札幌でお世話になったことがあり、そのもとはと言えば、筆者の妻が「白露」「郭公」に所属しており、星津女や滝谷さんと面識があったという背景がある。俳句の縁である。

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『薔薇の富貴』の自選句は次の10句。

  流氷を待つ群青の身じろがず
  ものの芽のひかり一等三角点
  帰雁一群朝立ちの声の張り
  水よりも重き山の菜夏兆す
列島の空は一枚明易し
  木漏れ日をざくざく踏んで祭稚児
  大いなる砂嘴は無番地虫すだく
  鳥渡る地変の島を斜交ひに
  顔ほどのほつけの開き根雪くる
  深雪後の影より晴るる大樹かな

 筆者の共鳴句は次の通り。(*)印は選が重なったもの。

013 保母はみなしやがみて話すつくづくし
017 施錠なき生家訪ふ日の花南瓜
021 冬帽子握り診察室の前
044 沢ごとに名を持つ里や蕗のたう
084 顔ほどのほつけの開き根雪くる(*)
088 鉄橋の脚のみ遺る深雪村
097 河跡湖は馬蹄の形実はまなす
097 アイヌ名の陸軍伍長墓域冷ゆ
100 判官の像の下ゆく七五三
113 燃え盛るストーブ北の奢とす
118 雪掻いて掻いてその夜の夢の妣
133 目も口もボタン美男の雪だるま
136 寄生木は樹上のマリモ涅槃西風
190 剥製の一つはタロー若葉寒
190 ハンカチの花より百歩ライラック
195 ガンビてふ火付けの神よ冬の朝
208 ブラックアウトわが街に銀河あり

 筆者も北海道育ちなので、なんとなく懐かしい風土性のある句を選んだようだ。その一つは、次の句である。

084 顔ほどのほつけの開き根雪くる(*)
 帰省すると、友人と連れ立って炉端焼きの店で一杯やったものだった。札幌には良い店が沢山ある。生の海の幸もよいが、脂ののった「ほっけ」の焼きたてに大根おろしがいい。お酒は温めの燗酒がいい(♪)。ついつい取らされる句だ。まだある。

100 判官の像の下ゆく七五三
 北海道には義経伝説がある。たしか日高の平取に立派な寺があった。竜飛岬の近くにも同じように寺があって、そこから海峡を渡って北海道に渡り、その後はジンギスカンとなったという。荒唐無稽とは言うまい。夢があるのだ。北海道は、アイヌもそうだが、陸奥と同様、中央権力とは対峙する性向がある。とまれ、ここでは子のまっとうな成長を願う七五三の風景。

113 燃え盛るストーブ北の奢とす
 何はなくともストーブを真っ赤に焚いて客をもてなすのが北海道の礼儀。贅沢かもしれないが、家の中心には真っ赤に燃えるストーブがあったものだ。さすがに今は変わったであろうが……。

118 雪掻いて掻いてその夜の夢の妣
 冬は雪かきが大仕事だ。疲れて早めに寝入った夜中に目が覚めた。夢の中で、母と雪に難儀したこと語り合ったのかも。

190 剥製の一つはタロー若葉寒
 北大の植物園。昭和三十三年、南極に置いてきぼりにされてしまった樺太犬タロー(一年後に生存していて隊員と再会、そのまま南極で観測隊と一緒に活動し、昭和三十六年に無事帰還できた)の剥製が、ここにある。背景を知っていると、つい感情移入してしまい、選んでしまう。作者や筆者のあの時代を思い出させてくれるのである。

195 ガンビてふ火付けの神よ冬の朝
 懐かしい言葉だ。「ガンビ」は白樺の樹皮のこと。乾燥させておくと、ストーブに火をつけるのにとても重宝する。

208 ブラックアウトわが街に銀河あり
 これは最近(平成三十年九月六日)のこと。北海道胆振東部に大地震が起こり、北電の発電施設がダウンした。ほとんど全道がブラックアウト。友人の無事を確かめるため掛けた電話で聞かされた。「星がきれいだよっ」て……。
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鷲巣正徳句集『ダ・ヴィンチの翼』

 鷲巣さんが表記の句集を出された(令和元年7月26日、シナノ刊行)。思いの籠った私家本である。
 氏は結社「街」(今井聖主宰)の同人で、筆者とは数年前まで5,6年間の付き合いがあった。というのは、数年前から氏が病のため療養生活に入られ、横浜の句会には出て来られなかったからである。それ以前は、親しくさせて戴き、道南地方への吟行旅行にも一緒させて戴いた。

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 俳句はテキスト中心に、書かれていることのみを読み、作者の個人的属性は一切考慮してはいけないという、原則的読み方のみを主張する人がいる。それは正しい。しかし、この鷲巣句集にかぎり、そういう訳にはいかない。例えば、過去の句に、
   ひかり野へ君なら蝶に乗れるだろう
という句があって、作者名が分からず、その作者の状況も分からず、ただテキストだけで読む場合と、作者が、折笠美秋であって、難病を患っていたときに妻に宛てた句である、と知って読むのとでは、味わい深さが違うであろう。
 筆者(=栗林)は後者の読み方しか、この句集に限って、出来ないのである。

筆者感銘の句は次の通り。

009 秋風や気配にすくと犬の耳
011 乳搾るバケツの響く冬の朝
013 山鳩の胸のカーブや冬日和
016 海霧かかる石斧の如き駒ヶ岳
018 空蝉の宇宙服のごと葉の先に
018 星月夜どしやと子牛の産まれたる
019 虫の夜の産後の牛に麦酒遣る
035 夏暁や鎖骨にふつと猫の呼気
042 夏雲や肩甲骨で打つ太鼓
044 大笊に猫降りて来る年の市
053 チェリストの眉上下する聖夜かな
055 押し合つて羊の帰る夕夏野

058 もしここに白鳥来れば乗つて行く
063 このガラス突き抜けて来よ夏の蝶
069 繋がれてゐても銀河と交信す
073 野分中もうすぐ肩に羽の生ゆ
080 足で打つ願ひ届けよ星祭
084 潮吹いて星と交信する鯨
087 ひかり野へ我を連れ行け春の蝶
090 夕焼を掬つて妻の髪飾らむ
092 今生のすべて受入れ薄紅葉
094 仰臥して足裏に享くる冬日かな
100 星月夜深海へ行くエスカレーター
101 ダ・ヴィンチの翼を漕いで行く銀河

 前半は牛、猫、犬や虫、鳥が出てくる。みな健康な生き物である。中でも〈018 星月夜どしやと子牛の産まれたる〉は横浜の句会で絶賛されたもの。その少し前にある〈016 海霧かかる石斧の如き駒ヶ岳〉は「街」の有志一同で北海道の松前、函館などへ二泊三日の吟行に出かけた時のもの。大沼の湖畔を走るバスの窓から見た駒ヶ岳の特徴ある稜線が「石斧」とはよく言ったものと、筆者は感心したものだった。鷲巣さんの朗らかな性格が、みなを和ませた旅であった。

 後半は、自らの病を見据えた作品である。管でつながっていても気持ちは銀河と交信し、病室のガラスを破って蝶が飛んでくることを願い、白鳥が来ればその羽に乗って行くのだと考え、ダ・ヴィンチの翼で銀河へ行くことを願う。銀河は氏にとって特別な世界であるようだ。
 そしてこの句が現れる。

087 ひかり野へ我を連れ行け春の蝶

 この句を涙なくして読むことを、筆者はできない。テキスト至上主義の読者であったとしても、折笠美秋を知らなくても、この句には何かを思わせずにはいられまい。
 鷲巣さんは、いま、たましいの世界で俳句を詠んでいる。
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栗林智子句集『さきがけ』

 栗林智子が第一句集を上梓した(令和元年7月7日、ふらんす堂)。彼女は筆者(=栗林)の妻であり、おおっぴらに紹介するのは気が引けるのだが、序文をお書き下さった「郭公」主宰井上康明氏と、栞を書いて下さった池田澄子さんが引いた作品を、主に紹介させていただく。
 智子は広瀬直人主宰の「白露」から本格的に俳句をはじめ、広瀬主宰没後、井上康明主宰の「郭公」創刊同人として、龍太、直人、康明の流れに身を置いている。したがって、故福田甲子男にも私事していた。「白露」では、白露賞・エッセイ賞・評論優秀賞などを戴いている。


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 井上主宰引用句
  シャガールの馬を立たせて青嵐
  聖霊の踊りて烏瓜の花
  機影入れ真円の虹従いてくる
  足のじやんけん菩提樹の花の下
  湧き水の水押す力みてゐたり
  ポプラ鳴るこれよりは夏物語
  雪原を真二つにして春の川
  冷やされて馬美しく耳立てり
  露涼し馬には眉毛なかりけり
  ストーブが真つ赤母との指相撲
  夕凪や波ひくときの砂の音
  暮れぎはの空の群青秋寒し
  八大龍王凩は雨ともなはず
  布団干す空にも起伏ありにけり
  枯蓮水にも眠りありにけり

 太字の句は、池田さんと選が重なったもの。

 井上主宰の序文で出てくる最初の句は、〈シャガールの馬を立たせて青嵐〉であり、「現実と非現実が混在した不思議な世界である。どこか草原のようなところだろう。馬が立っているのをシャガールの絵に描かれた馬と捉えている。美しく幻想的なシャガールの世界が広がり、目の前の現実が変貌する。この句は、平成十七年第十一回「白露賞」受賞作の一句である」と書かれている。そして、次のような一文がある。「俳句とは異なる文芸分野への教養や関心が、句作の際には、新鮮な瞬発力として働いているのではないか。その句作の背景には豊かな文芸、文学の諸相が広がっている」。

 池田澄子さんの引用句
  雪原を真二つにして春の川
  高きへも水は流るる蕗の薹
  雲の峰はるかまで畝まつすぐに
  筒鳥や森の奥まで日の透きて
  空の端よりぐんぐんと夏の雲
  湧き水の水押す力みてゐたり
  冷やされて馬美しく耳立てり
  露涼し馬には眉毛なかりけり
  馬の貌ちやうど出る窓落葉期
  たてがみの片流れして青葉潮
  日盛りや水飲む牛は眼開く
  父を待つ爪で掻きたる霜の窓
  夜は青き雪国氷りたる睫毛
  ストーブが真つ赤母との指相撲
  春めくや自由の女神かかと上げ
  春風駘蕩吾が輩の猫である
  どの色の木槿か馬に喰はれしは
  山茱萸の花見つめれば空の消ゆ
  筏なさず花びらとしてゆけり
  春の浮雲小鳥屋に鳴かぬ鳥
  蜃気楼どこかで赤子うまれしよ
  昨夜付きへ行きそこねたる金亀子
  日本丸の諸語の汽笛バナナ剥く
  万両のつぶらつぶらやひとりごと 
  芭蕉忌の流れくる水真新し
 
 池田さんの栞文では、「〈雪原を真二つにして春の川〉(の冒頭の)この一句によって、句集『さきがけ』は始まる。こんな大きな、それでいて繊細な厳しい視線が 捉えた堂々とした作、そのことが作者を信用させる。先を読もう、と思わせる」、から始まり、最後は、〈芭蕉忌の流れくる水真新し〉を引用し、「芭蕉、その他の先人から脈々として書き継がれてきたものの喩としての「水」は、新しくあらねばならない、という思いに、私は胸が熱くなるのである」と結ばれている。過分なお言葉に感激である。
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ふけとしこ句集『眠たい羊』

 ふけとしこさんには句集が四つ、句文集が三つ、ほか沢山の著書がある。この『眠たい羊』はふらんす堂から令和元年七月七日に刊行された。彼女は、現在「椋」「船団」所属で「草を知る会」代表でもある。平成七年には第九回俳壇賞をもらっている。


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 自選八句は次の通り。

  春の水とはこどもの手待つてゐる
  木の囲む家の来し方春の月
  消印の地をまだ知らず青葉騒
  水光る腹を細めてくる蛭に
  嘴で争うて二羽天高し
  秋燕や大きくものを焚きし跡
  雪の日を眠たい羊眠い山羊
  梟を泊めて樹影の重くなる

 筆者(=栗林)の共鳴の句は次の通り。

007 みづうみに白きが一羽雪解靄
009 佐保姫へ指人形が首曲げる
015 竹トンボに貸出し名簿草青む
042 枕からことばぞろぞろ春の夜
045 擂粉木をつるりと洗ひ夕長し
056 青き実の梅の形になつてきし
056 早引けに連れのできたる花石榴
061 蟻地獄暴いてよりの気の合うて
062 襖外すおそらく父の指紋だらけ
068 水鉄砲ぐらぐらの歯を見せにくる
072 ジャカランダ濡れれば梅雨のむらさきに
081 箱庭の二人心中でもしさう
119 雨の字に雫が四つレモン切る
125 釜飯の蓋をずらせば鵙の声
139 爆ぜきれぬ綿に冬の日恋遠し
159 物差の目盛の薄れ雪催
167 獅子柚が地を擦つて年改まる
170 菓子箱の底の金色松も過ぎ
177 製材所の焚火のなんといい匂ひ

 句集全体の印象は人生肯定派的である。何かを声高に訴えるのでもないし、人生の苦悩や恋の切ない思いでもなさそうである。日常の感興を上手に表現している。だから安心して読める。

015 竹トンボに貸出し名簿草青む
 どこか市の文化センターの行事であろうか、竹トンボの体験の機会を子供たちに提供しているのだろう。貸出し名簿があるという。面白く、心なごむ景である。このような状況の句を筆者は見たことがないので、気に入った。しかも、現実にあるのである。

042 枕からことばぞろぞろ春の夜
 半睡眠状態のとき、いろいろな詩の言葉(俳句のフレーズでもよい)が、次々に湧いてくることがある。いわゆる俳句モードに入った状態である。枕の下から言霊がぞろぞろとつながって出てくるのである。筆者の場合、はっきり目覚めた後のそれらの言葉は、ほとんどが失望を感じさせるものなのだが、その時は、素晴らしい言葉に出会った、と大いに喜んでいたはずなのだ。

068 水鉄砲ぐらぐらの歯を見せにくる
 母親には、いろんなことを子(いや、お孫さんか?)が報告に来る。どれもが一大事なのだ。子供のいる平和な景。

072 ジャカランダ濡れれば梅雨のむらさきに
 日本の景なのだろうが、この句には筆者の個人的な思い入れがある。筆者が仕事でよく通っていたブエノスアイレスを思い出す。日本でいえば大きな桜であろうか? 時期になるとジャカランダ(ハカランダとも)の落花が地面を紫の絨毯にかえる。実に美しい。南アフリカのも美しいらしい。

177 製材所の焚火のなんといい匂ひ
 末尾の句。筆者イチオシの句。解説はいらない。
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藤原月彦全句集

 藤原さんが全句集を出された(六花書林、令和元年7月13日)。藤原龍一郎の名で短歌界によく知られている氏であるが、句集をすでに6冊も世に出している。今回はその全句をまとめた。
 氏の俳句は、高柳重信の「俳句研究」の「五十句競作」で、昭和48年に俳壇にデビューしたといってもよいが、その後、赤尾兜子の「渦」に参加し、昭和52年には「渦賞」を受賞している。


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 筆者(=栗林)の共感の句は次の通り。

017 シリウスに背きて薄き耳をもつ
018 堕天使もまじりて少年聖歌隊
028 羊皮紙の星図に昼の星流れ
029 蔓薔薇の鞭もて男娼(ナナ)を擲つ春夜
032 免罪符刷る罌粟の香に噎せながら
035 遠雷を神々の訃とおもうべし
039 中世の秋やひとりのけものみち
043 春昼をガラスの亀裂すすみけり
044 たんぽぽの絮みな夜の沖めざす
044 殉愛の姉は氷雨となりにけり

054 日に夜に枕つめたき生者われ
067 誰もゐぬ部屋にも椿おちにけり
074 春昼をそこだけ灯る母の胎
077 誰の忌にわれは生れしや曼殊沙華
089 硝子器に泡遠国に白夜あり

113 あやまちて針刺す指の血の春夜
117 情死ありまた雁瘡の痒きころ
137 鍵穴の向ふ吹雪の満州か
143 胎内に兆す内乱草いきれ
148 発条(ぜんまい)のゆるむ音する春の家
149 人撃たれ唐突に花野となりぬ
149 荒野菊乱れる限りわが墓域
153 朝凪の底に潜水艦がゐる
156 虎印マッチうれしき西日かな
157 誰そ彼はカンナも姉も濡れてゐる
159 桜うらめし頭に電波感じる夜
161 雪ふりしきり昇天の音するごとし

202 冬の魔魅遊ぶ松屋に三越に

219 葛の花見るわれを見る葛の花
226 遠吠えも山の時雨も太古より
229 雪暗の自動ピアノに弾痕あり
233 夜は怖し桜の森の満開も
240 少年忌ニコライ堂の鐘霞む

 筆者(=栗林)の住む世界とは異なった世界を詠んだ句がずらりと並んでいた。中から、比較的「わたし風」な句を選んだ。この全句集に通底して流れている詩的なテーマは、今でいうLTBGの世界のような気がする。同性愛的な亡き兄を詠み、母の胎内への憧憬を詠む。これほどまでにこの種の性愛を深く詠み通すと、虚構なのか真実なのかの境界が妖しくなり、読者はその世界に誘われそうになる。
 ここにはあげなかったが、妖しい句が続々とある。筆者はなぜか森鴎外の「ヰタセクスアリス」を思いだした。
  015 致死量の月光兄の蒼全裸(あおはだか)
  016 近親婚おもえば熱き双耳かな
  024 陰画展あやうき蜜の香にみちて
  027 夜想曲連れ弾く兄の指を恋い
  042 男根疼くまで枯れ残る冬薔薇
  112 蠟石で描く女性器の繪に夕陽
  122 風呂桶の母の脂に夜々の月
  122 菊膾夜叉かもしれぬ母の舌
 少なくとも、この類の句集は、昭和・平成には俳壇に多くは出回っていなかった。この世界は、堂々とは詠まれていなかった。最近、短歌界でこの世界に挑戦した女性がいたように記憶しているが、さすがに俳壇では珍しい。しかも、藤原さんはこれらの作品を昭和に詠んでおられる。今となって初めて筆者はその存在を再認識させられ、なぜもっと前に知っていなかったのかと、忸怩たる思いを持った。
令和元年に、俳壇の欠落空間を埋めるものとして、まとまった形として、この全句集が刊行されたことは、きわめて刺激的である。
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吉岡一三句集『遠方』

 吉岡さんが第一句集『遠方』を刊行された(現代俳句協会、2019年6月25日刊行)。1998年からの約20年間の作品を入集している。序文は「遊牧」代表の塩野谷仁さん。そこでは、絵画を趣味とする吉岡さんのデッサン力が俳句にも生きている、と言い、さらに、氏の発想の意外性に驚かされるとも言う。
 吉岡さんは、俳句教室で俳句を学び始め、伊藤白潮主宰の「鴫」に入会し、2000年から同人。その後、塩野谷仁さんの柏の俳句教室の縁で、「遊牧」に参加、2009年同人となった。

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自選句は次の12句。

  父母の写真狐の泊まる家
  緑蔭を誰も出られぬやうに塗る
  六角は愛するかたち糸とんぼ
  きちきちばった昔から来た葉書
  空海を探しに行きぬ天道虫
  をんをんと鳴る春分の火炎土器
  根性の野火がここまで消えに来る
  また河鹿人に後れていて普通
  草いきれ何もしていない怖さ
  コロンブスの卵が一つ冷蔵庫
  魚の目いつも全開四月馬鹿
  蝗仲間いなごを取りに行ったきり
 
 筆者の共鳴句は、次の通り。

「鴫」時代の作品から。俳句の中道を行く作風である。
015 林出て肩より低き冬茜
027 花水木冷たかりけり姉の頬
041 ななかまど千島へ延びる火山帯
044 音たてて大噴水の止まりけり
047 走らない約束の機関車に夜霧
053 飛魚はびつくりしたまま死んでゐる
058 幾千万同じ数だけ鳴かぬ蟬
061 枯木立夕日の入口開けてある
063 冬の噴水てつぺんのてんてこ舞ひ

このあたりから塩野谷教室へ通う。まだ多分に写生的。デッサン力があり、それは良いことだと思う。
074 定位置に氷柱の育つ生家かな
081 鶏絞めて卵出てくる在祭り
084 水色の烟枯野の印象派
092 夏つばめ空のどこかにすき間あり
100 コロセオは穴のかたまり鳥雲に
101 春雷や神をみごもる火炎土器
122 櫨紅葉喋り通しの妻がいる
128 太陽の寿命が心配干しぶとん
138 音のする時雨と音のない時計
139 落ちるまで熟柿后であり通す

この辺りから現在の一三さんらしい作品が並ぶ。
156 夏鶯なろうことなら斑鳩で
161 女にも団塊世代真葛原
187 専守防衛艦隊のよう浮寝鳥
195 逃水を深追いすれば粟田口
207 秋風の自転車について行く手ぶら
 すこし難しい句もある。
178 消しに行くユーフラテスの大陽炎
195 花の城石垣の因数分解
196 五代目の仏壇引き摺る春の泥

 各グループから、その変化が瞭然と分かる句を鑑賞してみよう。

1998年から2008年年ころ
015 林出て肩より低き冬茜
027 花水木冷たかりけり姉の頬
 情を殺した写生的な作品である。二句目はお姉さんの死のことだろうか? そうだとすれば、「悲しい」はずなのだが、そうは言わず、「冷たい頬」を冷徹に詠む。しかし、一三さんはガチガチの写生派では終わらないであろう。その「地」が一三さんにはあるらしい。〈047 走らない約束の機関車に夜霧〉や〈063 冬の噴水てつぺんのてんてこ舞ひ〉における「走らない約束の」とか「てんてこまい」でそれが分かる。この後で、たぶん、諧謔のある句を試行されるのでは、との予感を筆者(=栗林)は抱いた。

2009年から2015年ころ
074 定位置に氷柱の育つ生家かな
081 鶏絞めて卵出てくる在祭り
100 コロセオは穴のかたまり鳥雲に
101 春雷や神をみごもる火炎土器
146 夏草のよく出来ている休耕田
074はしっかりした写生句。081もそうだが、腑分けされた鶏に卵を見て、その感動に「在祭り」という季語を斡旋した。100もローマのコロセウムを見て、「穴のかたまり」と喝破した。ざっくりとした写生である。
101の火炎土器は、一三さんの自選句〈088 をんをんと鳴る春分の火炎土器〉も佳句なのだが、個人的には、こちらの「火炎土器」の方が、筆者は好きである。088は則物写生的、101は「神をみごもる」というとてつもない詩的想念の世界を詠んだ。
 146は、「よく出来ている」が何とも言えない諧謔・ペーソス・アイロニーを感じさせて、これは、のちの一三さんの作句の骨格となって行くように思える。

 2016年から現在まで
156 夏鶯なろうことなら斑鳩で
187 専守防衛艦隊のよう浮寝鳥
207 秋風の自転車について行く手ぶら
 この辺りから現在の一三さんらしい作品が並ぶ。自由な思い・断定・諧謔の句が多くみられる。207はなんという理由がないのだが、好きな句である。「手ぶら」が、なかなか言えない。実にいい軽さである。
中には、難解句も交じってくる。
178 消しに行くユーフラテスの大陽炎
195 花の城石垣の因数分解
196 五代目の仏壇引き摺る春の泥
など、筆者には解説しがたい作品がある。もちろん、俳句で意味を超越した何かを感じさせられれば成功である。筆者も何かを感じた。これらの、筆者にとって難解な句群は、塩野谷さんが言う「意外性」が効果を収めているのであろう。それが詩的な意外性である場合、成功である。たとえば、〈185 肺へ落つ木の実もあらん核日和〉や〈200 地球の速度に青大将止まる〉〈203 硫黄島帰りの海月かも知れず〉などがある。

 一三さんが、何かに向かって俳句の可能性を試みているさまが見える。だから、今後も一三さんの作品から、目が離せないのである。
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