𠮷野秀彦句集『音』

 𠮷野さんの第二句集である(令和元年12月21日、朔出版)。秀彦(しゅうげん)さんは一茶ゆかりの「炎天寺」の住職さんで、「小熊座」同人。帯文には高野ムツオ主宰が「𠮷野秀彦の俳句には、何とも言えない温もりがある」と書いている。


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 高野主宰の選による15句は次の通り。

  隕石の道のり淋し春の夜
  一羽とも二羽とも聞こゆ鴉の子
  羽化をして眠る蟬おり広島忌
  セイロンは涙のかたち夕野分
  新年の息まで吸ってハーモニカ
  地に触れてみな魂魄や春の雪
  明日は無きはらからばかり蛙の子
  我々は根っこなきもの秋出水
  弾薬庫抱く山ありクリスマス
  自転して夜が産まれて春の潮
  霜柱踏めば息する寺領かな
  殺すとは生き残ること冬の鷺
  芽吹くもの汝が名を述べよ大空へ
  石子詰の石の重さや青楓
  冬晴やわが荒魂として尿

 筆者の共感句は次の通り。*印は主宰選と重なったもの。

009 梅早し命はきっと丸いもの
012 被災地の花芽の多き桜かな
038 耳かざり外し大暑の風軽し
040 夜の秋妻は絵本に戻るらし
042 セイロンは涙のかたち夕野分(*)
047 言い訳も笑いもみんな息白し
052 と金にはなれぬ歩ばかり日脚伸ぶ
060 石鎚山の鼓動のごとき紅躑躅
065 我々は根っこなきもの秋出水(*)
071 北風吹くや東京を向く送電線
072 弾薬庫抱く山ありクリスマス(*)
081 水温む水琴窟の音までも
087 身体ごと鳴らす鰐口帰省の子
092 椰子の実のひとつでもあれ冬の浜
100 浄闇の伊勢の海より春の月
111 蟬声の突き刺す中にバスを待つ
115 冷まじや肩甲骨に羽の痕
126 国境は人の書く線鳥帰る
127 春雨や阿弥陀如来の硝子の目
135 蜜吸えば帆布となるや名夏の蝶

幾つかを鑑賞しよう。

042 セイロンは涙のかたち夕野分(*)
 セイロンは、逆三角形のインド亜大陸の南東端の海に浮かぶ島で、現在はスリランカと呼ばれる社会主義国である。紅茶の産地で有名。島のかたちが丸いので、涙粒にも見える。その見立てが気に入って戴いた。「夕野分」なる季語を配したのは、𠮷野さんの独特な感性によるのだろうが、モンスーンによる降雨の多いところであることを考えると、涙と雨の相関からもっと別の季語があったかも知れない。とまれ、下方が丸い島のかたちは、まさに涙である。考え方によっては、インドが零した涙のようにも見て取れる。壮大でかつロマンのある句である。

065 我々は根っこなきもの秋出水(*)
 このところ台風が目立った。広域の洪水が日本の各所で起こった。途上国ならいざ知らず、先進国である日本がまだ治水の面で問題を抱えていることがはっきりした。基礎コンクリートに乗っかっただけの家々はいとも簡単に流された。われわれ人間には根っこがない。人間の営みがつくづく水に弱いことを知らされた。どっしりと根を張った暮らしをしたいものである・・・そうこの句は言っている。

071 北風吹くや東京を向く送電線
 東京一極集中主義への警鐘であろう。原発を含む大規模発電所からの送電線は大量消費地である東京に向かって敷かれている。むかし、原発は安全だと主張し、東京都内立地を主張した電力会社の専門家がいた(のち左遷されたが・・・)。だからこの句は、一種の新社会性俳句である。

072 弾薬庫抱く山ありクリスマス(*)
 この句に初めてであったとき、筆者(=栗林)は、ヨーロッパの古い都市国家を思った。都市を取り囲む城壁の内側に武器庫があって、観光スポットにもなっている(例えばプラハなど)。しかし、「山」とあるので違うかなとも思っていたが、この句の2句あとに、「横須賀」が出て来るので、横須賀基地なのかもしれない。とまれ、「弾薬庫」と平和の象徴である「クリスマス」が同居している今日の様相を詠んだ句で、これも新社会性俳句として味わうことができる。

115 冷まじや肩甲骨に羽の痕
 人間は二足歩行ができるようになって手が自由になり、道具を使ってモノを作り、発展してきた。しかし、羽根は持てなかった。ペガソスのように、四つ足でかつ羽根があったなら、別の歴史が展開されたのであろうが、手が働き過ぎたので、羽根が退化したのかもしれない。その痕が「肩甲骨」である。進化の長い歴史を考えると、羽根を失ったことは「冷まじい」ことなのだという。同感である。そう考えると、この句は獣から人類が進化してきたことを、わずか17音で言い表したと言える。大変な一句である。

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この記事へのコメント

砂山恵子
2020年01月14日 15:15
おめでとうございます!