岡崎桂子句集『大和ことば』

 岡崎桂子さんは、1981年に結社「沖」に参加し、1986年、今瀬剛一主宰の「対岸」創刊時に入会、現在編集同人であられ、約40年の句歴を持っておられる。該句集は第4句集である(朔出版、2020年1月27日刊行)。俳人協会評議員。


岡崎桂子句集.jpg


自選12句は次の通り。

  百千鳥神話の島に目覚めけり
  飛花落花大和ことばのとび散れり
  母郷水戸ぶつきら棒のあたたかし
  転がつて土俵は狭し五月場所
  蓮見舟蓮をへだててすれ違ふ
  晩年の父白蚊帳を好みけり
  平家納経花野に展げたきものを
  こつと叩けばこつと返して榠樝の実
  大潮の放りあげたる今日の月
  三つ星の静かに巡り句碑の空
  凩やつうの如くに身の細り
  翁面雪夜の神となりて舞ふ

 自らが見たモノからの感受、経験したコトからの想念を、句歴40年の確かな言葉で詠っている。この12句に限らず、どの句もしっかりと詠われていて、その力量に頷きながら読ませて戴いた。

 筆者(=栗林)の共感句は次の通り。(*)は自選と重なったもの。

014 緋を散らし金魚田に雨来たりけり
016 涼み舟吾妻橋より橋尽し
024 雪吊の一糸ゆるめば隙だらけ
029 春暁や避難袋に遺影入れ
035 地獄絵の前にごろんと西瓜あり
076 金箔に似てゆらゆらと秋の蝶
077 仏頭の中はからつぽ初時雨
094 会津より来し風花をまぶしめり
104 次の田へ足重くあげ田草取
110 木枯や般若の面は耳を持つ
113 ストーブの火は消したかとほろすけほ
118 汗匂ふ子を抱きあげて象の前
122 手花火の力尽きたるひとしづく
138 母郷水戸ぶつきら棒のあたたかし(*)
155 光集めて春水は海へ出づ
159 あるだけの花つけて待つ夜明けなり
160 にはたづみ引き花びらの重なれり
162 蛍袋の中は安心波の音
166 月昇りけり最善を尽くせし日
167 凩やつうの如くに身の細り(*)

 幾つかを簡単に鑑賞しよう。

014 緋を散らし金魚田に雨来たりけり
 見事な写生句。水深がそう深くはない金魚田に急に雨が来た。赤い金魚があわてて散らばった。その映像が、豊かな色彩を持って、筆者の目にすぐに湧きたってきた。イチオシの句。

104 次の田へ足重くあげ田草取
「田草取」は重労働だと聞く。水が張ってある田圃で、足が深くぬかる。一歩一歩重そうに足をあげ足をおろす。「重くあげ」で上手く描写できた句である。

113 ストーブの火は消したかとほろすけほ
「ほろすけほ」がポイント。自信はないが、梟の形をした小さなマスコットか、ストラップの類ではなかろうか。とにかく筆者は、「ほろすけ」と名付けられている「梟の作り物」に、「火を消したか?」と作者が注意喚起されている様を思った。外出時にストーブの灯を消したか、電気は消したか、鍵は大丈夫かなどなど、いろいろ気になるのが常である。その気分がよく出ている軽い佳句である。

138 母郷水戸ぶつきら棒のあたたかし(*)
 筆者も水戸に一時住んだことがあるので懐かしい。千波沼公園、偕楽園など・・・。人々の言葉はやや「ぶっきら棒」だが、悪気はない。住めば都である。個人的には、大工町にあった(今もあると思うが)山口楼などが、懐かしい。

162 蛍袋の中は安心波の音
 筆者の好みを言って申し訳ないが「安心」は、読むときには、ぜひ「あんじん」と読んでほしい。抹香臭くなって申し訳ありませんが・・・。

166 月昇りけり最善を尽くせし日
 こういう日が一年に2,3回はあって欲しい。「最善」とは何を言うのか全く書かれていない。そこが良い。読者が読者の範囲で考えることを任されているのである。この句もイチオシである。

167 凩やつうの如くに身の細り(*)
 この句を選んだのには、やや個人的な思い入れがある。筆者の句集『うさぎの話』に次の一句がある。「鶴の恩返し」に基づいた句である。
   影ばかりおつうが鶴でゐるあひだ
岡崎さんのこの句は違うのかもしれないが、こう思ったらその考えからなかなか抜け出せない。誤読でしたらご寛恕を。

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