森潮句集『種子』

 森潮さんは結社「杉」の主宰で、俳壇で超著名な森澄雄の息子さん。子供のころから絵が好きで画家を志していたためか、ことばの世界の父澄雄とは距離を置いていた。東京造形大学卒業後、世界各国を放浪(あとがきにそう書いてある)。ご母堂を突然失って、澄雄との二人だけの生活が始まったころ、澄雄の処女句集『雪礫』を読んだ。その時の衝撃をこう書いている。

  『雪礫』を読んだのがいけなかった。素直に感動してしまったのだ。そして母の残念な死を思えば、父の仕事を続けさせることが、私の使命のように思えたのである。

 筆者(=栗林)は澄雄やそののちの潮さんの「杉」に接点を持っていたわけではないが、俳壇のパーテイなどで、潮さんが澄雄の車椅子を押していたところに何度か出くわしていて、今、その姿を思い起こしている。
 この句集は、その父に同行したと思われる多くの旅吟、自然詠、ご自分の結婚、長男長女の誕生などの日常詠、そして澄雄の死(平成22年)までの作品からなっている。句の調子は、なめらかな静謐さを持っており、けっして声高に悲憤慷慨せず、知に流されず、人生訓を垂れるでもなく、俳句の正道的な佳品がずらりと並んでいる・・・という感じである。
 文學の森、令和2年1月29日刊行。


森潮句集.jpg


 自選句は次の10句。

  げんげ田はわが幼年の色列車過ぐ
  囀や水滴に水あふれしむ
  父母に父母のあり彼岸花
  西に地震ありて見つむる冬木の芽
  婚礼や四方の山々滴りて
  あまたなる死苦の声ありビル微塵
  俳諧も画もみち一筋や蕪村の忌
  子のきげん妻の機嫌や花八つ手
  二人して遠を見てゐる新茶かな
  父を焼く火力絶やさず秋の風

 筆者の共感句は次の通り。(*)印の一句は、自選と重なったもの。

025 口笛に鳥の応へし春の山
030 雨気見ゆる牡丹の白と思ひをり
033 土匂ふ茗荷の花に月明り
035 どこまでも見えて遠くや秋の暮
041 田を打つて人の霞める大和かな
042 飛鳥より明日香の親しすみれ草
054 陽炎に老いし父あり歩きをり
063 うたた寝に泪出でたり日向ぼこ
083 秋あかね名も刻まれず平家墓
111 水入れし棚田明りに桐の花
134 着膨れてペンギンのごと嬰歩む
148 葭切のこゑを一日淡海なり
154 車椅子の父に吾子乗せ初詣
155 春曙目覚めてまぶた閉ぢてをり
161 車椅子の父を押しゆく花野かな
172 まだ見えぬ赤子の瞳緑さす
199 二人して遠を見てゐる新茶かな(*)
221 清秋やいよよ小さくなりし父
226  八月十八日、父澄雄死す
    見えてゐて帰らぬ父や秋の風
230 からつぽの介護のベッド冬日差す

 この句集から受けた印象は、端正で良質な句がいっぱいというものであった。澄雄との俳句日常の集成である。
 中から少し鑑賞しよう。

035 どこまでも見えて遠くや秋の暮
199 二人して遠を見てゐる新茶かな(*)
 遠くが見えていると、人の心はなぜか落ち着く。そして広がる。「秋の暮」といってもまだ暮れていない。空気が澄んでいる。199は父と二人で遠くを見ている。何を話し合っているのかは分からないが、「新茶」から想起できる話題は、ごく普段のしあわせ感のあるようなものであるに違いない。

041 田を打つて人の霞める大和かな
042 飛鳥より明日香の親しすみれ草
「大和」「飛鳥」「明日香」という固有名詞の働きは大きい。二千年の日本の歴史が読者の胸に一挙に湧き上がってくる。「霞」も「すみれ草」もぴったり。つきすぎとは言うまい。あの地は、何度訪れても、いつ訪れても、筆者にとっても、この感覚なのである。

148 葭切のこゑを一日淡海なり
 澄雄と言えば「淡海」である。潮さんお一人だったかもしれないが、この句集にも琵琶湖を詠んだ句が多い。たとえば〈165雪吊りの松にひらける鳰の海〉や〈214湖に年を惜しめと鴨の声〉などがある。「葭切」はあまり上品な声ではない。むしろ、そこにこの句の真実味があるような気がした。

161 車椅子の父を押しゆく花野かな
221 清秋やいよよ小さくなりし父
226  八月十八日、父澄雄死す
    見えてゐて帰らぬ父や秋の風
 澄雄が亡くなるまでの経過が分かる句である。これ以前に、まだご自分の足で歩いておられた頃の句〈054 陽炎に老いし父あり歩きをり〉もある。これらを読むと、この句集は潮氏が父澄雄にささげたもののように思えた。げんに、あとがきには「何よりも亡くなった父母に句集『種子』を捧げる」とあった。 

 貴重な一冊を有難う御座いました。

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