青島玄武句集『優しき樹』

 青島さんが句集を出された(令和2年3月8日、文學の森刊行)。氏は磯貝碧蹄館の俳句精神に大いに賛同し、平成15年にその「握手」に参加。師の逝去のあとは無所属。お住まいが熊本なので、福岡での文學の森の句会や、地元の現俳協の句会などで研鑽を積まれた。現在、熊本県現代俳句協会幹事。

青島玄武句集.jpg


 帯文は中村安伸氏が,句集名ともなった冒頭の句〈花は葉に花は優しき樹となりぬ〉をあげて、次のように書いている。

  俳句は藝であり、藝とは演者と観客、作者と読者の間に渡す橋である。「優しき樹」は時分の花を全力で咲かせる。その花を愛でつつ、散ったあとを想いながらも拘泥しない。彼の架ける橋は大きく頑丈であり、しかも優しい。

 跋は、平川綾真智氏が丁寧で高尚でやや専門的な論評を書いている。フランス人の医学博士で、日本の俳句をフランスに紹介したポール=ルイ・クーシューの業績を称え、青島玄武氏は日本のクーシューである、としている。あげられた句は次の3句であった。筆者(=栗林)も気になった句である。

  バス停で弁当開くフランス人
  どれほどの蝶の毒見をせしことか
  鯨幕パイナップルが振る舞はれ

 さて、玄武さんの自選の句は次の10句。

  花は葉に花は優しき樹となりぬ
  出航す夏の山より太き船
  うごかせば体がことば南風
  秋の雨つくづくみんな地底人
  足袋脱いでまだ不自由な国にあり
  肉体の波濤が玉を競りけり
  枯野行くとは青空を歩むこと
  梅の花以外はすべて工事中
  落ちてなほ凧に寄り添ふ風ありぬ
  遥かまで花降りやまぬ行者道

 筆者(=栗林)の感銘句は次の通り。(*)は自選句と重なった。

008 うごかせば体がことば南風(*)
012 形代のもう泣きさうな袖袂
013 アロハシャツたしか大病だつたはず
015 踊る輪と別に踊を教はる輪
032 上見れば開く瞼や梅の花
034 山火なほ寒々とある夕べかな
035 淡雪や折り曲げておく辞書の隅
038 通るたび鶯餅が気にかかる
044 春の雨袖より舞台観るやうに
053 あらかじめ洗はれてをり甘茶仏
064 今時の言葉が茅の輪くぐりけり
071 人殺せさうな器や夏料理
081 冬瓜といふ余所者の置かれあり
085 戸棚より鍋蓋の降る寒さかな
086 義士の日や靴下の穴隠す靴
090 橙の正面定め飾りけり
094 予想より少し大きな嚏かな
096 表札の上にも雪の積もりけり
099 こすつたらぼやけてしまふ冬景色
102 合歓の花ブルーシートのやうな空
104 梅の花以外はすべて工事中(*)
119 風鈴にお国訛りの響きあり
119 百年は首を振る気の扇風機
123 涅槃の絵みんな失恋し給へり
124 鳥曇ずつと休みの骨董屋
126 鰯雲島へと帰る女子高生
133 山越えてまた菜の花となりにけり
144 長崎屋青葉せぬ坂なかりけり

 いつも通り、筆者の選句基準は、平明で、映像が湧き、人間や自己の深層を吐露したような、しかし、なんとなく余裕のあるような作品を選んだようだ。
 実は、玄武さんとは、「握手」に所属していたころ、数年の淡い接点があった。彼が九州から東京まで「握手」の句会に飛んで来るのである。その熱心さに驚いたものである。そのうち、ぜひ阿蘇の野焼きを見たいという仲間が数人で熊本を訪れた。玄武さんの車に乗せてもらって、初めてあの雄大な阿蘇の大観峰や野焼きを見せてもらった。阿蘇のどのあたりが焼かれるかの情報をリアルタイムで仕入れて、彼が火の手が上がる場所まで連れて行ってくれるのである。近づくと、野火の熱線が顔を打ち、鼻と目と喉に締め付けられるような刺激を感じた。それだけでなく、火の手が上がると、小動物が逃げ惑うらしく、それを鵟(ノスリ)が狙って空中を舞うのである。テレビでの野焼きとは全く違う緊迫感のある実経験であった。
 その旅は、阿蘇に一泊、翌日は熊本市に一泊、市内の歴史的なスポットを見学(神風連の変資料館など)、彼の実家の由緒ある料亭での食事を楽しんだものである。
 それからもう一つ。その頃、玄武さんは「能」をも嗜まれていた。彼がシテとなって演ずる舞台を、東京の能舞台を借り切って私たちに披露してくれた。ご母堂も一緒に来られていたことを覚えている。

 個人的な思い出を書いてしまったが、作品を鑑賞しよう。自選と重なった2句に絞ろう。

008 うごかせば体がことば南風(*)
「ことば」とは、ここでは俳句向けの言葉と考えてもいいだろう。身体を動かすことによって「言葉」がリアリテイをもって出て来るということ。「南風」ならさもあらん。
 橋本夢道に有名な句がある。〈動けば、寒い〉ただそれだけの短い句である。一方、高屋窓秋は辞書を傍らに、炬燵に入って動かないで句を詠んだ。〈頭の中で白い夏野となつてゐる〉である。後者は想念の傑作句。前者は、動くことでリアリテイが出るという夢道の一句である。

104 梅の花以外はすべて工事中(*)
 この句には〈102 合歓の花ブルーシートのやうな空〉同様、「熊本地震からの熊本の四季」との前書きがある5句の一つである。何の解説も愛らない。しかし、熊本地震のあとの熊本城だと思えば、句は立つ。筆者(=栗林)はこのような、モノを描いて情を伝えるという昔からの俳句の姿勢を良しとしているので、玄武さんの作品にこのような句を、しかも、自選句を、とても宜しく感じるのである。
 
 久しぶりに玄武さんの俳句を味わいました。有難う御座いました。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

かわいい

この記事へのコメント