向瀬美音編『国際歳時記―春』

 向瀬美音(むこせみね)さんが表記の歳時記を編集、上梓された(朔出版、2020年3月25日)。今回はとりあえず「春」編だが、「夏」「秋」「冬」も考えておられる。向瀬さんが主宰している「Haiku Column」で季語を紹介したところ、その季語に関わる投句の数が一躍増えたことに力を得て、今回の春編上梓に到ったそうだ。序文は櫂未知子さんが「季語の力」を丁寧にかつ熱を籠めて書かれておられる。
 該著には、春の季語65語の本意が紹介され、それに基づいて、国際俳人が母国語(英語、フランス語、イタリア語でもちろん和訳もある)で詠んだ約700句ほどが集められている。季語とともに例句が載っているのは歳時記の常であるが、幾種類かの外国語で併記された国際的なものが少なかったという点で、該著は貴重な存在であろう。俳句に関心の高い人々が多く住んでいる国々に紹介したい本である。

国際歳時記春.jpg


 いくつかの作品を読んでいて、中から気に入った作品を少しだけ挙げておこう。季語が気に入ったというわけではなくて、作品の訳し方が魅力的であったという点である。国際俳句には季語もさることながら、訳し方一つで、つまり言葉一つで価値が大きく変わるような気がしているのである。

025 リンタング ユルサ マイヤー作(インドネシア)
    cheerful morning a little rooster climbs the cliff cheerful
   麗かや小さき雄鶏きりぎしへ
 筆者(=栗林)は、原句の中の動詞(climbs)が和訳ではなくなっていることを面白く受け取った。

027 向瀬美音作(日本)
    麗かやマーマレードを煮る厨
    peaceful afternoon marmalade in the cauldron
 ここでは原句の動詞(煮る)が英訳では消えている。これにも筆者は賛成である。「厨」をkitchen とせずに cauldron(=大鍋に近い意味)としたのも「煮る」の感覚が表出されている。

027 ミレラ ブライレーン作(ルーマニア)
   a peaceful day― just the rhythmic creak of my rocking chair.
   長閑さや揺り椅子しかときしみをる
 ここでは原句にない動詞が「しかと」という副詞とともに立ち現れている。

109 十河智子作(日本)
    夕雲雀落暉に遊ぶ影として
    Larks in the evening; shadows spending in the sunset
 「遊ぶ影」を shadows spending とする上手さ。動詞の代わりに現在進行形を形容詞的に使ううまさ。

132 向瀬美音作(日本)
    手のひらに転がすピアス花疲れ
    earring rolling in my palm tired of cherry blossoms
「転がす」という他動詞を rolling という自動詞的な進行形の形容詞として用いている。英訳された句の方が、メランコリーさが現れるかも。
 
 以上勝手な感想を書かせてもらったが、許されたい。
 さて、筆者(=栗林)も国際俳句には興味があって、2012年にはカルフォルニアでの「Haiku Pacific Rim」に参加したことがある。有馬朗人さんがゲストとして日本から来て下さった。筆者自身は個人でモントレーやカーメルを旅行していた機会を利用して寄り道したのであった。
 さらに、いっとき、黒田杏子さんの縁で、アメリカの外交官・俳人のアビゲール・フリードマンさんとも縁があった。彼女は日本で在職中に俳句に魅了されたのだったが、その『私の俳句修行』(中野利子訳、岩波書店、2010年11月26日刊行)はとても面白かった。
 筆者はその後、俳句の世界遺産登録にも興味を持っていて、「現代俳句」(2015年11月号)に書いたことがある。そのとき、外国(特に四季のない国)で、季語をどのように考えるべきかよく分からなかったので、各国の人々の好きなように考えて貰って良いのだろうと思うようにしていた。日本の俳人が日本の俳句に推奨あるいは強制するような「季語の本意」を外国人に求めずに、無季でもいいから俳句を楽しんでもらえれば良いと考えていた。
 そもそも筆者が俳句とかかわるようになったのは、新興俳句が縁であったから、比較的自由な季語観を持っていたのである。とはいえ、自分では無季句は作らなかった。ただ単に人様の無季句を否定することはしない。季語がなくても「詩語」があればいいじゃないかと考えていた。これは今でも変わらない。ただし、いまでも完全な無季句は詠まない。

 本著を繙いてみて、久しぶりに英語俳句を面白く感じた(フランス語もイタリア語も理解しないので申し訳ない)。それは、季語だけのせいではない。その訳し方にいたく魅了されたからである。

 なお、上記したアビゲール・フリードマンさんの俳句は殆どが3行書きであった。該著の例句は2行がほとんどである。2行が流行るのであろうか? 下記はアビゲールさんの作品である。

  first dream of the year carefully I polish these jade marbles
  初夢に翡翠の玉を磨き継ぐ
  snow melting under the midday sun bamboo springs back
   雪解けて日輪に竹跳ね返る
 early summer I take off my watch the cool of my wrist
   初夏の時計を外す涼しさよ


  

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