黛執句集『春がきて』

 黛執さんが第八句集を出された(角川文化振興財団、2020年3月27日)。氏は「春野」の名誉主宰で今春九十歳になられる。その寿ぎの意味でもあるようだ。
 筆者(=栗林)は、二度ほど湯河原の氏のご自宅を訪問し、氏の来し方と作品を「小熊座」2017年2・3月号、および『昭和平成を詠んで』(書肆アルス、2017年9月7日)に紹介させて戴いた。それらは、氏の第六句集までをカバーしていた。その後、氏は第七句集『春の村』を、そして今回『春がきて』を上梓された。


黛執第八句集.jpg

 第八句集の句集名は集中の次の一句に因んでいる。

   春がきて日暮が好きになりにけり

 該句集『春がきて』からの自選句は次の12句。

  日暮より先に暮れたる蛙かな
  春の夜を上りつめたる春の月
  後朝とは朧が水にもどるころ
  春がきて日暮が好きになりにけり
  いちにちが遠いよ桐の咲くころは
  月出でて涼しき橋となりにけり
  潮の香の中の縁台将棋かな
  滴りの月浴びてゐる韻きかな
  澄みに澄む山をそびらに父母の墓
  案山子まだ傾ぎ足らぬといふやうに
  一つ灯のやがてずらりと枯野の灯
  星よりも水のきらめく聖夜かな

 筆者(=栗林)の共感の句は次の通りであった。自選と重なったものに(*)印を付しておいた。

008 春は土手より風が湧き子が湧いて
014 雉子鳴いて夕べ明るき仏みち
016 畑土の湯気上げてをり別れ霜
018 曳き売りの声をはるかに暮れかぬる
021 桃咲いておぼこ返りのまた一人
027 いちにちが遠いよ桐の咲くころは(*)
029 羽搏ちては合点のゆかぬ羽抜鶏
030 彷徨うてみたくなりたる白地かな
032 音なべて遠くなりたる日の盛
035 仏壇を青田の風へ開け放つ
041 秋の木となる風音にかこまれて
042 ゐのこづち取り合つてゐる喪服かな
044 案山子まだ傾ぎ足らぬといふやうに(*)
054 さへづりへ向けて宿下駄揃へらる
060 陽炎に捕まつてゐる登校児
061 鷹鳩と化してわらべに追はれゐる
062 またおなじ話にもどる日永かな
065 春の月ぬうつと茅の屋根の上
097  葬送
    にぎやかにあの世へつづく春の道
102 梅雨深しなべて欠けたる墓茶碗
107 一も二もなし新走り頂くに
114 煙出しより煙出てゐる時雨かな
116 当たるでもなき火を立てて冬の耕
123 真ん中に野壺の据わる初景色
125 つくばひに浮かぶ芥も七日かな
127 魚は氷に老いはおぼこに返りけり
128 花見とふさびしき遊びするとせむ
132 散るよりも満つるさびしさ花の村
133 なきがらに緑の風の惜しみなく
134 夏籠のいちにち雨の音の中
143 側溝を鼠の走るクリスマス
146 どの木にも風が棲みつき冬深む
151 春の夜を上りつめたる春の月(*)
155 老人に遠くなりたる春の夢
156 春がきて日暮が好きになりにけり(*)

 黛執さんの話を思い出しながら、黛俳句小論を書いてみよう。
 氏の青春時代は暗かった。学徒動員で飛行機製造会社にやられ、特攻用のベニヤ板の突撃機を作っていたが、栄養失調を医師に同情され、帰された。大学卒業後、会社に勤務したが、すぐに肺を病み帰郷。幸い健康を取り戻したあと、湯河原から箱根にかけての大規模観光開発計画が持ち上がり、これに反対。地元の仲間とともに立ち上がった。あの温厚な黛執さんが、と訝るほどの熱のこもったものであった。この反対運動は住民運動の草分けでもあった。これに成功し、のち、ゆったりとした生活に戻る。イデオロギーを振りかざすタイプではない。しかし、心の奥底には、常に社会を見つめ、右に傾き過ぎるとき、政府にも反対の意思を持っておられたようだ。
 だが、そんな心根は俳句には表れない。氏の師であった五所平之助の教え通り、氏の俳句のモットーは、
  俳句は美しくなければならない。
  俳句は見えなければならない。
  俳句は平明でなければならない。
であった。第一句集から第八句集まで、いささかもブレない。第一句集『春野』と第七句集『春の村』の冒頭の句はそれぞれ次の句であった。

  雨だれといふあかときの春のおと
  風にやや艶出て盆にはいりけり

 さて第八句集である。黛俳句は健在である。どれも、美しく、目に見え、そしてこれが一番の特徴であろうが「平明」である。作者一人だけしか分からないような、いわゆる「難解」な句が多く発表される世にあって、平明を貫き通すことは強い信念が要る。そして氏の作品には「ほのぼの感」がある。景色を詠んでもそこには「人の生活」がある。

014 雉子鳴いて夕べ明るき仏みち
018 曳き売りの声をはるかに暮れかぬる
030 彷徨うてみたくなりたる白地かな
054 さへづりへ向けて宿下駄揃へらる
116 当たるでもなき火を立てて冬の耕

 筆者はある時期から黛俳句の中に諧味のある作品を見い出し、その行く末を楽しみにしていた。第六句集『煤柱』(蛇笏賞候補であった)から上げてみよう。

 肥柄杓立てかけてある野梅かな
 飲食の箸をしづかに広島忌
 今朝秋のするする玉子かけごはん

 黛俳句に「肥柄杓」などという汚いものが出て来るのは珍しかった。「広島忌」のような社会性俳句に繋がる作品も珍しい。「玉子かけごはん」のような俗な面白さも珍しい。この流れは第八句集ではどうなっているのだろうか。抽いてみよう。

029 羽搏ちては合点のゆかぬ羽抜鶏
042 ゐのこづち取り合つてゐる喪服かな
044 案山子まだ傾ぎ足らぬといふやうに
060 陽炎に捕まつてゐる登校児
061 鷹鳩と化してわらべに追はれゐる
062 またおなじ話にもどる日永かな
097  葬送
    にぎやかにあの世へつづく春の道
107 一も二もなし新走り頂くに
123 真ん中に野壺の据わる初景色
125 つくばひに浮かぶ芥も七日かな
127 魚は氷に老いはおぼこに返りけり
143 側溝を鼠の走るクリスマス

 黛俳句の中には、宗匠俳句的なのがあっても然るべきだろうと、筆者はひそかに思っていたのである。宗匠俳句は正岡子規の攻撃を受けて見下げられた存在となってしまったが、筆者は個人的には、そんなことはない、と思っている。「真ん中に野壺がある」なんて、野趣味ぷんぷんである。これらの句を、筆者は大いに楽しませてもらった。

 とはいっても、黛俳句の神髄は、やはり、読む人を魅了してやまない平明な「納得感」であり「美意識」であろう。

016 畑土の湯気上げてをり別れ霜
027 いちにちが遠いよ桐の咲くころは
134 夏籠のいちにち雨の音の中

 ただし、この第八句集でより強く感じさせられたのは、「寂寥感」であった。

021 桃咲いておぼこ返りのまた一人
132 散るよりも満つるさびしさ花の村
155 老人に遠くなりたる春の夢

 そして最近の氏は、胸中の膨大な詩心を篩にかけて多くを捨て去り、場合によっては、あえてはやる心を弛緩させてまでもして、そこに生き残った「像」だけを選び、美しく、目に見えるように、解りやすく、ことばを選んで一句に仕立てる行為を、営々として続けておられ、この第八句集を書かれたように思うのである。それを筆者は次の句に、特に、思うのである。

151 春の夜を上りつめたる春の月(*)
 この句は、いわゆる、俳句の骨法を超越している。「春の夜」「上る」「春の月」という縁の深い言葉が並んでいるから、「緩い」と、ついそう思う。この句は〈一月の川一月の谷の中〉(飯田龍太)や〈空が一枚桃の花桃の花〉(廣瀬直人)のような、強い意思のある句とは違う。つい自然に、自分の口が「春の月」と呟いてしまったような、宜しさがあるのではないか。心をあえて空にした後でも、天心に残っている「春の月」なのである。

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