柏原眠雨句集『花林檎』

 『花林檎』は、柏原眠雨「きたごち」主宰の第五句集(本阿弥書店、令和2年5月1日刊行)である。帯には〈復旧の鉄路に汽笛花林檎〉とあり、この句集の題名ともなった。東日本大震災からの復興の一句である。あとがきに、連衆には「写生」を勧めている、とある。
 氏は、平成28年に『夕雲雀』にて、第五十四回俳人協会賞を授与されており、東北大学名誉教授で哲学者でもあられる。


柏原眠雨句集.jpg


自選十二句は次の通り。

  脱衣婆の片膝立てて春を待つ
  ホチキスの弾籠めてゐる薄暑かな
  香尽きて墓を離るる冬日和
  牛小屋に牛の鼻息成木責
  表紙とれしこども讃美歌染卵
  日和得て海坂藩の松手入
  縁取りの献金袋五旬節
  秋麗を壊して嘉手納基地離陸
  庭に出て石撫で木撫で年新た
  霜柱踏む明珍の墓の前
  復旧の鉄路に汽笛花林檎
  地下街は灯の海十二月八日

 筆者共鳴の句は次の通り。(*)印は自選と重なったものである。

013 山に向き海に向きして麦を踏む
014 朝顔を蒔く主の祈り覚えし子
015 人の住み始めたる町花辛夷
016 清明や知足の鉢に空の青
019 ホチキスの弾籠めてゐる薄暑かな(*)
020 ビール積む貸切りバスのひと座席
022 あめんぼの水輪に雨の水輪の来
026 土手の草半ば刈り終へ一揆村
026 噴水を止めてひと日の仕事終ふ
032 楽天のサヨナラ勝ちの良夜かな
032 烏瓜増やして帰還困難区
037 電柱を犬の嗅ぎゆく十三夜
043 おろしたての石鹸かをる冬至風呂
047 コピー機に忘れ原稿初昔
052 土の色変へつつ田打進みけり
053 学食に下見の母娘大試験
054 韮包む紙面に競馬予想記事
055 人参も犬も赤子も吊し雛
060 墓地抜けてゆく野遊びの五六人
090 畔焼の煙のおよぶ珠算塾
091 風光る川を地下鉄渡りけり
106 草笛の青い山脈跡切れがち
119  北上雑草園
    青邨の靴べら借りて秋惜しむ
124 セーターに編まれて鹿と分かりだす
132 庭に出て石撫で木撫で年新た(*)
133 自転車を通して羽根をつき直す
134 綱曳の人かず減りぬ村は市に
135 塩高く撒く初場所の痩せ力士
138 筆太に書く春闘の妥結額
140 ジャムの瓶洗ひて蝌蚪を持たせけり
141 復旧の鉄路に汽笛花林檎(*)
142 下校児の手に工作の風車
144 補植の足抜いて仕上がる植田かな
147 鳩小屋の庇短し走り梅雨
149 エレベータ水着売場の前で開く
154 沢風の川床(ゆか)吹き抜くる昼餉かな
158  山寺
貸杖の出払つてゐる山の秋
172 俎板を提げてボロ市帰りかな

 一読した印象では、「写生」を勧めている、とあるように、自然と人の交歓を目に見えるように詠っている。大震災にかかわる「帰宅困難区」や「復興」を詠みながら、句集に通底するものは、社会性よりも「写生」に裏打ちされた日常生活の抒情詠であり、ユーモアや宗教心などである。
 いろいろ取り上げたい句は沢山あるが、ここでは「写生」にかかわる議論をしたいと思う。筆者(=栗林)が、いかにも写生が効いていると感銘を受けた5作品を挙げよう。

013 山に向き海に向きして麦を踏む
022 あめんぼの水輪に雨の水輪の来
026 土手の草半ば刈り終へ一揆村
052 土の色変へつつ田打進みけり
144 補植の足抜いて仕上がる植田かな

 もちろんこのほかに沢山あるのだが、この中で特に次の句について述べよう。

026 土手の草半ば刈り終へ一揆村
 高濱虚子の愛弟子で夭逝した人に島村元がいる。彼は「写生」を分かりやすく解説している。少し長くなるが引用しよう。「技巧は詩(俳句)の本体ではない」と述べた後で彼はこう続ける。
  真髄を摑むには「写生」に依り、五官の敏活な働きに依る。初めからうまい表現を探しても駄目である。実例を挙げれば、
   稲妻の下に茂れる草の原
   稲妻や夏草茂る廣野原
 は拙い句である。虚子先生はこんな句は詠まない。次の句はよく観察するということによって得られた技巧なのである。
   稲妻や半ば刈られし草の原
  稲妻と草の原の取り合わせは同じである。だが、「半ば刈られし」の措辞によって断然句が顕って来る。前二句の駄作と比較するまでもない。

  筆者がこの句をイチオシの句として推奨する訳は、実は、上記の理由だけではない。この句が「写生」によって獲得したる技巧としての「半ば刈られし」があるだけでなく、「一揆村」を配することにより、虚子句にはなかった「抒情性」を獲得している、ということがその理由である。氏は写生だけでなく抒情の人なのである。
 
 氏の句に、宗教的な句〈014 朝顔を蒔く主の祈り覚えし子〉やユーモラスな句〈019 ホチキスの弾籠めてゐる薄暑かな(*)〉〈032 楽天のサヨナラ勝ちの良夜かな〉などがあるのも、抒情性の範疇だと、好ましく思い、諾えるのである。

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