池田澄子句集『此処』

 池田澄子さんの第七句集『此処』(朔出版、2020年6月7日刊行)を読む機会を得た。澄子さんは現在活躍中の著名な俳人なので、改めて紹介する必要はないと思うが、筆者が取材させて戴いて書いた『平成・昭和を詠んで』での若手のお客さまだった(正確にはお客様の最若手は大串章さんが当時79歳、次が澄子さんで80歳、あとの俳人はみな90歳だったり100歳以上だった)。澄子さんから、中国で亡くなった父君のこと、健気に頑張ってくれた母のこと、村上市のこと、師の三橋敏雄のことなどを伺ったのだが、あれから3年たっている。その間、彼女は第六句集『思ってます』を出されたが、一番の出来事はご主人を亡くされたことであろう。〈屠蘇散や夫は他人なので好き〉を思い出しながら、最新句集『此処』を読んでみた。


池田澄子句集『此処』.jpg


 自選句は次の12句。

  初蝶来今年も音をたてずに来
  私生きてる春キャベツ嵩張る
  桜さくら指輪は指に飽きたでしょ
  大雑把に言えば猛暑や敗戦日
  ごーやーちゃんぷるーときどき人が泣く
  玄関を出てあきかぜと呟きぬ
  散る萩にかまけてふっと髪白し
  粕汁の雲のごときを二人して
  偲んだり食べたり厚着に肩凝ったり
  この道に人影を見ぬ淑気かな
  生き了るときに春ならこの口紅
  柚子の皮刻み此の世よ有り難う

 筆者(=栗林)の感銘句は次の通り。(*)印は自選と重なったもの。

012 桜さくら指輪は指に飽きたでしょ(*)
018 めまといや昨夜を昔と思うとき
021 敗戦日化けてでも出てくりゃいいに
025 この人と居て嬉しくて瓦斯ストーブ
026 綿虫よ此の世ひろすぎではないか
031 行く用があって恵方ということに
036 江戸切子水にかたちを与えたる
041 予想したとおりに迷い牛膝
042 玄関を出てあきかぜと呟きぬ(*)
043 花野の花の何度聞いても忘れる名
043 雲に入る月に呼ばれたような気が
045 零余子かなこころのようにこぼれつぐ
046 天高しビルの足場の凛々しさに
046 手首ほそきおとこ可愛や荻すすき
094 無花果や自愛せよとは何せよと
095 たいがいのことはひとごと秋の風
100 塗りたてのマニキュアの手のひらひら雪
102 雪もよい明日は布巾を新しく
106 散る木の葉この世に入ってくるように
108 先生忌柚子を絞りし指を嗅ぎ
114 情が移りぬ干反り始めし裏白に
133 心配に濃淡のあり夕ざくら
153 吹いたことなき横笛を春の夢
154 あっ彼は此の世に居ないんだった葉ざくら
157 迎え火に気付いてますか消えますよ
166 山国を覆う山影女郎花
167 川沿いや過分の愛に似て秋風
168 重そうな秋の揚羽の後姿
172 この家も遺影は微笑ささめ雪
174 三つ編みの髪のかの日や桃の花
177 見に来て見ている去年二人で見ていた花
177 今夜あたり泣くかもしれぬ春の風邪
179 偲ぶひと多くて困る青葉かな
189 鴨帰る残った方がよいのでは
195 味方とは限らぬ低く来る揚羽
196 茅花流し遠くまばらに灯り初む
198 ちょっと待ってねぇと苧殻を折ると音
210 ショール掛けてくださるように死は多分
210 生き了るときに春ならこの口紅(*)

 一読して実に多くの共感句があった。読みながら、澄子名句(末尾に筆者が思うこれまでの澄子名句を参考までに掲げておいた)に新しく加わるのはどの句だろうかとの思いを募らせていた。やはり澄子さんらしいと筆者が勝手に思う納得の句を、まず掲げよう。

012 桜さくら指輪は指に飽きたでしょ(*)
021 敗戦日化けてでも出てくりゃいいに
025 この人と居て嬉しくて瓦斯ストーブ
031 行く用があって恵方ということに
094 無花果や自愛せよとは何せよと
095 たいがいのことはひとごと秋の風
189 鴨帰る残った方がよいのでは

 みな平易な句である。気づきに対し納得感が湧いてくる。呟きが平凡に見えて非凡である。いかにも澄子俳句である。021は、筆者なら〈化けてでも出てくりゃいいに敗戦日〉としてしまいそうだが、そうしないところが澄子調なのである。定型にすることで思いが沈着してしまうのを避ける、とでも言おうか。
 今回気が付いたことがある。わりに多くの伝統俳句的な(あるいは写生的な)句が鏤められているのである。そこで第六句集『思ってます』を取り出して再読してみた。その結果、以前にも文体もモチーフもけっこう伝統的な句があったことに、今更ながら気が付かされた。しかし、『此処』では若干増えているのではなかろうか、との印象を持った。筆者がそう思ったのは次のような句である。もちろん、すべて筆者には納得、あるいはそれ以上の句である。

036 江戸切子水にかたちを与えたる
045 零余子かなこころのようにこぼれつぐ
046 天高しビルの足場の凛々しさに
166 山国を覆う山影女郎花
168 重そうな秋の揚羽の後姿
196 茅花流し遠くまばらに灯り初む

 とは言え、この句集には澄子俳句の特徴的文体が健在で、かつ目立つのである。話し言葉で語りかけるような、あえて定型に抑え込めない句群である。そしてそれは今句集での最大のモチーフとなった「こと」にかかわる句が多かったように思う。大きなモチーフはふたつある。ひとつはご主人のご逝去(あるいは故人を懐かしむ情)にかかわる。

154 あっ彼は此の世に居ないんだった葉ざくら
157 迎え火に気付いてますか消えますよ
172 この家も遺影は微笑ささめ雪
177 見に来て見ている去年二人で見ていた花
177 今夜あたり泣くかもしれぬ春の風邪
179 偲ぶひと多くて困る青葉かな
198 ちょっと待ってねぇと苧殻を折ると音

 たとえば〈177 見に来て見ている去年二人で見ていた花〉は、筆者なら〈見てゐたり去年ふたりで見てゐた花を〉とやってしまう。これでは原句の味が失われるのだ。

 もうひとつのモチーフは命終という大きなテーマである。最終頁の2句が重い。

210 ショール掛けてくださるように死は多分
210 生き了るときに春ならこの口紅(*)

そして彼女は「あとがき」に次のように書く。

 八歳の夏、かの戦争で父を奪われ、人は死ぬ、死は絶対であると知って以来、此の世の景の儚さを忘れることができない体質になったようだ。(中略)そしてある日、思い付いてしまった。句集を纏めることで自分を区切り、僅かの未来を、死別に怯えずに一度生きてみたいと。

 該句集の最大の特徴は、これを区切りに安寧な余生への決意を書いた、というところにあるのではなかろうか。人生の答を出し、それをゆっくり確かめながら、これからの「生」を生きて行くのである。

(参考)
 澄子俳句のうち、筆者がよく口ずさむ幾つかを掲げておきます。ご参考までに……。

敗戦日またも亡父を内輪褒め     『拝復』179
忘れちゃえ赤紙神風草むす屍     『池田澄子百句』088
戦場に永病みはなし天の川      『拝復』027
怠るに似て頭を垂れて敗戦日         028
土用波どこにどうして英霊は         029
兵泳ぎ永久に祖国は波の先          179
春寒の灯を消す思ってます思ってます 『思ってます』008
ところどころで戦争ときどき秋立ちぬ        017
小島在り 亡父のごとく在り月下          017
脱ぎたての彼の上着を膝の上
じゃんけんで負けて蛍に生まれたの『自句自解ベスト100』006
ピーマン切って中を明るくしてあげた           024
屠蘇散や夫は他人なので好き               052
腐みつつ桃のかたちをしていたり             063
青嵐神社があったので拝む                080
太陽は古くて立派鳥の恋                 082
目覚めるといつも私が居て遺憾              122
前ヘススメ前ヘススミテ還ラザル             124
戦場に近眼鏡はいくつ飛んだ               162
本当は逢いたし拝復蝉しぐれ               202
               (『昭和・平成を詠んで』より転記)

アニミズム論―坂口昌弘著『俳句論史のエッセンス』―追補

 先に坂口昌弘さんの著作『俳句論史のエッセンス』の特にアニミズムの部分を抄録し、このブログにアップした(令和2年5月22日)。それに対し、坂口さんから貴重なコメントを戴いた。月に何本もの俳句論の執筆にお忙しいところを、よくも戴けたものと感謝している。さらに、筆者(=栗林)の理解不足を補ってもらえるコメントまで戴けたのは幸いであった。読者の皆様にも、ご参照に供すべく、以下に掲載致します。


坂口俳論エッセンス.jpg


 まず、筆者がところどころに書き込んだ私見にかかわる氏のコメントである。
私見:アニミストとしてはむしろ虚子が先輩であったと筆者は感じている)。
坂口 同じ意見です。該著の36,37頁に、虚子21歳の時の文章がアニミズム的であることに触れています。虚子が21歳ですでに自然に神性・霊性を感じていたことは殆ど指摘されて来ませんでした。しかし虚子はその後自説をあまり語らなくなっています。客観写生を広めたほうが一般大衆に俳句が広がると考えたのではないでしょうか。

 次に、筆者が引用した中沢新一の論
「宇宙をあまねく動いているもの」これをかりに「霊」と呼び、英語では「スピリット」と呼ぶことにしましょう。このスピリットは宇宙の全域に充満して、動き続けている力の流れです。この「動いているもの」が立ち止まるとき、そこに私たちが「存在」と呼んでいるものが現れます(詳しくは5月22日のブログ参照。)
を取り上げたが、これに対し、
坂口 これには該著の290頁の5行目で示したタオイズムの「気」の考えに近いと、私はコメントしています。312頁の芭蕉の章でも「気」について書いています。中沢さんのいう「霊」が「存在」になるということは、荘子のいう「気」が凝って「物」になる考えと同じです。「霊」も「気」も科学でいう「エネルギー」に近いかと思います。気は目に見えないものですが、気が凝ると物・生物になって、目に見えるものになります。
 目に見えるものの中に目に見えない「霊」「気」「魂」を感じることをアニミズムというケースと、目に見えないものが、凝って生命・物となるケースのアニミズムの両方あることをタイラーは例をあげていますので、中沢説はタイラー説の中に含まれています。
 アニミズムは写生と同じように論じる人の数だけの定義・意味があるので、タイラーの原典に戻りましょうということをいいたかっただけです。アニミズムはタイラーが創唱して多くの例をあげて定義したものだから、タイラーの書を読んで、なにか別の説を唱えたいのであれば、「~イズム」として新しく提示すればよいかと思います。タイラーの例にあげたアニミズムとは異なり「私の思うアニミズムは、これこれ」だと別の意見を勝手に述べると、議論が混乱します。写生論のように俳句論がいつも混乱するのは自分勝手な意見を述べるからかと思います。正岡子規は幽霊の俳句を詠むことを写生だといいます。これも一般的に思われている子規の写生論とは異なる定義かと思います。

 さらに坂口さんから私見に対するコメントを戴いてあります。前後のつながりから、容易に理解できるように、多少字句は変えてあります。

私見:無機物を含む万物に魂や神々を単に「認識」するだけでなくそのレベルを超えて「信仰」というレベルまで高められていなければ、アニミストとは言えないと解釈しました)
坂口 (あなたの)私見なので、ぼくがコメントできませんが、ぼくも理科系で、100%の信仰はないのですが、むしろ否定の否定として考えています。神や霊や魂はあるかないか科学的にはわからないが、文学や宗教で、「ないとはいえない」ということを信じています。科学で100%ないとはいえないから、今もアニミズムの句があるのだと思います。
 科学で自然・宇宙の存在の本質を100%理解できないことが、神や魂の存在を思わせてきたのだと考えています。
 もう一つは「祈り」です。多くの人は何かに祈りますがその祈りの対象に神々や仏像があり、その存在をアニミズムとタイラーはいいます。神社やお寺やお墓で祈るのは、なにか不思議なもの、神や祖霊や魂や仏の存在をどこかで思っているのではないかと考えます。
 三輪山のように山を神と思って拝んだり、太陽の日の出や、七夕の日の星に拝んだりする「祈り」の行為がアニミズムとタイラーは言います。
 高野ムツオさんや渡辺誠一郎さんに東日本大震災での祈りの句がありますが、亡き人の霊を思っている句は本質的にはタイラーのいうアニミズムです。亡き人の霊がないのなら鎮魂の必要がないかと思います。死後に何もないのなら、墓もいらないかと、無神論者はいいます。墓に亡き人の魂を感じるから、墓参りはアニミズムの行為とタイラーはいいます。
 お墓参りをするときには、心の中で、両親や親族の記憶と対話をしています。昔の人の記憶というのも、魂の働きと小林秀雄や山本健吉はいいます。魂や神という物理的存在があるのではなく、墓石の存在が、お参りする人の心の中に、今はない過去の人々の面影を生じさせるというその働きが魂・霊というもののようです。亡き親族・友達を詠む俳句は、そういう意味で、鎮魂のアニミズムと言えます。「影」という言葉も本質は霊だと山本健吉はいいます。
(ふたたび私見:よく分かります。墓に父母の魂が宿っていてくれるかもしれないから拝むのであって、考えてみれば、魂が宿っていなくても、お参りすれば自分の気が休まるから、言ってみれば自分の自己満足のために祈っている、というのが筆者の現状であります。それがアニミストだと言われれば、アニミストになるのは閾値が低すぎるのではないでしょうか? 多くの宗教は殉教者を沢山出しました。あるいは、血の滲むような修行・奉仕・喜捨・努力・犠牲のすえ信者となることが通常でした)

 次に、該著に、インドのバラモン教とヒンドゥー教は、神々を信じ、人と動物には魂を認めるのでアニミズム的ではあるが、植物と無機物には魂を認めないとあり、さらに、アニミズムを否定する人も、神々や霊や魂の俳句を詠む限り、アニミストであると論じています。このことに関して
私見:この点で判断すれば、筆者のアニミズム観はバラモン教やヒンドゥー教系に近いのかもしれない)
さらに、アニミズムを信じない人でも魂の句を詠む人はアニミストである、という坂口さんの記述に対して
私見:この意見は筆者にとっては広すぎると思うのですが・・・。本物のアニミストは魂や神々を木や石にも認めるという態度が信仰のレベルまで達していなければならないと思う。正直言うと自分は、信仰のレベルに達していないので、アニミスト予備軍かも知れない)と私見を書きました。これに対し、坂口さんは

坂口 森羅万象のすべてに魂があることがアニミズムではなく、動物に魂があると思うだけでもアニミズムとタイラーは言います。インド人はほとんどヒンズー教ですがアニミズムと言います。何か一つでも自然の中に、神や魂があると感じればそれがアニミズムの例としてタイラーは紹介しています。
 タイラーによれば、本物のアニミズムも偽物のアニミズムもないかと思います。近代的アニミズムも古代的アニミズムも、兜太的アニミズムも汀子的アニミズムもないかと思います。近代人の理性でなにか、枠や制限や基準を設けると古代人のアニマが捉えられなくなるかと思いますし、定義のちがいで、議論が噴出するかと思います。
 古代人の「信仰」と「認識」の違いの定義はわかりません、タイラーは膨大な例を提出しているだけで、世界各地で、神々や魂を考えていた例を多く集めているだけです。ギリシャ人が蝶を魂と思っていたことは、認識なのか、信仰なのかは近代人にはわからないところがあるかと思います。
 太陽を神とした考えも、アマテラスオオミカミとして、太陽がなければ、生命が存在しないから、その太陽の働きを、偉大な神にしたことも、信仰というよりも合理的な認識のところもあります。科学的に考えれば、動物と植物の生命に共通したものとしてDNAがありますが。古代の人は直観的にDNAのようなものを魂と考えたかもしれません。しかし、DNAが発見されたからといって、では、なぜ、いかにして、DNAのようなものが発生したのか、そのDNAの働きと生物の生命とどういう関係・構造になっているのかは、まだまだわからないことがあります。この世のわからないことを人間は神とか霊魂とか呼んできたのかもしれません。

私見:大きな木や石(無機物)に神を感じるのは、分かるが、人間とフレンドリーな存在であることが前提でありやしないか。たとえば山古志村の地震で巨石が婦人と赤子の車を押しつぶした、あの巨石にも神を認めろ、というのは感情的に難しい。たしかに、多くの神の中には邪悪な神もいるのです、と言われればそこまでではある。山は崩れるし川は暴れるし・・・)。
坂口 風邪も風邪神、地震も火山も恐ろしい「神」、邪悪な神も神の中にあります。何でも神と思ったら、古代からそれを神としてきたようです。八百万の神には何でもあります。伊勢神宮にも荒ぶる神が祀られています。善い神と悪い神があり、善い霊と悪い霊があります。
 科学で理解できない、不思議なもの、神秘的なもの、すべてを神や霊魂の働きにしてしまったのがアニミズムかと思います。物そのものではなく、物の働きを神とも呼んでいます。
 ニュートンもアインシュタインも神を信じていますが、キリスト教の神ではなくて、ニュートンの法則やアインシュタインの法則で、宇宙が成立しているということ自体がなぜなのかわからないから神を考えています。神が法則を作ったというよりも、法則で理解できる宇宙そのものが神だという考えです。アインシュタインは、人間のような姿をしたゴッドや、イエス・キリストを神としたり、処女マリアに子を産ませた聖霊や、また聖書に登場する天使やデビル(悪魔)の存在をアニミズムといっています。存在の根源、生命の根源がわからないものを神や霊魂としているのが宗教でありアニミズムだと思います。
 タイラーはとにかく多くの神と霊魂の例を集めて、アニミズムと呼んだだけで、体系のある哲学ではないので、批判されています。
 タイラーは、童話や詩歌文学に、神々や霊・魂がいまだに語られていることを、アニミズムの「残存」と言っています。人間が誕生して以来、人間は神と魂について考え続けてまだ結論がついていないようです。客観的事実として、芭蕉・子規・虚子・龍太・澄雄・兜太等々多くの有名な俳人が神・霊・魂の句を残していることその事実が、俳句とは不思議な文学と思い、多くの俳句論の一つに取り上げたのです。

 以上、坂口昌弘さんのコメントでした。少し、気が休まりました。

ソフィア俳句会合同句集『紀尾井坂』

 上智大学の俳句仲間がアンソロジー『紀尾井坂』第二号を刊行した(発行所ソフィア俳句会、代表は根来久美子さん、令和2年6月25日刊行)。指導役の大輪靖宏先生は上智大学名誉教授で日本伝統俳句協会副会長、「輪」主宰で、著書・句集の数は膨大である。芭蕉や上田秋成などの研究者として知られている。


上智アンソロジー「紀尾井坂」.jpg

 アンソロジーを戴き、さっそく一読し、お礼の気持ちを籠めて各員一句ずつを選ばせて戴いた(大輪先生は2句)。勝手な選ですがお許しください。

燕来て街新しくなりにけり        大輪靖宏
峡歩く疲れ嬉しき鮎の宿
考妣の隣が席ぞ夕端居          五十嵐克
蜻蛉の水面打ちたる音を聴く       内海 秀
追ひ炊きに柚子の揺れ出す冬至風呂    江澤健二
年ごとに手抜きの増えて年用意      鈴木占爐
遠い目をして西安の石榴売り       岩淵弥生
何枚か新札に換え年用意        小池ザザ虫
皇室展のボンボニエール春深し      鈴木 榮
我が声に母目覚めしか墓参り      徳丸喜久子
残暑とて楽しきことの二つ三つ     坂井都代子
君去りて秋澄む昼の広さかな       中村 剛
七草をすらすら言ふ子頬紅し       稲田幸子
穭田に忍者歩きの鷺一羽        中岡まつ子
瞬きが母との会話林檎の香        和髙怜子
山宿の火種絶やさぬ夏炉かな       畔柳海村
罪あるとすればこの色秋の薔薇      後藤 洋
淡雪や金箔散らす治部煮椀        野地陽花
遥かまで麦の穂続く巡礼路        中村明子
芝浜を聞きつゆるりと年用意       新山さむ
緊張の加減ほどよく障子貼る     吉迫まありい
鳥渡る地上にいくつマリア像     くにしちあき
ふる里のひと足早き花野かな       岩瀬深雪
昔母今コンビニのおでん味        國島節子
秋うらら生後二日の大あくび       田中香文
いつぴきの蠅を目で追ふ五時間目     山田知子
はなびらもちほゝやはらかきをんなたち 根来久美子
春浅し応挙の狗のころころと       堀 収子
テーブルを倍の長さに年用意       梅本純子
ジョギングの息弾ませて御慶のぶ    廣野ふえり
料峭やずらりと並ぶ兵馬俑        向瀬美音
落蝉の見上ぐる空の高さかな       児山扇治
海苔船の犇めく港旅はじめ        小谷由果
         
入学年か卒年か、その順に並んだ作品を観させて戴いて、静かな時の流れを楽しみました。有難う御座いました。

坂口昌弘著『俳句論史のエッセンス』、特にアニミズムについて

 坂口さんの該著は、俳句の世界のいろんなテーマについて、自らの見方を含め、多くの方々の論を要領よく纏めてくれており、たいへん参考になる(本阿弥書店、令和2年5月17日刊行)。
 写生論、有季・無季論、定型・自由律論、新興俳句、第二芸術、社会性、前衛、切字論などについて書かれており「俳壇」2017年1月から2019年6月号に連載したものである。

坂口俳論エッセンス.jpg


 筆者(=栗林)はなかでも「アミニズム」について、以前から興味を持っていたので、その部分をさっそく読み始めた。該著の258頁から295頁にかけての論述である。
 要約してみよう。

アニミズムの要約
 初めに該著で扱う「アニミズム」の定義を述べている。この概念を創唱したのはイギリスの人類学者エドワード・タイラーで、「自然の事物が魂または意識を持つという信仰」であるとしている。アニミズムの特徴は、動植物の生命を神と思い、太陽や月という生命のない物質をも神として崇めることである。該著で坂口は「自然・造化の万物に人間の命と同様の命を感じ、その命の根源としての神々や魂の存在への認識と信仰という概念に限って俳句を考えたい」としている(私見:単なる「認識」のレベルを超えて「信仰」というレベルまで高められていなければならないと解釈した)。
 共産主義・唯物論は無神論・無魂論であり、神と魂の存在を否定し、反アニミズムである。インドの釈迦仏教は、神と魂の存在を一切語らず、アニミズムではない。インドのバラモン教とヒンドゥー教は、神々を信じ、人と動物には魂を認めるのでアニミズム的ではあるが、植物と無機物には魂を認めない(私見:この点で判断すれば、筆者のアニミズム観はバラモン教やヒンドゥー教系に近いのかもしれない)。
 中国の荘子は、人・動物・植物・無機物の森羅万象に、命の根源としての魂の存在を認めた。その影響を受けた中国・日本の大乗仏教と日本の神道は、アニミズムに含まれる。有季定型の俳句・短歌も、神々の信仰に関していたから、そのルーツはアニミズムに深く関係している。
 西洋人のほとんどはキリスト教の唯一神のゴッドを信じ、神々や自然の魂の存在を認めていないから、アニミズムは下等な宗教だと否定している。
 アニミズムは今も多神教・多仏教の国々では適用できる概念で、基本的には日本人の多くはアニミストである(私見:正直言うと自分は、信仰のレベルに達していないので、アニミスト予備軍かも知れない)。
 子規も虚子も客観写生を説いたが、魂と神々の句を詠んでいるからアニミストである。
 平成時代には俳句におけるアニミズム説が出てきた。万物に魂と神々を感じることは、それを肯定するか否定するかのどちらかであり、科学的理性では証明不可能である。文学・宗教・哲学では魂の存在が肯定され、科学では否定される。日本文学では、アニミズムは生命感覚として理解されてきたが、あくまでも生命の根源に魂があるという理解に限らないと議論が混乱する。

金子兜太と稲畑汀子のアニミズム
 二人は有季と無季に関して対立しているが、共にアニミズムという言葉を使っている。兜太と虚子(や汀子)に別々のアニミズムがあるわけではない。兜太が虚子を批判した論点とは違う次元で考えるべきである。二人の対立点よりも共通点を理解すべきである。例句としては
 梅咲いて庭中に青鮫が来ている    兜太
 花に精宿る故人を偲びつつ      汀子
等があげられる。先に見たタイラーの定義から見れば、二人とも霊性の存在を詠むことだけにおいて、共通してアニミズムに含まれる(私見:二人の対立点を見るのではなく、共通点を見るべきだとする、この整理は見事)。

金子兜太のアニミズム観
 下記3句の第1句〈おおかみに螢が一つ付いていた〉はアニミズムの句のように見えるが、これだけでは魂を詠んでいないからアニミズムの句とは言えない。しかし、2,3句目と併せて読むと、初めてアニミズムの句だと分かるのである、と坂口は主張する(私見:まさにその通り。第1句句だけでの判断は早計であり、狼と蛍の句があるから強いアミニズムが感じとれるのであろう)。
  おおかみに螢が一つ付いていた    兜太
  おおかみを龍神と呼ぶ山の民     
  魂きわまる螢火おれに眠りあり
 兜太はどちらかというと動物のなまなましい生命感覚をアニミズムとしていた。それに対し、次に述べる虚子のアニミズムは、花鳥風月に魂と神々の存在を詠んでいた。兜太は虚子を批判したが、虚子もまたアニミストであった(私見:むしろ虚子が先輩であったと筆者は感じている)。

高濱虚子のアニミズム
 坂口は、兜太と虚子の共通する概念において、「魂と神々を感じる俳句であれば、アニミズムという概念が適用され得るということ」が、この章で言いたいことである、と書いている。二人は、魂と神々の存在を俳句に詠んでいるという点において、共通なのである。
 氏は、山本健吉が虚子のいう「存問」を「新しいアニミズム」だと断定したことを言揚げする。「存問」とは「山川草木鳥獣虫魚など森羅万象に対して挨拶の言葉を交わしていることである。(中略)無機物な自然に対しても、あたかもそれが生きているかのように言葉をかける」ことである。
  子規逝くや十七日の月明に      虚子
 この句は(一見)客観写生の句である。しかしこの句の背景を説明した文では「子規居士の霊が今空中に謄りつつあるのでは無いかといふやうな心持ちがした」とあることで、虚子は子規の魂を見た。だから句は主観的写生であり、目に見えない霊を感じることはアニミズムである(私見:肉眼で見えるものに対して目に見えない魂や神々を感じるのがアニミズムであるようだ。とすると肉眼で見えないものはアニミズムの対象にならないのだろうか。このことは後でまた述べる)。
 汀子は虚子が「天地有情」という言葉を好んで発していたという。「天地有情」は図らずもアニミズムの日本語訳といってよいほどである、とも言っている。坂口は「汀子は虚子の俳句観の本質を洞察した優れた批評家である」としている。
 アニミズムを否定する人も、神々や霊や魂の俳句を詠む限り、アニミストである(私見:この意見は筆者にとっては広すぎると思う。本物のアニミストは魂や神々を木や石にも認めるという態度が信仰のレベルまで達していなければならないと思う。その意味で後述する中沢新一はアニミズムのみごとな解説者ではあるが、それはあくまでも学問上のことであって、中沢が信仰として魂や神々を木や石にまで信じているかどうかは、私には分からない)。

山本健吉のアニミズム観
 健吉はアニミズムを柳田國男と折口信夫から学び、「歌は意味でも思想でもなく、その中にこもる〈いのち〉〈魂〉〈生気〉〈スピリット〉〈神のようなもの〉が大切であり」と語り、「私は自分をアニミストだと思っている」とある。詩歌関係の文章でこう書いた人は健吉が初めてであろう。兜太は、初期の頃はアニミズムという言葉や概念は使っていない。
 アニミズムは体系的な俳句論でそれまで語ることができなかったから、俳句論として論じたのは彼がはじめてであろう。俳人は、魂と神々の存在を肯定するか否定するかのどちらかである。目に見えるものの写生は誰にでも容易であるが、目に見えない魂や神々の存在を描写することは容易ではない。描写する以前に、それらの存在を信じていなければ心に見えないからである。新興俳句であれ伝統俳句であれ、優れた俳人は魂と神々の存在を描写できたのである。

梅原猛のアニミズム観
 梅原猛は「日本文化の原理」を五十年間かけて考え続け、それを「草木国土悉皆成仏」だと結論した。梅原は、鈴木大拙が日本文化の全体を「禅」で説明しようとしたが、とてもできていないと批判した。禅よりもむしろ神と霊の存在を信じるアニミズムの方の影響が大きいという。
 梅原は、人間ばかりか鶯や蛙も歌を詠むという能を作った世阿弥、さらには宮沢賢治も伊藤若冲もそれらの作品から〈草木国土悉皆成仏〉の思想を持っていた」という。曹洞宗開祖の道元は山川草木と一体になって仏となった、とある。

荘子の「万物斉同」とアニミズム
 梅原の思想の根本をなす「草木国土悉皆成仏」に関連して、『涅槃経』の「一切衆生、悉有仏性」と、中国天台学における「草木国土、悉皆成仏」という思想は、荘子の思想に基づいている、と福永光司が書いている。ここで「衆生」とは「生きとし生けるもの」であり、インド仏教・哲学では植物や無機物は含まず動物だけだった。中国の天台教学においては、情なきものにも仏性があるとして、土塀や瓦石にも仏性を認めている。

宮坂静生のアニミズム
 アニミズムに深い関心を持っている俳人の一人に宮坂静生がいる。彼の卒論が「蕉風俳諧発想法序説―荘子との関わり」を書き、万物の生命の根源としての道(タオ)を説く荘子を研究したことがアニミズムへの関心に結びついたのではないか、と坂口はいう。

新興俳句俳人たちの伝統的アニミズム
 新興俳句の人々がアニミズムの句を詠んでいたことは無視され続けてきた、と坂口は書く。その例が、
  月光に己の魂と死をかたる       渡辺白泉
  虹は神の弓なり我等手にとり難く    細谷源二
などである。伝統俳句、新興俳句、社会性俳句、前衛俳句にかかわらず、多くの俳人は、魂と神々の存在を思うアニミストである。

アニミズムの創唱者、エドワード・タイラーの『原始文化』(中沢新一への反論)
 該著のアニムズムの項のおしまいに、坂口は、タイラーの著作『原始文化』を紹介している。その論はここでは省略するが、中に筆者にとって興味深い記述があった。中沢新一への反論である(中沢のアニミズム解説記事はこのあとでその要点を掲げておく)。
 坂口はこう記述する。
「タイラーが創唱したアニミズムの定義を誤解した発言に最近出会った。中沢新一は『俳句の海に潜る』の中で、高濱虚子の句〈凍蝶の己が魂追うて飛ぶ〉は近代的なアニミズムであり、私(=中沢)としては面白くない、と述べている。魂の定義は時代を貫くもので、近代も古代もなく、中沢が主観的好みで、面白くない、といっても正確にはタイラーの定義に従わざるを得ない」
「身体から離れた魂の存在があるとすることは、すでに荘子の時代から語られた伝統的・古代的な思想である。魂は物体・肉体とは別だとする二元論であろうと、魂と物体。肉体が同一であるいう中沢の一元論であろうと、魂の存在を詠むことをアニミズムと定義しないと混乱する」
「中沢のような論理的一元説ではわりきれない」

 坂口の論はまだまだ続くのだが、このあたりで終えておこう。
ところで、筆者(=栗林)が聞き齧った(いや調べ齧った)アニミズムの資料を掲げておこう。中沢のアニミズム解説と兜太・汀子の対談である。

アニミズム―(栗林の)私論を含めて
 以前、兜太は「西洋は対物」的だと言っている(『悩むことはない』、(株)文藝春秋、平成25年10月)。西洋の童話では、人間が罰として動物に変えられたりするが、日本では、逆に動物が温かい気持ちで人間になったりする(鶴の恩返しなど)。このように兜太の心根には人と動物との対等な交流意識があるようだ。アニミズム的ともいえる。
中沢新一がアニミズムを分かりやすく解説している(「現代俳句」平成28年2月号)。未開人のアニミズムは西洋のそれとは違っていて、説明では、

「宇宙をあまねく動いているもの」これをかりに「霊」と呼び、英語では「スピリット」と呼ぶことにしましょう。このスピリットは宇宙の全域に充満して、動き続けている力の流れです。この「動いているもの」が立ち止まるとき、そこに私たちが「存在」と呼んでいるものが現れます。立ち止まり方が堂々としていて、何千年の単位で立ち止まっているものは石と呼ばれ、二百年ぐらいの単位で立ち止まったスピリットは、木というものになります。りっぱな木や石に出会ったとき、インディアンは石や木そのものでなく、その背後に流れている大いなる「動いているもの」に向かって祈りを捧げるのです。
 同じようにして、四本の足を持って地上を動くことのできる形で数十年立ち止まることになれば、それが動物になる。空を飛ぶ鳥になるスピリットもある。もちろんそこには人間もいます。大いなる「動くもの」が人間という存在として立ち止まったから、そこには人間がいるわけです。

とある。日本人の、特に俳人が納得するアニミズムは、中沢の言うこのアミニズムに近く、ヨーロッパの(「もの」と人間を二元的に考える)西洋アニミズムとは違っていることに気がつくのである。

 以下は筆者(=栗林)の愚考なので、読み過ごしていただいて構わないが、この考えを敷衍すると、木や石を加工した机やお地蔵さんもアニミズムの範囲に入ることになる。これは分かる。だが、石を拡張してウラン鉱石を考えてみると、これがスピリッツの化身だと認め、これを人工的に加工して作り出した核燃料もプルトニウムもセシウムも霊の化身であるとなり、これは行き過ぎではないではなかろうか。つまり、万物がスピリットの化身であるとはいえ、アニミズムの範囲は、自然に限りなく近いもので、畏敬の対象になりえるもので、かつお互いにフレンドリーなものという暗黙の了解があるのではないだろうか。
 中沢新一は学問としてのアニミズムを上手く説明してくれてはいるが、自身が熱烈なアミニズム教の信者であるかどうかについては、今一つはっきりしない。その辺ところを、筆者はいつかもっと知りたいと願っている。

(追記)これに関し最近考えていることは、アニミズムは肉眼で見える万物に対して目に見えない神々や魂を感じ信じることのように思っている。ところが、肉眼で見えないもの、たとえばセシウムとかウイルスにも魂を感じねばならないのなら、少し無理があるように思える。それと同じく、巨石に神を感じるのは納得できるが、山古志村の地震で巨岩が崩れ婦人の乗る車を押しつぶした、あの巨岩にも神を感じなさい、と言われると、如何なものかと思ってしまう。アニミズムの対象は、人々の心中で暗黙的に人間にフレンドリーなものという約束ができてしまっていやしないだろうか。そのような訳で、自分は準アニミストだと思っているのである。もっともこの考えは、多くの神の中には邪悪な神もいるのです、と言われればそこまでではある。山は崩れるし川は暴れるし・・・。

 思えば、俳句の世界では特異とも思われる考え方が支配的になることがある。例えば「写生」という方法である。美術の世界では「写生」を超越した流れが発展しているが、俳句の世界では「写生」が方法の域を超えて重要視され、玉条化されている。アミニズムも、たとえ宗教的には忘れ去られたものであったとしても、俳句を詠むものの万物を視る心の基本として、おそらくは末永く生き残って行くのかも知れない。

アニミズムをめぐる兜太・汀子対談
 折角なので、拙著『俳句とは何か』から兜太・汀子の論争を再録し、掲げておこう。先に要約した坂口の記述にも出てきた両者の激論である。この記事のもとは「俳句界」平成23年1月号にある。
金子 最短定型詩というのは、命に一番触れやすい形式だという体験を私は持ったんです。最短定型のおかげで、私はかなり命に直に触れ得たという思いがありますね。ですから、今の若い人たちは植物とか小動物とかの付き合いを大切にするみたいだから、それはいいことだと思います。それをもっと積極的に体験して、そこで命を体験する。私はそう思うんですね。人間同士の命を体験するのは、なかなか出来ませんからね。今の時代、道徳とか倫理が入っちゃって、人間が律儀になっちゃう。生じゃないんですよ。誰かが死んだとして、その亡くなったひとのことを理屈で考えたりするでしょう。それは命に触れているわけじゃないわけ。だから本当に直に命に触れる機会を持たなきゃ駄目。俳句というのはそのチャンスだと思います。
稲畑 だから、私は、二十一世紀のキーワードは「自然」だと、早くから言っているんです。俳句を作ることによって、いろんな事柄を吸収していける。若い人はもっと自然に親しんで欲しい。
金子 「自然」と言っちゃうとぶれちゃう。私は、「生き物感覚」と言っているんですけどね。
稲畑 だけど、金子さんも私の真似して、自然がキーワードだって言ったのよ。
金子 そうかな。いのちの世界が自然だからね。
稲畑 どこかで書いていたわよ。ただ、「人間も自然の一部である」ということは、もう高濱虚子がすでに言っています。
金子 いや、虚子のように、自然随順なんていう言い方は誤解され易い。随順しているんじゃない。人間も自然、他の生き物と同じなんだよ。
稲畑 それは虚子が言った言葉じゃないですか。
金子 虚子は違う。私の場合は花も蝶もみんな生き物、同じ自然だと。
稲畑 同じことですよね。
金子 違う。虚子とは逆。虚子は律儀に自然随順、花鳥諷詠なんですよ。そういう律儀な考え方は駄目。生き物は全部、自然なんだ。つまり平等でなければいかん。私が言いたいのはそういうことなんです。今はまだ自然と人間と、二元的に考えたりしている癖があるよな。人間と自然は別物だと。
稲畑 人間も自然の一部であるということでしょ。虚子と同じですよ。花鳥諷詠というのは松尾芭蕉の「造化にしたがひて四時を友とす」「見るところ花にあらずということなし。思ふこと月にあらずといふことなし」ということを短く言ったのが、花鳥諷詠であると虚子が言っています。
金子 それは孫が言い直しているだけだ。じいさんはもっと律儀に、道徳的に、二元化していた。まあ、また、繰り返しになるからやめましょうよ。結局ね、稲畑と私がこんなことを言い争いするようになったっていうことが一つの収穫だと思う。命の世界が自然なんだから。私も稲畑もそこへの思いを深めている。そういう現象だと思う。去年(平成22年)はそういう年じゃなかったんですか。ホトトギスの人たちは写生が大事だと言っていますが、写生とはいのちに触れることですからね。私の場合は、もっと心の中で、アニミズムというものを理解しながら、生き物感覚なんて言ってきた。
稲畑 アニミズムは私が先に言ったの。
金子 そういうけちなことを言うんじゃない。あなたの本当に一番悪い癖。命ということに共通に、問題意識の中心が来ていると。それが大きな収穫だと私は見ていますよ。俳句はそういう役割をしているんだよ。最短定型というのはそこが強いんですよ。



 このほか、該著『俳句論史のエッセンス』には、俳人にとって興味深いテーマとその解説、論考が満載されており、俳句愛好家にとって必見の書である。次には、古くて新しい問題だと筆者が考えている俳句第二芸術論を、読もうと思っている。

俳句誌「周」創刊

 「周」(しゅう)という俳誌が立ち上がった(2020年5月)。大分県中津市で行われていた「円錐」中津句会が終わるのをきっかけに、周(あまね)句会の仲間が発表の場として創刊した小俳誌である。編集は後藤秀治、山崎浩一郎、横山康夫の皆さん。

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 創刊号でもあり、会員各位の作品から一句ずつ選ばせて戴いた。
 
   揚雲雀声のみ届く高さかな      熊谷明美
   ふるさとは人の小さき秋の暮    紅梅三男丸
   もてなしに程よき障子明かりかな   後藤秀治
   海雲酢や二人でいても遠く見て   佐伯ひろみ
   終ひには鬼に食はるる数へ歌     三丸祥子
   新聞をめくる音良き秋の朝     谷崎佳奈美
   古の政庁跡の木守柿        帖佐喜久美
   新聞のかすかにおもき梅雨曇     寺坂明美
   小春日や手押し車の集まれる     寺坂公広
   掌でつつむコーヒーカップ春浅し  昼間くみえ
   水筒の小さきを選ぶ冬の旅     山崎浩一郎
   炎天の真つ只中の棒となる     渡辺ひろ子
   死者とゐて想へば雪の降るごとし   横山康夫

 書評は、鈴木牛後句集『にれかめる』について、後藤氏が書いている。

 今後のご発展を期待しております。


宇多喜代子著『暦と暮らす―語り継ぎたい季語と知恵』

 宇多さんが書かれた表記の著書を読む機会を得た。と言ってもまだ全部を読んだわけではないが、皆さんへのご紹介のつもりで、感じたことや思い付きを書いてみたい(NHK出版、2020年4月15日刊行)。宇多さんのご経歴は、いまさらご紹介するまでもないが、蛇笏賞や日本芸術院賞など多くの賞を貰われ、令和元年には文化功労者に選ばれておられる。

 該著は、「NHK俳句」テキストに連載した記事を再編集したもので、その名の通り、俳句に「暦」がいかに密接にかかわっているかを丁寧に解説している。「暦」はすなわち「農暦」であり、季語は農事に深くかかわっている、と分かる。とうぜん二十四節季に従って、例句を交えて懇切な記述がある。


宇多喜代子NHK.jpg


 この著書の一つの特徴は、添えられている写真が見事に雰囲気を高めていることである。写真提供は、農山漁村文化協会発行の『写真で綴る 昭和30年代 農山村の暮らし 高度成長時代以前の日本の原風景』(写真:武藤盈、聞き書き:須藤功)による、とある。
 上に掲げた表紙の写真を見て戴くと分かるのだが、田植えの農婦の動作が映されている。農婦の足運びの微妙さが観るものに伝わってくる。懐かしい風景である。
 このような思い出の風景が四季別にところどころに挿入されている。著作権を気にしながら、もう一つだけ写させて戴いたのが、次の写真である。夏の日、田植えは家族総出の大仕事である。幼子がイズミ(子供用の籠)の中で眠っている。大きめの傘が竹棹に結わえられて籠のそばに立てられており、幼子に心地よい日陰を作っている。まさに昭和の農村の典型的な風景である。


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 該著を読む機会は5月16日から始まった。立夏を過ぎたばかりであった。なので、そこから読み始めた。「立夏」「小満」「芒種」「夏至」「小暑」「大暑」とある。例句がいくつか載っているが、筆者の懐かしさは、次の句に到って膨れ上がる。
   プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ   石田波郷    該著67頁
少し進むと
   やはらかき母にぶつかる蚊帳の中    今井 聖      103
筆者がときどき参加している「街」句会の主宰なので、身近に思ったりする。
 これからゆっくりと、毎日少しずつ読み続けて行こうと思う。

 宇多さんが、あとがきに「いまだに西暦が苦手な私には、出来事を西暦表記されるとそれを和暦に換算しないとよく理解できないという弱点があります」と書いている。筆者もまさにその通りで、西暦でなく年号でいわれれば、たとえば「昭和」だとピンとくる。西暦だと、25引いたりして昭和に換算しないと感覚がつかめないのだ。

中村猛虎句集『紅の挽歌』

 俳人にしては勇ましい名前を持った方の第一句集である(俳句アトラス、令和二年五月九日刊行)。氏は姫路の俳句の会「亜流里」の代表。跋文は「海光」代表で俳句アトラスの林誠司氏。林氏が始めた句会で、初心のはずの中村氏が常勝であったとか。天賦の才がおありだったとか……。

中村猛虎.jpg


  自選十二句は次の通り。

   葬りし人の布団を今日も敷く
   遺骨より白き骨壺冬の星
   少年の何処を切っても草いきれ
   この空の蒼さはどうだ原爆忌
   手鏡を通り抜けたる螢の火
   蛇衣を脱ぐ戦争へ行ってくる
   たましいを集めて春の深海魚
   三月十一日に繋がっている黒電話
   缶蹴りの鬼のままにて卒業す
   水撒けば人の形の終戦日
   心臓の少し壊死して葛湯吹く
   ポケットに妻の骨あり春の虹

 筆者の共感の句は次の通り。(*)印は選が重なったもの。こんなに数多く重なることは滅多にないことである。

013 痙攣の指を零れる秋の砂
017 遺骨より白き骨壺冬の星(*)
017 葬りし人の布団を今日も敷く(*)
018 新涼の死亡診断書に割り印
019 鏡台にウイッグ遺る暮の秋
019 極月や人焼く時の匂いして
025 少年の何処を切っても草いきれ(*)
026 手鏡を通り抜けたる螢の火(*)
028 羅の中より乳房取り出しぬ
030 どこまでが花野どこからが父親
032 右利きの案山子が圧倒的多数
034 斬られ役ずっと見ている秋の空
040 校長の訓示の最中焼芋屋
043 星に触れるために鯨は宙を舞う
044 雪ひとひらひとひら分の水となる
074 原爆忌絵の具混ぜれば黒になる
076 夏雲に押され床屋の客となる
097 夏シャツの少女の胸のチェ・ゲバラ
102 星涼し臓器は左右非対称
103 死にたての君に手向けの西瓜切る
108 桃を剥く背中にたくさんの釦
116 死に場所を探し続ける石鹸玉
130 身の内に活火山あり海鼠切る
131 人間の底に葛湯のようなもの
134 春炬燵脅迫状はカタカナで
143 春は曙女の中の不発弾
148 少年は夏の硝子でできている
158 女から紐の出ていて曼殊沙華

 『紅の挽歌』を戴いたとき、凄い名前の方がどんな句を詠まれるのか、興味津々であった。いつもの習慣で、自選句も、序文(この句集にはないが)も跋文も、あとがきも読まないで、先入観なしに17音のテキストを全部読む。そして驚いた。最初の十数頁の衝撃である。
 最愛の伴侶を若くして失くしておられる。闘病の過程がつぶさに詠まれている。変化する病状に、ある時は期待を膨らませ、ある時は彼女の激痛に心を失う。涙なくしては読めない。
 読んでから考えた。この衝撃的感動はどこから来るのであろうか? まえがきにこうあって、句が続くのだ。

   癌の激痛と闘う妻、医療麻薬でも痛みは治まらない
   「殺して」と口走る妻
   緩和ケアの医師も俺も絶望的に無力だ
   もちろん殺してもやれない
   
   ところが、9月、嘘のように痛みが引き、リハビリ室
   で歩く練習まで始めた
   やっぱり治るんだ(中略)

   だが、容態は急変
   わずか3週間で、動くことができなくなった
   最期は自宅で、と連れ帰った日の明け方、安心し
   たのか、天国に旅立ってしまった
   10月9日午前6時3分、享年55逝く

 並べらえた句はどれもが心を打った。まえがきはかくあるべきと言えるほどの効果を発揮している。筆者(=栗林)はここで、一度前書きを忘れて読み直すことにしてみた。その記憶を完全には払拭できないのだが、前書きがなくとも、俳句の力で迫って来る作品はどれであろうか、と読み返してみた。そして上記の約30句が立ち上がった。中から次の悲しみの6句をあげておこう。

013 痙攣の指を零れる秋の砂
017 遺骨より白き骨壺冬の星(*)
017 葬りし人の布団を今日も敷く(*)
018 新涼の死亡診断書に割り印
019 鏡台にウイッグ遺る暮の秋
019 極月や人焼く時の匂いして

013は、客観写生的な句。「秋の砂」のあはれ。018の「割り印」により立ち上がってくるリアリティ。019の「匂い」の持つ訴える力。前書きがあったせいもあろうが、無くても、一句独立の力が感じられた。

 これは筆者の勝手な論なのだが、俳句ほど写生に不向きな表現形式はない。短すぎるし、季語でもって古典的な香りづけがされるからである。喜びも悲しみも普遍化されてしまうからである。ひょっとすると中村猛虎氏は、この悲しみを、短歌か、詩か、別の表現軽視で書いた方が、独特な作品になったかも知れない、とふと思った。しかし、これは感動のあまりの、筆者の世迷言だったも知れない。

 さて、悲しさを超えて、あとの句を見てみよう。筆者の琴線にふれる句が沢山あるのである。それらは、前書きなしでも、17音のテキストだけで、俳句であるがゆえの、宜しさを伝えてくれるのである。上記の約30句から下記の7句を挙げよう。

028 羅の中より乳房取り出しぬ
030 どこまでが花野どこからが父親
043 星に触れるために鯨は宙を舞う
103 死にたての君に手向けの西瓜切る
108 桃を剥く背中にたくさんの釦
143 春は曙女の中の不発弾
158 女から紐の出ていて曼殊沙華

030は、残された自分は寡夫であると同時に「父親」でもある、という使命感。それとは裏腹な不安感。
028、108、158はエロチシズムを、しかも108と158は直截的でないが故、その奥に怪しげな、しかし、明るい艶を感じさせる。
043は、星に触れなんとして飛び上がる鯨に、ロマンチズムを、
103は、「死にたての」という措辞に籠めた臨場感を、愛惜を以て、
143では、女性性の不可解さを古典的な「春は曙」なる措辞を用いて、韜晦的に表現している。

 作者の多面的な力が発揮された、いかにも刺激的な句集でした。

柏原眠雨句集『花林檎』

 『花林檎』は、柏原眠雨「きたごち」主宰の第五句集(本阿弥書店、令和2年5月1日刊行)である。帯には〈復旧の鉄路に汽笛花林檎〉とあり、この句集の題名ともなった。東日本大震災からの復興の一句である。あとがきに、連衆には「写生」を勧めている、とある。
 氏は、平成28年に『夕雲雀』にて、第五十四回俳人協会賞を授与されており、東北大学名誉教授で哲学者でもあられる。


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自選十二句は次の通り。

  脱衣婆の片膝立てて春を待つ
  ホチキスの弾籠めてゐる薄暑かな
  香尽きて墓を離るる冬日和
  牛小屋に牛の鼻息成木責
  表紙とれしこども讃美歌染卵
  日和得て海坂藩の松手入
  縁取りの献金袋五旬節
  秋麗を壊して嘉手納基地離陸
  庭に出て石撫で木撫で年新た
  霜柱踏む明珍の墓の前
  復旧の鉄路に汽笛花林檎
  地下街は灯の海十二月八日

 筆者共鳴の句は次の通り。(*)印は自選と重なったものである。

013 山に向き海に向きして麦を踏む
014 朝顔を蒔く主の祈り覚えし子
015 人の住み始めたる町花辛夷
016 清明や知足の鉢に空の青
019 ホチキスの弾籠めてゐる薄暑かな(*)
020 ビール積む貸切りバスのひと座席
022 あめんぼの水輪に雨の水輪の来
026 土手の草半ば刈り終へ一揆村
026 噴水を止めてひと日の仕事終ふ
032 楽天のサヨナラ勝ちの良夜かな
032 烏瓜増やして帰還困難区
037 電柱を犬の嗅ぎゆく十三夜
043 おろしたての石鹸かをる冬至風呂
047 コピー機に忘れ原稿初昔
052 土の色変へつつ田打進みけり
053 学食に下見の母娘大試験
054 韮包む紙面に競馬予想記事
055 人参も犬も赤子も吊し雛
060 墓地抜けてゆく野遊びの五六人
090 畔焼の煙のおよぶ珠算塾
091 風光る川を地下鉄渡りけり
106 草笛の青い山脈跡切れがち
119  北上雑草園
    青邨の靴べら借りて秋惜しむ
124 セーターに編まれて鹿と分かりだす
132 庭に出て石撫で木撫で年新た(*)
133 自転車を通して羽根をつき直す
134 綱曳の人かず減りぬ村は市に
135 塩高く撒く初場所の痩せ力士
138 筆太に書く春闘の妥結額
140 ジャムの瓶洗ひて蝌蚪を持たせけり
141 復旧の鉄路に汽笛花林檎(*)
142 下校児の手に工作の風車
144 補植の足抜いて仕上がる植田かな
147 鳩小屋の庇短し走り梅雨
149 エレベータ水着売場の前で開く
154 沢風の川床(ゆか)吹き抜くる昼餉かな
158  山寺
貸杖の出払つてゐる山の秋
172 俎板を提げてボロ市帰りかな

 一読した印象では、「写生」を勧めている、とあるように、自然と人の交歓を目に見えるように詠っている。大震災にかかわる「帰宅困難区」や「復興」を詠みながら、句集に通底するものは、社会性よりも「写生」に裏打ちされた日常生活の抒情詠であり、ユーモアや宗教心などである。
 いろいろ取り上げたい句は沢山あるが、ここでは「写生」にかかわる議論をしたいと思う。筆者(=栗林)が、いかにも写生が効いていると感銘を受けた5作品を挙げよう。

013 山に向き海に向きして麦を踏む
022 あめんぼの水輪に雨の水輪の来
026 土手の草半ば刈り終へ一揆村
052 土の色変へつつ田打進みけり
144 補植の足抜いて仕上がる植田かな

 もちろんこのほかに沢山あるのだが、この中で特に次の句について述べよう。

026 土手の草半ば刈り終へ一揆村
 高濱虚子の愛弟子で夭逝した人に島村元がいる。彼は「写生」を分かりやすく解説している。少し長くなるが引用しよう。「技巧は詩(俳句)の本体ではない」と述べた後で彼はこう続ける。
  真髄を摑むには「写生」に依り、五官の敏活な働きに依る。初めからうまい表現を探しても駄目である。実例を挙げれば、
   稲妻の下に茂れる草の原
   稲妻や夏草茂る廣野原
 は拙い句である。虚子先生はこんな句は詠まない。次の句はよく観察するということによって得られた技巧なのである。
   稲妻や半ば刈られし草の原
  稲妻と草の原の取り合わせは同じである。だが、「半ば刈られし」の措辞によって断然句が顕って来る。前二句の駄作と比較するまでもない。

  筆者がこの句をイチオシの句として推奨する訳は、実は、上記の理由だけではない。この句が「写生」によって獲得したる技巧としての「半ば刈られし」があるだけでなく、「一揆村」を配することにより、虚子句にはなかった「抒情性」を獲得している、ということがその理由である。氏は写生だけでなく抒情の人なのである。
 
 氏の句に、宗教的な句〈014 朝顔を蒔く主の祈り覚えし子〉やユーモラスな句〈019 ホチキスの弾籠めてゐる薄暑かな(*)〉〈032 楽天のサヨナラ勝ちの良夜かな〉などがあるのも、抒情性の範疇だと、好ましく思い、諾えるのである。