太田うさぎ句集『また明日』

 太田さんは、結社「豆の木」(こしのゆみこ代表)と「なんぢや」(榎本亨代表)の同人で、二〇一九年には「街」(今井聖主宰)にも入っている。「豆の木」賞を二回受けている。該句集は株式会社左右社が二〇二〇年五月三十一日に刊行。
 跋文は、太田さんと句会を一緒している俳句評論家の仁平勝さんが書いている。


太田うさぎ句集.jpg


 自選句の提示がないので、仁平さんが跋文に引いた句を掲げておく。

  誰からも遠く夜濯してゐたる
  苗売の前髪が目に入りさう
  フラダンス笑顔涼しく後退る
  なまはげのふぐりの揺れてゐるならむ
  真ん中に達磨ストーブ船を待つ
  陽炎へ機械油を差しにゆく
  裸木のラジオ体操広場かな
  パン屑と名前を貰ふ雀の子
  夏帽子振つて大きなさやうなら
  奈落よりあらはれ春の踊かな
  菊褒めてドライクリーニングを頼む
  小春日の有機野菜とフォーク歌手
  富士額見せて御慶を申しけり
  美人湯を出てしばらくを裸なり
  忘年や気合で開ける瓶の蓋
  ラクビーの主に尻見てゐる感じ
  過去からの電話のやうに雪降れり

 筆者栗林の共感句は次の通り。(*)印は仁平さんのと重なった。

012 名案はときを選ばず烏瓜
014 行く秋の水は捩れて水のなか
021 百千鳥眼傷つくほど学び
030 松手入空を立派にしてしまふ
035 四隅より辞書は滅びぬ花ミモザ
038 恋猫に夜汽車の匂ひありにけり
044 夏帽子振つて大きなさやうなら(*)
049 枯木から枯木へ渡す万国旗
056 神の留守柱は赤を尽くしたり
059 緋の白の八重の一重の寒牡丹
061 三月や噛まれ細りの馬の柵
065 酢洗ひの鰺も谷中の薄暑かな
071 子が父の洟拭いてゐる梅林
078 旅一つ終はりて金魚買ひ足しぬ
083 晴ときどき蝶テーブルも椅子も白
088 ライラック傘差して傘取りにゆく
089 レモンティー雨の向うに雨の海
090 濡れてゐることを知らない目高たち
090 星下ろすごとく風鈴下ろしけり
094 菊褒めてドライクリーニングを頼む(*)
094 薄原きらり少年とは速度
095 きれいな夜水すれすれに檸檬浮き
097 ぴゆつと出て鴨南蛮の葱の芯
108 惜春や貝に盛らるる貝の肉
109 川幅を水は急がず竹の秋
118 アロハシャツ大本山を下りて来し
123 ラグビーの主に尻見てゐる感じ(*)
126 転がして運ぶ卓袱台春の山
151 一種爽やか空腹のはじまりは

 一読してわりに伝統的な作品が多い、と感じたが、ささいな対象の捉え方、それを言葉で表すときの固有の工夫が非凡で、見たものの機微を見事に表出している句が多い、と感じた。そしてユーモラスである。

044 夏帽子振つて大きなさやうなら(*)
 普通なら「大きく振ってさやうなら」とやる。それではつまらない。「大きなさやうなら」に敵わない。太田さんは本当に言葉の工夫の上手な人だと思う。

094 菊褒めてドライクリーニングを頼む(*)
 水洗いで済ませるか、ちょっと高いドライにするか? その判断の瞬時に、軽い気持ちで、店先の「菊を褒める」。この感覚が、短歌でなく、詩でもなく、如何にも俳句らしい。

123 ラグビーの主に尻見てゐる感じ(*)
 そういえばそうだな、と読者を納得させる。テレビ社会の影響ではあろうが、視線の新しさと、「主に……感じ」という断定表現がこの句を生かしている。

059 緋の白の八重の一重の寒牡丹
083 晴ときどき蝶テーブルも椅子も白
094 薄原きらり少年とは速度
 ちょっと珍しい文体の三句を掲げた。一見ぶっきらぼうな表現だが、まとまっていて破綻がない。感心した。

海野弘子句集『花鳥の譜』

 海野さんが表題の句集を出された(令和2年5月30日、俳句アトラス刊行)。1992年「握手」入会とあるから、かれこれ30年の俳歴がある。2007年握手賞受賞、磯貝碧蹄館主宰没後、長嶺千晶代表の「晶」に所属。いままでに、第一句集『FLOWER』(文學の森、2015年2月)とアンソロジー『俳句の杜』(本阿弥書店、2017年6月)がある。
 帯には長嶺代表が選んだ一句〈声明のはたと止みたる落花かな〉があり、「舞踏会に赴くような華麗な美しさに憧れた若き日々」とある。跋には、日本モーツァルト愛好会代表の朝吹英和氏(元「握手」編集長)の鑑賞文、内表紙には、弘子さんの句〈くれなゐの落葉のきり絵浄土かな〉と〈うみへ落つる陽がむねにあり秋の人〉を揮毫した春日井幸青氏の軸の写真がある。
 実は筆者栗林も結社「握手」で初めて俳句を学び、海野さんとはかれこれ20年の俳句友達である。それは「握手」以降この2月まで続いたので、おそらく200回ほど句会を共にしている。それにしても驚いた。句集のあとがきに、癌であることが分かり闘病中、とあるではないか。たしかに体調が悪いとおっしゃっておられたが、身体中元気印の弘子さんなので、こちらは気にしていなかった。癌といっても、今は余命が長くなったと聞く。こころより復帰を願っている。


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 自選10句は次の通り。

   昭和史に黒く塗りたる桜かな
   白梅や弓のかたちに弓袋
   天窓の新緑われは深海魚
   薔薇色の朝にひとなき露台かな
   サルビアの並列をゆく葬車かな
   絵に画きて患部告げらる稲つるび
   蟋蟀や容老いたるコンサイス
   萩くくる己に容赦なきよはひ
   天狼星や距離無限なる父の膝
   母の忌の箸の両細さくら冷

 筆者共感の句は次の通り。異例の多さであるが、初出の句会などを思い出し、取らざるを得ない句が多いのである。許されたい。(*)印は自選と重なった。

009 あの日より開かぬ箪笥の花衣
012 きのふより空に近づく木の芽かな
013 白梅や弓のかたちに弓袋(*)
016 子は遠き痛みに似たり薄氷
017 囀や麺麭の飛び出すトースター   
021 目刺やや焦がせしほどの悩みごと
023 謝肉祭仮面になみだひと雫
025 無数の蝶モーツァルトの楽譜より
027 花菜海漕ぎてひかりの人なりき
027 モネの庭展翅のごとき春日傘
036 東京にタワーとツリー抱卵期
044 フラスコの底を舐むる焰若葉冷
045 銅鍋に煮込む肉塊みどりの夜
058 金澤を洗ふ二川や夏料理
059 羅や座して乏しき膝の嵩
060 蒼風の湖上を旅の夏帽子
063 鋭角に上げたる機首や雲の峰
066 パセリ添へ華麗な嘘を許しおく
074 白地着て父に老いたる日のあらじ
075 ちちははの鴨居に並ぶ帰省かな
080 赤く反る日本列島油照
083 病みをれば夢の花火に音あらず
084 八月の挙手を見てゐる柱かな
085 ゼブラゾーン灼けて喪服のゆらぎくる
093 新涼やうす紙に透く和三盆
094 雨呼ぶか芙蓉の底のくれなゐに
096 針山に母の遺髪や藍の花
097 指切りはいつも嘘つき赤のまま
098 流星群エアーズロックに樹影なく
101 絵に画きて患部告げらる稲つるび(*)
103 毬藻より気泡離るる星月夜
110 花鳥の間過ぎて王妃の秋扇
114 身ほとりに夫いてスーパームーンかな
118 秋寂の緋縅に顔なかりけり
118 水舟に月の溺るる郡上かな
119 月へ打つ一鼓これより乱拍子
124 露深し化石の句碑を指に読み
134 焼栗や子の住む国の新聞紙
135 菊育てをりぬ日本語美しく
144 雪吊や加賀水引の金と銀
147 狐狸の夜の袋を廻す遊びかな
149 濡灰や炭の年輪うつくしき
152 水口の石の乾ける冬田かな
154 夫に剥くセザンヌ色の冬林檎
155 傾斜せる冬の星座に鳥けもの
163 聖し夜に吊る純白のトウシューズ
164 聖樹市ホットワインを掌に包み
165 絨毯の深紅や古き歌劇場
166 オイスターバー老優の冬帽子
172 瑞光や旅立つときは鶴抱かむ
175 一片の雲も置かざる初飛行
187 母の忌の箸の両細さくら冷(*)
187 ぬばたまの奈良墨にほふ花の雨
188 声明のはたと止みたる落花かな
189 鈍行や日当たる側に春の海
195 紋白蝶にのぼる空あり石舞台

 この句集は編年体ではない。おそらく2015年春の作品からであろう。春・夏・秋・冬・新年の別に編まれ、そしてごく最近と思われる春がまた来て、それで終わっている。その春は「謝する春」と名付けられていて、奥深い意味を感じる。
 この句集は、一言でいえば、典雅への憧憬である。俳句の世界に、むかし社会性・前衛があり、呟き俳句があった。もちろん伝承派的花鳥諷詠が多かった。この句集の表題『花鳥の譜』からすると「花鳥諷詠」的句集かと思うが、そうではない。初めの部分に東日本大震災にかかわると思われる句があるが、この句集は、社会性俳句でも前衛俳句でもなく、かといって伝統派の俳句とも違う。抒情をもって作者の人生と、長年にわたって貫かれた「典雅への憧憬」の句集である、と筆者は勝手に思っている。
 弘子さんの趣味は、これらの句から推し量って、多岐に亘る。アート・フラワー、茶道、クラシック音楽、西洋絵画などなどである。それらから啓発された句に加えて、父母、夫、子への情を籠めた作品群で、しっかりと固められている。土地柄としては、静岡、金沢などが目立つ。

 幾つかを鑑賞したい。

009 あの日より開かぬ箪笥の花衣
 この句の置かれた場所から判断して、東日本大震災にかかわる句であろう。しかし、筆者には今年の花の頃から病に臥せった弘子さんの無念が感じられて、その感を拭うことが出来ないでいる。

023 謝肉祭仮面になみだひと雫
 個人的ながら、ふと、ベニスの仮面店を思い出した。カーニバル用の衣装や仮面を専門に扱っている。ショーウインドウの仮面のひとつに、くっきりと涙の雫が描かれた面があった。ベニスでの旅情と相俟って、筆者には思い出の一句である。

066 パセリ添へ華麗な嘘を残しおく
 以前、この句に対してこう書いたことを思い出した……パセリに嘘を託して添えたのか、それともメインのビーフか羊肉かを、嘘の塊といったのであろうか? つまり、豪華なメインデイッシュがそもそも虚飾であるというのか? 直喩か暗喩か? 海野さんにしては屈折とかアイロニーを思わせる珍しい句。筆者の好みでもある……と。

101 絵に画きて患部告げらる稲つるび(*)
 これも置かれた場所から考えると、自信はないのだが、ひょっとして今闘病中の原因とされる状況について詠んだものかと思った。「稲つるび」が衝撃を伝えてくれる。

103 毬藻より気泡離るる星月夜
 阿寒湖の天然記念物。見事な写生句。「星月夜」もうますぎるほどぴったり。

110 花鳥の間過ぎて王妃の秋扇
 仲間で「迎賓館」へ吟行に行った。多分その時の句であろう。筆者は気に入った句が出来なかったが、弘子さんは素直に見た儘を書いた。

124 露深し化石の句碑を指に読み
 村越化石(ハンセン病で盲目となった俳人)は静岡県の茶どころ岡部の生れ。弘子さんも静岡なので、親近感がおありだったのだろう。「玉露の里」の句碑には〈望郷の目覚む八十八夜かな〉とある。

154 夫に剥くセザンヌ色の冬林檎
 弘子さんからご主人のことはよく聞かされていた。予備知識なしにテキスト通りに読むべきだが、その通り読んで、夫婦というものの温かさが滲みだしてくる一句である。しかも「セザンヌ色の」は脱帽である。

166 オイスターバー老優の冬帽子
 ニューヨークのグランドセントラル駅のビルにオイスターバーがある。超有名で映画にもなったはず。いかにも個人的で申し訳ないが、作者との共時性とでもいうのであろうか、023の句と同様に響き合うものがある。俳句のこういう読み方はいけないのだが、許されたい。

195 紋白蝶にのぼる空あり石舞台
 末尾の句である。辞世の句であるとは思いたくありません! 新型コロナも終息しそうです。また句会でお会いしましょう。通信句会でもいいですよ!

 それにしても、渾身の句集でした。感謝です。