橋本 直 句集『符籙』

 橋本氏は「豈」同人で現俳協の青年部にて活躍されていた方である。『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』などを編集したほか多くの著作がある。符籙とは未来の預言者のことで、この符籙を持つ道士は、天界とコミュニケーションが可能となり、天の力を用いて病魔を封じるなど、様々な能力をもつともいう。言わば符籙とは、本来人の力の及ばぬ崇高なものと人間界との間を媒介し、人に天の力を付与するものだ……とある。

橋本直句集.jpg


 栞があり、鴇田智哉氏と阪西敦子氏のおふたり。跋はご自身が書かれている。

 帯に次の7句が掲げられている。

  貂の眼を得て雪野より起き上がる
  生牡蠣をまの口で待つ人妻よ
  コーヒーが冷めてワインが来て朧
  幾らでもバナナの積めるオートバイ
  南洋に虹じやんけんの一万年
  文学にデスマスクある涼しさよ
  死角よりふつと狼あらはるる

 筆者(=栗林)の感銘句は次の通り。各頁には頁数が逆送りで付されているようだが、いつものように、ここでは正順の頁を示しておく。

010 馬の目の高さで歩く雪の森
016 桃青忌ラーメン鉢の底に龍
017 「どん底」の画看板ある冬の街
018 セーターの女の形して残る
024 ノーサイド見て寒鰤の腹さばく
030 アンダーラインの折り目正しき大試験
040 豪邸の丹念にとる毛虫かな
065 長椅子の両端ハロウィンの子供
081 明易し船の沖より船の声
087 首のない仏野ざらし汗もなし
104 かき氷日本を捨てる話して
106 南洋に虹じやんけんの一万年(*)
147 抽斗に見知らぬ薬神の留守
154 水平にいいちこの瓶去年今年

 次の句は、鴇田氏も阪西氏も選んでいる。

106 南洋に虹じやんけんの一万年(*)
 この句集には橋本氏がアジア諸国を旅して得た句が沢山あり、この句はフィリッピンでのもの。
 栞には、鴇田氏が「時をこえて共通するであろう、虹、とそして、じゃんけんが、プリズムの三角構造をも連想させ、その光の跳ね返りに、一万年、は長すぎず短すぎない、すこやかな広がりではないだろうか。海への思い、そして長い時間への親しみ、時をこえていくことへのあこがれ」と書き、
 阪西氏は、「ひろびろとしたスケールが魅力だ。その地を通って〈じゃんけん〉が日本にその形をとって現れるまでにたどった時間なのか、国同士のじゃんけんに翻弄された時間なのか、虹の一瞬とそこに横たわる長い時間が共に立ち現れる」としている。
 筆者(=栗林)のイチオシの句でもあるので、若干の感想を述べたい。まず、「南洋に虹」で、明るい太陽と海、決まって時間通りに訪れるスコール、そしてそのあと必ず現れる「虹」を、私に思わせる。青緑色がかった海とそこに浮かぶ島々も見えて来そう。そこに突如「じゃんけん」という人と人の係わりの言葉が出てくる。そしてその「じゃんけん」が一万年後の今も続いている不思議さを私に提示する。地球上に海が出来たころ、雨が降り、その後は当然、虹が立ったであろう。それは一万年よりももっと前のこと。やがて海から生物が発生し、人類も生まれた。そこで起こった文化も諍いも一万年単位の昔のこと。こと「じゃんけん」に関しては、中国・韓国の影響もあろうが、やはり何となく日本文化を思わせる。子供のころから、順番を決めるのにもっとも手軽な方法が「じゃんけん」だった。そして、それには幼い時の思い出が付きまとっている。そしてこの「一万年」が個人の思い出などよりももっともっと大きく長い人間の文化や諍いの歴史を思い起こさせてくれる。いろいろな解釈が出来、なんとも妙な気持になる句である。「じゃんけん」が何かの象徴のように詠まれていて、それが何を意味するのかを、あれこれ思料する愉しさのある句であった。 

 楽しい句集を、有難う御座いました。

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