坪内稔典―俳句とエッセイ『早寝早起き』

 稔典さんが表記の俳句とエッセイ集を出された。「船団」が解散になるとのことで、惜しい気持ちを抱きながら一読した。

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 稔典さんの俳句にカバが出てくるのは承知だが、この句集には、伊予柑、文旦、デコポン、シロサイ、クロサイなどが多い。それに「うんこ」が頻出するには驚く。それに「つるりんしよう」など、多義性のある言葉が新鮮であった。

 びわ食べて君とつるりんしたいなあ

 まさに稔典さんは自由人である。

 エッセイで筆者の感じた点は、その辛辣さの点では、①俳句の世界遺産化運動を批判していること、懐かしかったことは、②伊丹三樹彦・公子夫妻のこと、驚いたことは③澤好摩さんなどが三樹彦門を離れる頃の出来事、同感を覚えたのは、④俳句と川柳の違い、などである。
 
 俳句を世界遺産化しようとの運動で、俳句4協会と自治体が協力しているが、稔典さんは「俳句は現代美術に近い表現であり、それを遺産と呼ぶことはそぐわない」「俳句は生活文化として存在しながら、その表現史の先端に鋭い片言があった」「芭蕉や蕪村や一茶の名句も、作られた時代においては鋭い片言だった」「この運動は片言としての俳句を切り捨て、生活文化としての俳句(つまり月並み俳句)だけを俳句としようという運動だ」と述べ、それは恥ずかしい感覚だ、と主張する。有馬さん、鷹羽さん、大串さん、宮坂さん、稲畑さん、金子さん、皆さんは恥ずかしくないのか、とかなり手厳しい。
 反対意見は多く聞かれる。実は筆者は賛成の立場なのだが、その根拠は、俳句がもっと多くの人に認知された方が良いと単純に思うからに過ぎない。遺産化によって心配されているようなことが起こるとすれば、一考せねばならないのだろうか?

 伊丹三樹彦・公子さんご夫妻のことは筆者もなつかしい。南塚口のマンションに何度か取材に行ったことがある。玄関に三樹彦さんそっくりの人形が飾ってあった。その人形の作者とは東京での三樹彦さんを偲ぶ会でお目にかかったことを思い出した。
 三樹彦さんの青玄俳句会はむかし集会所を持っていて、稔典さんらの若者がたむろしていた。矢上新八、立岡正幸、澤好摩などが管理人役を務めていたらしい。ある日、稔典さんに似せた服を階段に吊り、縊死しているように見せ、やってくる仲間を驚かせようとするいたずらを思いついた。だがやってきたのは女性だった。彼女は驚いて三樹彦さんや警察に急報した。それでことが大げさになってしまったようだ。この事件が、稔典さんらが「青玄」と距離を取り始めたきっかけとなったようだ。もちろん、筆者は澤さんからこのようなことは聞いたことがない。

 意を強くしたのは、稔典さんのいう「俳句と川柳の違い」である。いろいろに読めるのが俳句。これに対し、川柳は一義である。〈古池や蛙飛び込む水の音〉が俳句で、読み方は幾つもある(これで本が一冊書けるほどだ)。〈犬だけがスリムになったウォーキング〉は川柳である。特に筆者が賛同するのは、俳句が幾様にも読めるという点である。よく俳句の先生が、中七が上にも下にもかかるのは良くない。どちらかにせよ、と教えるのだが、筆者はどちらとも取れる句でも良いと思っている。一義にしか読めない句は名句ではないのだろう。

 愉快な気持で、このエッセイ+句集を読ませて戴いた。

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