衣川次郎句集『足音』

 衣川さんが第四句集『足音』を出された(文學の森、2020年8月29日)。氏は現在、結社「青岬」の創刊主宰であるが、その前は大牧広の「港」の副主宰から主宰を引き継いでおられた。大牧は蛇笏賞をもらう寸前に逝去されたのだったが、授与式には故人のお嬢さんや衣川次郎、仲寒蟬(現「牧」代表)氏らが出席されておられたことは、小生の記憶に新しい。
 この前の第三句集『青岬』は、奥さんが亡くなられた直後に完成し、刷り上がったばかりの句集を棺に入れることができた、と伺ったことがある。その前書きは、たしか高野ムツオ氏が書いていたと記憶する(詳しくは旧版ですが「栗林浩のブログ」を開き、2017年9月26日をご参照下さい)。


衣川次郎句集『足音』.jpg


さて第三句集からの衣川自選句は次の10句であった。

  廃炉にはまだ非正規の汗が落つ
  どの蝶も翅を合はせてゐる岬
  一村をただ老鶯に任せきり
  再会は銀河のポストあるところ
  この世から肩はみ出してゐる端居
  たんぽぽの子の足音が好きで咲く
  春星や地球に間借りしてゐたり
  港より水脈引く船や青岬
  八月をカタチにしたる無言舘
  眠るものみな眠らせて木の実降る

 一句目でお分かりのように、衣川俳句には、反原発、反戦、改憲反対、沖縄、原爆、東日本大震災などに関するものが多い。これは、反骨俳人であった師の大牧を受け継ぐものである。

 筆者の共鳴句は次の通り。(*)印は自選句と重なったものである。

016 風船にさらはれさうな女の子
021 簡潔な青年の遺書知覧は夏
025 定刻に切られ官庁街の噴水
052 どの蝶も翅を合はせてゐる岬(*)
053 言葉にて傷つくレタス被曝地区
060 兵の墓碑いまだ棒立ち油照
090 注がねばコップ倒れる桜東風
093 振り返りざま杖となる春日傘
096 蒸鰈箸を平らに使ひけり
099 箸だけが出され待たさる冷素麺
106 老農の笑へば稲の香りせり
108 咲き始めから老けてゐる鶏頭花
110 さみしさが手に大根を持たせたり
114 狐火でありてもよろし還り来よ
121 試着室の中には春が来てゐたり
128 たんぽぽの子の足音が好きで咲く(*)
129 菜の花を越えれば海の見えるはず
130 学校のさくら咲くのが仕事なり
131 さくら散ることばが離れてゆくやうに
143 肩書きを捨てし人ほど釣れる鮎
144 ピアノ曲かけし牛舎に青田風
146  「青岬」創刊
    真つすぐに行く他になし青田道
147 新宿はガラスの墓標夕焼け落つ
155 病者にも等しく小鳥来たりけり
158 今よりも飢ゑたる頃の柿赤し
159 鶴来たるこんな村にも手配写真
168 ゴミ出しをまちがへてから雪催
169 ひさびさにマッチ使へば雪催
170 熱燗で五臓の位置を確かめむ

 この句集『足音』には、前述の反原発などの社会性俳句的作品が多いが、それ以外には妻恋の句が印象的である。ただし、筆者(=栗林)の好みから、より伝統俳句的な、あるいは、俳諧的な作品を多く選んでしまったようだ。自然の叙景句であり、日常の哀歓をこめた作品である。
 まず、選の重なった(*)印の二句を鑑賞しよう。

052 どの蝶も翅を合はせてゐる岬(*)
 氏には「岬」の句が、〈港より水脈引く船や青岬〉など、ほかにもある。中でもこの句は、「岬」を「蝶」に見立てた句であり、あまり意味を籠めないで素直に書いた叙物・叙景句である。「翅を合わせて」が、万物が憩っているような「岬」を思わせ、言いえている。

128 たんぽぽの子の足音が好きで咲く(*)
 この句集の表題となった一句であろう。イデオロギーを前面に押し出す句群のなかにあって、このような素朴な明るさのある句に、小生はいたく惹かれるのである。イチオシの句。

 もちろん、小生が惹かれる句はほかにも多い。

110 さみしさが手に大根を持たせたり
 日常の無聊感はともすると「さみしさ」ともなる。衣川氏の生活環境は知らないが、奥様を亡くされてからの独り住まいは、想像できる。「大根」にこれほどのペーソスを感じさせるような作品は少ないであろう。

129 菜の花を越えれば海の見えるはず
 師の大牧が「港」を創刊したとき、多くの祝意の中に、やや冷ややかな視線を感じることがあったようだ。それで大牧は〈春の海まつすぐ行けば見える筈〉と詠み、自らを鼓舞した。小生は、この句にも師の心情に通ずるものがあったように思えるのである。

 そしてもう一句。

114 狐火でありてもよろし還り来よ
 小生の勝手な誤読であっても良い。氏の妻恋の本音の一句であろう。

田彰子句集『田さん』

 田さんは坪内稔展さんの「船団」の人。兵庫県丹波市柏原(かいばら)生まれで、同所生れの江戸時代の俳人田捨女に連なる方である。該句集はふらんす堂、2020年7月27日発行。この20年ほどの作品からなる第一句集である。「船団」らしい軽やかな口語的な作品が収まっている。

 自選12句は次の通り。

  じゃこ天の歯ざわりほどの去年今年
  穴ひとつ持ちて定規の日永かな
  ふるさとのさざなみミファソ耳菜草
  桐の花捨女の声を真似てみる
  蛍火や他人になっていく途中
  流星をひとつ投げ込み米をとぐ
  旅に出てザボンのように眠りたし
  吉野葛ほどのとろみのそぞろ寒
  恋人の影の明るさ枇杷の花
  夜と夜繋ぎて雪のしんしんと
  寒晴れや鶏という突起物
  歳晩の雑木林のひとりごと


田彰子句集『田さん』.jpg

 筆者の共感句は次の通り。(*)は自選句と重なった。

017 グラスみな逆さ吊りされ春立ちぬ
031 物言わぬ少年の掌のつくしんぼ
038 チューリップたし算の指足りなくて
042 遠景に花近景に象の鼻
075 近づきて蛍と同じ息づかい
080 梅青しタイヤに空気入れている
086 蟬鳴いてまた別の木に鳴きに行く
091 万緑の芯に小さな投入堂
094 後転の掌は上向きに雲の峰
098 ゴキブリの疾走あすは面接日
100 黒胡椒ガチッと噛んで巴里祭
128 鷹渡る色深くなる日本海
132 鰯雲マイクで子ども叱ってる
134 新しい音の生まれて木の実降る
136 月光や痒いところに届かない
138 スプーンに檸檬の輪切り秘密めく
143 星月夜ふわりと浮いて青い駅
145 さわやかや雑巾のみな名前もち
146 小鳥来る後一枚の回数券
149 実ざくろや黙っていればいいものを
153 耳よりな話ありますラ・フランス
155 星月夜水の音する無人駅
156 大文字のいま大の上鳥渡る
163 冬の森アルミホイルの音がする
182 右上の親不知にもクリスマス
187 茶筅抜くように森からふくろうは
189 先生の頭の上にあるつらら
195 寒晴れや鶏という突起物(*)

 幾つかを鑑賞したい。

038 チューリップたし算の指足りなくて
 幼い子供がチューリップの数を数えている。右手の指を折って数え、左手に移る。それでも足りない……。母の目線での可愛い句。表記としては「足し算の指たりなくて」も可能であろうか?

094 後転の掌は上向きに雲の峰
 子どもの床体操だろうか。バック転するとき、掌は不思議と空に向けて開いている。「雲の峰」で明るい空が見えてくる。よく観察してできた健康な一句。

098 ゴキブリの疾走あすは面接日
「ゴキブリ」を見つけると驚く。さっと逃げるから、もっとたくさんいるのではないかと、不安になる。その心境が「面接日」とぴったり。うまい心理的な句。

128 鷹渡る色深くなる日本海
143 星月夜ふわりと浮いて青い駅
 128は古典的な落ち着いた写生句。143は「青い駅」がふわりと宙に浮いている、という心象の句。両方とも大きな景を詠っている。田さんの俳句の多彩さを感じる。

195 寒晴れや鶏という突起物(*)
 飯島晴子の〈寒晴やあはれ舞妓の背の高き〉を思い出す。普通は「冬晴」という季語を使うが、最近は「寒晴」が多くなった。その方が厳しい体感温度を感じさせてくれる。「鶏」を、情を籠めずに「突起物」と言った。そのニヒルさが良かった。渡辺白泉の〈夏の海水兵ひとり紛失す〉をも思いだす。筆者イチオシの句。

佐藤弘子句集『磁場』

 佐藤さんは1983年「寒雷」(2019年に「暖響」となる)に入会。福島県の文学の世界でいろいろな賞を受けられている。2013年に「小熊座」入会。現在FTVカルチャーセンターの俳句教室講師。
 該句集(2020年7月26日、青磁社発行)は、第一句集で、36年間の作品から、高野ムツオ選による320句を収めている。序文は高野主宰。

 高野ムツオ選の15句は次の通り。

  寒林の一樹のとなりて鳥を待つ
  春昼や焼べれば写真起ち上がる
  天鵞絨に集まる微塵冬暖か
  化粧水今年の頸をよく伸ばす
  狐火のやうに暮らしてをりました
  しぐれ易きものにポストと象の鼻
  尾骶骨付近もつとも虫すだく
  襤褸菊の絮の奥なる母の家
  日が傾ぐ擂鉢虫の大顎に
  仮置き場仮仮置き場鳥曇
  メメント・モリ メメント・モリと粉雪降る
  焦土の色橡(つるばみ)の色八月は
  どくだみの匍匐神々寝入るころ
  金魚金魚さみしい鰾をひとつづつ
  寝落ちたる髪より花火匂ひけり

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 筆者(=栗林)共感の句は次の通り。(*)印はムツオ選と重なった。

017 毛糸玉消え雑念の編み上がる
018 雛の眼を怖しと云へり初潮の子
020 白梅のまづ一輪のはにかめる
030 紫蘇揉みし指そのままの逢瀬かな
035 揚羽一頭ふはと前方後円墳
039 小字みな同姓小豆干してをり
042 寒林の一樹となりて鳥を待つ(*)
062 母の家まで菜の花を泳ぎゆく
070 砂糖黍噛むなり日本領土なり
080 雪の夜は赤子を抱いて確かめる
089 猫の目の炉火ひらひらと育てゐる
100 すいつちよん鎖骨さみしき夜なりけり
115 生乾きなる七月の空の青
119 保護色になるまで歩く枯れの中
119 正月の真ん中に置く赤ん坊
139 わが詩語と榠樝追熟させておく
141 よれよれの土筆確かに預かりぬ
144 葭切のもう来てもいい水の色
151 仮置き場仮仮置き場鳥曇(*)
157 メメント・モリ メメント・モリと粉雪降る(*)
167 想念の隙間より湧く雪ばんば
172 寝落ちたる髪より花火匂ひけり(*)

 幾つかを鑑賞してみる。

017 毛糸玉消え雑念の編み上がる
 序文にムツオ主宰も書いているのだが、初学のころのはずのこの句は、すでに俳句の骨法をわきまえているような作品である。ともすると〈毛糸玉消えて雑念編み上がる〉としそうなものだが、初学にして「て」を使わない。手拍子になるのを避けているのでる。

042 寒林の一樹となりて鳥を待つ(*)
 この句の前後に、孤独感漂う作品が幾つか見られる。作者はしばし冬木立の一本の木になったつもり。「鳥」が止まってくれるのを待っている。もちろん「鳥」は何かの暗喩。

151 仮置き場仮仮置き場鳥曇(*)
 福島の除染廃棄物の仮置き場であろう。極低レベルの廃棄物なのだが、置き場がない。仮の仮の置き場なのである。この先の行方は「鳥曇」にぴったり。

157 メメント・モリ メメント・モリと粉雪降る(*)
 ヨーロッパのパンデミックの際に広まった「死を想え」という意味の言葉。ペストで大被害を受けたイタリアで、芸術家たちが、この言葉をモチーフに、いろいろな作品を作り上げた。「粉雪降る」でも良いのだが、筆者の好みでは、豊かさの反面はかないイメージのある「ぼたん雪」が好きだ。勝手な感想なので気にしないで下さい。

172 寝落ちたる髪より花火匂ひけり(*)
 今まで庭先で幼児らと手花火を楽しんでいた。やがて子供は眠たくなって腕の中で寝落ちてしまった。その髪のかすかな、乳や汗の香とともに、花火の煙の香を感じた。叙情豊かな平和な句。

大石悦子句集『百囀』

 大石悦子さんの第六句集(ふらんす堂、令和二年七月二十七日発行)。氏は十六歳で波郷の「鶴」に入会。六十五年以上の俳句歴の中で、角川俳句賞、桂信子賞、俳人協会賞など多くの賞を受けられている。著作も多い。該句集は平成二十四年からの三五七句からなる。

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 著者の自選15句は次の通り。

天地を束ねし結柳かな
一人居る五日となれば糟湯酒
負暄(ふけん)してうまうま老いぬわれながら
硯北といふみどりさすひとところ
オリオンに一献シリウスと一献
鴛鴦の絢爛と流れゆきたる
根のもの厚く切つたる雑煮かな
春の山とは父もゐき母もゐき
擬態して自切して竹節虫(ななふし)枯る
蕪村忌の青楼の黒框かな
画眉鳥(がびてう)を加へ百囀ととのひぬ
観音の華瓶(けびやう)の春の潮位かな
本売つて知性おとろふ滑莧
美濃に見て近江に踏みぬ春の山
百穂の蒲の噴けるは誄のごとし

 これらの自選句を見た瞬間、その語彙の豊富さに圧倒された。理系育ちの筆者(=栗林)にとっては、難解な言葉が多いのはごく当然なことかもしれない。各頁に一つか二つは難しい言葉があった。覚悟を決めて辞書・季語集・パソコンを傍に置き、挑戦を試みた。
 難解といっても、俳句に二種類がある。頻出度のきわめて少ない言葉が多用されている場合の難解さと、言葉は分かるのだが、その言葉が他の言葉にどう働いているかが分からない句、たとえば攝津幸彦の〈階段を濡らして昼が来てゐたり〉のような句の難しさである。大石さんの句の難しさは、前者である。だから、分からない言葉を丁寧に調べると、眼前にパッと明かりがさすように開けてくる。句の深い意味合いが伝わってくるのである。
 このことは、筆者ゆえの感想であり、大石さんに近い俳句の世界の人々には、古い時代の文化に造詣が深く、関西に特有な土地勘をお持ちであるがゆえに、いともたやすいことなのであろう。とにかく、心して一句一句を読み始めた。
 共感した作品に加え、難解な言葉を探って楽しんだ作品は次のように多数に及んだ。(*)印は自選句と重なったもの。

007 天地を束ねし結柳かな(*)
010 霰酒与しやすきと見られしや
013 負暄(ふけん)してうまうま老いぬわれながら(*)
018 森を出よ五月の蝶となるために
026 安寝(やすい)せむ梟に眼を呉れてやり
029 正月や酒の呉春をはべらせて
032 恋歌の反故に雛を納めけり
033 野宮(ののみや)の春のしぐれにあひにけり
033 花ふぶく仕舞をさらふ子が二人
039 硯北といふみどりさすひとところ(*)
042 乙訓の竹酔日も暮れにけり
043 風干の鰺の助六睨みかな
052 みづうみの風にふくらむ別れ蚊帳
054 茸干す筵の端を重ね敷き
061 あらたまのあらひたてなる海の星
067 夜桜や花の魑魅に逢はむとて
073 母の名を告れば菱の実掴み呉れ
076 あかあかと秋のくちなはさびしいか
078 息長鳥(しながどり)浮かび出でたる千歳橋
079 与らむ離宮の大根配なら
086 狐火を手玉にとつて老いむかな
104 秋の夜の臨書は八一万葉歌
105 黒松に風の出できし良夜かな
106 あをによし奈良に名の木の散る日かな
109 雪の夜の鼠鳴(ねずなき)したる絵蝋燭
120 画眉鳥(がびてう)を加へ百囀ととのひぬ(*)
120 観音の華瓶(けびやう)の春の潮位かな(*)
136 燦々と空ゆく落葉松落葉かな
150 春興や懐紙にうけて鯛の鯛
154 緑さす無着像にも世親にも
157 三島手の自服よろしき夜の秋
158 盆道の刈株(かりばね)にほふ丹波かな
168 乙訓の寒養生の藪行きぬ
180  森賀まりさんに初孫生まる
    裕明もぢいぢとなりぬ蒲の絮
182 百穂の蒲の噴けるは誄のごとし(*)
189 裂織に緋の顕つ佐渡は雪ならむ

 幾つかを鑑賞し、筆者にとって難しかった点を、隠さずに吐露しよう。

007 天地を束ねし結柳かな(*)
 句集『百囀(ひゃくてん)』の冒頭の句。初点前の床の間に飾られる「むすびやなぎ」。それが「天地を束ねる」という表現で、新年の寿ぎの心情がおごそかに辺りをつつんでいる様が表出されている。句集の初句にふさわしい一句。

013 負暄(ふけん)してうまうま老いぬわれながら(*)
「負暄」とは「日向ぼこ」のこと、と注釈が書かれている。意味が分かって気に入った句である。では〈日向ぼこうまうま老いぬわれながら〉でもいいのかと思うのだが、そうではない。「暄」という字には日ざしがあまねく行き渡る時間の経過がうかがえる。「負暄」は生半可な「日向ぼこ」ではないことを示している。

039 硯北といふみどりさすひとところ(*)
 この句もしかり。「机下」と同じように、手紙のあて名の下に書く敬称語「硯北」は、南に向いている文机の硯のこちら側、つまり北に座った状態を表し、したがって「みどりさすひとところ」が浮き彫りになってくる仕掛けである。

120 画眉鳥(がびてう)を加へ百囀ととのひぬ(*)
「画眉鳥」は鳴き声が良いことで知られている鳥。外来種でいろいろな鳥の鳴声を持っている。手前ごとで恐縮だが、かつて〈囀の一つは迦陵頻伽かな〉という句を作ったことがあるので、この句のモチーフはよく分かる。

120 観音の華瓶(けびやう)の春の潮位かな(*)
「華瓶」はインターネットのお世話になった。浄土真宗を由来とする仏具で、金銅・真鍮製の壺。水を入れ、樒または青木を挿し、香水(こうずい)として使う。左右対称に置くため、二つ一組みで用意するのが一般的。故人ではなく、ご本尊を敬うために供えるもの……とある。ここに「春の潮位」を持ってきた飛躍をどう見るか、読み取る力を試されているような気がした。

182 百穂の蒲の噴けるは誄のごとし(*)
 実は、これには少し悩んでいる。「百穂」の解釈なのだが、単純に「蒲の穂」が沢山ある景を想像すればよいのか、それとも、画家で歌人でもあった平福百穂(ひらふくひゃくすい)のことなのかが、筆者には判断できないのである。同じ悩みが実は〈029 正月や酒の呉春をはべらせて〉にもある。「呉春」という銘酒がある。でもその酒だけに限って読むか、それとも江戸中期の京都の絵師松村呉春を想うべきか……大石さんの句には、どんどんといにしえの背景に向かって展開していく作品が多いので、どこまで深く読むかが読者の愉しみでもあり、難しさでもある。

042 乙訓の竹酔日も暮れにけり
168 乙訓の寒養生の藪行きぬ
 この二句もそうである。「おとくにのちくすいにち」(旧暦五月十三日のこと)の背景には「かぐや姫」の由来が隠れているし、168では牡丹で有名な「乙訓寺」が舞台なのであろう。とにかく、大石さんは語彙が広く、固有名詞もふんだんにお使いになる。「富士山」以外固有名詞は使わなかった高屋窓秋の対極にある。 

 筆者同様、露出度の少ない季語や言葉になれていない読者が、もしおられれば、筆者が理解した大石句の難解語をいくつか挙げて、その奥意に迫ってみようとした過程を書いておこうと思う。上級の俳人の方々には、お読みになる必要はないと思うが……分かってみればなんということはないのだが、句意が深まり背景が開けてくるから楽しくなる。誤りがあるかも知れないが、その場合はご寛恕を。

010 霰酒与しやすきと見られしや
「霰酒」は奈良の名物。味醂に麹または霰餅を入れて熟成させた酒。冬の季語。奈良には何度も行っているが、いままで縁がなかった。残念。今度探してみよう。この句集にはけっこう酒の句が多い。大石さんはお酒をたしなむ方らしい。

026 蹤いて来る犬遠ざけて蟬氷
「蟬氷」は蝉の羽根のように薄い氷。冬の季語。似ているが、薄氷(うすらい)は春の季語。

039 あやめ草結びて夕占(ゆうげ)いたさむか
「夕占」は、夕方街角に立って人に話を聞くことで、吉兆の占いをすること。万葉集に出てくるらしい。

052 みづうみの風にふくらむ別れ蚊帳
「別れ蚊帳」は秋になっても吊ってある蚊帳。

073 椎柴染(しひしばぞめ)の母が年忌の着尺とす
「椎柴染」は喪服を意味するらしい。古歌に出てくる。

074 芒野の風尖り来る能褒野(のぼの)かな
「能褒野」は三重県亀山の古墳や神社のあるところ。日本武尊を祀ってある。

078 息長鳥(しながどり)浮かび出でたる千歳橋
「息長鳥」は「かいつむり」のこと。これも〈かいつむり浮かび出でたる千歳橋〉では、作者にとっては、ダメなのである。息が続く限り長く潜っていたのだから……。千歳橋は京都市左京区の修学院にある橋のようだ。

079 与らむ離宮の大根配なら
 いろいろな寺社で大根を炊いて参詣者に振舞う行事があるようだ。京都の鳴滝、三千院などがインターネットで出てくる。「離宮」が筆者には分からなかったが、八瀬離宮なのかと思ったりしている……。

088 桃咲ける一郡を貫き桃花水
「桃花水」とは、桃の花が咲く頃、春雨や雪解け水で川が増水することがあるが、その現象をいう。

098 白蛾落ち典具帖紙(てんぐでふし)の透きにけり
「典具帖紙」は土佐の上質和紙で、透けている。高知を仁淀川から四万十川にかけて旅したとき、地場産業としての和紙製造が盛んであることを認識した

109 雪の夜の鼠鳴(ねずなき)したる絵蝋燭
「鼠鳴」は、広辞苑には「遊女が客を呼び入れようとするときに出す声」とある。

150 春興や懐紙にうけて鯛の鯛
「鯛の鯛」は鯛の骨の一部で鯛の形をしている部分。縁起物扱いされているとも。「春興」は春の興趣という意味と、俳諧で新年の会席で詠まれた三物(発句・脇句・第三句)とある。前者だけの意味なのだろうか? 

154 緑さす無着像にも世親にも
 インドの高僧の「無着・世親」兄弟。奈良の興福寺北円堂に像がある。ご開帳のときでないと観れないようだ。これも「霰酒」同様、見損なっている。次回はぜひ。

157 三島手の自服よろしき夜の秋
「三島手」は朝鮮の有名な陶磁器。「自服」は薄茶を自分で点てて戴くこと、とある。

158 盆道の刈株(かりばね)にほふ丹波かな
「盆道」はお盆に墓から村までの草を刈り、きれいにした道。「刈株」はその切株。

 もちろん、該句集には難しい句だけでなく、写生句も平明な句もある。

061 あらたまのあらひたてなる海の星
136 燦々と空ゆく落葉松落葉かな
 この二句は写生的な句で、061では「あらひたてなる」に惹かれた。136は、筆者の原風景でもある。北海道の広い畑の端に植わっている防風林は殆どが落葉松である。晩秋ともなると金色にいろづく。一陣の風が吹くと、無数の金色の針が奔って行く。この日はたまたま北キツネに出会った日でもあった。

180  森賀まりさんに初孫生まる
    裕明もぢいぢとなりぬ蒲の絮
 筆者は田中裕明のファンでもある。裕明論を書くため、森賀さんに伺いたかったことがあって、お宅に電話をした際、女のお子さんが応対してくれた(平成二十一年)。そのお子さんが家庭を持たれお子さんをお持ちかと思うと、この句がとても微笑ましく思えるのである。もちろんそれは裕明の人柄を想うからでもある。

 お陰様で随分と勉強になりました。多謝であります。

橋本石火句集『犬の毛布』

 橋本さんは「ハンザキ」創刊主宰。それまで「青」「年輪」(現在編集長で幹事長)「ゆう」に所属。既刊句集『はんざき』『かはほり』につぐ第三句集である(ふらんす堂、2020年8月1日発行)。

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 自選句は次の15句。

  ふぐりまで風を通して夕端居
  捨ててある蕪より蕪の花が咲き
  醍醐派の秋の大きなかたつむり
  蠅がをり朽木はさみて蜘蛛がをり
  狐火に閂をするだけの小屋
  山遠くあれば静かに虫送り
  秋風や地より浮き立つ木偶の脚
  走り根に日のとどきたる寒施行
  恍惚の母に隣りぬ庭うらら
  苗障子少し直して行きにけり
  菊焚けば波音くらき阿漕浦
  短日や仏像二体貸し出され
  水占の水足してゐる三日かな
  えんぶりを昨夜舞ひし子か登校す
  干布団犬の毛布がその横に

 筆者の共感の句は次の通り。

007 寒餅のまだやはらかき日暮かな
009 山ひとつ越えて梅の木梅の花
015 写真撮るときの笑顔やさくらんぼ
018 河骨の水のゆらげる近江かな
026 近付いてくれば台風らしくなく
032 かばかりの稲干してある山家かな
035 雪ばんば山の際まで耕され
050 あづまやに恋の落書き百千鳥
055 夕雲のどこか明るき祭鱧
058 山裾に風立ちあがる紅の花
066 もう太ることなき秋の毛虫かな
081 雛出して後の月日の早きこと
093 花の寺雨やんで傘じやまになり
128 苗障子少し直して行きにけり(*)
151 鷹を見て人の話もうはの空
166 ゴミ出しの袋の上の花の屑
180 もの置けばそこに影ある晩夏かな
183 身ほとりに水ある暮らし新豆腐
191 絵屏風の折れしあたりの風情かな

 一読してその句柄は、あとがきにある通り「自然のありのままの姿を 生活のありのままの姿を そこに少しの余情を漂わせた 自然随順の句」である。読者を驚かせるようなことはしないが、ほのぼのと湧いてくるものを感じる。筆者(=栗林)は、そこに好感を持った。句集の中に「水」にかかわる作品が多く、多くの句集に見られる「老病死」は見かけない。
 読み終わって、なにかゆったりした気分を戴いた。多謝。

 自選句と重なった一句を鑑賞しよう。

128 苗障子少し直して行きにけり(*)
「苗障子」は苗床の苗を風から守るもの。それをちょっと直して立ち去ったという句。なんでもない小さな行為。苗を大切に育ててる人の情が見えてくる。この句集には、これと同じ情趣の句が沢山ある。