原ゆき句集『ひざしのことり』

 原さんは坪内稔典さんの「船団」の会員。2016年には「抒情文芸」(季刊文芸誌)最優秀者賞、18年には船団賞を受賞している。該句集はふらんす堂の第一句集シリーズとして、令和二年元旦刊行。このシリーズは清楚な装丁で、句数も厳選してあるので数多くはない。もち運びにも便利な薄い句集であって、筆者(=栗林)は気に入っている。また著作者には比較的若い層の方が多く、その感性には、いつも惹かれている。


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 自選十句は次の通り。

  蕪という明るいものを買ってくる
  蜜柑剥く旅程のごとき音たてて
  いつまでも羽が残って春の風邪
  音楽はさよりの動きにてドアへ
  ありったけ胡瓜食べ喉ほのあかり
  こいびとに金魚の箇所と石の箇所
  日の盛り固まりかけの詩のしずか
  発光の葡萄をしまう君の唇
  死体役すいっと起きて星月夜
  梨を切るたびに湖面の現れる
 
 どの句にも感受の新しさと、用いられている言葉にユニークさと「丁度よさ」のバランスがとれている。
筆者(=栗林)が共感した作品は次の通り。(*)は自選と重なったもの。

004 音楽はさよりの動きにてドアへ(*)
006 こめかみに射し込んでくる初桜
007 大ごとになってしまった桜かな
007 花吹雪公園が船出してゆく
008 顔のない兄にもよそう豆の飯
008 ブローチのてんとう虫は足持たぬ
010 絹さやに絹という字のさやさやと
010 わたしからあなたへの旅てんと虫
010 岸を離れつかの間新居めくボート
013 ポとひらく日傘あれから一年か
014 胡瓜持つ胡瓜の中に水の声
014 西日には余分なことが多すぎる
015 ぱしと折るそのとき季語となる胡瓜
016 帰るかな現金を白桃にして
018 月光を髪に集めてさようなら
019 満月を持つように持つレコード盤
024 洗濯機なかはパレード春隣
026 キャベツ語をつぶやき眠りゆく胎児
028 夏闇の底まぼろしの馬つなぐ
037 ことりくるひざしのなかのさようなら
040 正しくはない電話して冬銀河
046 居ぬようにわたしが居るよさくらの夜
058 ふつうの日ときおり蜂の日の混ざり
062 滝と逢うためには眼閉ざさねば
063 海はふたつに分かれることもなく紫陽花
065 えんぴつはすらりと夏山のにおい
   
 幾つか鑑賞しよう。

004 音楽はさよりの動きにてドアへ(*)
 自選と重なったもの。さよりの泳いでいるところは見たことがないのだが、想像は出来る。ひょっとすると回転ドアかと思うが、そうでなくても、柔らかく身体をくねらせて、すいとドアを潜り抜ける。閉まる寸前なのかもしれない。あるいは人混みの中なのかもしれない………と思って上五をよくみると、主人公は私ではなく音楽である。とはいえ、きっとイヤホンから流れくる音楽と自分が一体化しながら、ドアをくぐる瞬間なのかも知れない。

007 大ごとになってしまった桜かな
 目立っていなかった桜が満開となった。この繚乱ぶりは作者の予想をこえ、桜自身すらが予定していなかったほどなのであろう。桜が咲くさまを「大ごと」といった人はいなかったのではなかろうか。新鮮!

008 ブローチのてんとう虫は足持たぬ
 細かい気付きが一句となった。ブローチの天道虫は季語ではないと教える先生がいるが、作者の想念はただいま天道虫に集中しているのだ。りっぱな季語だ!

010 絹さやに絹という字のさやさやと
「絹」という字のさやけさと、絹さやの莢をとる作業の手早さと音感が伝ってくる。上品な小品である。

010 わたしからあなたへの旅てんと虫
 筆者イチオシの句。句意は明らか。オノロケに近いが詩的浪漫がある。年老いてもこのような句を詠んでいたいもの。

015 ぱしと折るそのとき季語となる胡瓜
 実感がある。外面だけでは「胡瓜は胡瓜」。折ってみてはじめて折るときの質感、青臭さや、青白い肉質や種の並びが分かる。一年中売られている胡瓜だが、手に取って折ってみて初めて季語としての胡瓜となる。慧眼!

016 帰るかな現金を白桃にして
 これは面白かった。誤読かも知れないが、こう読んで楽しませて戴いた。「帰るかな」は帰省の場面。すると、親戚の子へは(父母へでもいいのだが)お小遣いか、それとも食べ物にしようか、などと考える。結局、「現金」ではなく「白桃」に決めたのであろう。その方が、話題が増えるからよかったと筆者は思っている。現金では話のタネにならないが、モノだったら、話のキッカケには必ずなるような気がする。

026 キャベツ語をつぶやき眠りゆく胎児
「キャベツ語」にやられた。しかも「嬰児や幼児」でなく「胎児」だ。母親にしか分からない身体感覚のうまさ! フランス語・タガログ語・マサイ語などではこの味はでない。「鳥語」も少し違う感じですね。

037 ことりくるひざしのなかのさようなら
 柔らかなムードで取らされた、田中裕明の〈みづうみのみなとのなつのみじかけれ〉を思い出した。「さようなら」を使った句に〈018 月光を髪に集めてさようなら〉もあり、気になったが………。

 今後も楽しみに致しております。

恩曾川太郎句集『鳥の歌』



 恩曾川さんは木内彰志・怜子主宰の「海原」に所属し、平成二十五年の同誌終刊後は「郭公」と「嵯峨野」に入られ、現在に至っている。句集名『鳥の歌』はパブロ・カザルスのチェロの小品「鳥の歌」に拠っている。この曲への思い入れが大きいようだ。「海原」時代までの作品を集めた第二句集である。なお、「海原」は兜太の後継誌の「海原」(平成三十年創刊)とはべつのものである。
 また俳号恩曾川は、氏のお住まいの近くを流れる野川の名前を戴いたとあとがきにあり、扉には木内怜子氏の祝句〈冬うらら言葉ののりし鳥の歌〉がある。令和二年一月二十三日、喜怒哀楽書房刊行。


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 自選句の表示がないので、筆者(=栗林)の共感句を掲げる。

009 この小さき山に名のあり年迎ふ
010 一灯を献じてよりの初句会
014 山分けの習ひをいまに蕨狩
016 甲斐は骨太夏山も俳人も
017 甲斐駒は遠く見るべし野甘草
018 甲斐の田に鉄気(かなけ)ただよふ旱梅雨
022 爽やかや膝打つて立つ太郎冠者
024 寒林へ入りぬ聞き耳立てながら
035 秋めくや男点前の井戸茶碗
039 朝靄の裾より晴れて蕎麦の花
041 手のとどく辺りを逸れて朴落葉
051 洛中や鐘に目覚むる初昔
059 蔵元の上がり框の花の塵
064 南座のすでに灯りぬ川床涼み
068 落葉焚くすこし落葉を足しながら
076 これはまた奈良絵の皿のわらび餅
080 明日植うる田に名月の大きかり
109 肘をつくだけの文机十三夜
123 枝振りの松も出雲や鳥ぐもり
126 冷麦や杉のお椀に杉の箸
144 寒夜また聴くカザルスの鳥の歌
146 梅林やゆつくり移る雲の影
148 はるかより花の散り込む吉野窓
150 市振の消印のある夏見舞
153 いにしへのわれに会ひけり兜虫
154 つなぐ手のまだ短くて稲の花

 全体を通して、自然のモノやコトをたしかな気付きを以って丁寧に写生・描写している。平明であるが、平凡ではない。年季の入った力量を感じさせる句集であった。もう少し言えば、老病生死の境涯句がなく、社会の不条理や戦争・テロを読む句もない。艶物・エロス・滑稽をモチーフにした句もない。この句集の主体は、日常や旅から得た感受を、これみよがしにでなく、淡々と、しかし適度な感動を籠めて詠んでいる作品たちである。
 筆者(=栗林)のまわりに、このような実力を持った俳句愛好家を発見したことはうれしいことである。

 少し、駄文を労そう。

009 この小さき山に名のあり年迎ふ
 何のことはない。よくありそうな句である。しかし、筆者(=栗林)は恩曾川さんの住まいの辺りの小さな山を思いながら、そのような里で平寧な新年を迎えることのできる喜びをうたったものと感じ取って、佳句であると思っている。この小さな山や多分小さいであろう近所の恩曾川への愛着といい、作者の風土愛を感じるのである。
 一つ蛇足を書く。この句から鈴木石夫の〈裏山に名前がなくて裏の山〉を思い出した。この句は無季句であって何となく人をおちょくった諧謔がある。まさに俳諧である。一方、恩曾川さんのは端正すぎるほどのしっかりした句である。

035 秋めくや男点前の井戸茶碗
 作者は趣味の広い方と見受ける。カザルスにはじまる音楽通、絵画もなされると聞くし、この句からは茶道に詳しいらしい。「井戸茶碗」が気に入った。高麗産の高価な茶器と聞く。この辺りに作者のセンスが隠されている。

041 手のとどく辺りを逸れて朴落葉
 落ち葉のころ朴の木のそばを歩くとこんな景はよくある。ふと落ちて来る大きな一葉を掴もうとする。だが、不思議に朴の葉はすり抜けてゆくのである。良くある景なのだが、こう詠まれると感服する。

064 南座のすでに灯りぬ川床涼み
076 これはまた奈良絵の皿のわらび餅
148 はるかより花の散り込む吉野窓
 旅吟を三つ並べた。064鴨川べりに川床料理屋がある。そこから川向うに南座が見える。風流で羨ましい場面である。076作者は骨董にも目がおありの様だ(井戸茶碗といい)。ところでこの句、手柄は「これはまた」にあろう。この上五は良い意味での古い宗匠俳句的で俳諧の味がある。なかなか使えない。脱帽。148も旅の句。「吉野窓」は完全に開いたときに丸く見える窓。いつもは障子が入っている。だが筆者は「はるか」とあるから、やはり花どきの吉野山を思いたい。上千本の桜の花びらが風に乗って下千本あたりまで降って来て、宿の丸窓から入って来る。そう思いたい。風流ですなあ。

150 市振の消印のある夏見舞
 友人から暑中見舞いが届いた。旅先から投函したと分かる「市振の消印」が眼目。芭蕉が〈一家に遊女も寝たり萩と月〉と詠ったところである。今、ここに郵便局があるのだろうか、と細かいことが気になったので調べると、小さな局があった。糸魚川市大字市振803-4とある。友人は俳句仲間なのであろう。市振の消印が欲しかった気持ちが分かる。

154 つなぐ手のまだ短くて稲の花
「稲の花」の句は沢山ある。筆者の好き句は、田中裕明の〈空へ行く階段はなし稲の花〉であり、これより少し前に読まれたと思われる高野ムツオの〈空へ上る階段のあり麦の春〉を同時に思い出した。この似通った二つの句は「虚」の世界を思いながら詠っている。しかし、154の句は、頑是ない子の手を引きながらあぜ道を歩いているという現実を読んでいる。しかも、現実だけでなく、子の成長を思いながら、地に足付けて歩く親子を思わせるのである。

宮田應孝句集『空の涯』

 宮田應孝(まさたか)さんは小沢實主宰の「澤」の創刊(平成10年)からのメンバーで、24年からは、縁あって星野髙士主宰の「玉藻」にも属しておられる。その第二句集である(令和元年11月30日、ふらんす堂刊行)。序文は小澤主宰が、栞は星野主宰が書かれている。


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 自選十句は次の通り。

  新涼や無役の名刺刷り上る
  十六夜や全島石油備蓄基地
  風船の溜りをるなり空の涯
  妻煎餅派われ羊羹派冬ごもり
  配布資料三枚綴(とぢ)や団扇に代へ
  豊の秋山河を汚したるわれら
  種馬の魔羅消毒す刷子(ブラシ)もて
  焼夷弾降る満開の夜桜に
  兄の名に命(みこと)付けたり流燈会
  屠殺吏の右手に電極梅雨の冷

 筆者(=栗林)の共感句は次の通り。

021 姉いもとしやべり通しに墓洗ふ
022 楽人の笙温めをる火桶かな
023 あづけくるししむらやはし桃の花
023 剪定の木口あらはや古書の町
035 アウシュビッツ錆びし線路や草の花
036 眼の前を蛇飛んで行く野分かな
038 風船の溜りをるなり空の涯
038 春宵一刻抜かんかなマルゴーの赤
039 指揮棒の握りにコルク若葉風
041 万巻の古書匂ふなり夏館
049 鰭酒にをんな寄り目となりにけり
052 バイエルを聴けば啼く犬桃の花
052 梅雨寒や遺灰にペースメーカーも
056 冬晴や糞落としたる等外馬
068 飯櫃の箍のあかがね冬ぬくし
068 叩きつけ握る赤貝燗熱き
069 バスの窓たたき別れや春隣
077 名古屋晴関ヶ原雪京都晴
088 少女らにけものの匂ひ春夕焼
094 紀州髭白久賀寿(ひげしろひさかず)氏より年賀状
110 里芋の六角剥きや白磁鉢
128 椅子に浅掛け夏帯の女来て
129 水路にもカーブミラーや花菖蒲
137 臨月の喪主焼香すハンカチ置き
139  次兄戦死広報
    七月十日頭部貫通銃創ニテ戦死
140 ボジョレヌーボーに枝付きの干葡萄
144  南仏、聖母出現伝説の地
    ルルドなり聖泉満たすポリタンク
150 授乳せり頭(づ)にサングラスずり上げて
155 初夢のわれ雄鶏ぞ雌百羽
157 人の字に畳立て干す土用かな

 句集『空の涯』は、作者の豊かな実生活を背景に、鋭い観察力を働かせながら、体験したもの、見たものをベースに、艶っぽさを、グルメらしさを、またあるときは諧謔を、ペーソスを、粋な美的感覚を……縦横に発揮した作品の集合である。若くして戦死した兄の句はあるものの、自他の老病生死や境涯は詠まない。海外詠が多いのも特徴かもしれない。
 重たいテーマやモチーフであっても、〈035 アウシュビッツ錆びし線路や草の花〉では「草の花」で救われ、〈052 梅雨寒や遺灰にペースメーカーも〉では、見過ごしそうな発見に驚かされる。〈137 臨月の喪主焼香すハンカチ置き〉では、物語性よりも黒い喪服と白いハンカチを提示することで、読者に哀しみの中の美しさを感じさせる。

 グルメと書いたが、宮田さんはかなりの美食家であることが、次の句から読み取れる。
038 春宵一刻抜かんかなマルゴーの赤
068 叩きつけ握る赤貝燗熱き
140 ボジョレヌーボーに枝付きの干葡萄
 マルゴーの赤は羨ましい。板前がまだ生きている赤貝を剝いて叩きつけ、動いたところを客に見せて素早く握ってくれる。ワインに枝付きの干し葡萄が意外に合うのも事実である。

 見過ごしそうな場面を、写生をもとに一句にしたものには、次のような佳句がある。
022 楽人の笙温めをる火桶かな
039 指揮棒の握りにコルク若葉風
068 飯櫃の箍のあかがね冬ぬくし
110 里芋の六角剥きや白磁鉢
157 人の字に畳立て干す土用かな

 もう一つの特徴は、滑稽さを伴った艶っぽさであろう。
023 あづけくるししむらやはし桃の花
049 鰭酒にをんな寄り目となりにけり
128 椅子に浅掛け夏帯の女来て
155 初夢のわれ雄鶏ぞ雌百羽
 149の「浅掛け」は上手い。それにしても155は羨ましい初夢ではないか。

 写生がベースだと書いたが、中には単なる写生にとどまらずその先を「想い」もって書いた句もある。この句集の表題になった次の句である。「虚実皮膜(きょじつひにく)に真実がある」と、大げさなことまでは言わないが、このような作品がこの句集に厚みを与えていると、筆者(=栗林)は感心している。
038 風船の溜りをるなり空の涯
 
実に楽しい句集である。

森田 廣句集『出雲、うちなるポトスⅡ』

 森田廣さんは出雲をベースに活躍されておられる俳人であり、画家であられる。このたび俳句と画を併載した表題の「句画集」を出された(令和元年12月10日、発行者は増田まさみさんの霧工房、私家本)。

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 氏はこれまで句集を6冊、句画集1冊を出され、島根県展知事賞、自由美術平和賞などを貰われた文化人であられる。その句柄も画風も、正直言って難解なものを含んでいる(私にとっては・・・)。とまれ、豊かな色彩と名状しがたいフォルムが織りなす森田作品世界から、引き込まれそうになる寒色の作品をひとつ再載しよう。

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 俳句作品も難解である。ただし、その中にわりによく分かる句も勿論あった。すべてを読み切れたわけではないが、心に残るものがあれば、「頭」で分からなくとも、「胸」で分かれば、それはそれで成功である。それらの両方を掲げておこう。

息の緒のあそびを問わば蝶吹雪
ぶらんこやキリコの街を汽車が出る
絶海を夢見て草矢草に墜つ
また一人あたまが歩く春の星
打水や時計に時間もどりおり
青味泥人はいつから顔洗う
孕み土偶にふと血の通うあまのがわ
冬帽を目深に父は沖を読む
指切りげんまん媼は海市へ帰りけり
飛びたくない飛魚もとび日が落ちる

 一句目、難解だが「蝶吹雪」なる造語が良かった。二句目、シュールなキリコの幾何学的な町の絵を思い出す。『キリコの街』という写真集もあるようだ。選んだ他の句は、わりに分かりやすい句であったが、それぞれ深い心象が内包されているようだ。 

 森田さん、有難う御座いました。

秦夕美・藤原月彦『夕月譜』

 秦夕美さんも藤原龍一郎さんも知名度の高い方々なので、紹介は省略するが、先日、秦・藤原コンビの一風変わった句集を戴いた(ふらんす堂、令和元年11月11日刊行)。一風変わったという意味は、下の二つの写真で分かって戴けよう。本のサイズは193x193ミリの正方形で、糸綴じの雅な造りである。頁を開いて驚く。各頁に挙げられている俳句の並べ方が凝っているのだ。これも写真にしておこう。


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 少し前に藤原さんから藤原月彦全句集(六花書林、令和元年7月13日)を戴いた。その中に天地ぞろいの、しかもみな12文字で書かれた俳句の、おそらく50句くらいがきちんと並べられて入集されており、その美しさに感銘を覚えたことがある。
 今回の『夕月譜』はお二人でそれを徹底された(なお、句集名はお二人のお名前の一字「夕」「月」に因んでいる)。しかも、ある特定の(例えば「月」の)文字を一句に必ず使い、その「月」を太字に印字し、それが規律ある平面図形を成すように、置かれている。そうなるように句を詠まねばならないのだ。上の写真を見られると一目瞭然である。
 藤原さんが言っている「言葉のサーカス」だと。筆者には「活字のアクロバット的鋳型版」のようにも思える。
 正直言って、これに類する試みは、今までになかった訳ではないが(とくに高柳重信の流れの人々にあったように思う)が、ここまで徹底・精緻ではなかった。
 問題は、一頁に美しすぎるほどに収まった俳句群の一句一句の宜しさをどう読み取るかにあろう。ばらばらに解して、一句の独立性を味わうのも大切だが、それでは何か全体としての大切なものを見落としてしまいそうである。
 14頁の句群だが、「しらげしにはねもぐてふのかたみかな(白芥子に羽もぐ蝶の形見哉)」なる芭蕉句を基調に、「雪」「月」「花」を幾何学的なバランスを決めながら詠み込んでいる。
 お二人での共作が故に、4年かかったそうだが、電子メールのない頃だったから、そのご苦労もよく分かるのである。
 近来、驚愕の句集であった。

永野シン句集『桜蘂』

 永野シンさんの第二句集『桜蘂』を読む機会を得た(令和元年12月12日、朔書房刊行)。彼女は佐藤鬼房時代からの「小熊座」人である。序文は現主宰の高野ムツ氏で、「永野シン俳句には、その重い命題から目をそらすことなく、一途に懸命に生きようとする姿が刻まれている。しかも、亡き人と心を通わせながら。本集は、そうしたひたむきな女性の現在時点の紙の道標である」とある。


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 次の15句は、高野ムツオ主宰の選である。

  月光のほかお断りわが栖
  壺焼のぷくぷくあれが初デート
  落葉松の芽吹き金色父の死後
  一気とは恐ろしきこと散る銀杏
  瓦礫よりすみれたんぽぽ苜蓿
  ブータンへ行こう木の葉の舟に乗り
  だんご虫よわれも必死ぞ草を引く
  手を延べてくれそうな樫初日影
  秋茄子煮ても焼いても独りなり
  春疾風この地捨てざる貌ばかり
  桜蘂踏みて越え来し母の齢
  秋の蛇飛行機雲のように消ゆ
  この世しか知らずに生きて秋夕焼
  鏡には映らぬ病冬座敷
  笑わざる如く笑って唐辛子

 筆者(=栗林)の共感の句は次の通り。(*)は主宰選と重なった。

012 麦の芽にいつしか一寸程の影
015 手熨斗して二月の風をたたみけり
016 鍵もたぬ島のくらしや揚雲雀
017 まだ風を生まぬ蘆の芽児捨川
022 葭切や一人になりたい時がある
027 月光のほかお断りわが栖(*)
029 宇宙との交信柚子の乱反射
029 ペン立てのペンの長短小鳥来る
041 北へ北へ貨車を吐きては山眠る
048 避難所の窓全開につばくらめ
049 地震あとの沈黙の闇梅匂う
049 囀りやからくり時計の扉が開かぬ
052 蛇衣を脱ぎて民話の村を出づ
053 気がつけば夫と居るなり麦の秋
056 児を抱きて月の重さと思いけり
059 ブータンへ行こう木の葉の舟に乗り(*)
066 耕して土喜ばす陽の匂い
070 雁や世帯主とはわがことか
090 十薬や伊達の出城の野面石
092 寡黙ではなくて沈黙桃を剥く
097 綿虫やトランクにある父の国
101 ものの芽や山の音とは風の音
116 春疾風この地捨てざる貌ばかり(*)
126 山々の奥も山なり滴れり
145 無駄な燈を消してひとりの終戦日
158 飯舘の春まだ遅しとんびの輪
166 手も足もはずしたき日の大夕焼

 幾つかを鑑賞しよう。

027 月光のほかお断りわが栖(*)
 シンさんのお住まいの状況は承知していないが、この句から察するに、月を愛でるには好都合なおうちなのであろう。いや、家の構造ではなく、建っている場所が、月を見るのに適した静謐な場所なのかもしれない。前がひらけた高台なのであろうか。いやいや、物理的なことでなく、心理的なもの言いに過ぎないのかもしれない。いずれにせよ、「月光のほかは要らない」という宣言は面白い。こんなことを俳句で言った人を知らない。日本の歴史は、太陽よりも月を中心に物事が進んでいた時代がずっと長かった。なにか、いにしえへの憧れにも似た気分を、私に与えてくれた。

059 ブータンへ行こう木の葉の舟に乗り(*)
 いつだったか、ブータン王国の国王夫妻が日本に来られた。それを機に、ブータンが世界一幸せ多い国であることを知り、ファンが増えた。あこがれの地である。筆者も〈ブータンの野の夢ばかり凍蝶は〉という句を詠んだことがある。

116 春疾風この地捨てざる貌ばかり(*)
 東日本大震災のせいであろうか。いや、それ以外の不幸なことであっても、住めば都である。この地を離れようなどと思う人は、近所には誰一人いない。郷土・風土を愛する隣人ばかりである。シンさんのご近所には一目千本の桜の名所があるそうだ。大いに納得。

053 気がつけば夫と居るなり麦の秋
070 雁や世帯主とはわがことか
 ご主人にかかわる句。053は多分、病を得られて久しいご主人との日常のことであろう。時を経てお互いに空気のような存在になっているのだろう。070はそのご主人を亡くされたのちの句。今まで、いろんな書類を出すのに、世帯主とか戸主とかの印をつける必要はなかった。だが、今はいわゆる「世帯主」なんだ、と気が付かされる機会が増えたのである。そのたび、自分の今を認識するのである。

126 山々の奥も山なり滴れり
 この句集の中で、自然詠としては筆者イチオシの一句である。シンさんのお住まいからは蔵王が見えるらしい。この句が蔵王を詠んだものかどうかは分からないが、筆者は勝手にそう決め込んで、滴る山の、たたなずく緑を思っている。気宇壮大な句。

𠮷野秀彦句集『音』

 𠮷野さんの第二句集である(令和元年12月21日、朔出版)。秀彦(しゅうげん)さんは一茶ゆかりの「炎天寺」の住職さんで、「小熊座」同人。帯文には高野ムツオ主宰が「𠮷野秀彦の俳句には、何とも言えない温もりがある」と書いている。


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 高野主宰の選による15句は次の通り。

  隕石の道のり淋し春の夜
  一羽とも二羽とも聞こゆ鴉の子
  羽化をして眠る蟬おり広島忌
  セイロンは涙のかたち夕野分
  新年の息まで吸ってハーモニカ
  地に触れてみな魂魄や春の雪
  明日は無きはらからばかり蛙の子
  我々は根っこなきもの秋出水
  弾薬庫抱く山ありクリスマス
  自転して夜が産まれて春の潮
  霜柱踏めば息する寺領かな
  殺すとは生き残ること冬の鷺
  芽吹くもの汝が名を述べよ大空へ
  石子詰の石の重さや青楓
  冬晴やわが荒魂として尿

 筆者の共感句は次の通り。*印は主宰選と重なったもの。

009 梅早し命はきっと丸いもの
012 被災地の花芽の多き桜かな
038 耳かざり外し大暑の風軽し
040 夜の秋妻は絵本に戻るらし
042 セイロンは涙のかたち夕野分(*)
047 言い訳も笑いもみんな息白し
052 と金にはなれぬ歩ばかり日脚伸ぶ
060 石鎚山の鼓動のごとき紅躑躅
065 我々は根っこなきもの秋出水(*)
071 北風吹くや東京を向く送電線
072 弾薬庫抱く山ありクリスマス(*)
081 水温む水琴窟の音までも
087 身体ごと鳴らす鰐口帰省の子
092 椰子の実のひとつでもあれ冬の浜
100 浄闇の伊勢の海より春の月
111 蟬声の突き刺す中にバスを待つ
115 冷まじや肩甲骨に羽の痕
126 国境は人の書く線鳥帰る
127 春雨や阿弥陀如来の硝子の目
135 蜜吸えば帆布となるや名夏の蝶

幾つかを鑑賞しよう。

042 セイロンは涙のかたち夕野分(*)
 セイロンは、逆三角形のインド亜大陸の南東端の海に浮かぶ島で、現在はスリランカと呼ばれる社会主義国である。紅茶の産地で有名。島のかたちが丸いので、涙粒にも見える。その見立てが気に入って戴いた。「夕野分」なる季語を配したのは、𠮷野さんの独特な感性によるのだろうが、モンスーンによる降雨の多いところであることを考えると、涙と雨の相関からもっと別の季語があったかも知れない。とまれ、下方が丸い島のかたちは、まさに涙である。考え方によっては、インドが零した涙のようにも見て取れる。壮大でかつロマンのある句である。

065 我々は根っこなきもの秋出水(*)
 このところ台風が目立った。広域の洪水が日本の各所で起こった。途上国ならいざ知らず、先進国である日本がまだ治水の面で問題を抱えていることがはっきりした。基礎コンクリートに乗っかっただけの家々はいとも簡単に流された。われわれ人間には根っこがない。人間の営みがつくづく水に弱いことを知らされた。どっしりと根を張った暮らしをしたいものである・・・そうこの句は言っている。

071 北風吹くや東京を向く送電線
 東京一極集中主義への警鐘であろう。原発を含む大規模発電所からの送電線は大量消費地である東京に向かって敷かれている。むかし、原発は安全だと主張し、東京都内立地を主張した電力会社の専門家がいた(のち左遷されたが・・・)。だからこの句は、一種の新社会性俳句である。

072 弾薬庫抱く山ありクリスマス(*)
 この句に初めてであったとき、筆者(=栗林)は、ヨーロッパの古い都市国家を思った。都市を取り囲む城壁の内側に武器庫があって、観光スポットにもなっている(例えばプラハなど)。しかし、「山」とあるので違うかなとも思っていたが、この句の2句あとに、「横須賀」が出て来るので、横須賀基地なのかもしれない。とまれ、「弾薬庫」と平和の象徴である「クリスマス」が同居している今日の様相を詠んだ句で、これも新社会性俳句として味わうことができる。

115 冷まじや肩甲骨に羽の痕
 人間は二足歩行ができるようになって手が自由になり、道具を使ってモノを作り、発展してきた。しかし、羽根は持てなかった。ペガソスのように、四つ足でかつ羽根があったなら、別の歴史が展開されたのであろうが、手が働き過ぎたので、羽根が退化したのかもしれない。その痕が「肩甲骨」である。進化の長い歴史を考えると、羽根を失ったことは「冷まじい」ことなのだという。同感である。そう考えると、この句は獣から人類が進化してきたことを、わずか17音で言い表したと言える。大変な一句である。

俳誌「むじな」から

「むじな」二〇一九を読む機会を得た。東北に所縁のある若者たちが発行している俳誌である(令和元年十一月二十四日発行)。以前から注目していたので、全メンバーの作品をゆっくり読ませて戴き、各十句から一句づつを抽かせていただいた。エールを籠めて下記に掲げる。


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しやぼんの香ふはりと残り雪女     浅川芳直
ただ空へ空へ触れたしひきがえる    有川周志
巣立鳥玉水愛でること覚ゆ      一関なつみ
吸ひさしの煙草に見せてやる木槿    岩瀬花恵
蒋介石まもる衛兵風死せり    うにがわえりも
月天心湖心に戻る魚の影       及川真梨子
少年の足首しろく草の息        工藤 吹
アロハ着たひとがアロハの顔になる   工藤玲音
浮きしづむ園児らの帽大花野    ささきまきこ
着ぐるみにバレンタインのチョコ貰ふ  漣波瑠斗
赤子泣く満月の表面張力        佐藤友望
氷菓すくう君の鎖骨のややへこむ    佐藤 幸
ジョバンニの袖に水洟ぬぐう跡     佐藤里香
天心が夢見し浦の春の空        島貫 悟
ペット大処分セールや風車      菅原はなめ
草の花原付だけど二人乗り       杉山一朗
葡萄からすれば人など皆孤独      須藤 結
冬ともし会釈に揺るる鍵の束      相馬京菜
青信号潤みて夏の夜となりし      高橋 綾
冬夕焼指名手配書見て帰る       谷村行海
王国に繋がっている霜柱        千倉由穂
始祖鳥の化石しずかに熱帯夜     茶摘屋七丸
クレーン車の建てたるような雲の峰   天満森夫
林檎もぎ手の形から習ひけり      戸澤優子
風船は点々となり結婚式       樋野菜々子
時計ごとのはたらきかたの深雪かな   村上 瑛
母親に晩年のある氷水         吉沢美香
   
中には、二句三句と抜き出したい作品があったが、こらえて一句とした。この「むじな」は、ぜひ長続きして欲しいと願っている。

小西瞬夏句集『一対』

 小西さんの第二句集『一対』(令和元年12月1日、喜怒哀楽書房刊行)を読む機会を得た。小西さんは平成24年に「海程」に入会し、2年後に「海程」新人賞を貰っている。兜太逝去後の「海原」でも、すぐに「海原」賞を授与されるなど、その極めて豊かな表現力を評価されてきた方である。
 喜怒哀楽書房の機関誌(12月10日発行、107号)によれば、小西さんは俳句にとりこになっておられるらしく、それが「たの苦しい」のだと言っておられる。
 筆者(=栗林)が所属する「遊牧」が同じ兜太系列にある縁で、岡山在住の小西さんとは奈良吟行の際にお目にかかったことがある。そのとき、小西さんの吟行句に素晴らしい資質を感じ、以来、ずっと注目して来た作家である。
 該句集の末尾には、中原省五氏の見事で丁寧な解説が載っている。要約すれば「瞬夏の俳句はもの派と言葉派を瞬夏独自のやり方でアウフヘーベンしたものと言いうる」とある。


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 該句集には著者の自選句が表出されていないので、さっそく筆者(=栗林)の好みによる共鳴句を掲げてみる。

007 いちまいは蝶いちまいは光りかな
009 春大根ま白きことは迂闊なり
013 対といふ危ふき形さくらんぼ
032 悲劇終演寒星のよく光る
033 寒紅をぜんぶぬぐつてからの息
034 辻褄のあはぬをとこの着ぶくれる
040 淋しがるかげろふのふがついてきて
043 やはらかき香とぶつかりぬ朧の夜
047 母の夢にときどき紛れ夜光虫
049 白シャツをくぐりて淋し貝釦
051 さうめんや母はときをり水のやう
054 生き延びて秋の金魚の真顔なる
063 月光に指先濡らす仕事かな
065 松ぼつくり蹴つてかなしき足となる
065 どこかで戦ウインドウにアーミージャケッツ
066 マフラーの少年やはらかく捻ぢれ
071 懺悔室より薄氷のとける音
073 髪梳けばどこかで雪の崩るる音
084 黒揚羽累々ピアノ調律師
106 抜殻として春昼の昇降機
112 てふてふを白き凶器として飼へり
112 水蜜桃剝けばみづうみ漣す
115 もう空を飛ばぬ箒と夏帽子
118 鳥の死のごとく白靴干されをり
119 矢印の大空を刺す登山口
119 桃の種小面の口やや開き
121 前髪を切り満月を軽くせり
122 月光の指やはらかく調律師
125 花野来て渇きしからだ沈めけり
127 凍蝶の舌の伸びゆく疲れかな
128 着せ替へ人形白菜を剥がすやう
140 白蝶哭くゆびうつくしき姉の留守
141 初蝶の白の極まる父の恋
144 緑陰や吾を出てゆく吾の影
160 襤褸市の基督と目が合ひにけり

共鳴句は多数に及んだが、実は、筆者の好みで「もの派」的、つまり、写生的であってリアルな映像が立ち上がるものを優先的に選んだような気がする。これらは、どちらかと言えば、伝統俳句的な範疇に属するものである。
 しかし、彼女の作品の魅力は、中原氏が言う「ことば派」的な作品であって、やや難解な作品群の中にある。それらには、筆者の読解力がついて行けないものがあり、筆者はそれらを誤読したくないがため、避けた傾向がある。もちろん、理知的に読解できなくても、何かを感じさせる作品は、大いに賛成である。「虚」を詠んでも「詩的な虚」であればよろしいのである。瞬夏俳句は、むしろその辺に魅力がある。中原氏のいう「もの派と言葉派のアウフヘーベン」なのであろう。

 少し鑑賞しよう。

066 マフラーの少年やはらかく捻ぢれ
 この句を最初に挙げたのは、彼女の作句工房の一端をのぞきたいからである。普通の作家なら〈少年のマフラーやはらかく捻じれ〉と書く。これでは「もの派」的なまじめな写生句であって、面白くない。「少年」と「マフラー」という言葉を入れ替えた。そこに詩が生まれた。もの写生派から言葉派に移行して「詩」が立った、とも言えそうである。

 ものの写生から脱却する試みは、身体感覚を表出するときに、通常は、わりにたやすく出来るようだ。例えば次の句群である。

121 前髪を切り満月を軽くせり
127 凍蝶の舌の伸びゆく疲れかな
 前髪を切ったとき満月が軽くなったような感じ、凍蝶の舌が伸びるとき(そんなことは「虚」なのだが)作者が感じる疲労感覚、これらの「身体感覚」を詠んだ作品は、もの写生俳句から感覚俳句の世界への移行を可能ならしめ、さらには「想念」優先の世界を詠むことに繋がっていく。

144 緑陰や吾を出てゆく吾の影
「感覚」優先の句の代表である。「緑陰」に入ると自分の影が消えた。それを「影が自分の肉体を離れて行った」と感じ、そう描写した。もちろん写生の味も残っている。
 
040 淋しがるかげろふのふがついてきて
 これは言葉派的な句の代表であろう。かげろふの「ふ」がそう言っている。

 筆者自身が「もの写生派的」な詠み方を好んでいるので、思うのかもしれないが、瞬夏さんのベースはやはり「もの写生」であろう。

032 悲劇終演寒星のよく光る
106 抜殻として春昼の昇降機
118 鳥の死のごとく白靴干されをり
119 矢印の大空を刺す登山口
128 着せ替へ人形白菜を剥がすやう
160 襤褸市の基督と目が合ひにけり

そう言っても、彼女の魅力はやはり境のあいまいな「実と虚」併存の世界であろう。

071 懺悔室より薄氷のとける音
「うすらい」がとけるとき、普通は音を立てない。だが、彼女の「虚」の世界では音が聞こえてくる。「懺悔室」であるが故、なおのこと、ありそうだと思わされる。

 興味を持って読ませて戴きました。有難う御座いました。

伊丹三樹彦さんの人形

 三樹彦さんがこの9月21日に亡くなられた。あと数ケ月で百歳であった。その句業は広く知られているところだが、この12月に東京でも「偲ぶ会」が開かれた。筆者(=栗林)も、三樹彦先生に大変お世話になったので、参加させて戴いた。
 筆者が『昭和・平成を詠んで』と題して、先達の著名俳人を取材し、その作品と人と時代背景を浮き彫りにすべく一書を計画し、上木した。そのお客様のお一人が伊丹三樹彦さんであった(該著には、金原まさ子、金子兜太、小原啄葉や現俳人協会会長の大串章さんや池田澄子さんらが描かれている)。
 三樹彦さんへの取材は、それ以前をも含めて3,4回になっている。都度、南塚口の駅そばのお住まいをお訪ねしたものだった。公子夫人も、始めのころはご健在だった。マンシヨンの3階のお部屋を訪ねると、玄関に大きめの人形が飾ってあった。


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 ご覧のように三樹彦さんそっくりである。
 筆者はこの人形をはっきりと覚えており、三樹彦さんを思うとき、いつも脳裏に浮かぶのであった。東京の「偲ぶ会」でもこの人形にまた会えるのかなあと、すこし期待して出かけた。でも、結構大きい人形なので、東京までは持って来られなかったようで、お会いできなかった。でも、あまりにも懐かしいので、ご挨拶のとき、この人形のことをご長女の伊丹啓子さんにお話しした。すると、この人形を作ってくれた「青群」のメンバーがいるので、と言って、作者を紹介してくれた。なんと、男の方で、鈴木啓造さんとおっしゃる方であった。鈴木さんは、人形作家でもあるらしい。

 その時、啓子さんは、ぽつりと「あの人形は父の柩に入れました。葬儀の日が友引でしたから・・・」と明かして下さった。そばに立っておられた作者の鈴木さんも「それが一番だ」という意味のことを言われた。筆者も、燃えてなくなったのは至極残念だったが、考え方によっては、それが先生への一番の供養だった、と今は思っている。そして、なぜか甘酸っぱい思いに浸っている。

 大峯あきら、金木兜太、伊丹三樹彦と、昭和・平成を詠んでこられた先達が、だんだんと少なくなってきた。

二ノ宮一雄著『檀一雄の俳句の世界』

 二ノ宮さんから該著を戴いた。氏は飯田龍太の「雲母」に学び、後継誌の「白露」(広瀬直人主宰)ではエッセイ賞を受け、平成22年に「架け橋」を創刊し主宰を務めている。活動は俳句の世界にとどまらず、文芸全般におよび、文学者に多くの知己を持っておられる。

 筆者(=栗林)は、檀一雄の〈落日を拾ひに行かむ海の果〉に惹かれていたのだが、その句碑がポルトガルのサンタ・クルスにあることを知って以来、檀一雄の俳句にさらなる興味を持ったのであった。しかし、その全貌は知らなかった。該著はそれに答えてくれるものと、期待して読ませて戴いた。

 内容は、生い立ちにかかわる部分、特に母の出奔という事件の大きさを語り、句集『モガリ笛』を抄録し、多くの文学上の師・友人への一雄の追悼句・挨拶句の紹介とその背景の記述がある。まさに、筆者の興味に応えてくれた好著であった。


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 檀の100句から、筆者が共鳴した句を掲げておこう(数字は該著の頁を示す)。

004 子を捨てんと思へど海の青さかな
012 母と會うてうれしや窓に梨の花
029 潮騒や磯の小貝の狂ふまで
030 モガリ笛いく夜もがらせ花二逢はん
068 初聲の清らに梅の一二輪
069 楊柳の青さやあるじ棲みかはる
071 雨姫と背中あはせのぬくさかな
072 有明や月を透かして酒をつぐ
072 長汀のどこに狂はん稲光
074 寂しさやひとの行くてふ人の道
074 無慙やな吹雪する夜の親の胸

 檀一雄とその俳句を味わいたくなったら、またきっと開く一書である。

仙入麻紀江句集『弖爾乎波』

 仙入さんが第一句集を出された(令和元年十一月二十二日、文學の森刊行)。藤田あけ烏時代からの「草の花」メンバーで、現在は同結社の名和未知男主宰に師事している。俳歴二十七年の方。
 表題は〈弖爾乎波にときの過ぎゆく春の雪〉に因んだ。俳句を推敲する際、よく「弖爾乎波(てにをは)」に悩む。筆者(=栗林)もそうなので、仙入さんが表題に決めたのもよく分かる。序文は名和主宰が書かれた。


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 自選句は次の10句。

  弖爾乎波にときの過ぎゆく春の雪
  南北に生駒山の伸びて地虫出づ
  恋猫の目を患うて一途なる
  二階より我が名呼ばるる瀧見茶屋
  糒の和紙に入りたる重さかな
  ひとまたぎの水に河骨咲きにけり
  山頭火忌過ぎたり西の鴉やあい
  金剛山の水の通草の熟れにけり
  波郷忌の二年ぶりなる師の背丈
  騙し絵に騙されている春隣

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)は自選と重なったもの。

020 恋猫の目を患うて一途なる(*)
021 恋猫の片一方は知つており
025 水つかふひとへ一片春の雪
026 予報士の念押ししたる忘れ霜
029 しづかなり男ふたりの春焚火
032 かほやさし八女の匠の雛人形
033  妹一家
    この家はみな猫好きの春炬燵
038 上りとは違ふ下りの花盛り
039 母の指す都忘れを長く切る
047 涅槃図に猫のをりけり東福寺
058 人の名の出て来ぬ夫と笹粽
059 夏料理どの窓からも淡海見え
061 年のころは父より上のパナマ帽
062 青梅雨の雨の谷の底まで高野山
964 引き寄せて猫の重さの夏布団
066 独り居の男にもらふ青山椒
077 月涼し山の容に山が見え
086 天守より高きところにビール酌む
090 鴨足草父の生家はわが生家
108 秋麗きりんの首に鳥止まり
115 歯並びに少しの自信栗の飯
126 虫の音の戸毎にちがふ帰り道
133 秋深し猫のことばを聞き分けて
142 冬燈うすき乳房の埴輪なる
149  古賀早百合さんを偲ぶ
    さういへばいつも殿冬帽子
163 猫の背の猫背でありぬ年の内

 実に猫好きの方である。名和主宰の序文にもあるが、猫の句が二十句以上あるようだ。筆者は猫好きではないが(嫌いでもない)、面白みがあるので、自然と猫の句を取ってしまったようだ。

020 恋猫の目を患うて一途なる(*)
 愛猫は目を患っているらしい。それでも恋の季節となると、健気に外出をする。恋は盲目と言うが、目の悪いことなどはお構いなしに「一途」である。恋の成就のためには一切が無視される。つつましさや打算などは全くない。猫のような真剣な恋をしたいものでもある。

038 上りとは違ふ下りの花盛り
126 虫の音の戸毎にちがふ帰り道
 似通った二句を鑑賞しよう。一句目、川下りかあるいは電車の旅かと思ったが、この句の前に「花の山」の句があるので、山を登りながら、あるいは下りながら、花を愛でた際の句であると分かった。たしかに、上るときの花と、下るときの花では、眺める角度や視界の広さが違うし、身体の頑張り方も違う。疲れていても下りの方が身体的には楽であり、趣も宜しいのである。
 二句目。行くときは用事があるので心に蟠りがあったのだが、帰りは気分のままにゆっくりと歩く。目や耳に余裕がある。虫の音の聞こえ方が違ってくるのは、時刻のせいもあろうが、聞く人の気分の方が大事。虫の種類はおそらく同じなのであろうが、鳴いている場所の微妙な違いで、音響効果もかわり、訊いている人の余裕度も違うので、行きとは違って聞こえるのである。その違いが分かるのは、作者の感受の繊細さの賜物である。

149  古賀早百合さんを偲ぶ
    さういへばいつも殿冬帽子
 筆者は、通常は、追悼句は戴かない。対象者(古賀さん)を存じ上げないので、つい遠慮してしまうからである。しかし、この句には普遍性がある。この古賀さんという方は、いつもゆっくりと気配りをしながら、殿を歩いてくる人なのであろう。その人が被っている暖かそうな「冬帽子」が見えてくるようである。

077 月涼し山の容に山が見え
163 猫の背の猫背でありぬ年の内
 当たり前のことを堂々と言ってのけた二句の面白さを戴いた。077からは、月下の墨絵のような山容が美しかったに違いない。163は「年の内」が上手かった。人間は何となく気忙しい気分なのに、猫は悠然と伸びをしたりして・・・。

松本てふこ句集『汗の果実』

 松本さんは辻桃子主宰の「童子」の同人。『新撰21』、『超新撰21』、『俳コレ』などで活躍し、平成三十年には第五回芝不器男俳句新人賞中村和弘奨励賞を受賞している。


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 辻桃子主宰の10句選は次の通り。

  吐くものもなくて桜の木の下に
  だんだんと暮色の味となるビール
  明易のされど書かねばならぬこと
  だんじりのてつぺんにゐて勃つてゐる
  八月十五日正午やトイレ待ち
  銀行のソファやはらか爽波の忌
  たたまれしごとてふてふの死んでをり
  清明のすね毛きらきらさせ君は
  夏風邪のひとの物欲しさうな目よ
  堂々と汚れてゐたる網戸かな

 該句集を通読した印象は、作者は稀有な感性の持ち主で、モノやコトを見て得たユニークな感受を平明な言葉で書いている、という感じである。難解句や境涯句はない。したがっておもくれでなく、明るく軽妙である。昭和五十六年のお生まれと知り、納得である。

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)印は自選と重なったもの。

008 おつぱいを三百並べ卒業式
013 ごみとなるまでしばらくは落椿
016 花は葉にまたねとうまく笑はねば
022 脚細きをとこが吹くよ祭笛
022 だんじりのてつぺんにゐて勃つてゐる(*)
023 牛居らぬ牛舎に向けて扇風機
024 夕立のびたびたびたと降りはじむ
025 台風が来るぞ来るぞとマトリョーシカ
027 臨月の腹はみ出して秋日傘
028 蜻蛉は砂丘に触れぬやうに飛ぶ
036 問ひかける言葉ばかりの賀状書く
047 それにしてもと泰山木の花のこと
049 常夏や機体に太きアラブ文字
055 蜻蛉の翅は映らず池の面
058 秋蟬に時々足をくづしけり
066 アマデウス忌の落ちさうなシャンデリア
081 春風はポリエステルの軽さなり
095 のつぺらばうなんと涼しき貌であり
098 夏風邪のひとの物欲しさうな目よ(*)
123 白靴のはづかしきほどおろしたて
138 山に来て金木犀の香りとは

 幾つかを鑑賞しよう。

022 だんじりのてつぺんにゐて勃つてゐる(*)
 この句集にまとまる前にどこかの雑誌でお目にかかった記憶がある。女性作家であることで、とくに印象が強かった。この一句前に〈022 脚細きをとこが吹くよ祭笛〉という、対象をよく見て書いた一句がある。おなじ「だんじり」の場面かも知れないが、一方で掲句は、山車の天辺の白い半又引き姿の威勢の良い男を詠んだ。筆者にとってはイチオシの句。

098 夏風邪のひとの物欲しさうな目よ(*)
 夏風邪をひいている人の周りで、何か楽しいことがあるのであろう。風邪ゆえに、それに参加できない人の羨ましそうな表情が見えるようである。「夏風邪」の「夏」が効いている。

027 臨月の腹はみ出して秋日傘
 筆者(=栗林)が南アメリカのある国にいたとき、現地の女性が大きなおなかをむき出しにして炎天下を闊歩していたのには驚いた。おなかにはタットゥーがいれてあった。それと比べると、この句はまだまだ日本らしい奥ゆかしさがある。

049 常夏や機体に太きアラブ文字
  すぐに飯島晴子の〈旅客機閉す秋風のアラブ服が最後〉を思い出した。アラビア文字もアラブ服も、見た者をすぐに異国へと誘ってくれる効果がある。筆者がしばらく滞在かしたタイでも、文字が全く読めなかった。ABCのアルファベットにお目にかかると、ほっとしたものである。だから、日本文字を目にすると、ますます安堵感をもらえる。この句は、少し個人的に過ぎたが、いろいろなことを、筆者に思い出させてくれた。多謝。

066 アマデウス忌の落ちさうなシャンデリア
「アマデウス忌」を始めて俳句でお目にかかった。大きなシャンデリアを「落ちそう」と詠んだのも頷ける。宮廷舞踏会の景。松本さんのチャレンジ精神に感銘。

 楽しい句集を有難う御座いました。

山崎十生句集『未知の国』

 山崎さん(「紫」主宰)が句集『未知の国』を上梓された(令和元年十一月二十五日、文學の森刊行)。実に十冊目の句集である。氏は俳壇で大活躍されておられ、著書も数多い。現代俳句協会理事などの要職を務めておられる。
 代表句の一つに〈春の地震などと気取るな原発忌〉があり、人口に膾炙している。

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自選句は次の十句。

  ダージリンティ―毎日が原発忌
  糸偏はおほかた怖し冴返る
  被災地といつまで呼ぶな蘖ゆる
  汗だくになり脈拍を取っている
  衣紋竹だけ吊るされてありし部屋
  瓦礫六年蟹の泡ぷくぷく
  行脚には違ひなきかな流れ星
  どちらでも良いは許せぬ草の花
  原発の恩恵何だったのか煮凝
  十二月八日個室が混んでいる

 筆者の共鳴句は次の通り。(*)印の句が自選句と重なった。

013 免疫のない淋しさよ花吹雪
017 被災地といつまで呼ぶな蘖ゆる(*)
027 春宵や岐路はいくつもあり過ぎる
033 苗字なきことの哀しみ昭和の日
039 ゐない人にも新茶淹れ供へけり
044 光るのは産みの苦しみなる螢
045 東北の螢眠りが足りないか
056 手抜きなどなく全山のしたたれり
060 万緑や赤べこ首を振るばかり
064 海の日と雖も海は休みなし
077 十字架のうしろばかりに星流る
078 言い訳は絶対しない流れ星
094 影が身を離れてゆきし霧の中
106 平然と活断層の霜柱
116 志半ばで止んでしまう雪
125 国愛す故の反骨青鮫忌
126 枯れてまでそよぎたくないけどそよぐ
130 手焙りの刑に処さるること愉し

 いくつかを鑑賞しよう。

017 被災地といつまで呼ぶな蘖ゆる(*)
 自選句と重なった句。三・一一から八年たったが、今でもまだ復興は道半ばである。だから我々一般人は、該地を「被災地」と括った呼び方をする。しかし、当事者の中には、あるいは、第三者の中にも、いつまでも「被災地」という呼び方は如何なものかと思っておられる人々もおられるであろう。いつまでも特別扱いするべきではないと思うし、特別扱いするにしても、復興の度合いにも、それぞれの事情にも、違いがあるであろう。少なくとも、ひっくるめて「被災地」という呼び方は正しくない、と作者は思っているのであろう。同感である。
 それにしても、この上五中七に対して、つかず離れずの「蘖ゆる」という季語を下五に配合した。「蘖」の意味を勘ぐれば、地からエネルギーを吸収し、若葉が元気よく伸びるものの、結果としては、あまり役に立たず、太い幹になることはない、という意味に受け取ってしまう。言いえているような気がするが、作者の意図はどの辺にあるのだろうか。

033 苗字なきことの哀しみ昭和の日
 むかし、武士階級以下の農・工・商の平民には苗字がなかった。だから、苗字帯刀を許されることは、お家を挙げて祝うべき名誉であった。だが、現在、国民はみな苗字を許されている。そこで下五の「昭和の日」がモノを言い始める。「昭和の日」は当然、昭和天皇や皇室全般への思いを起こさせる。そう言えば、皇族には「苗字」がない。これを作者は「哀しみ」と言った。

045 東北の螢眠りが足りないか
 三・一一の被災地の蛍のことであるが、もちろん、熊本や、広島、最近では南房総や千曲川流域……その他の地の蛍も安眠できなかったであろう。「螢」は暗喩として「人」を意味しているのであろう。

125 国愛す故の反骨青鮫忌
 兜太の忌日を「青鮫忌」と命名したのであろう。「アベ政治を許さない」のプラカードは一世を風靡した。子規・虚子にならぶ俳句の巨人を亡くしたものだと、筆者もつくづくの思いに耽っている。

小林貴子句集『黄金分割』

 小林さんが第四句集を出された(令和元年十月六日、朔出版)。氏は「岳」(宮坂静生主宰)の編集長で、現代俳句協会副会長をも務めておられる。俳壇での活躍が旺盛で、もちろん、著作も多数ある。


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 自選句は次の10句。

  水泳の勝者は水を打ち叩き
  大阪の夜のこてこての氷菓かな
  月祀る篝火の炎に根のあらず
  船酔をしさうな部屋や和倉首夏
  朧にはあらず捨て牛歩みをり
  虹立つは極楽蝶の尾羽とも
  岩塩は骨色冬は厳しきか
  六月やもつと寄つてとカメラマン
  葛引くと遠くが動く晴子の忌
  仲良くはないが集まり冬眠す

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り多数に及んだ。(*)印は自選句と重なった。

013 山は大きな水のかたまり蕗の薹
017 水泳の勝者は水を打ち叩き(*)
021 霧の中ガロンガロンと驢馬の鈴
022 寧日やわれからの音に諭さるる
022 高瀬川梶の葉売の来る頃か
024 目合はさぬモデルと描き手黄落期
024 野の隈のよく見え新酒火入れ式
031 剪定の枝をためおく浅き窪
031 すれちがひざまの口笛三鬼の忌
035 太宰忌や鰺の叩きを鰺に乗せ
039 螢火の通りすぎたるからだかな
040 冷し酒夜の満ち潮を感じをり
051 築地歳晩靴底に粘る水
051 孔雀とは仲良くなれず冬の旅
060 流氷は空腹の音立てゐたり
061 別珍の布団の衿や春祭
066 反目といふべし百合の花二輪
080 底なしと聞けば石投げ冬の沼
098 しつけ糸抜く音をもて百合開く
100 岩魚焼く砦の如く岩魚立て
102 痛点に印す黒丸火取虫
104 炎天や人を燃す火を優しとも
104 強面を張りをる死者や今年絹
108 黄落や日当りて馬つやつやす
108 結構違ふよ団栗の背くらべ
113 残念な男となりぬ着ぶくれて
138 三線の音色いそがず花ゆうな
152 言痛みて雁木の町を通りけり
157 風船を持てば未来はすぐそこに
160 一対の獣の如き登山靴
166 月今宵土偶は子供生みたさう
178 学僧の音なき歩み春障子
190 真葛原遷都の如く移る雲

 筆者が特に気に入った句を鑑賞しよう。

017 水泳の勝者は水を打ち叩き(*)
 小林さんの自選と重なった句。競泳の勝者が、その勝利を電光板で見た瞬間、歓びのポーズとして平手で水面を打つ。良くある景だが、その瞬間を見事に切り取った。この句集の基本には、やはりこの句のような「写生」がある、と思わされた。

051 孔雀とは仲良くなれず冬の旅
 この感覚は良く分かる。孔雀は美しいのだが、羽を拡げた時の気取った姿が鼻につくのである。筆者の勝手な思いかと思っていたのだが、同じ感受の人がいることを知って、大いに安心した。

113 残念な男となりぬ着ぶくれて
「残念な男」と思った原因はさておき、「着ぶくれて」という単なる外見だけで「残念」と感じ、断言することは、美学を大切にする人だという証拠であろう。大いに賛同する。筆者にとってイチオシの句である。

152 言痛みて雁木の町を通りけり
「言痛(こちた)みて」という古語の宜しさ。現代風に言えば、「人の口が煩わしくて」というのに近いのだろうが、もっと深くて床しい意味合いの言葉なのかもしれない。
 筆者はふと、飯島晴子を思い出した。彼女に〈青柿のくもりに触るゝ悼み言〉がある。富士山麓の農家を吟行したとき、白い粉を噴いている青柿を見て一句詠んだが、後日下五を考えあぐね、言葉を渉猟した結果「悼み言(いたみごと)」という言葉を見つけた。晴子は言葉の偶然の組み合わせに「カチッ」と音をたてて合わさる「言葉」があるという。小林さんにも「言痛みて」という言葉にカチッと来たのであろう。
 小林貴子さんには、前述の写生派的な部分と、この句のような言葉派的な部分とがあるような気がしている。しかし、それは当然のことかもしれない。

 最後に一言、いや二言。
 宮坂さんが書かれた帯文に〈若葉にも若葉のものゝあはれかな〉がある。一読、小生には若くして悟りすぎの感じがあった。しかし、宮坂さんの序文で「松阪方面への吟行で、本居宣長の居を訪ねた時」の小林さんの作と知り、この句の価値を認識した。句の背景を知ると、その句の価値が立ち上がって来ることがよくあるが、その一例であろう。
 もうひとつ。朔出版がこのところ大変良い仕事をされていると感じた。兜太の『百年』の編集出版、公開シンポジウム「兜太俳句の晩年」の企画、高野ムツオの『語り継ぐいのちの俳句』の重版、蛇笏賞を得た友岡子郷の『海の音』出版、俳人協会評論賞を得た今井聖の『言葉となればもう古し』の刊行などなど名著が続々である。祝意を表したい。

栗林浩句集『うさぎの話』―ご報告

 令和元年六月に上梓しました拙句集『うさぎの話』(概要はhttps://05524959.at.webry.info/201906/article4_.htmlにてご覧になれます)に対しまして、皆様からの温かいお手紙を頂戴しております。心からお礼申し上げます。

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 一読されて好きだった句を抜き書きされ、お送り下さった方々……すぐにお礼のお手紙をお書きするべきですが、遅くなっております。一句厳選でお知らせ下さる方、百句以上も拾って下さる方もおられました。
 その結果は、八月末にブログにて一度ご報告させて戴きました(https://kuribayashinoburogu.at.webry.info/201908/article6_.html)。
その後も、「現代俳句」「俳句」「小熊座」での紹介や小特集記事、さらには、各種新聞の俳句コラムや各結社誌などでお取り上げ下さいました。厚くお礼申し上げます。掲載下さいました雑誌名を月別に記載いたしますと、次の通りであります。
七月=さがみね
八月=八千草、門、阿夫利嶺、水明
九月=連衆、星雲、岳、雲の峰、篠、きたごち、風の道、ハンザキ、青群、むらさき、方円、軸、犀、天塚、たかんな、歯車、氷室、
十月=海鳥、蛮、谺、泉、現代俳句、街、小熊座
十一月=俳句  続いて 遊牧、円錐などの特集記事が予定されております。

 ここで、以前の集計に加えて、この十月末までの皆様からのコメントを加えたものを用意いたしましたので、お礼の気持ちを籠めて披露させて戴きます。集計は、お一人が一句挙げられるに応じて「一人句」単位でまとめました。ですから、著名な先生の一句も、初学の方の一句もおなじ重みで計算しております。八月時点での結果と並べて表示致します。

 八月末
一位  62点 イギリスの兎の話灯を消して
二位  57点 先頭の蟻を知らない蟻の列
三位  43点 目と耳を置いて消えたる雪うさぎ
四位  35点 ホームより長い電車来修司の忌
五位  34点 中ほどがさびしい花のトンネルは
五位  34点 くちびるという春愁の出口かな
七位  33点 無骨とは骨のあること鬼房忌
七位  33点 花菜漬いまなほすこしだけ左翼
九位  30点 冷気立つずらり尾鰭のなき鮪
十位  26点 八月やラヂオの中の砂利の音
十位  26点 トンネルの上に海あり天の川
十二位 25点 絨緞に沈む足裏憂国忌
十二位 25点 防人の文を焚く火ぞ不知火は
十四位 23点 色鳥来ふつうの鳥も来てをりぬ
十四位 23点 行く夏のからとむらひか沖に船
十六位 22点 人類とパンに臍あり恵方あり
十六位 22点 大根を吊るだけと言ひ釘を打つ
十六位 22点 この先は雪だと言うて干鱈割く
十九位 21点 もう二度と蟬は通らぬ蟬の穴
十九位 21点 プール出るときの地球の重さかな

さて、十月末時点での順位は、次の通りでありました。

 十月末
一位  84点 イギリスの兎の話灯を消して    不変
二位  75点 先頭の蟻を知らない蟻の列     不変
三位  61点 目と耳を置いて消えたる雪うさぎ  不変
四位  46点 くちびるという春愁の出口かな   一上
五位  41点 冷気立つずらり尾鰭のなき鮪    四上
五位  41点 ホームより長い電車来修司の忌   一下
七位  40点 中ほどがさびしい花のトンネルは  二下
八位  39点 花菜漬いまなほすこしだけ左翼   不変
九位  38点 無骨とは骨のあること鬼房忌    一上
十位  37点 絨緞に沈む足裏憂国忌       二上
十一位 34点 八月やラヂオの中の砂利の音    一下
十二位 33点 行く夏のからとむらひか沖に船   三上
十二位 33点 トンネルの上に海あり天の川    一下
十四位 32点 月並みと言へど母校の桜かな    新規
十五位 30点 色鳥来ふつうの鳥も来てをりぬ   一下
十五位 30点 広島の地べたが火照る夜の秋    新規
十七位 28点 うららかや耳かくときは後ろ足   新規
十八位 27点 防人の文を焚く火ぞ不知火は    五下
十八位 27点 大根を吊るだけと言ひ釘を打つ   二下
二十位 26点 この先は雪だと言うて干鱈割く   二下

今回二十位以下になったのは次の3句。
十六位 22点 人類とパンに臍あり恵方あり
十九位 21点 もう二度と蟬は通らぬ蟬の穴
十九位 21点 プール出るときの地球の重さかな

新しく二十位内に入ったのが次の3句。
十四位 32点 月並みと言へど母校の桜かな
十五位 30点 広島の地べたが火照る夜の秋
十七位 28点 うららかや耳かくときは後ろ足

いずれにしても僅差でありました。

 皆様のコメントに心からお礼を申し上げます。

衛藤夏子『俳句の杜』アンソロジー

 衛藤夏子さんがアンソロジー『俳句の杜』(本阿弥書店、令和元年七月十日)を出された。彼女は坪内稔典さんの「船団」のメンバーで大阪女性文芸協会の理事もなさっておられ、二年前には第一句集『蜜柑の恋』を上梓されている。


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 100句の中から、一読して筆者の好みに合った作品を抽いてみた。

 左の数字はこのアンソロジーでの掲載頁を示す。

053 水温む地図を広げるこどもたち
061 カップ麺持って渡ろう天の川
062 消印は帝国ホテル秋の虹
064 新妻の肝臓きれい豊の秋
065 秋の虹桂馬動かす時が来て
066 冬に入るゼロ番線のホームから
066 冬晴れてカレーでいいと思う午後
069 犬小屋をリボンで飾るお正月

 以前、筆者は彼女の第一句集『蜜柑の恋』を読んで、その瑞々しさに感銘を受けたのであるが、その幾つかがこのアンソロジーにも入集されている。その中から筆者が気に入った作品は、次の通りであった。

 左の番号は第一句集『蜜柑の恋』での頁数である。

011 春の空おひとりさまに広すぎる
013 ビキニ買いメロンを買ってでもひとり
017 鉛筆を削れば夏の去る匂い
020 またひとつ露草ほどの恋をして
053 点滴の音の広がる夜長かな
054 かもめかもめだんだん薬増えてくる
057 待つ患者聞き耳立てて春隣
058 注文の多い患者や辛夷咲く
134 秋白しウクライナでも秋白し

 これらの句が、このアンソロジーの適所に挿入されていて、最近作の句と一体となり、衛藤夏子の俳句世界を創り出している。

『蜜柑の恋』につぃては、小生の旧ブログを参照戴きたい。
https://05524959.at.webry.info/201710/article_4.html

 今回のアンソロジーから好きな句を8句抽いたが、旧作と併せて17句となった。かなりの確率で彼女の作風が筆者の琴線を撫でたということである。
 うち3句について感想を書こう。

064 新妻の肝臓きれい豊の秋
 作者の職業柄からか、手術中の肝臓を見る機会があったか、そうでなくともレントゲン写真でもよい。影のない若々しい肝臓なのだろう。「肝臓」を詠んだ句は、堀葦男の〈見えない階段見える肝臓印鑑滲む〉という難しい句はあったが、そのほかは知らない。衛藤句は明快にして、季語、「豊の秋」がプラス指向を示し、爽快・健康である。  

066 冬に入るゼロ番線のホームから
 通常、ゼロ番線は頻繁には使われない。それだけに、鉄路には鉄道草が枯れていたり、古新聞や空き缶が転がっていたりする。とくに地方の在来線駅は……。冬が真っ先に来るのは、うらぶれたゼロ番線である。そこに作者は詩情を感じた。読者の私も納得。

069 犬小屋をリボンで飾るお正月
如何にも女性の句らしい。かわいいので戴いた。「リボン」のかわりにリースを置き、「お正月」を「クリスマス」にする手もある。とにかく、飼い主の愛情が見える。

 豪華なアンソロジーを有難う御座いました。

大輪靖宏句集『月の道』

 俳文学研究の第一人者である大輪さんが『月の道』を上梓された(令和元年十月十九日、本阿弥書店刊行)。大輪さんは研究の傍ら、「輪の句会」「上智句会」「ソフィア俳句会」などをお世話されつつ、俳句実作を続けて来られた。その第五句集である。
 氏は、日本伝統俳句協会の副会長をも務められている。鎌倉女子大学で持っておられた社会人向けの芭蕉にかかわる講座で、奥の細道の詳解を、筆者は、聴講したことがあるので、ことさら懐かしい。


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 自選句は次の通り。

  水澄めば野に新たなる風生まる
  遠野なら河童も亀も鳴くだらう
  結論を下して後の寒さかな
  ぶらんこを降りてこの世の身の重さ
  目的を持たぬ楽しさ花野行く
  月昇り海に光の道生まる
  凍鶴の孤影の伸びて日の沈む
  山を出て春の水とて流れけり
  春めくを挨拶に言ふエレベーター
  来世など信じぬ者の夜の秋

 筆者(=栗林)の共鳴句は多数に及んだ。中から三十数句を掲げよう。(*)は自選句と重なったもの。

009 弥勒仏春を味はふ頬の指
014 鶯の声土牢の中までも
018 夏草の中泳ぐごと野を渡る
022 鷺草の飛べぬ哀しさただ揺れる
023 馬肥ゆる北の大地を風渡る
024 星々よりこぼれ降り来る虫の声
039 故郷の座敷の昼寝春田風
043 父探す子の声もある花の下
049 稲妻を地の涯に見る北の旅
068 鰻待つ老舗の二階達磨の画
071 目的を持たぬ楽しさ花野行く(*)
076 秩序なき生気に溢れ大花野
081 京晴れてうぐひす張りの寺寒し
095 決めし量酒呑み終へて夜は長し
105 くしやみして夕べの富士を遠望す
107 鎌倉は沖から寒さ襲ひ来る
109 地吹雪の中に子を呼ぶ母の声
113 四五歩ほど水蹴り鴨の飛び立ちぬ
116 また逢ふを約せず別る年の暮
122 丸顔にちよと口紅の女雛かな
124 湯から湯へめぐりし街の春の風
126 湯の街の春雷我に親しげに
127 峡の湯に雉の声聞く夕間暮
128 鳥帰るキリンの遠く見る空を
132 もう少し歩くつもりの花の雨
132 嬌声や木の間隠れの花衣
143 梅雨の夜の岬に二軒灯をともす
145 漆黒を斜めに切りて蛍飛ぶ
151 蟻の列折り返し点なく続く
152 睡蓮の花の隙間に鯉の口
156 山の宿酒酌む外は萩の雨
161 人のあり台風接近する屋根に
171 どこやらで子の泣く声す霜の夜
175 掛け声に妻見失ふ歳の市
181 甲斐駒の麓の村に雪解風
181 山を出て春の水とて流れけり(*)
189 春めくを挨拶に言ふエレベーター(*)
205 子供らが太鼓曳き来る祭かな

 この句集『月の道』を概括すれば、極めて平明な句集であると言える。だからさっと読み過ごしそうになる句が沢山ある。大輪俳句は叫ばない。読者を驚かそうとしない。境涯を詠わない。喜怒哀楽を押し付けない。知に奔らず、箴言・寓話を語るのでもない。かといって、花鳥諷詠一本鎗でも自然賛歌でもない。悲惨な戦争や大地震も詠まない。平坦な野の道を歩くような句がほとんどである。だが、歩きながら、どれか一句に立ち止まると、易しい措辞と季語の中から立ち上がって来るものがある。そしてそれは、その一句にとどまらず、他の句と共鳴し始める。
 訳の分からぬ現代俳句ばかりを書き、読者を煙に巻くことを第一に考える俳人は、こころして大輪俳句を熟読すべきであろう(筆者を含めて)。

 自選と重なった三句を鑑賞しよう。

071 目的を持たぬ楽しさ花野行く(*)
 人の行動には何かしら目的がある。しかし、それがない、もしくはそれを意識しない行動は、精神の自由度が圧倒的に広い。だから、いろいろな「もの」や「こと」に心を開いて観察もしくは接触できる。「花野」はその最たる場所であろう。草花だけでなく、鳥や虫にも心を遊ばせ得る格好の場所である。いたく同感の句。

181 山を出て春の水とて流れけり(*)
 山に発した少しの水は、それが雪解水であっても木の葉からの滴りであっても、少しずつ集まって忘れ水となり、やがて小流れを成し、平野に到って小川と成る。小学唱歌の「春の小川」を思わせる。長谷川櫂の〈春の水とは濡れてゐるみづのこと〉の対極にある大輪句である。

189 春めくを挨拶に言ふエレベーター(*)
 エレベーターという閉鎖空間で、知人と短い言葉で心を通わせようとするとき、少し暖かくなった春の午前なら「春めきましたね」とか、春の夕方なら「日が永くなりましたね」などと季語めいたことを、小声で言う。相手も頷いて「そうですね、庭の辛夷の花芽が目立ってきました」などと答えるであろう。大輪俳句の特徴である。

 好きな句はまだまだある。幾つか触れよう。

009 弥勒仏春を味はふ頬の指
 すぐに中宮寺の弥勒菩薩半跏思惟像を思った。そう思ったら、何も解説はいらない。四季折々の魅力があるのだろうが、やはり「春」がいい。

014 鶯の声土牢の中までも
 これはどこの土牢であろうか。どこでもよいのだが、筆者には、鎌倉の護良親王の土牢が頭を過った。だが、「唐糸やぐら」と呼ばれている牢もあるようだ。木曽義仲の家来の娘唐糸のそれである。頼朝が家臣と義仲を討つ相談をしているのを聞き、頼朝に斬りかかったが失敗。牢に入れられたという。他にもいくつかあるようだが、土牢に鶯を配し、悲話を一転、趣のある詩話に昇華させた。

043 父探す子の声もある花の下
109 地吹雪の中に子を呼ぶ母の声
171 どこやらで子の泣く声す霜の夜
 子どもの声または子を呼ぶ声が出てくる三句を掲げた。一句目は、楽しいはずの花見の混雑の中で父を探す迷子の泣き声。二句目は、地吹雪の音にかき消されそうな母が子を呼ぶ声。三句目は、霜の夜になぜか温かさを感じさせる赤子の泣き声。それぞれ三様の味がある。

023 馬肥ゆる北の大地を風渡る
049 稲妻を地の涯に見る北の旅
 北への旅の二句。短歌や詩でも、いや小説でも不思議に旅は「北」へのそれが多い。筆者(=栗林)が北海道生まれであるせいか、妙に郷愁をそそられた。一句目、いかにも北海道らしい。日高地方であろうか。二句目の「稲妻」は、必ずしも稔り田である必要はないのだが、最近、北海道が新潟と全国第一、二位を争う米どころであるという事実と符合していて、筆者は実り豊かな田園を考えてしまった。

128 鳥帰るキリンの遠く見る空を
 期せずしてこれも北へ帰る鳥。その空を、首を伸ばしてキリンが見送っている。自然な構図が見事で、懐かしい子供こころが蘇ってくる。

 難しい措辞を一切排し、それでいて深くて、易しくて、優しい作者の心情があふれる句集であった。

藤井なお子句集『ブロンズ兎』

 藤井さんは「船団」(坪内稔典主宰)のメンバーで、船団賞を今年貰った気鋭。このほどふらんす堂の第一句集シリーズに参加し、表記の句集を上梓された(令和元年十月七日)。
 解説は坪内さんが「(この句集をめぐる)話題が、さざ波のように、または微風のように、あるいは道端のイヌフグリの花のように広がったら、とてもすてきだ」と書いておられる。まさに道端の小さな青い星のような感じの句集である。

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 自選句は次の十句。
  
  山彦と乗る春光のエレベーター
  ブロンズ兎万緑をいつも跳ぶ
  母からのスープのレシピ雪の降る
  兄弟は積木の世界シクラメン
  つばくらめ川の真中は風強き
  平成のバニラアイスが溶けてゆく
  口語でも文語でもいい平泳ぎ
  猫なのかルオーなのかと冬めける  
  空蝉のほかに良いものなどなくて
  心音に近づいてゆく揚雲雀

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。

005 囀やときに曲線ときに点
006 貝殻の釦の光る梅見かな
007 地虫出て鼈甲飴の透きとほる
010 菜の花や入口ときに井戸に似て
013 緑陰へ直線裁ちのワンピース
015 息継ぎのやうに振り向くサングラス
031 その声はレモンの輪切ほど若い
034 泣く迷子泣かない迷子芒原
035 似顔絵の耳から描いてゆく寒さ
037 模擬試験とは皮手袋の匂ひ
044 水仙を切る音母と同じ音
045 人参が煮えるまでには許される
052 連絡のぷつり関東風雑煮
056 啓蟄や仰向きに置くランドセル
062 時折は井戸に日を入れ春の夢

 好きな句は沢山あったが、自選句と筆者(=栗林)の重なりはなかった。しかし、これは全く構わないことである。一読して、二物配合の句に新鮮さが感じられた。一方で、なぜこのような配合になったのか、分かりにくいものもあった。もちろんベタ付きで分かってしまうのはいけないのだが……。筆者が好きだった句の幾つかを鑑賞しよう。

006 貝殻の釦の光る梅見かな
 梅見は、普通は明るい野外でのこと。貝殻の釦の明るさがさらに明るく見える。梅見のころはまだ少し寒い。陽光の中のその寒さが、貝殻の釦の明るさと呼応して、好句を仕上げている。

010 菜の花や入口ときに井戸に似て
 菜の花の明るさと、井戸の入口の暗さの対比がうまい。「や」で切ってはいるが、どうしても菜の花畑への入り口だと思ってしまう。そしてそれは明るいのだが、なにか薄暗いところへの入り口なのだと感受している。畑への入り口は水平方向、井戸の入り口は垂直方向で、面白いアナロジー。

013 緑陰へ直線裁ちのワンピース
 この句は坪内稔典さんが帯文に書いている。とても気分の良い句である。緑陰と言っても周辺は十分に明るい。「直線裁ち」なる措辞がシンプルさを出しており、ワンピースは「白」の木綿だろうと、筆者は勝手に思っている。その女性が涼しげな緑陰へ向かっている。

015 息継ぎのやうに振り向くサングラス
 これは傑作。作者を追い抜いて行ったサングラスの男が、頻繁に作者を振り向いている。あたかも自由形の水泳選手の息継ぎのようだ。比喩が鮮やか。軽やかな動きもある。筆者イチオシの句。

035 似顔絵の耳から描いてゆく寒さ
 ほんとうにこんなことがあるのだろうか。輪郭から描いて、目鼻に移るのではないか。いや、特徴ある部分から描き始めるのかも。とすると、このモデルは耳に特徴があるのか? 耳が冷たいのか? いろいろ考えさせられて楽しい。

045 人参が煮えるまでには許される
 ちょっとしたことで諍いがあっても、いつも十分か二十分でお互いに忘れてしまう。その程度の諍いなのだ。今日もそうだった。私が悪かったようだが、もうすぐ忘れてくれるのです。

056 啓蟄や仰向きに置くランドセル
 こう言われて考えた。ランドセルを置くとき、普通はうつ伏せに置くのではないかと思ったが、仰向きに置く児もいるという事実。小さな気づきが面白い。

 この句集、全体がいかにも明るい女性の句集という感じであった。おもくれの正反対で、結構でした。

大石恒夫句集『石一つ』

 大石さんは八十五歳にして本格的に俳句を始められた。若い医師時代、池袋の大叔父富安風生宅にしばらく止宿していたが、忙しくて俳句には縁がなかったそうだ。平成二十五年の静岡市での閉院後、俳句への熱が高まり、「遊牧」の塩野谷仁代表に私淑。このほど第一句集を出された(令和元年九月三十日、本阿弥書店。)。序文は塩野谷仁「遊牧」代表。


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 自選句は次の通り。

  雨蛙いま坪庭の小宇宙
  行く水に声のあるらし椿落つ
  茅花流しこんなところに弥生土器
  ヒトもまた地球出られず山椒魚
  白魚の真昼を踊る覚悟かな
  賢しらを悔いし行燈海月かな
  何時の日かワッペンになる烏瓜
  涼しさは日本ハンザキ研究所
  細胞に死ぬプログラム秋うらら
  老いと言う純情もあり冬の蝶
  石一つ滑り行くなり大枯野
  夢に来し縞ふくろうは星へ発つ

 筆者(=栗林)の共鳴句は四十句ほどに及んだが、絞って二十八句を掲げる。

013 煙突のけむり真っ直ぐ初仕事
015 濃紺に暮れて真白き桜かな
018 蝉の殻生れし家に人住まず
033 目の幅に放牧の馬遅日かな
043 望の月娘とくぐる縄のれん
052 野遊びの少年光りつつ過ぎる
055 行く春の仕舞い兼ねたる古人形
061 閉院に小さき張紙小鳥来る
069 北窓を開けまず確かむる朝の富士
071 みちのくに掛矢のひびき桜東風
077 紫陽花や老会長のオンリーユー
082 秋深しいまだ馴染まぬ四点杖
085 寒すずめ一家八羽で帰り来ぬ
096 桜蕊降り積む上の夜の雨
110 米寿とは捲り忘れたカレンダー
110 遺伝子は星より来たり寒紅梅
111 初硯母の行李の土佐半紙
121 石榴爆ぜ解剖嫌い思い出す
124 女子会の炊き込んである笑茸
132 村にバスが来ない三椏が満開
137 あらたまの端坐の猫と寿けり
142 親象の眼の細くほそく春
147 げんげ田に子は花呉れて手を拍って
159 水芭蕉辿れば深む忘れ水
176 細胞に死ぬプログラム秋うらら
199 煤逃や絶滅季語ねと笑われて
210 夢に来し縞ふくろうは星へ発つ

「遊牧」入会以前の三十数句のうちの三句が、最初に掲げたものである。特に、〈013 煙突のけむり真っ直ぐ初仕事〉、〈015 濃紺に暮れて真白き桜かな〉は、いわゆる写生句であり、しっかりとした俳句の基盤を感じさせる。筆者(=栗林)はどちらかと言えば写生派なので、このような地味な句に興味がある。大石さんのこの写生精神は、この句集を貫いている。そんな意味で、正岡子規が言う「写生が俳句の基本である」を思わせるのである。
 そんな大石さんであるが、客観写生から主観的写生への動きが出てくる。例えば、

055 行く春の仕舞い兼ねたる古人形
の「仕舞い兼ねたる」には作者の個人的情感が陳べられ、
061 閉院に小さき張紙小鳥来る
はあくまでも客観写生のように見えても「小さき」に情感が読み取れる。それに「小鳥来る」に、むしろ作者の「晴れ晴れ感」が読み取れるのである。また、
082 秋深しいまだ馴染まぬ四点杖
では「いまだ馴染まぬ」にやはり個人的感情が詠まれ、「秋深し」がその感情を深めている。
こういう読み方をすると、
085 寒すずめ一家八羽で帰り来ぬ
の句では、八羽を「一家」と見なした大石さんの優しい私的な「情」がみえるのである。

 だがしかし、
096 桜蕊降り積む上の夜の雨
の句に、またまた、客観写生の世界が現れる。もっとも、この句は芝不器男の〈あなたなる夜雨の葛のあなたかな〉に通ずるような抒情的な読み方も可能ではあろう……。そしてまた、
111 初硯母の行李の土佐半紙
は「硯」と「土佐半紙」という「もの」を冷徹に詠むという客観写生句的でありながら、「母」の一語で深い情感を齎している。

 このように、写生の客観・私観(あるいは主観)を行き来しながら、この句集の最後に凄い(写生的な句が多い氏にしては、と言う意味で凄い)俳句が現れる。

210 夢に来し縞ふくろうは星へ発つ
「夢」と「星」という言葉と「縞ふくろう」が齎す世界へ向けて羽搏いてゆく詩的想念の句である。実は、「遊牧」の仲間の句の味には、この類が多い。そこに大いに抒情的で詩的な魅力がある。大石さんも影響を受けられたのであろうか。
 個人的には、花鳥風月はもちろん、抒情でも、前衛でも、社会詠でも、境涯詠でも、写生精神はいつも底流にあってほしいと願っている。

 追記として一言。大石さんは、あとがきの中で「塩野谷先生は、老齢の素人の記念句集と割り切られたのであろうか、候補の三八〇句全ての収載を勧められ(中略)、歳に負けず更に精進するようにとの意、と私は胸に刻んだ」とある。筆者は、大石さんのこの謙虚さにも心打たれたのであった。