山田富士夫句集『麦藁帽』

 山田さんは結社「街」(今井聖主宰)に入って二十二年になる。このほど第二句集を出された(令和元年七月二十五日、角川書店)。序文は今井聖さん。主宰は、この句集の前半(特に第一章)に感動の句が多い、と思われたようだ。その感覚は筆者(=栗林)も同じである。そのわけは、戦時中の思い出が詰まっているからである。山田さんは筆者より七歳年上で、昭和一桁生れ。戦地には赴かなかったようだが、その影響は十分に受けている。それらの句群が、主宰にも筆者にも迫って来るのである。

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 今井主宰の選は次の12句。

  牛蒡剣吊り十五歳夏終る
  補充兵の水筒竹筒雲の峰
  百日紅揺らすグラマンF6F
  凩や卒の軍足踵なし
  枯野遥かに砲兵の軽気球
  撃墜機の防弾ガラス檸檬の香
  老少尉征く灼熱のレイテ沖へ
  薯雑炊に瞑る灯火管制下
  春宵の空襲警報空き腹に
  蕎麦殻の枕夏野に父と会ふ
  麦藁帽米沢駅で別れけり
  大空に高木東六夏帽子

 筆者の共鳴句は次の通り。(*)印は選が重なったもの。戦争関連句に多い。

019 牛蒡剣吊り十五歳夏終る(*)
021 炎天や兵士の歩幅七十五糎
021 補充兵の水筒竹筒雲の峰(*)
026 中支派遣軍〇〇部隊月赤し
027 撃墜機の防弾ガラス檸檬の香(*)
027 芝浦岸壁にて 
秋寒し軍馬高々と吊し積む
028 凩や卒の軍足踵なし(*)
036 背嚢に「歩兵操典」春の泥
037 夏雲や「お召しにあづかり」と挙手のまま
043 麦藁帽米沢駅で別れけり
050 親指に糸鋸の傷麦青む
055 歯ブラシの二本の交差台風下
078 飯盒は母性の曲線春の雲
086 冬帽子首長くなり声変る
092 餡餅の小さき木の箆鳥交る
109 祭壇のベレー右向きクレマチス
116 フリップの右肩上がり十二月
124 草稿にクリップの銹夏終る
136 洗濯物チッキで送る帰省かな
156 籠背負ひ人攫来る蕎麦の花
170 春星や柩の上のバイオリン

 作者と筆者の年代が比較的近いせいか、第一章が懐かしい。選の重なった四句を鑑賞しよう。

019 牛蒡剣吊り十五歳夏終る(*)
021 補充兵の水筒竹筒雲の峰(*)
027 撃墜機の防弾ガラス檸檬の香(*)
028 凩や卒の軍足踵なし(*)
 一句目。いかにも役に立ちそうにない剣を、少年といえども提げていたようだ。「牛蒡」のような「剣」を自嘲的に「牛蒡剣」と呼んでいた。「牛蒡剣吊りて十五の夏終る」だとリズミカルだが、反面、心の屈折がなくなってしまう。原句のよろしさを思う。
 補充兵の扱いはぞんざいだった。水筒は竹製だったという。軍服などは体に合っていなかった。服に体を合わせろ、と言われたものだった。
 三句目は懐かしい。戦後手に入れたアメリカ製のいろんなものに、驚いたものだった。飛行機の防弾ガラスは、その破片をこすると、林檎の香りがしたものだ。山田さんは檸檬の香だと言っているが、筆者には間違いなくリンゴだった。
 四句目。軍手や軍足は簡便な作りで、白くて粗い木綿だった。靴下は棒状で、踵のふくらみがない。軍手だって、左右共用だった。

027 芝浦岸壁にて 
  秋寒し軍馬高々と吊し積む
 戦線へ馬を送るため、船に乗せる。幅広の帯で腹を支え、クレーンで吊り上げるのである。彼らは戦後日本には戻ってこなかった。

 もう少し、戦後の作品をも見ていこう。

043 麦藁帽米沢駅で別れけり
 この句は欲を言えば「米澤驛」としてほしかった気がする。誰と別れたのかは書かれていないが、父であろうか。山田さんが大学に入るために、故郷を離れたのかもしれない。いや、「麦藁帽」は夏だから、違うかもしれない。いずれにせよ、大切な別れだったのだ。田中裕明の〈渚にて金澤のこと菊のこと〉を思い出した。金澤よりも米沢が「麦藁帽」にマッチしている。そして駅名にリアリテイがある。

055 歯ブラシの二本の交差台風下
 これもあえて深読みすれば、結婚してささやかな生活を始めたころ、と思いたい。でも、そうだという自信はない。コップに挿された二本の歯ブラシ。そこからどのような情景を描くかは、読者に任されている。配された季語「台風下」が意味深長。

092 餡餅の小さき木の箆鳥交る
 何気ない、あまり深い意味を籠めないこういう句も魅力がある。伊勢名物の「赤福」かもしれない。山田さんの句には、心やさしい季語がよく使われている。

136 洗濯物チッキで送る帰省かな
「チッキ」には恐れ入った。宅急便がないころ、国鉄の切符を購入の上、荷物を荷造って荷札を付けて、駅まで運び、送ったものだった。赤い麻袋に布団を包んで、何度、田舎と下宿先、引っ越し先宛にチッキで送ったことか。

170 春星や柩の上のバイオリン
 訳もなく島村元の〈囀やピアノの上の薄埃〉〈春雷や布団の上の旅衣〉を思い出した。もちろん、この句の方が「柩」なので、きわめて重い句である。たしかに重い、がしかし、この季語「春星」は作者の故人への優しい気持ちを代弁している。

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