仙田洋子句集『はばたき』

 仙田さんは、有馬朗人の「天為」のひと。句集がすでに3冊、句文集、入門書など数多い。この句集『はばたき』は、令和元年八月三日、角川文化振興財団刊行。学生時代から、石原八束に学び、東大学生俳句会にも所属。俳句四季大賞の選者も務めている。句集名は〈はばたきに耳すましゐる冬至かな〉から採られたものと思われる。

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 自選14句は次の通り。

   初明り死にたての死者手を挙げよ
   繭玉のゆるるは死後のごとしづか
   白鳥帰る死装束のまま帰る
   春の雲呼んで坐りてゐたるひと
   国盗つて盗られて燕来たりけり
   かどはかしたき少年と螢見に
   大干潟まぶたのごとく灼かれをり
   抱擁を蛇に見られてゐはせぬか 
   原爆忌誰もあやまつてはくれず
   生きもののおほかた無口秋の空
   桔梗や文書くときは正座して
   青銅の馬身の如く冬来る
   はばたきに耳すましゐる冬至かな
   狐火を見し人ばかりゐて困る

 冒頭の三句、死に関する句が続いている。あとがきを読むと、その訳が了解される。だが、ご両親はご健在で、何よりである。

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。(*)印は選が重なったもの。

009 その長き睫毛のあはれ雪女郎
010 マフラーを綾むるごとく巻いてやる
013 鍵盤を踏んで仔猫の来たりけり
015 引つぱられ浮巣の見ゆるところまで
018 鎖骨あたりならば夏蝶とまらせむ
021 秋水もわれも暮れゆく丹後かな
028 雪兎溶けて真紅の眼の残る
041 しやつくりの途中松茸とどきたる
052 涙目の兎ゐるらむ梅雨の月
058 墓洗ふあたま洗つてあげるやうに
066 焼芋のやうな熱さでお慕ひす
079 にぎやかに母の悪口柿すだれ
086 帰る鳥雲を柩と思はずや
093 夏雲やみんなで腹筋して帰る
095 原爆忌誰もあやまつてはくれず(*)
105 はらはらと光り降るもの春の空
116 石段のあれば飛ぶ子や秋の暮
124 国盗つて盗られて燕来たりけり(*)
125 幼らの覗いてゐたる春の水
141 まはり道して蠟梅のそばにゐる
146 母の日の母の躓きやすきかな
152 雨蛙よその子供と見てゐたる
156 冬桜涙だんだん大粒に

 まず、選が重なった二句を鑑賞しよう。

095 原爆忌誰もあやまつてはくれず(*)
 あれだけの一般市民の犠牲者を出しているのに、アメリカは謝りもしない。原爆投下には連合国間で了解があったのかもしれないが、勝者がいつも正しいというのだろうか。多少個人的になるが、あることを書きたい。
筆者がアメリカの原子力技術を勉強していたとき、テネシー州のオークリッジを訪ねたことがある。そこでは、昔、日本攻撃のための原子爆弾を作っていた。膨大なリソースをつぎ込んでのマンハッタン計画である。原爆が戦争を早期に終わらせたことを祝っての記念のイベントを計画するので、お前も寄付を出せ、と知人のアメリカ人に言われた。なんという感覚だろうかと、怒りを覚えた。彼らの感覚は、日本人のそれとは大きく離れていた。

124 国盗つて盗られて燕来たりけり(*)
 どう鑑賞すべきか迷う句である。しかし、筆者は中国の大河ドラマのような印象を持った。三国志を思ったのかもしれない。「燕」はあくまでも「燕」なのだが、古代中国の「燕」という国を思い、河北省を含む広大な景を思った。悲喜こもごもの長い歴史をよそに、昔もいまも、日常の景として、燕は飛んでくる。

 もう少し感銘句を読んでみよう。

015 引つぱられ浮巣の見ゆるところまで
116 石段のあれば飛ぶ子や秋の暮
125 幼らの覗いてゐたる春の水
152 雨蛙よその子供と見てゐたる
 子供といる景を詠って、微笑ましい。中でも、筆者には〈152 雨蛙よその子供と見てゐたる〉が印象的であった。「よその子」に抒情を感じた。

018 鎖骨あたりならば夏蝶とまらせむ
「鎖骨あたり」という微妙な身体感覚が良い。掌では普通でつまらないし、頭の上も面白くない。

028 雪兎溶けて真紅の眼の残る
 実は、筆者にもこれと似た句がある。〈目と耳を置いて消えたる雪兎〉(『うさぎの話』、角川文化振興財団刊行)だった。同じ着想で、違った作品ができるものだと思った。

041 しやつくりの途中松茸とどきたる
079 にぎやかに母の悪口柿すだれ
093 夏雲やみんなで腹筋して帰る
 ユーモラスな句の例である。041は、「しゃっくり」という日常よくあって、若干違和感を覚えている最中に「松茸」が届いた。羨ましい限りである。「松茸」が上手い。因果関係のない事象を、さらりと軽く詠んだ。俳諧的。
079では、「母の悪口」を子供たちが笑いながら言い合っている。「柿すだれ」なので、明るい雰囲気である。決して深刻な「悪口」ではないのだ。子どものときに、同じことでよく叱られたこととか、他愛のないことに違いない。
093は筆者イチオシの句。健康維持というより、若さや、体形を保つ主婦たちの運動なのだろう。現代の社会風潮に乗っている自分たちを、やや自虐的に詠んでいる。そこが面白かった。「腹筋して」と、そっけなく短縮表現したのも良かった。
 帯文に「ユーモアと独自の眼差しで」と書かれているが、その通り楽しい句集でした。

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この記事へのコメント

仙田洋子
2019年08月23日 18:30
栗林さま、丁寧なご鑑賞をいただきまして、どうもありがとうございました。イチオシいただいた句ですが、時々通っているジムに、みんなで300回ほど腹筋するプログラムがあるのです。最近さぼりがちでしたが、イチオシをいただいて、またちゃんとやろう!と思いました。とりいそぎ御礼申し上げます。