蛇笏賞に思う

 先のブログでもお伝えいたしました通り、第54回蛇笏賞が発表されました。今回は柿本多映さんでしたが、昨年一昨年と、小生が多少の縁を持たせて戴いていた方々が、この蛇笏賞を受けられています。

 第52回蛇笏賞 有馬朗人、友岡子郷
 第53回    大牧 広
 第54回    柿本多映

 実は、いまにして懐かしく思うのは、小生がこれらの方々を取材させて戴き、拙著『昭和・平成を詠んで』(書肆アルス、平成29年9月7日刊行)にまとめたことでした。該著には当時105歳であられた金原まさ子さんはじめ、池田澄子さん、大串章さんを含め18人の先達俳人が取り上げられております。その後、金原さん、金子兜太さん、伊丹三樹彦さん、木田千女さんらがお亡くなりになられ、寂しくなりました。その時のリストを参考までに掲げておきます。また大牧さんが蛇笏賞決定後、授賞式を待たずに亡くなられたことは大変に惜しいことでした。


昭和平成を詠んで.jpg


 昭和・平成を詠んで 登場人物の生年
(年齢順に。年齢は平成28年12月末日現在)

01、金原まさ子      明治44年2月4日生まれ。105歳

02、文挾夫佐恵      大正3年1月23日生まれ。但し、平成26年5月19日逝去、行年100。

03、後藤比奈夫      大正6年4月23日生まれ。99歳。

04、金子兜太       大正8年9月23日生まれ。97歳。

05、伊丹三樹彦      大正9年3月5日生まれ。96歳。

06、小原啄葉       大正10年5月21日生まれ。95歳。

07、勝又星津女      大正12年3月10日生まれ。但し、平成27年10月14日逝去。行年92。

08、木田千女       大正13年2月2日生まれ。92歳

09、橋本美代子      大正14年12月15日生まれ。91歳

10、橋爪鶴麿       昭和2年3月2日生まれ。89歳。

11、依田明倫       昭和3年1月16日生まれ。88歳

12、柿本多映       昭和3年2月10日。88歳。

13、星野 椿       昭和5年2月21日生まれ。86歳。

14、黛 執        昭和5年3月27日生まれ。86歳。

15、有馬朗人       昭和5年9月13日生まれ。86歳。

16、大牧 広       昭和6年4月12日生まれ。85歳

17、友岡子郷       昭和9年9月1日生まれ。82歳。

18、池田澄子       昭和11年3月25日生まれ。80歳。

19、大串 章       昭和12年11月6日生まれ。79歳。

 
 こうして今ふり返りますと、偶然もありましょうが、句業の確かな方々を取り上げてきたものだと、つくづく思います。そして、有馬さん、友岡さん、柿本さんにつづく方々が、上の表に沢山おられるのではなかろうかとすら思っております。

 ここで、小生のブログで取り上げた友岡子郷さん、大牧弘さんの蛇笏賞対象句集についての記事を再録させて戴きます(柿本さんの俳句集成につきましては、この前のブログを参照ください)。


友岡子郷句集『海の音』

友岡子郷海の音.jpg


 友岡子郷さんが句集『海の音』を出された(朔出版、平成29年9月20日)。第11句集である。子郷さんについてはその俳歴をここで紹介するまでもないが、現代俳句協会賞、詩歌文学館賞、みなづき賞などを受けておられ、「青」「ホトトギス」を経て「雲母」に移り、飯田龍太の選を25年間にわたって受けてこられた。帯には〈冬麗の箪笥の中も海の音〉を揚げ、次のように書いている。

  かつて飯田龍太は、友岡子郷をこう評した。
 『子郷さんの作品には、木漏日のような繊さと勁さと、そしてやさしさがある。人知れぬきびしい鍛錬を重ねながら、苦渋のあとを止めな
 いためか。これでは俳句が、おのずから好意を示したくなるのも無理はないと思う』と。

 自選句は次の10句である。

  海の夕陽にも似て桃の浮かびをり
  鈴虫を飼ひ晩節の一つとす
  雄ごころは檣のごと暮れ易し
  手毬唄あとかたもなき生家より
  一月の雲の自浄の白さかな
  龍太句碑笹鳴を待つごとくあり
  真闇経て朝は来るゆりかもめにも
  足音もなく象歩む晩夏かな
  友の訃ははるけき昨日きんぽうげ
  教壇は果てなき道か春の蟬

 筆者(=栗林)は、平成28年3月に子郷さんを明石に訪ね、幼少からの生い立ちと俳歴をつぶさに取材させて戴いた。そのことは拙著『昭和・平成を詠んで―伝えたい俳人の時代と作品』(平成29年9月、書肆アルス刊行)に書かせて戴いた。戦時の悲惨さ、疎開や母との別れ、龍太先生の励まし、阪神淡路大震災、東日本大震災、畏友との永別などなど、お話の内容は重たいものであった。それらの記憶と句集中の一句一句が重なるようである。龍太の評でも分かるように、子郷さんの句は読んでいて快い。快い句というのはある種の哀しさや寂しさが隠れていて、その部分に読者は共振できるからであろう。
 こんな言葉がある。「いい歌を読んでいると快い。その快さのなかには、たまらないような悲しさがあるし、寂しさがある、うれしさは少ない。悲しさとか寂しさというものでの共振は強い」(中西寛子)。

筆者(=栗林)の共鳴・共振句を掲げよう。(*)印は子郷さんの自選と重なったもの。
 
007 病身やすみれはすみれいろに咲き
009 雲に触れむと首のばす春の馬
011 空の奥にも空ありて五月の木
020 かなかなや同い年なる被爆の死
022 鈴虫を飼ひ晩節の一つとす(*)
023 いつまでのふたりか紫苑咲きにけり
025 一輪のごとく鷺立つ秋彼岸
027 陽をはじきつつ石橋に石たたき
028 歩みのろくなりたる象も落葉どき
035 手毬唄あとかたもなき生家より(*)
036 どの波も春の瞬き乳母車
036 浜石のどれもまどかに南吉忌
038 亡き友に風の吹きくるうまごやし
039 あをぞらになほ青足せと石鹸玉
039 野ぼたんに雨ふる孤りごころかな
046 桔梗やひとり欠ければ孤りの家
049 文手渡すやうに寄せくる小春波
054 龍太句碑笹鳴を待つごとくあり(*)
063 揚げ窓に馬の目並ぶ白雨かな
066 足音もなく象歩む晩夏かな(*)
067 竹の物差に母の名夜の秋
071 梨青し早世強ひし世のありし
083 歳ごとに涙もろくて春の雁
084 永き日や船の別れのそのあとも
084 どの家の灯にも人影鰆どき
089 たれかれと別れし絵茣蓙伸べにけり
091  夭折なれば
    母を知らねば美しきいなびかり
092 死に泪せしほど枇杷の花の数
094 冬耕と遠会釈せしのみの日か
103 月明の蓬の風呂を立てにけり
105 鳶の輪のひろやかな日の白子干
108 波一つまた波ひとつ桜貝
111 浜防風ひと日の疲れ夕日にも
126 小屋入れの馬らに小雪また小雪
126 わが齢白山茶花の咲きこぼれ
133 冬麗の箪笥の中も海の音

 子郷さんは83歳を越えられた。お目にかかったときはおみ足が少し弱られていたが、勿論、お元気であった。その時に伺ったことで印象に残っていることの一つは、〈跳箱の突き手」一瞬冬が来る〉についてであった。この句は、教科書にも載り、人口に膾炙していて、代表句だと言われているが、子郷さんは「あの若さでもう代表句だなんて! もう俳句生命がみえたようなもの」などとは思いたくないと考え、不断の努力をされたのであった。「なにしろ若い時に、ふっとできた句でしたから……」と。
 もう一つ印象的だったのは、〈092 死に泪せしほど枇杷の花の数〉であった。「この頃訃報が多いのです」と言っておられた。この句集『海の音』は、老病死がメインのモチーフであるともいえる。つまり、

007 病身やすみれはすみれいろに咲き
022 鈴虫を飼ひ晩節の一つとす(*)
023 いつまでのふたりか紫苑咲きにけり
038 亡き友に風の吹きくるうまごやし
046 桔梗やひとり欠ければ孤りの家
083 歳ごとに涙もろくて春の雁
084 永き日や船の別れのそのあとも
089 たれかれと別れし絵茣蓙伸べにけり
092 死に泪せしほど枇杷の花の数
126 わが齢白山茶花の咲きこぼれ

などである。余計な鑑賞は読者の邪魔になるであろうが、心の奥に沈着したかなしさと静けさを読み取って戴きたい。
写生的な叙景句も、勿論、多くある。しっかりと見る目が効いている。

009 雲に触れむと首のばす春の馬
011 空の奥にも空ありて五月の木
025 一輪のごとく鷺立つ秋彼岸
027 陽をはじきつつ石橋に石たたき
036 どの波も春の瞬き乳母車
049 文手渡すやうに寄せくる小春波
063 揚げ窓に馬の目並ぶ白雨かな
084 どの家の灯にも人影鰆どき
126 小屋入れの馬らに小雪また小雪

中には境涯的な母恋の句もある。

067 竹の物差に母の名夜の秋
091  夭折なれば
    母を知らねば美しきいなびかり

 子郷さんは、爆撃で被害甚大であった神戸の生まれ。父方の祖父を頼って岡山に疎開している。たまに母が来てくれて、繕い物をしたり洗濯したりしてくれた。母の思い出は、歌って聞かせてくれた「歌を忘れたカナリア」の歌だけだったとおっしゃられた。終戦後、神戸に戻ったが、母は結核で隔離入院。見舞いに一回行ったが、窓越しに寝ている寂しそうな母を見たのが最後だった。
 象の句が二句あった。動物園の象は疾走しないから、足音がない。言い得て妙。

028 歩みのろくなりたる象も落葉どき
066 足音もなく象歩む晩夏かな(*)

 最後に師飯田龍太に係る句をあげておこう。

054 師の書斎今は冬日の差すばかり
054 龍太句碑笹鳴を待つごとくあり(*)

「雲母」に憧れて龍太に入門したが、蛇笏時代からの古参の高弟から、「ふにゃふにゃな句を作る新参者」のように扱われた。それを、和田渓という先輩と師龍太が影で励ましてくれた。だから子郷さんは25年ものあいだ、龍太を慕ってついていった。この二句は、龍太没後、山蘆を訪ねた時のもの。ここで言う龍太句碑は、〈水澄みて四方に関ある甲斐の国〉であろう。この前の句集だったろうか、龍太が亡くなってから、師を慕う句を詠んでいる。それは、〈冬雲雀師も通ひたる校舎見ゆ〉であった。
 末永いご健吟を願っている。 

注記 和田獏氏の句も参考に挙げておこう。
 
  竹林の小径の果ての岩襖     和田 獏
  石をもて釣糸を切る秋の風
  氷上の雨の氷塊蕩児のごと
                     〈龍太の『俳句鑑賞読本』より〉



大牧広句集『朝の森』


大牧広朝の森.jpg


 大牧広「港」主宰が、第十句集『朝の森』を出された(ふらんす堂、平成30年11月15日)。帯には「敗戦の年に案山子は立つてゐたか」の一句があり、「戦争体験の一証言者として老境に安んじることなく反骨精神をもって俳諧に生きる著者の渾身の新句集」とある。
 自選句は次の通り。

  鳥雲にヒトはめげずに希望抱く
  夏草と引込線の睦みゐて
  見下しても見下しても蟻穴に入る
  父とつくりし防空壕よ八月よ
  芒山一本づつが傷だらけ
  戦中や兵擲たれゐし芒原
  地下街に売られし芒自暴自棄
  遠くなる老のまなざし白甚平
  軍神の生家朽ちゐて草いきれ
  達観は嘘だと思ふ新生姜
  昭和二十年秋停電と長雨と
  GHQありたる街も冬に入る
  一月のしづけさ山は山のまま
  安吾忌の蒲田駅前戦後のやう
  くろがねの艦をうとみて新茶汲む

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。

007 声きつと初音のみなる避難地区
008 としよりを演じてゐぬか花筵
013 かざぐるま泣きたくなれば廻るらし
022 スーパーの隅の草市灯るごと
026 敬老日村はいよいよ意固地となる
034 おぢいさんとは吾のこと大花野
039 藁仕事昭和はやはり奥深い
041 凩や難儀な地図を渡されし
044 着ぶくれてしまへば老の天下なり
047 つくづくと本重かりし白マスク
049 開戦日が来るぞ澁谷の若い人
057 正論が反骨となる冬桜
060 大病院中庭なぜか枯無惨
069 春野菜福島産と聞けば買ふ
078 どの人もすこし不幸や祭笛
080 海はまだ不承不承や海開き
083 人の名をかくも忘れて雲の峰
085 天井のかくも雑なり海の家
092 達観は嘘だと思ふ新生姜(*)
093 戦争の終りし夜のさつまいも
099 山霧や一枚うはての国ばかり
121 一月二日修正液をもう使ふ
126 年玉贈る私が墓に入るまで
127 かと言つて不幸ではなし大マスク
128 雑炊といふ贅沢をしてみたき
174 敗戦の年に案山子は立つてゐたか

 大牧さんと言えば、反骨・反戦・反原発の人である。その社会批判精神は、大牧さんが自らを見つめるこのような沢山の俳句で支えられている。うわべだけの社会批判ではない。年輪を経て、それでも芯に残っている、いや、ますます昂って行く「反迎合精神」なのだ。
 筆者(=栗林)の特に琴線にふれた三句を鑑賞しよう。

057 正論が反骨となる冬桜
 世の中のなあなあ主義に反発し、正論を吐くとそれは反骨となる。流れに棹させば生きずらくなる。正論というものはそういう生きずらいものなのだろう。容易には受け入れられない。ひと括りに反骨というカテゴリーに入れられてしまう。しかし、いつの世でも、それは必要なのである。冬桜は淋しげに咲く。だが、花の時期が、春の桜よりもずっと長いのだそうだ。だから反骨は簡単には散らない。

069 春野菜福島産と聞けば買ふ
 筆者は現役時代、原子力を含むエネルギー関係の仕事に関係していた。詳しいことは省くが、原発は結果として福島だけでなく、全日本、いや全世界に迷惑をかけた。いや、迷惑以上だろう。風評被害という現実に触れれば、人々は見えない放射能汚染に過敏に反応し過ぎているような気がしている。だから、筆者は福島産の野菜や果物を、福島産と分かれば、買うようにしている。大牧さんと同じだ。こういう人が多くなって欲しい。もっとも、大牧さんも筆者も、結構な年寄りだから平気なのかも知れない。

092 達観は嘘だと思ふ新生姜(*)
 この歳になったら、多分かなりのことに恬淡としていられるのではなかろうかと、若い頃は、考えていた。だが、そうではなさそうだ。物理的な体力の衰えは致し方ないとして、精神的な気力は維持したいと願っていて、その気持ちからか、世の中の理不尽な事象に、テレビを見ながら私論を吐いている。

      *********

 なお、拙著『昭和・平成を詠んでー伝えたい俳人の時代と作品』は手持ちの在庫がありません。ご興味おありでしたら、ご面倒でも、出版元「書肆アルス」にお問い合わせくださいますよう(03-6659-8852)。

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