池田澄子句集『此処』

 池田澄子さんの第七句集『此処』(朔出版、2020年6月7日刊行)を読む機会を得た。澄子さんは現在活躍中の著名な俳人なので、改めて紹介する必要はないと思うが、筆者が取材させて戴いて書いた『平成・昭和を詠んで』での若手のお客さまだった(正確にはお客様の最若手は大串章さんが当時79歳、次が澄子さんで80歳、あとの俳人はみな90歳だったり100歳以上だった)。澄子さんから、中国で亡くなった父君のこと、健気に頑張ってくれた母のこと、村上市のこと、師の三橋敏雄のことなどを伺ったのだが、あれから3年たっている。その間、彼女は第六句集『思ってます』を出されたが、一番の出来事はご主人を亡くされたことであろう。〈屠蘇散や夫は他人なので好き〉を思い出しながら、最新句集『此処』を読んでみた。


池田澄子句集『此処』.jpg


 自選句は次の12句。

  初蝶来今年も音をたてずに来
  私生きてる春キャベツ嵩張る
  桜さくら指輪は指に飽きたでしょ
  大雑把に言えば猛暑や敗戦日
  ごーやーちゃんぷるーときどき人が泣く
  玄関を出てあきかぜと呟きぬ
  散る萩にかまけてふっと髪白し
  粕汁の雲のごときを二人して
  偲んだり食べたり厚着に肩凝ったり
  この道に人影を見ぬ淑気かな
  生き了るときに春ならこの口紅
  柚子の皮刻み此の世よ有り難う

 筆者(=栗林)の感銘句は次の通り。(*)印は自選と重なったもの。

012 桜さくら指輪は指に飽きたでしょ(*)
018 めまといや昨夜を昔と思うとき
021 敗戦日化けてでも出てくりゃいいに
025 この人と居て嬉しくて瓦斯ストーブ
026 綿虫よ此の世ひろすぎではないか
031 行く用があって恵方ということに
036 江戸切子水にかたちを与えたる
041 予想したとおりに迷い牛膝
042 玄関を出てあきかぜと呟きぬ(*)
043 花野の花の何度聞いても忘れる名
043 雲に入る月に呼ばれたような気が
045 零余子かなこころのようにこぼれつぐ
046 天高しビルの足場の凛々しさに
046 手首ほそきおとこ可愛や荻すすき
094 無花果や自愛せよとは何せよと
095 たいがいのことはひとごと秋の風
100 塗りたてのマニキュアの手のひらひら雪
102 雪もよい明日は布巾を新しく
106 散る木の葉この世に入ってくるように
108 先生忌柚子を絞りし指を嗅ぎ
114 情が移りぬ干反り始めし裏白に
133 心配に濃淡のあり夕ざくら
153 吹いたことなき横笛を春の夢
154 あっ彼は此の世に居ないんだった葉ざくら
157 迎え火に気付いてますか消えますよ
166 山国を覆う山影女郎花
167 川沿いや過分の愛に似て秋風
168 重そうな秋の揚羽の後姿
172 この家も遺影は微笑ささめ雪
174 三つ編みの髪のかの日や桃の花
177 見に来て見ている去年二人で見ていた花
177 今夜あたり泣くかもしれぬ春の風邪
179 偲ぶひと多くて困る青葉かな
189 鴨帰る残った方がよいのでは
195 味方とは限らぬ低く来る揚羽
196 茅花流し遠くまばらに灯り初む
198 ちょっと待ってねぇと苧殻を折ると音
210 ショール掛けてくださるように死は多分
210 生き了るときに春ならこの口紅(*)

 一読して実に多くの共感句があった。読みながら、澄子名句(末尾に筆者が思うこれまでの澄子名句を参考までに掲げておいた)に新しく加わるのはどの句だろうかとの思いを募らせていた。やはり澄子さんらしいと筆者が勝手に思う納得の句を、まず掲げよう。

012 桜さくら指輪は指に飽きたでしょ(*)
021 敗戦日化けてでも出てくりゃいいに
025 この人と居て嬉しくて瓦斯ストーブ
031 行く用があって恵方ということに
094 無花果や自愛せよとは何せよと
095 たいがいのことはひとごと秋の風
189 鴨帰る残った方がよいのでは

 みな平易な句である。気づきに対し納得感が湧いてくる。呟きが平凡に見えて非凡である。いかにも澄子俳句である。021は、筆者なら〈化けてでも出てくりゃいいに敗戦日〉としてしまいそうだが、そうしないところが澄子調なのである。定型にすることで思いが沈着してしまうのを避ける、とでも言おうか。
 今回気が付いたことがある。わりに多くの伝統俳句的な(あるいは写生的な)句が鏤められているのである。そこで第六句集『思ってます』を取り出して再読してみた。その結果、以前にも文体もモチーフもけっこう伝統的な句があったことに、今更ながら気が付かされた。しかし、『此処』では若干増えているのではなかろうか、との印象を持った。筆者がそう思ったのは次のような句である。もちろん、すべて筆者には納得、あるいはそれ以上の句である。

036 江戸切子水にかたちを与えたる
045 零余子かなこころのようにこぼれつぐ
046 天高しビルの足場の凛々しさに
166 山国を覆う山影女郎花
168 重そうな秋の揚羽の後姿
196 茅花流し遠くまばらに灯り初む

 とは言え、この句集には澄子俳句の特徴的文体が健在で、かつ目立つのである。話し言葉で語りかけるような、あえて定型に抑え込めない句群である。そしてそれは今句集での最大のモチーフとなった「こと」にかかわる句が多かったように思う。大きなモチーフはふたつある。ひとつはご主人のご逝去(あるいは故人を懐かしむ情)にかかわる。

154 あっ彼は此の世に居ないんだった葉ざくら
157 迎え火に気付いてますか消えますよ
172 この家も遺影は微笑ささめ雪
177 見に来て見ている去年二人で見ていた花
177 今夜あたり泣くかもしれぬ春の風邪
179 偲ぶひと多くて困る青葉かな
198 ちょっと待ってねぇと苧殻を折ると音

 たとえば〈177 見に来て見ている去年二人で見ていた花〉は、筆者なら〈見てゐたり去年ふたりで見てゐた花を〉とやってしまう。これでは原句の味が失われるのだ。

 もうひとつのモチーフは命終という大きなテーマである。最終頁の2句が重い。

210 ショール掛けてくださるように死は多分
210 生き了るときに春ならこの口紅(*)

そして彼女は「あとがき」に次のように書く。

 八歳の夏、かの戦争で父を奪われ、人は死ぬ、死は絶対であると知って以来、此の世の景の儚さを忘れることができない体質になったようだ。(中略)そしてある日、思い付いてしまった。句集を纏めることで自分を区切り、僅かの未来を、死別に怯えずに一度生きてみたいと。

 該句集の最大の特徴は、これを区切りに安寧な余生への決意を書いた、というところにあるのではなかろうか。人生の答を出し、それをゆっくり確かめながら、これからの「生」を生きて行くのである。

(参考)
 澄子俳句のうち、筆者がよく口ずさむ幾つかを掲げておきます。ご参考までに……。

敗戦日またも亡父を内輪褒め     『拝復』179
忘れちゃえ赤紙神風草むす屍     『池田澄子百句』088
戦場に永病みはなし天の川      『拝復』027
怠るに似て頭を垂れて敗戦日         028
土用波どこにどうして英霊は         029
兵泳ぎ永久に祖国は波の先          179
春寒の灯を消す思ってます思ってます 『思ってます』008
ところどころで戦争ときどき秋立ちぬ        017
小島在り 亡父のごとく在り月下          017
脱ぎたての彼の上着を膝の上
じゃんけんで負けて蛍に生まれたの『自句自解ベスト100』006
ピーマン切って中を明るくしてあげた           024
屠蘇散や夫は他人なので好き               052
腐みつつ桃のかたちをしていたり             063
青嵐神社があったので拝む                080
太陽は古くて立派鳥の恋                 082
目覚めるといつも私が居て遺憾              122
前ヘススメ前ヘススミテ還ラザル             124
戦場に近眼鏡はいくつ飛んだ               162
本当は逢いたし拝復蝉しぐれ               202
               (『昭和・平成を詠んで』より転記)

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