澤好摩句集『返照』

 澤好摩さんは同人誌「円錐」の代表。若い頃、坪内稔典、攝津幸彦らと「日時計」創刊。「俳句評論」に同人参加、高柳重信に師事し、「俳句研究」の編集事務に携わる。同人誌「未定」創刊。一九九一年「円錐」を創刊、同誌発行人。二〇一三年には句集『光源』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞された。高柳重信に係る著書はじめ、多くの共著がある。『返照』は第五句集で二〇一一年以降の二二六句よりなる(二〇二〇年七月二十五日、書肆麒麟発行、装丁は河口聖)。

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 自選句の提示がないので、筆者(=栗林)の共感した句を、まず掲げます。

008 水底の景かと冥きさるをがせ
013 臥龍梅支へ花なき柱かな
035 行く秋の水より皿を取り出しぬ
039 糸巻の玩具の戦車桃の花
043 まがりつつ花火明かりの中を河
045 かの日炎天弁当箱のアルマイト
048 母の死や嘗て勝手の隙間雪
056 川に湧く霧を白鳥出で来たり
064 傘つひに荷物のままや夏の旅
076 いつからか苅田に雨の音ありぬ
081 天霧らふ枯野の果てを二上山
085 探鳥の双眼鏡の中へ蝶
092 おとうとよ雪野の奥に雪の山
101 風鳴りの松の上なる雪の山
104 山里の燈ともしごろの桜かな
109 釘買つて日照り遮るところなし
110 冴えざえと在す若狭の仏たち
111 短日の山の端赤き花背かな
115 飴玉の終ひ噛みたる寒さかな
117 浮世絵の空はくれなゐ梅の花
118 やみさうで止まない雨の麦の秋
122 鴨居には火防の願の奴凧
123 野面積みらしきものより薺萌ゆ
126 火口湖の水に雲匍ふ夏は来ぬ
126 霧のまだ残るあたりに合歓の花

 幾つか共鳴した句を鑑賞しよう。

013 臥龍梅支へ花なき柱かな
「臥龍梅」は如何にも古木である。支えの柱が必ずある。もちろん柱には梅は咲かない。当たり前なのだが、「臥龍梅」のささくれだった黒っぽい木肌と、支柱ののっぺりした肌の対比が見えてくる。「花の咲かない」支柱は何かの暗喩かとすら思える。

035 行く秋の水より皿を取り出しぬ
 少し冷たくなった澄んだ秋の水。「皿」を洗っている日常の風景なのだが、なぜかペーソスを感じて戴いた。

043 まがりつつ花火明かりの中を河
 少し小高い場所から花火を観た。河面が花火の上がるたびに明るく照らし出される。ゆったりと曲がりつつ流れる様が目に映る。しっかりとした叙景句。

076 いつからか苅田に雨の音ありぬ
118 やみさうで止まない雨の麦の秋
 雨の句を二句選んだ。いずれも静かな雨である。076は、気が付いたら雨が降っていた、という忘我の境地。118は、麦刈りの季節は雨を嫌う。梅雨時期とも相まって、気が気でない雰囲気が伝わってきた。麦が倒れるほど降ると困るのである。

110 冴えざえと在す若狭の仏たち
 芭蕉の「菊の香や奈良には古き仏たち」を思い出す。若狭の海沿いに名刹が沢山ある。筆者は未だ縁がないが、古い仏像が、秘仏も含め、沢山あるようだ。いつか行きたいものだ。

111 短日の山の端赤き花背かな
 京都といっても福井との県境に近いだろうか、「花背」という地名の響きが良い。古い寺や摘み草料理の有名な店がある。筆者も「花背」で句を作ったことがあるので、とても懐かしい。

048 母の死や嘗て勝手の隙間雪
092 おとうとよ雪野の奥に雪の山
 この句集には、一読して、叙景・叙物句が多いのに気が付いた。その中に人事句もわずかだが収められている。ご母堂と弟さんを亡くされたときの句がこの二句である。あとがきに依れば、「二年続けての肉親の死は、いささか身に応えた」とある。ご母堂については〈023 なにもかも忘れる母と冬の金魚〉があり、ガスの火を止めるのも忘れるので、食事は澤さんが用意していた、と言っていたことを思い出す。それにしても、これらの三句はみな「冬」である。
 友人の死の句もある。〈032 友の死を遅れて知りぬ青胡桃〉。「青胡桃」の配合が見事だと感じた。

117 浮世絵の空はくれなゐ梅の花
「くれなゐ」の句はこのほかに〈009 一片の雲くれゐに枯やなぎ〉があるが、117の句は「浮世絵」と「梅の花」があるので明らかに歌川広重の『亀戸梅屋敷』図を観ての発想であろう。ゴッホが魅了された名画であり、澤さんが主宰する句会「圓の会」が開かれる亀戸にも縁があるのである。

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