志摩陽子句集『風の行方』

 志摩さんの第二句集である(令和二年七月二十六日、文學の森発行)。平成二年から「遠矢」「濱」を経て、大輪靖宏さんの「輪の句会」に入り「円座」から高野ムツオ主宰の「小熊座」に入り、現在に至っている。帯文は大輪さんが、序文はムツオさんが書かれている。
 序文を読むと、志摩さんはNHK俳句講座講師をなさっておられ、仲間の津高里永子さんの誘いで「小熊座」に入られたよし。筆者(=栗林)も同じ結社に属しているので、誌上の仲間である。

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 高野ムツオ主宰の抄出した十五句は次の通り。

  花疲れ癒すに花を見てゐたり
  霧押して馬の匂ひの近づきぬ
  諸膝の座して豊かや年賀客
  地のぬくみ分け合ふごとし二輪草
  繋留の船のぐらりとちやつきらこ
  ばあさんの馳走ですがな浅蜊汁
  親つばめさぞかし腹の空くだらう
  潮風のかけらとなりて夏落葉
  宙に星地には鐘の音去年今年
  車前草の花踏まれても轢かれても
  花の夜の風の港に船きしむ
  青き踏む島の向かうに島浮かぶ
  白百合の白をまぶしむ旅疲れ
  蒼穹は永久のあこがれ水馬
  陽と風に磨かれ滝の凍てにけり

 筆者の共感した作品は次の通り。(*)印はムツオさんの抄出句と重なった。

028 耳よりも大きな耳輪秋暑し
030 霧押して馬の匂ひの近づきぬ(*)
048 夕日照り竿燈めきぬ山の柿
085 木星の散るやさはさは風を生み
100 ばあさんの馳走ですがな浅蜊汁(*)
102 親つばめさぞかし腹の空くだらう(*)
109 睡蓮に眠りを誘ふほどの風
123 画用紙に笑ふ太陽こどもの日
125 あをあをと千曲流るる涼しさよ
134 時雨るるやはやばや灯る駐在所
147 白百合の白をまぶしむ旅疲れ(*)
154 安曇野の風を翼に青鷹
158 佐久鯉の跳ねて冬空あをあをと
179 町の灯も汽笛も遠き霜の夜

 一読した感じでは、志摩さんの句の味は、やや乱暴な言い方を許して戴ければ、「小熊座」のやや右より、「輪の句会」の中央やや左よりといった感じで、言いかえれば、バランスのよく取れた句柄のように思えた。モチーフはなんといっても「風」。いろいろな風を詠んでいるが、優しい風が多い。

 好きな句を鑑賞しよう。

030 霧押して馬の匂ひの近づきぬ(*)
「霧押して」が上手い。霧の中から悠然と現れたのだが、その馬身には霧がまとわりついている。まさに「押して」出てきた感じ。つぎに作者は匂いを感じた。馬が発するあの特有な匂いである。視覚と嗅覚に働く見事な一句。

100 ばあさんの馳走ですがな浅蜊汁(*)
 どこかのお宅か店で、「浅蜊汁」を馳走になった。他にメインの料理があるのだろうが、おばあさんがサーヴィスに振舞ってくれたのかもしれない。素朴なセリフがそのまま佳句となった。素直な句。授かった句。

102 親つばめさぞかし腹の空くだらう(*)
 雛燕が大きな口を開けて待っている。俳人は、普通はそこを詠む。だが、志摩さんは母燕を詠む。お母さんだってお腹を空かせているに違いない……と。

147 白百合の白をまぶしむ旅疲れ(*)
 下五の「旅疲れ」が効いている。どんな旅だったのかは書かれていないが、白い百合から想像するに、ひょっとして、どなたかが亡くなった、悲しい旅だったのかもしれない、と思った。むしろ違っていることを願うのだが、読者の読みの勝手はやむを得ないことで、許されたい。

134 時雨るるやはやばや灯る駐在所
 季語の「時雨るるや」がこの句の雰囲気を支配している。筆者は田舎の駐在所を想った。客観写生的な句でありながら、ノスタルジー豊かな詩的な句。030と同様、筆者イチオシの句である。

伊藤敬子句集『千艸』

 この句集『千艸(ちぐさ)』は、令和二年七月二十五日、角川文化振興財団発行とある。小生には七月二十二日に恵送戴いた。そして、伊藤敬子さんは、この令和二年六月五日に亡くなられたと「あとがき」にあった。七月二十三日に届いた「俳句」八月号には追悼記事が載っていて、片山由美子さんらが書いている。
 こころよりご冥福を祈り、ご遺族の方々にお悔やみを申し上げます。
 伊藤敬子さんは「笹」の創刊主宰。師系は山口誓子・加藤かけいに繋がる。山本健吉賞など多くの賞を受け、著作も多い。文学博士であられた。名古屋がお好きな俳人だった。


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 帯に引かれた10句は次の通り。

  乾杯は顔より高く年はじめ
  白魚や遠きむかしの桑名浜
  現し世を発ちゆく姉へ春の蘭
  しんにゆうを墨足さず書く青簾
  西日濃しニースの浜に靴を脱ぐ
  徒歩ゆくや千艸の風に裾吹かれ
  奔流は北へ貫く秋の風
  着ぶくれて余呉湖をめぐる孤愁かな
  冬至餅はらからの日もはるかなる
  木の家に住み床の間に松飾る

 筆者の感銘句は次の通り。偶然(*)印の二句が重なった。

021 ほんのりと焦げ目も甘き初諸子
022 初燕来るから水のきらめくから
024 安曇野の堰いくつ越ゆ春の水
030 花万朶水の近江の晴れわたり
040 魞挿すやうすうす遠き比良比叡
062 白牡丹物音させぬやうに住む
067 緑陰や沓脱石のよき高さ
085 明日は着る越後上布に風とほす
120  広島
    秋天や折鶴のみな口つむぐ
126 菊の衿合はせてもらふ菊人形
128 藻にすだくわれから聞かむ安芸の秋
131 柿の実の実りつつあり国境
152 人の世のうつくしかれと冬の虹
157 青竹を花瓶としたる年用意
167 木の家に住み床の間に松飾る(*)
170 乾杯は顔より高く年はじめ(*)
184 藁苞の藁の香ほのと冬牡丹

 重なった二句を鑑賞したい。
 
167 木の家に住み床の間に松飾る(*)
 お正月の景。つくづくお正月は日本間が合うと思う。特に、長期出張で外国から帰ってきたときなどは、強くそう思う。木の家、紙の障子、畳の香、床柱の艶。正月の掛け軸がある。松は大王松だろうか? それとも五葉松? このような住まいの環境を大切に思う。

170 乾杯は顔より高く年はじめ(*)
 これもお正月の句でした。伊藤さんは、健康を祝し、一年の無事を願い、乾杯したのでしょう。家族が集まっているのでしょうか、それとも初句会の場でしょうか。平明な句で、その場の雰囲気が私に伝ってきた。

 あと二句に少し触れたい

022 初燕来るから水のきらめくから
 この句の「来るから」「きらめくから」のリフレインの文体に惹かれた。それでどうなったかは書かれていない。読者が想像するのである。

062 白牡丹物音させぬやうに住む
 この繊細さ! 物音を立てれば、すぐに白牡丹の花弁が、ほろりと零れそうなのだ。この句集には、このような静寂さが通底している。
筆者のイチオシの句。

増田まさみ句集『止まり木』

 増田さんの第六句集である(霧工房、2020年6月26日発行)。氏は俳人であるが、同時に詩を作り、絵を描く芸術家である。この句集の表紙や挿画は、増田さんの旧知のお仲間、森田廣(94歳)さんのもので、その非具象派的画風は増田さんの俳句作品ともうまく調和している。第三句集『冬の楽奏』でスウェーデン賞・ソニー賞・兵庫県芸術文化団体の賞などを受けている。自著・共著が数多い。

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 筆者の共感した作品は次の通り。全96句から9句選んだ。

  花石榴あるけば冥し母のくに
  黴の花用なき猫を呼びもして
  星流るひもじき鶏を煮て食うて
  秋霖やちくわに怖き穴があり
  えんえんと泥濘む母の褥かな
  いたずらに老いて螢の聲をきく
  凍蝶に躓きわれを見うしなう
  芥子粒のように母逝く春の山
  天涯に吃音の蝶ひるがえる
  
 一読、筆者(=栗林)の鑑賞力を超えた作品が多かった。予定調和に収まった句は一つとしてない。それはオリジナリティがあることであり、羨むべきことである。鑑賞に、いろいろ思いを巡らし、楽しんだが、腑に落ちる句が多くはなく、申し訳ない気持ちである。
 その中で、筆者が、鑑賞の糸口を見つけたかな、と思えた句が、右の9句である。しかしそれらは、まだ鑑賞の入口にあって、出口に到達していない歯がゆさを、自分自身に感じている。
 「用なき猫を呼ぶ」はムードある表現。「母の褥がぬかるむ」のは切ない。声を出さないはずの「螢の聲」をきくというのは何かの暗喩。躓くことのあり得ない「凍蝶」に躓く作者の繊細さ。声を出さない筈の蝶が「吃音」を出しながら翻って行くとの見立て。どれもが屈折の多さと名状しがたい奥行きの深さを感じさせる。
 同じ日に、伝統派の著名な方の句集が届いたが、その300句ほどの全部が筆者の理解の範囲にあった。一方で、増田さんのは手ごわい。しかし、強い魅力がある。得体の知れない魔力がある。筆者は、この系統の俳人を「こころざし髙い少数集団」として、日ごろから敬意を表している。願がわくは、もっと理解出来るようになりたいと願っている。いや、俳句は理解することではない。感じることだと信じて、精進している。
 増田さん、有難う御座いました。下記は森田廣さんの挿画です。

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澤好摩句集『返照』

 澤好摩さんは同人誌「円錐」の代表。若い頃、坪内稔典、攝津幸彦らと「日時計」創刊。「俳句評論」に同人参加、高柳重信に師事し、「俳句研究」の編集事務に携わる。同人誌「未定」創刊。一九九一年「円錐」を創刊、同誌発行人。二〇一三年には句集『光源』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞された。高柳重信に係る著書はじめ、多くの共著がある。『返照』は第五句集で二〇一一年以降の二二六句よりなる(二〇二〇年七月二十五日、書肆麒麟発行、装丁は河口聖)。

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 自選句の提示がないので、筆者(=栗林)の共感した句を、まず掲げます。

008 水底の景かと冥きさるをがせ
013 臥龍梅支へ花なき柱かな
035 行く秋の水より皿を取り出しぬ
039 糸巻の玩具の戦車桃の花
043 まがりつつ花火明かりの中を河
045 かの日炎天弁当箱のアルマイト
048 母の死や嘗て勝手の隙間雪
056 川に湧く霧を白鳥出で来たり
064 傘つひに荷物のままや夏の旅
076 いつからか苅田に雨の音ありぬ
081 天霧らふ枯野の果てを二上山
085 探鳥の双眼鏡の中へ蝶
092 おとうとよ雪野の奥に雪の山
101 風鳴りの松の上なる雪の山
104 山里の燈ともしごろの桜かな
109 釘買つて日照り遮るところなし
110 冴えざえと在す若狭の仏たち
111 短日の山の端赤き花背かな
115 飴玉の終ひ噛みたる寒さかな
117 浮世絵の空はくれなゐ梅の花
118 やみさうで止まない雨の麦の秋
122 鴨居には火防の願の奴凧
123 野面積みらしきものより薺萌ゆ
126 火口湖の水に雲匍ふ夏は来ぬ
126 霧のまだ残るあたりに合歓の花

 幾つか共鳴した句を鑑賞しよう。

013 臥龍梅支へ花なき柱かな
「臥龍梅」は如何にも古木である。支えの柱が必ずある。もちろん柱には梅は咲かない。当たり前なのだが、「臥龍梅」のささくれだった黒っぽい木肌と、支柱ののっぺりした肌の対比が見えてくる。「花の咲かない」支柱は何かの暗喩かとすら思える。

035 行く秋の水より皿を取り出しぬ
 少し冷たくなった澄んだ秋の水。「皿」を洗っている日常の風景なのだが、なぜかペーソスを感じて戴いた。

043 まがりつつ花火明かりの中を河
 少し小高い場所から花火を観た。河面が花火の上がるたびに明るく照らし出される。ゆったりと曲がりつつ流れる様が目に映る。しっかりとした叙景句。

076 いつからか苅田に雨の音ありぬ
118 やみさうで止まない雨の麦の秋
 雨の句を二句選んだ。いずれも静かな雨である。076は、気が付いたら雨が降っていた、という忘我の境地。118は、麦刈りの季節は雨を嫌う。梅雨時期とも相まって、気が気でない雰囲気が伝わってきた。麦が倒れるほど降ると困るのである。

110 冴えざえと在す若狭の仏たち
 芭蕉の「菊の香や奈良には古き仏たち」を思い出す。若狭の海沿いに名刹が沢山ある。筆者は未だ縁がないが、古い仏像が、秘仏も含め、沢山あるようだ。いつか行きたいものだ。

111 短日の山の端赤き花背かな
 京都といっても福井との県境に近いだろうか、「花背」という地名の響きが良い。古い寺や摘み草料理の有名な店がある。筆者も「花背」で句を作ったことがあるので、とても懐かしい。

048 母の死や嘗て勝手の隙間雪
092 おとうとよ雪野の奥に雪の山
 この句集には、一読して、叙景・叙物句が多いのに気が付いた。その中に人事句もわずかだが収められている。ご母堂と弟さんを亡くされたときの句がこの二句である。あとがきに依れば、「二年続けての肉親の死は、いささか身に応えた」とある。ご母堂については〈023 なにもかも忘れる母と冬の金魚〉があり、ガスの火を止めるのも忘れるので、食事は澤さんが用意していた、と言っていたことを思い出す。それにしても、これらの三句はみな「冬」である。
 友人の死の句もある。〈032 友の死を遅れて知りぬ青胡桃〉。「青胡桃」の配合が見事だと感じた。

117 浮世絵の空はくれなゐ梅の花
「くれなゐ」の句はこのほかに〈009 一片の雲くれゐに枯やなぎ〉があるが、117の句は「浮世絵」と「梅の花」があるので明らかに歌川広重の『亀戸梅屋敷』図を観ての発想であろう。ゴッホが魅了された名画であり、澤さんが主宰する句会「圓の会」が開かれる亀戸にも縁があるのである。

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柏柳明子句集『柔き棘』

 柏柳さんは、1996年以来、石寒太主宰の「炎環」の人。2012年に現代俳句新人賞、14年に炎環賞を得ている。この『柔き棘』は『揮発』につぐ第二句集である(2020年7月19日、炎環編集部編、紅書房発行)。序文は石主宰。

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 自選句は次の10句。

  自画像に影を足したる余寒かな
  後ろ手に桜みるとき皆ひとり
  遠き虹渋滞すこし動き出す
  夜濯や別の地球にゐるごとし
  台風圏四角くたたむ明日の服
  踊子の闇をひらいてゆく躰
  無患子を拾ふきらひな子のきれい
  抱きしめられてセーターは柔き棘
  しばらくは夕日の寒き部室かな
  書くことは傷つくること冬の空

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。序文も自選句も読まずに選んだ句なので、(*印)のように二句重なったのは、嬉しい限りである。

018 てのひらの湿つてゐたり鳥渡る
019 永遠を口にするとき檸檬の香
022 次々と傘をひらきて卒業す
028 ララバイの匂ひかすかに革ジャンパー
033 高きより名前を呼ばれ夏休
034 水遊ときどき父へ手を振れり
057 通販の箱のすかすか花八手
061 電車から電車の見ゆる麦の秋
079 台風圏四角くたたむ明日の服(*)
100 雪もよひ夫へリモコン向けてみる
136 しつけ糸抜けば銀漢ひろがれり
142 後ろ手に桜みるとき皆ひとり(*)
146 月白や手の甲回すフラメンコ

 重なった二句を鑑賞しよう。

079 台風圏四角くたたむ明日の服(*)
 あとで気が付いたのだが、この句集の帯に選ばれている句であった。序文で主宰もこの句を鑑賞している。筆者も同様な鑑賞なのだが、この句には明日への作者の期待が感じられた。台風の目が過ぎ去れば、明日は秋晴れの旅行日和になるのだ。ブラウスを畳んで丁寧に手熨斗している。今は台風裡なのだが……若干の不安もあるのかもしれない。その微妙さがこの句の手柄だ。明日は旅行だとは書かれていないが、読者の私は勝手にそう思っている。

142 後ろ手に桜みるとき皆ひとり(*)
 後ろ手をして何かを見ている人は、たいていが孤独である。それでいて無防備でもある。屈託もない。桜を見ながら、過ぎし日を懐かし気に見ている。二人連れであっても、後ろ手はあり得るが、桜を二人で見る気分は、一人で見る気分よりも前向きであろう。この微妙な差を「皆ひとり」と言い切ったところが良かった。内面に迫る一句。

 もう一句鑑賞したい。

061 電車から電車の見ゆる麦の秋
 郊外電車に乗ると、よく遭遇する景なのに、俳句に詠まれたのを見たことがなかった。何のこともない平凡な景がこうも正直に詠まれると、感心してしまう。波多野爽波の〈鳥の巣に鳥が入ってゆくところ〉と同じで、平凡でありながら非凡な句となった。「麦の秋」も成功している。筆者イチオシの句。

中西夕紀句集『くれなゐ』

 中西さんは結社「都市」の主宰。宮坂静生、藤田湘子に師事し、「晨」などに所属しておられる。2020年6月30日、本阿弥書店発行。第四句集である。

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自選十二句は次の通り。

  夕映の窪みに村や春の富士
  垂るる枝に離るる影や春の水
  かきつばた一重瞼の師をふたり
  茶柱のやうに尺蠖立ち上がる
  青嵐鯉一刀に切られけり
  店奥は昭和の暗さ花火買ふ
  百物語唇なめる舌見えて
  旅にゐて塩辛き肌終戦日
  刃となりて月へ飛ぶ波沖ノ島
  ばらばらにゐてみんなゐる大花野
  日の没りし後のくれなゐ冬の山
  山襞を白狼走る吹雪かな

 筆者(=栗林)の共鳴句は次の通り。

010 花びらの水くぐらせて魚捌く
018 結はれゆく髪つやつやと祭笛
022 葦戸より手が出て靴を揃へけり
023 空耳に返事などして涼新た
029 鹿の声山よりすれば灯を消しぬ
031 あをあをと雪の木賊の暮れにけり
036 雪掻きに古看板を使ひをる
073 ゴム長の一人加はり大試験
074 信号に止まり狐と別れけり
109 さみだれのあまだれのいま主旋律
120 ばらばらにゐてみんなゐる大花野(*)
122 膝で折る枝のこだまや冬の山
136 勝ちしこと馬にもわかり春の風
175 逢はぬ間に逢へなくなりぬ桐の花
185 日の去れば月に干さるる茸かな
192 日の没りし後のくれなゐ冬の山(*)

 一読、安心して読める句が沢山の第四句集である。さすが主宰を務めておられる方。宇佐美魚目にかかわる、ほのぼのとした句がある。よき師であられたのであろう。

 選が重なった二句を鑑賞させて戴く。

120 ばらばらにゐてみんなゐる大花野(*)
 大勢で吟行にでも行かれたのであろう。皆それぞれ句想を練りながら、適当な距離を置いて、散策している。没我的ですらある。後に集まって句会でも開くのであろう。だから、確かに全員がいるのだ。「ばらばらにゐてみんなゐる」が言い得て妙。「大花野」だから、遠景には山が見え、空も明るい。雲はゆっくり流れている。
 筆者は勝手に吟行を思ったが、花野だから、浄土にも通じよう。そうすると、「みんな」は、父祖やうからなのかもしれない、とも思い返している。どちらにしても、筆者にとってイチオシの句である。

192 日の没りし後のくれなゐ冬の山(*)
 この句集の表題となった一句。冬の夕茜は眩しいほどである。その眩しさも日没前のわずかな時間。山の向うに日が隠れると、山影が「くれなゐ」に染まる。それもすぐに消えてゆく。その「くれなゐ」を惜しみながら、それに想いを託しているようである。
 
 とても落ち着いた、安定した作品をたくさん見せて戴きました。多謝です。

なつはづき句集『ぴったりの箱』

 なつはづきさんは、2018年に現代俳句新人賞を、2019年には攝津幸彦記念賞準賞を得ている才媛俳人である。その第一句集(2020年6月22日、朔出版発行)である。

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  筆者(=栗林)の共感句は次の通り。

013 花粉症恋なら恋で割り切れる
018 右手から獣の匂い夏の闇
021 カピパラはいつも遠い目草田男忌
023 身体から風が離れて秋の蝶
025 人事部長ゴーヤずうずうしく繁る
033 婚期かな前歯隠している兎
048 桜桃忌鎧のようにつけまつげ
055 星の夜や結うには少し早い髪
062 風花やふと記憶から声がして
091 冬怒濤少ない色で生きてゆく
092 のりしろに糊が足りないまま師走
104 ぴったりの箱がみつかる麦の秋
116 紺セーター着ていい人のふりをする
117 狐火や絵本に見たくないページ
126 リストカットにて朧夜のあらわれる
133 ぺちぺちと歩くペンギン梅雨明ける
144 雪女ホテルの壁の薄い夜

 跋は宮崎斗志さんが……なつはづきさんの句は、独特な「身体感覚」が宜しい……として、多くの佳句をあげている。「恋」もテーマであり、成功した句が多い、とも書いている。同感である。

 上に、筆者(=栗林)が選んだ句は、絶妙な季語の使われ方をしている、と感じ入った句である。筆者は、この句集の宜しさは、季語の配合の魅力ではなかろうかと思っている。予定調和的でない季語の斡旋の新しさがある。しかし中には実験的なものもあるように思える。つまり、詠みたいという感動が不確かな句でも、季語の斡旋により、読者が自由に詩を立ち上げてくれるであろう、という期待のもとに書かれている句もあるように思えるのだ。「思えるのだ」と書いたのは、ただ単に筆者の読解力が及ばなかったためだったからかもしれないからだ。この作り方は、筆者には、絶頂期の飯島晴子のように見える。晴子は俳句を書く前に感動があってはならない、とまで言った。感動は読者にまかせるのだ。だから予定調和的な季語の斡旋を、絶頂期の彼女はやらなかった。なつはづきさんも、そんなところがあるように思えた。それらの句は、ときとして私にとっては難解であった。たとえば、〈080思い出はいくら積み上げても案山子〉〈母の背が饒舌になり鰯雲〉など、斡旋された季語「案山子」「鰯雲」など、私にはなぜ絶対にその季語でなければならないのか、解釈が難しかった。そこに彼女は、読者の積極的な参加を求めているのだろう。筆者も正解に近づこうとして、想いを巡らせている。そしてそれらの句は彼女の将来のさらなる伸びを物語っているのかもしれない。
 啓発された句が沢山ありました。多謝です。

坪内稔典―俳句とエッセイ『早寝早起き』

 稔典さんが表記の俳句とエッセイ集を出された。「船団」が解散になるとのことで、惜しい気持ちを抱きながら一読した。

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 稔典さんの俳句にカバが出てくるのは承知だが、この句集には、伊予柑、文旦、デコポン、シロサイ、クロサイなどが多い。それに「うんこ」が頻出するには驚く。それに「つるりんしよう」など、多義性のある言葉が新鮮であった。

 びわ食べて君とつるりんしたいなあ

 まさに稔典さんは自由人である。

 エッセイで筆者の感じた点は、その辛辣さの点では、①俳句の世界遺産化運動を批判していること、懐かしかったことは、②伊丹三樹彦・公子夫妻のこと、驚いたことは③澤好摩さんなどが三樹彦門を離れる頃の出来事、同感を覚えたのは、④俳句と川柳の違い、などである。
 
 俳句を世界遺産化しようとの運動で、俳句4協会と自治体が協力しているが、稔典さんは「俳句は現代美術に近い表現であり、それを遺産と呼ぶことはそぐわない」「俳句は生活文化として存在しながら、その表現史の先端に鋭い片言があった」「芭蕉や蕪村や一茶の名句も、作られた時代においては鋭い片言だった」「この運動は片言としての俳句を切り捨て、生活文化としての俳句(つまり月並み俳句)だけを俳句としようという運動だ」と述べ、それは恥ずかしい感覚だ、と主張する。有馬さん、鷹羽さん、大串さん、宮坂さん、稲畑さん、金子さん、皆さんは恥ずかしくないのか、とかなり手厳しい。
 反対意見は多く聞かれる。実は筆者は賛成の立場なのだが、その根拠は、俳句がもっと多くの人に認知された方が良いと単純に思うからに過ぎない。遺産化によって心配されているようなことが起こるとすれば、一考せねばならないのだろうか?

 伊丹三樹彦・公子さんご夫妻のことは筆者もなつかしい。南塚口のマンションに何度か取材に行ったことがある。玄関に三樹彦さんそっくりの人形が飾ってあった。その人形の作者とは東京での三樹彦さんを偲ぶ会でお目にかかったことを思い出した。
 三樹彦さんの青玄俳句会はむかし集会所を持っていて、稔典さんらの若者がたむろしていた。矢上新八、立岡正幸、澤好摩などが管理人役を務めていたらしい。ある日、稔典さんに似せた服を階段に吊り、縊死しているように見せ、やってくる仲間を驚かせようとするいたずらを思いついた。だがやってきたのは女性だった。彼女は驚いて三樹彦さんや警察に急報した。それでことが大げさになってしまったようだ。この事件が、稔典さんらが「青玄」と距離を取り始めたきっかけとなったようだ。もちろん、筆者は澤さんからこのようなことは聞いたことがない。

 意を強くしたのは、稔典さんのいう「俳句と川柳の違い」である。いろいろに読めるのが俳句。これに対し、川柳は一義である。〈古池や蛙飛び込む水の音〉が俳句で、読み方は幾つもある(これで本が一冊書けるほどだ)。〈犬だけがスリムになったウォーキング〉は川柳である。特に筆者が賛同するのは、俳句が幾様にも読めるという点である。よく俳句の先生が、中七が上にも下にもかかるのは良くない。どちらかにせよ、と教えるのだが、筆者はどちらとも取れる句でも良いと思っている。一義にしか読めない句は名句ではないのだろう。

 愉快な気持で、このエッセイ+句集を読ませて戴いた。

橋本 直 句集『符籙』

 橋本氏は「豈」同人で現俳協の青年部にて活躍されていた方である。『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』などを編集したほか多くの著作がある。符籙とは未来の預言者のことで、この符籙を持つ道士は、天界とコミュニケーションが可能となり、天の力を用いて病魔を封じるなど、様々な能力をもつともいう。言わば符籙とは、本来人の力の及ばぬ崇高なものと人間界との間を媒介し、人に天の力を付与するものだ……とある。

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 栞があり、鴇田智哉氏と阪西敦子氏のおふたり。跋はご自身が書かれている。

 帯に次の7句が掲げられている。

  貂の眼を得て雪野より起き上がる
  生牡蠣をまの口で待つ人妻よ
  コーヒーが冷めてワインが来て朧
  幾らでもバナナの積めるオートバイ
  南洋に虹じやんけんの一万年
  文学にデスマスクある涼しさよ
  死角よりふつと狼あらはるる

 筆者(=栗林)の感銘句は次の通り。各頁には頁数が逆送りで付されているようだが、いつものように、ここでは正順の頁を示しておく。

010 馬の目の高さで歩く雪の森
016 桃青忌ラーメン鉢の底に龍
017 「どん底」の画看板ある冬の街
018 セーターの女の形して残る
024 ノーサイド見て寒鰤の腹さばく
030 アンダーラインの折り目正しき大試験
040 豪邸の丹念にとる毛虫かな
065 長椅子の両端ハロウィンの子供
081 明易し船の沖より船の声
087 首のない仏野ざらし汗もなし
104 かき氷日本を捨てる話して
106 南洋に虹じやんけんの一万年(*)
147 抽斗に見知らぬ薬神の留守
154 水平にいいちこの瓶去年今年

 次の句は、鴇田氏も阪西氏も選んでいる。

106 南洋に虹じやんけんの一万年(*)
 この句集には橋本氏がアジア諸国を旅して得た句が沢山あり、この句はフィリッピンでのもの。
 栞には、鴇田氏が「時をこえて共通するであろう、虹、とそして、じゃんけんが、プリズムの三角構造をも連想させ、その光の跳ね返りに、一万年、は長すぎず短すぎない、すこやかな広がりではないだろうか。海への思い、そして長い時間への親しみ、時をこえていくことへのあこがれ」と書き、
 阪西氏は、「ひろびろとしたスケールが魅力だ。その地を通って〈じゃんけん〉が日本にその形をとって現れるまでにたどった時間なのか、国同士のじゃんけんに翻弄された時間なのか、虹の一瞬とそこに横たわる長い時間が共に立ち現れる」としている。
 筆者(=栗林)のイチオシの句でもあるので、若干の感想を述べたい。まず、「南洋に虹」で、明るい太陽と海、決まって時間通りに訪れるスコール、そしてそのあと必ず現れる「虹」を、私に思わせる。青緑色がかった海とそこに浮かぶ島々も見えて来そう。そこに突如「じゃんけん」という人と人の係わりの言葉が出てくる。そしてその「じゃんけん」が一万年後の今も続いている不思議さを私に提示する。地球上に海が出来たころ、雨が降り、その後は当然、虹が立ったであろう。それは一万年よりももっと前のこと。やがて海から生物が発生し、人類も生まれた。そこで起こった文化も諍いも一万年単位の昔のこと。こと「じゃんけん」に関しては、中国・韓国の影響もあろうが、やはり何となく日本文化を思わせる。子供のころから、順番を決めるのにもっとも手軽な方法が「じゃんけん」だった。そして、それには幼い時の思い出が付きまとっている。そしてこの「一万年」が個人の思い出などよりももっともっと大きく長い人間の文化や諍いの歴史を思い起こさせてくれる。いろいろな解釈が出来、なんとも妙な気持になる句である。「じゃんけん」が何かの象徴のように詠まれていて、それが何を意味するのかを、あれこれ思料する愉しさのある句であった。 

 楽しい句集を、有難う御座いました。