佐藤弘子句集『磁場』

 佐藤さんは1983年「寒雷」(2019年に「暖響」となる)に入会。福島県の文学の世界でいろいろな賞を受けられている。2013年に「小熊座」入会。現在FTVカルチャーセンターの俳句教室講師。
 該句集(2020年7月26日、青磁社発行)は、第一句集で、36年間の作品から、高野ムツオ選による320句を収めている。序文は高野主宰。

 高野ムツオ選の15句は次の通り。

  寒林の一樹のとなりて鳥を待つ
  春昼や焼べれば写真起ち上がる
  天鵞絨に集まる微塵冬暖か
  化粧水今年の頸をよく伸ばす
  狐火のやうに暮らしてをりました
  しぐれ易きものにポストと象の鼻
  尾骶骨付近もつとも虫すだく
  襤褸菊の絮の奥なる母の家
  日が傾ぐ擂鉢虫の大顎に
  仮置き場仮仮置き場鳥曇
  メメント・モリ メメント・モリと粉雪降る
  焦土の色橡(つるばみ)の色八月は
  どくだみの匍匐神々寝入るころ
  金魚金魚さみしい鰾をひとつづつ
  寝落ちたる髪より花火匂ひけり

佐藤弘子句集.jpg


 筆者(=栗林)共感の句は次の通り。(*)印はムツオ選と重なった。

017 毛糸玉消え雑念の編み上がる
018 雛の眼を怖しと云へり初潮の子
020 白梅のまづ一輪のはにかめる
030 紫蘇揉みし指そのままの逢瀬かな
035 揚羽一頭ふはと前方後円墳
039 小字みな同姓小豆干してをり
042 寒林の一樹となりて鳥を待つ(*)
062 母の家まで菜の花を泳ぎゆく
070 砂糖黍噛むなり日本領土なり
080 雪の夜は赤子を抱いて確かめる
089 猫の目の炉火ひらひらと育てゐる
100 すいつちよん鎖骨さみしき夜なりけり
115 生乾きなる七月の空の青
119 保護色になるまで歩く枯れの中
119 正月の真ん中に置く赤ん坊
139 わが詩語と榠樝追熟させておく
141 よれよれの土筆確かに預かりぬ
144 葭切のもう来てもいい水の色
151 仮置き場仮仮置き場鳥曇(*)
157 メメント・モリ メメント・モリと粉雪降る(*)
167 想念の隙間より湧く雪ばんば
172 寝落ちたる髪より花火匂ひけり(*)

 幾つかを鑑賞してみる。

017 毛糸玉消え雑念の編み上がる
 序文にムツオ主宰も書いているのだが、初学のころのはずのこの句は、すでに俳句の骨法をわきまえているような作品である。ともすると〈毛糸玉消えて雑念編み上がる〉としそうなものだが、初学にして「て」を使わない。手拍子になるのを避けているのでる。

042 寒林の一樹となりて鳥を待つ(*)
 この句の前後に、孤独感漂う作品が幾つか見られる。作者はしばし冬木立の一本の木になったつもり。「鳥」が止まってくれるのを待っている。もちろん「鳥」は何かの暗喩。

151 仮置き場仮仮置き場鳥曇(*)
 福島の除染廃棄物の仮置き場であろう。極低レベルの廃棄物なのだが、置き場がない。仮の仮の置き場なのである。この先の行方は「鳥曇」にぴったり。

157 メメント・モリ メメント・モリと粉雪降る(*)
 ヨーロッパのパンデミックの際に広まった「死を想え」という意味の言葉。ペストで大被害を受けたイタリアで、芸術家たちが、この言葉をモチーフに、いろいろな作品を作り上げた。「粉雪降る」でも良いのだが、筆者の好みでは、豊かさの反面はかないイメージのある「ぼたん雪」が好きだ。勝手な感想なので気にしないで下さい。

172 寝落ちたる髪より花火匂ひけり(*)
 今まで庭先で幼児らと手花火を楽しんでいた。やがて子供は眠たくなって腕の中で寝落ちてしまった。その髪のかすかな、乳や汗の香とともに、花火の煙の香を感じた。叙情豊かな平和な句。